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「ジエンド歓迎会は大したことなかったね。あんなのが信奉しているジエンドってやつも、大したことないかも。私と、エドゥと、これから仲間になる二人がいればね」
「まさか、仲間になるって奴を見つけたのか?」
「これまで通り探すんだよ。横槍が入って中断されちゃったから、一層気合を入れて探さないと」
ローレルはぐっと手に力を入れる。人と思われる影を見つけると、遊びに飛びつく子どものような勢いで突っ込んだ。そいつは城の門番のオートマタドールだから、まず間違いなく仲間にならないんだが。
勧誘に失敗したローレルは膨れていた。
「どうしてみんなはジエンドに真剣にならないのかな? 世界の癌なんだから、取り除こうと思うのが自然じゃないの?」
「どうだろうなぁ」
絵堂からすればもはやどうでもいい。モニカたちを城に届けたついでに、資金をいくらか貰ってきたからだ。ついでに下着と靴も貰った。
当面は生活に心配はない。ゆっくり仕事を探すか、お金が尽きる前にジエンドを滅ぼせばいいのだ。実に簡単になった。お金が底をつくまでは簡単だ。
今はローレルの仲間探しという、無駄な時間に付き合ってやれる。街を見て回れるし悪くない。
でもいずれはローレルを止めなければいけないだろう。仲間の勧誘なんて、ルームランナーと同じで全く進めない。滑車を回すハムスターにも笑われる。
資金が尽きる前に、ジエンドを倒さなければいけない。ジエンドの居場所だけ教わり、一人で退治するか、もしくはローレルに仲間探しをあきらめてもらう。
「ジエンドを滅しましょう。成し遂げられれば、広大な空、豊かな土、愚かな家畜共、あらゆるものがあなたのものに。今ならチームの入会金はありません。その後発生する諸々に関しては各自で支払いをお願いします」
「……」
「もーなんで無視するの!」
「さっきの人、『ジエンドを』の辺りからもう聞いていなかったぞ」
ずっと聞いていたが、ローレルは金銭的な話ばかりする。自腹が勧誘の条件だと定めたからだろうか。仲間が増えてもありがたくないし、お金が減ると困るので、訂正はしないでおこう。
突然、予兆がない大声が響いた。
「脱走だ!」
城からだった。歓迎会を牢にぶち込んだばかりで脱走とは、管理が杜撰なようだ。収監されたばかりの歓迎会の誰かが脱走したのか、それとも機会を狙っていた古参がいたのだろうか。
誰が脱走したとしても、絵堂には関係がない。捕らえるのは別の奴の仕事だ。
ローレルはそう思えないようで、城の方向を見つめている。それも、放っておけばすぐに仲間集めに戻るだろう。
近くにあった手すりに腰掛けて待とうと、赤く塗装された手すりに近づいた。
たった一歩、手すりに近づいた瞬間、光りが走った気がした。光りはたまたま近くのモニターがちらついただけだったが、無視できない違和感が確かにあった。正確には、光りと共に違和感が押し寄せてきたような。世界の空気をそっくりそのまま入れ替えたかのような、履き慣れていない靴に足を入れたような、突然、不自然な雰囲気になった。
その雰囲気の正体を確かめる間はない。次の瞬間、何かを受信したかのように、ローレルや周辺の通行人他、全ての人がほんの一瞬だけ痙攣した。気のせいだと思いたかったが、とても思えない。
痙攣は確かにあった。気のせいだと思い込むには長すぎる時間があった。まるで時間と時間の隙間に、全く関係ない紙芝居の一幕を割り込ませたような異物感だ。痙攣は秒を数えるまでもなく終わり、元の状態にすっと戻っていく。
「今のはなんだ?」
絵堂は無意識的に、ローレルに問いかけていた。痙攣していた時間の意味がわからない。ローレルなら答えの持ち合わせがあるかもしれない。
しかしローレルは絵堂を無視する。絵堂の問いが全く耳に入っていないようだ。肩を震わせて、噴火寸前の火山のように、全身に力を蓄えていた。
「エドゥ、あんた」
あまりの熱量で絵堂は気圧されてしまった。仲間の勧誘をしているような熱量だった。その熱量が元気に向けられている勧誘は見ていられるが、怒りに向けられている今は鬼のようで関わりたくない。
「どうした? 勧誘はもういいのか? あきらめてくれると助かるけど」
ローレルは真剣に怒っていた。歯を食いしばり、唇をしめて、泣くように鼻息を鳴らす。あっ今、鼻息を強くした影響でローレルから鼻水が……引っ込んだ。
「自分が勇者だって自覚している?」
「仲間集めなら手伝わないぞ」
ブンブン首を振る。綺麗な髪が顔に叩きつけられ、乱れていく。その髪を直しつつ、首を振り疲れたのか、ローレルは止まってから続けた。
「違う。どうして脱獄を助けるなんてことをしたの?」
「なんだって?」
ローレルの目には確信があった。絵堂が誰かを脱獄させた。それを事実として、間違いないと確信している。
どうしてそんな思い込みをしているのかは全く不明だ。ローレルはついさっきまで、元気に無駄な勧誘活動に勤しんでいた。普通に明るい笑顔で元気に、通ゆく人に無茶を押し付けようとしていた。そこから急変して今の怒り顔がある。
何かきっかけがあったとしたら、それは『脱走だ!』の一言だろう。変わった出来事はそれ以外には何もない。この一言が合図だったのだろうか。聞こえたら、激怒するという筋書き。つまりローレルが演技をしている可能性がある。……そんなことをして、どこに利益が発生するのか。
「待ってくれ。俺は牢に近づいてすらいないだろう。それは一緒にいるローレルもだ。どうすれば牢を開けられるんだ?」
「そんなこと、言い訳にはなりません。エドゥが犯人です! 私、知っているんですから。牢を開けるところを直接見たし」
絵堂は自分の口が開いて閉まらない代わりに、ローレルの口を閉めてやりたかった。猿ですらしない、酷すぎる言いがかりだ。
そもそも見たって何をだ。ローレルはいつ牢獄に居た。
モニカや歓迎会の面々を城に届けたが、牢屋まで付き添った覚えはない。ローレルもまた、牢には行っていない。誰かが犯罪者を脱獄させたとしても、その場を見るなんてできるはずがないのだ。
納得させるのは難しい。根拠なんてどこにもないが、ローレルは確信している。確信犯による正義の行いだから厄介極まりない。
すぐ横をモニカが通りすぎた。急いでいるようで、城に背を向けて全力疾走をしていた。疲れ果て、もう限界なのだろう。乱れた息は狂乱の域に達しつつある。
「それも、ジエンド歓迎会を脱獄させるなんて」
モニカは囚人服だった。全身が赤っぽい蛍光色で、人混みに紛れても目立つ仕様だ。物を隠す隙間がない、体型に合った装いで素足だった。
それだけを見れば脱獄したての逃亡者なのだが、どうしても目を引く物があった。両手に持っている爆弾を思われる物体だ。投獄する際に取り上げられなかったのか、それとも奪ってきたのか……。様々な説は、すぐに否定される。
モニカが爆弾を投げた。かと思うと、既に爆弾を手にしていた。投げたように見えたのが勘違いの可能性もない。実際に爆発が起きている。それなのに、確かに新しい爆弾を握っている。
不思議だった。補充を用意しておく袋はないし、服の隙間にそんな余裕もない。そもそも、どこかから取り出したような素振りはなかった。
まるで爆弾を自動生成しているかのようだ。三秒に一つ、爆弾を放り投げている。
本当に生成しているのかもしれない。そう考えた瞬間、絵堂の全身にそよ風のような心地よい妙案が走った。
絵堂はローレルに向き直る。整然とした態度に、ローレルも引かれるように絵堂に向く。
「仲間が欲しいんだろう? あれなら戦力になる。どこに隠しているのか知らないが、あいつの爆弾はいい火力だ」
絵堂が思いついたのは、ローレルの機嫌の取り方だ。ジエンドの討伐に引っ掛ければ、少しくらいは機嫌が直ると考えた。
その考えはおおよそ合っている。誤算があったとすれば、機嫌が直るどころか、上機嫌になったくらいだ。
「仲間にするため、脱獄させたの? そういうことなら早く言ってくださいよ。敵を騙すにはまず見方から、ってことね」
「どの敵を騙したいんだよ」
ローレルは実に危ない。ジエンドの討伐に絡めれば、爆弾魔を脱獄させる罪が笑って許せるようだ。ジエンドを倒すためなら、本当に何でもやってしまうのではないだろうか。試してみたいような、試すのが恐ろしいような。
言ってしまったからにはモニカを勧誘しないわけにはいかない。幸いモニカは見逃すのが難しい格好だ。
絵堂はローレルに聞こえないようにため息をしてから、モニカの背中を追った。
モニカは全力疾走だった。しかし、速いわけではない。モニカが疲れていた影響もあるが、そもそも人類トップレベルの速度では、絵堂を振り切れるはずがないのだ。
絵堂がモニカの肩を押さえ、モニカの体が揺れた。驚いたモニカが爆弾を落としたが、絵堂が上空に蹴り上げて事なきを得た。久しぶりに見た花火は、まるで風情がない。
「離して!」
「離したら、捕まえた意味がなくなるだろうが」
「あなた、勇者! 忘れもしない。だって数時間前のことだもん。誰か、誰か助けて。殺されちゃう」
囚人服で爆弾を投げていたモニカの味方はこの場にはいなかった。逆に絵堂が勇者だと知って安堵する人がいるくらいだ。
民衆の中には、「確か、勇者が脱獄させたんじゃなかったか?」「そうだ」「この俺はたまたま王城の地下牢に居合わせて、勇者が脱獄させる瞬間を見たぞ」「みーも見た」「私ももだ」「自分で脱獄させて、自分で捕まえているのか」「マッチポンプで点数稼ぎをしているのか」と、話をする者もいた。
どうやらここにいる数十人も、絵堂が脱獄させる瞬間を目撃したらしい。
「それ、どんな状況だったのか、教えてくれないかな?」
どうやら牢屋の周辺は、とても広く設計されているらしい。脱獄の見学会が開けそうだ。無茶苦茶を言われているが、もはや訂正する気力もない。
脱獄させた絵堂と、脱獄したモニカに近付こうとする人はいなかった。両者ともに危険人物という認識をされているのだ。誰も近づかないのは自然である。おかげで邪魔されない。
「どうして誰も助けてくれないの?」
モニカは悲しんでいた。
「誰か助けて。ころっ犯される!」
「爆死するよりはマシだろ!」
「そんな酷いことを言うのは誰? 人の気持ちを理解できないの?」
モニカが爆弾を投げようと手を肩まで上げる。野次を飛ばした二十代くらいの一般人は、一目散に逃げ出した。
絵堂がモニカの腕を押さえなければ、爆弾は投げられて二十代くらいの一般人は爆発していただろう。
何もなかったかのように、絵堂は耳打ちをする。
「さっさと終わらせたいから前置きはナシだ。モニカだったか? 仲間になれ。それで一つ問題が片付く」
「嫌だと言ったら?」
「言うな」
「わかりました」
こうしてモニカがチームに加わった。ファンファーレを鳴らしたいところだが、残念ながら絵堂に音楽的センスはない。鼻歌と呼ばれる雑音が精一杯だ。
その雑音も鳴らなかった。あまりにも簡単すぎてモニカ怪しんだからだ。
「随分と素直だな。なぜだ? モニカはジエンド歓迎会のメンバーなんだろう? 俺の要求は、ジエンドと戦えと言っているようなものだぞ。信仰対象を殴れるのか?」
「殴りつけるのは手が痛いからやりたくない。爆破するなら、なんとか」
「信仰心はないんだな。宗教ってほどの集まりじゃないってことか」
「人によりけり。歓迎会に所属している半数以上は暴れたいだけの人だから」
目の前の人がまさにそれなのだろう。さっきは無目的に爆弾をばらまいているように見えた。爆弾を投げる、その行動自体を目的としていたかのように。
「歓迎会は戦闘狂が多い印象はあるな。それで、どうして素直に頷く?」
「反発しても勝てそうにないし。それに条件を提示できるかなと」
「条件?」
モニカは笑顔になる。それだけで気が重くなった。さらに、モニカが城を指さして確信に変わる。
「ローレル!」
強く呼ぶと、ローレルは飛んできた。
「うまくいった?」
「追手を片付けるぞ。また二人に戻りたいなら端で寝ていろ」
城からぞろぞろとやって来る者たちがいる。オートマタドールの大群というこの国の治安維持装置だ。歓迎会を捕らえたさっきよりも数が多い。それだけ本気というわけだ。
「仲間の危機は私達の危機だものね」
ローレルは杖を肘の内側に挟みつつ、格好よく指で握る。どうやらやる気で満ちているようだ。頼もしいことこの上ない。
一般人はもはや一人も見当たらない。全員がこの場所で何が起こるかを察知して逃げ出したようだ。野次馬も残らないとは、やりやすくて助かる。とても暴れやすい環境だ。建物に被害は出るだろうが、それは大目に見て欲しい。
何百いるのか、もしかしたら何千もいるのかもしれない。オートマタドールの一体が声を張り上げる。
「勇者エドゥ、国家反逆罪で拘束する。まさかテロリストに与するとは」
どちらかと言えば、モニカが此方に組みしたのだが。そんな言い訳が通る雰囲気ではなかった。オートマタドールもローレルも、やる気が外に漏れるほど蓄えている。何を言っても姿勢を変えやしないだろう。もはや言葉のない獣と同じだった。
だからって問答無用で叩き潰していいわけじゃない。断られると判っていても訊く。
「見逃してくれるなら、見逃してやるよ」
絵堂の言葉に対する治安維持装置たちの回答は、銃口を向けるだった。
「わかりやすいな」
トリガーには当然のように指が掛かっている。
感情がない人形が躊躇うはずがない。決定事項を守るのみだ。決定事項とは、罪人を確保すること。生死は問わないそうだ。
勇者とは、この国ではそこまでの肩書でもなかった。絵堂を狙う銃口は少なくない。絵堂も勇者という名を重くは捉えていなかったし、軽く考えてくれて、ありがたいまである。
銃口が火を噴く。ほぼ同時に、ローレルの魔法が完成した。
「無色の時。相克の主にして不平等な安穏の化身よ。均衡を欠いた仲介を求める。仮初めの平穏を築き、世界に偽りの真実を捧げよ。アパティスペース」
透明の壁が、絵堂とローレルとモニカを囲んだ。その壁は銃弾を弾く。
「間一髪だったね」
「いいや、遅かった」
絵堂は摘んだ銃弾をローレルに見せつける。
「でも、無傷じゃない?」
「俺が狙われてよかったな」
絵堂は弾を指で弾いて捨てた。落ちて音が響いたが、魔法の壁に阻まれる弾の音に混じってよく聞こえなかった。
オートマタドールは狂ったように銃弾を放つ。発射音や弾が透明な壁に当たる音、弾が地面に落ちる音が、オートマタドールの人数分重なっていた。
「それで、どうする? 銃口を向けられたまま仲間探しはきついだろ? そろそろ出発していいんじゃないか?」
なぜか治安維持装置に狙われる今、普通の生活は望めないだろう。ジエンドを倒して、どこから出てきたかわからない罪の相殺をしつつ、王と約束した報酬をもらうのがいい。
「でも、この障壁の内側なら安全だよ。ここに人が来たら、その人を勧誘する手段もあるんじゃない?」
「こんなところに人は来ない」
オートマタドールが持つ銃は、弾倉が無限なのだろうか。補充なしで絶え間なく撃ち続けても、まだ弾が出てきている。
「とりあえず、道ができるまで片付けてくるか。ローレル、このバリア、俺が出たら割れたりするか?」
「強く激しいものは弾いて、弱くて儚いものは通すのがこの障壁よ。だから歩いて出て。走ったら頭ぶつけるよ。私としては、笑えそうだからやってくれてもいいけどね」
「わかった気をつけるよ。それと、ローレル、四人目の仲間はあきらめろ。もうジエンドの討伐に出る。どうしても四人目が必要なら、地上で見つけてくれ」
人は地下で暮らしている。地上にはほとんど人が居ないと考えると、四人目はもう見つからないだろう。しかし、全く地上に出られないわけでもないようだ。もしかしたら、人と会えるかもしれない。
オートマタドールは近接武器も所持していた。正確には、腕に仕込まれていた。
絵堂が障壁から出ようとすると、銃口の先が一点に集まると同時に、一部が刃を光らせた。
集中して狙われるなら、囮になれるな。そう考えながら、銃弾の嵐の中へ歩み出た。
銃弾の嵐とはよく言ったものだ。無数の弾が雨粒のように鬱陶しい。しかし残念なことに傘は持ち合わせていない。持っているのはたった一つ、聖剣のみだ。
絵堂は唯一の武器、聖剣を握る。まだまともに使ったことがない武器だ。聞いた話によると、主を選ぶらしい。認められない者に握られたら、その者の命を奪うとか。実際にそれでスリが一人やられた。命を吸われない絵堂には関係がない話だが。
剣を知らない絵堂でも、聖剣は素晴らしいものだと直感的に理解できた。
コンピュータから出力したような、圧倒的に繊細な装飾に、汚れすら美しい模様のように見せるバランス、おまけに濃厚な光りを返す結晶がはまっている。装飾はどれも初めからそうあったかのように自然な振る舞いで佇んでいた。
美術品としては超一級の品だろう。この剣に違和感があるとすれば、間にケースを挟んでいない。触れるってくらいだ。
剣としてはどうだろう。よく斬れるのだろうか。獣にはよく刺さったし、心配は必要ないと思う。思うが、試さなければ確信はできない。
相手はオートマタドール。機械だから有機物とは違うが、どうせ誤差だ。
……よくよく考えると、この聖剣を売れば大金を得られたのではないだろうか。触れると命を吸われるなら、設置までこちらでやればいい。治安維持装置に目をつけられている今は、とてもできない案だが、チャンスがあれば売ってもいいと思う。
今はそれよりも、目の前に集中しないと。
絵堂は聖剣を握って笑みを浮かべると、体を屈めて突っ込んだ。オートマタドールの弾丸の速度が、体感で二倍を超えたが、そんなもの眼球でも弾ける。空気と頬で弾丸を潰しながら、ただ正面に走った。
剣の使い方なんて知らない。しかし木刀を振り回したくらいなら経験がある。幼くアホだった頃を思い出しながら剣を振った。
聖剣は非常に優秀だった。触れたものは例外なく、上下、もしくは左右に断った。その切断面は磨かれた大理石のようにムラを感じさせない。厚さがある刃でよくここまで綺麗な断面を作れるものだと関心した。もしこれを剣の達人あたりが握ったらどうなるのだろう。きっと、何をどう切っても、パズルになるに違いない。
聖剣を持った絵堂とオートマタドールでは力の差が大きすぎた。オートマタドールの攻撃はどれも絵堂に効果がないが、絵堂の攻撃はどれもオートマタドールを部品レベルに解体できる。
絵堂が剣を振れば、最低でも一体が壊れる。オートマタドールが銃を構えても、同士討ちが関の山だ。オートマタドール側の最良の手段は、何もせずに立つ、だった。
しかし始めに手を止め、舌打ちをしたのは絵堂だった。
「何体いるんだ? きりがないな」
剣が届く範囲しか壊せないのが絵堂の弱点だった。今回の勇者捕縛では、呆れるほどの数が投入されている。間違いなく赤字だ。目で見える数だけでは到底収まらないだろう。剣の長さは数の前に非常に弱かった。
「お困りのようですね」
障壁の中からローレルも顔を出した。自分の周りに小さな障壁を展開していて、それで身を守っていた。
「数が多すぎて前に進めない。なんとかできるか?」
「できるから、出てきたんです」
「じゃあ頼む」
魔法か。便利なものなのだろう。広範囲に対して影響を与えられる。威力もある。剣では敵わないところばかりだ。今回はローレルに任せる。
絵堂は引き上げようとする。ローレルが展開した障壁の内側でモニカと雑談でもしていよう。主に脱獄について聞いておきたい。
振り向いたところ、障壁の内側にモニカの姿が見えなかった。まさか逃げた? オートマタドールたちを押し付けられただけなら、非常に不愉快だ。絵堂は当っていそうな予感に顔を歪めた。
「ところで、モニカは?」
「着替えを取りに行きました」
あの囚人服が嫌なのはわかる。あれは酷い服だった。劣化したゴムの臭いが漂ってきそうな蛍光色だった。服装に全く興味がない奴でも、あのダサい囚人服は着たがらない。そんな服だった。
だから服を取りに行くのは理解できるが、モニカを信用できるかは、また別の話だ。
「逃げたんじゃないのか?」
「それは大丈夫。ちゃんと私が探知魔法を仕込んでおいたので。ジエンドに怖気づいて逃げたら通報すると伝えておきました。本当に逃げたら、一緒に通報しましょ! 脱獄犯を発見しましたってね」
ローレルの笑顔は素晴らしいが、治安維持装置に反抗をした以上、通報は難しい気がする。顔を見せた瞬間、話をする前に捕まりそうだ。匿名での連絡手段があるなら別だけど、絵堂もローレルもそんな手段は持っていない。携帯電話が欲しい。あっ、ここ地下だった。
居場所がわかるなら、こちらから出向くという手もあるか。ローレルがもう仲間はいらないと言うなら、完全に無視してしまってもいい。
「頼んだ以上、今更訊くことでもないんだが、ローレルはこいつらを相手に戦えるのか?」
「負けるとは思わないよ」
「そうじゃなくて、国に敵対するってことだぞ。もう手遅れ感はあるが」
ローレルは口をあんぐり開けた。力を失ったように顎が落ちて、目から輝きが失われる。反応を見るに、気がついていなかったってところだろう。しかし、それも違ったようだ。
「そもそも、私この国の人間じゃないので」
「そうなのか」
「ええ。前勇者がここの出だったので、洗礼云々カンヌンで王とも知り合いになっただけで、別にこの国がどうなっても、どうでも……」
結構な薄情者なんだなと、絵堂は笑う。
「つまりジエンドを倒せればいいってことか」
「当たり前じゃないですか。そのためならば、いくらでも屍を築いてやりましょう」
「相手は人間じゃない。プラスチックと金属の塊だけどな。じゃあ頼むな」
ローレルは早朝の日差しのような笑顔になると絵堂から完全に視線を切る。ずっと銃を撃ち続けているオートマタドールたちに向いて、足を肩幅まで開き、杖を持った右腕を横に、肩から一直線に伸ばす。
「任されました。ってさっきも言った?」
言っていなかった気がする。
ローレルが杖を離す。すると杖が自立した。杖はゆっくりとコマのように回る。回るたび、光を蓄えていた。
「日が昇る。目覚めよ、虹色を望む愚か者。仮面を付けた極光の模倣者よ。暁から黄昏への刻を無為に費やし、彼らに永劫の闇を与える。五色を喰らい満ちよ。その毒は潰えない。さあ始まりだ。現し世の時は今ここに収束する」
周囲が明るくなっていく。照明が強くなったわけではない。空気自体が発光しているかのような明るさだった。その光りは目が痛くなるまで増幅する。絵堂は何も問題ないが、転がっているオートマタドールの残骸や、近くの看板が発火するまで温められていた。
次の瞬間、世界から光りが失われる。まるで夜にブレーカーを落としたかのように、パッと闇ができあがった。点いたばかりの看板の火も消えていた。
「プリズム」
ローレルが魔法の名前を口にする。誰にも聞こえないくらい小さな声には、大きな満足感があった。
光りが戻る。しかし一部のみだった。オートマタドールが密集している地点。そこだけが明るく照らされる。
光りの収束点、そこで起こっていたのは光の爆発だった。この辺りの光を増幅させて、全て一点に集めたのだろうか。
まるで地上に落ちた花火のようで、見惚れないなんてありえない美しさがあった。
それが周囲に与える影響は、花火が落ちるよりも酷い。中心部にいたオートマタドールは見る影もなく消え失せる。離れた場所にいるオートマタドールも液体になり、もっと離れた場所にいても、体表が液体に変わり関節に流れて固まり、うまく動けていないようだった。
ローレルの障壁がなければ、光りは絵堂まで届いていた。障壁に沿うように道が川になっているところを見ると間違いない。
その障壁にも甚大なダメージがあったのか、厚みが削られている。もう一発は耐えられそうにない。
もし、ローレルが今の魔法をもう一発撃ったら、障壁よりも街が心配になる。魔法の発言地点から近い建物や道は無くなっていた。濁った湖になっていた。
人的被害が気になるところだが、幸いにも血の匂いは全くしない。建物が無くなって開けた視界では、オートマタドール以外に倒れた者はいなかった。
「ローレルよ。これ、街中で使うような魔法か?」
「すごいでしょ!」
「え、あー……そうだな」
「でもこれ、どうする? 逃げる?」
視界が開けて、一つわかったことがある。それは、オートマタドールの数だ。道を埋め尽くす程の数が迫っていたから、無数ぐらいに考えていたが、実際の数は予想を越えていた。本当に無数だ。
「これだけの数がいるなら、こいつらだけでジエンドもなんとかなるんじゃないか? ジエンドがどんな奴かは知らないけど、この数を処理するとなると、嫌気が差すと思うぞ」
絵堂は、自分がオートマタドールを剣で片付けようとしていた時期があったことに恐れを感じた。こんな人数、剣一本で間に合うはずがない。
例えるならば、蟻だった。蟻が異様な数集まり地面を真っ黒な絨毯で包むように、オートマタドールは空以外を真っ黒に染めている。
「逃げるか」
戦って勝てないはずがないが、どれだけ時間がかかるか検討もつかない。もしかしたら、数万はいるオートマタドールは氷山の一角でしかないかもしれないのだ。どこで打ち止めかわからない以上、戦うのは時間の無駄だ。
「モニカを拾ってそのまま出発するぞ。地上に出る。魔城だっけ?」
「そう。ここから西の方に進むと見えてくるはず」
話が決まったなら、直ぐに出発だ。地上へのエレベーターはずっと高くまで続いている。地下世界の空のてっぺんまで届く、細長い建物だ。一度見つけたら見失うはずがない。道案内は不要だった。
ただ、モニカを捕まえるまではローレルが先導だ。杖の先に灯りを付けて、その灯りが強い方向に急いだ。その方向にモニカがいるらしい。すぐに見つけられた。
モニカが服屋から出てくるところだった。脱獄犯のくせに追われず、優雅な立ち姿だ。初めて見たときの服装よりも良いものを着ていた。新品で綺麗な上に、目で見てわかる上等な生地でできている。買ったもの、だよな?
モニカはすぐに絵堂とローレルに気がつくと、目を見開いて慌てていた。
もうローレルの案内は不要だ。絵堂は足に力を入れて一気に距離を詰める。モニカが絵堂に背中を向けたと同時に、絵堂の手がモニカの肩に乗った。
「悪いね。あの姫様はどうしても仲間が欲しいみたいで」
「本当に悪いと思ってるなら放して」
「思ってるわけないだろ。おまえは俺のスーツを爆破したんだぞ」
「どうせ効かないんでしょ?」
「そういう問題じゃ――おい、さり気なく俺の腰に爆弾をセットするな。胸元ならいいってわけじゃない!」
もらった二つの爆弾をモニカの口に押し込んでやろうかと考えていると、ローレルの足音が止まった。
「追いついた。用意はいい? あのエレベーターを目指そう」
息が上がったローレルは、疲れよりも元気が勝っていた。ぜいぜい言いながら、走り続ける気、満々だ。