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 現場には熱気が立ち込めていた。ついさっき爆発が起きたばかりで、片付けは全くされていない。既に人集りができていて、片付けはしばらく難しそうだ。

 爆破されたのは豪邸だった。広い敷地には酷く壊れた破片が散らばっている。元は塀だった瓦礫、花壇だったと思われる場所には死んだ花や土が、本邸の壁も無くなっていて、内部が露出していた。

 ここへ向かう途中でも、爆発で飛んだと思われる欠片が散乱していた。道路自体に付いている清掃機能によって、自動的に道の端に寄せられて片付けられるところだったが、確かに欠片が転がっていた。爆発はそれほど新鮮だった。

 様子から察すると、住民は外出中だったようだ。家を爆破されて嘆いている者はいない。これだけ人がいれば家主がいるかと思ったが、どうやら野次馬だけで構成されているらしい。

 そう。現場には野次馬が大挙していた。ローレルは最速の野次馬と比べると、とても遅い到着だった。着いた頃にはもう人の壁が出来上がっていて、隙間もないほどだ。

 背の低いローレルでは、人の壁を越えて現場を見ることは叶わない。圧倒的に身長が足りず、前の人の背中に視界が阻まれる。女の子とは思えない必死な形相でジャンプを繰り返しても、その事実は変わらなかった。

「抱っこしてやろうか? それとも肩車? 悪いけど子ども席はない」

 そうでもしないとローレルの背丈では届かない。ローレルと前の人じゃそれほどまでに差があった。

 しかし小さな子どもと同じ扱いをされるのは気に入らないらしい。ローレルは絵堂の足を軽く蹴ろうとしたが、止めた。

「どっちも嫌だ。四つん這いになって」

 絵堂は想像してみる。自分が台になって、その上にローレルが立つ姿を。台になると、これくらいの高さを補完できるから、ローレルの頭はこの位置にくる……。

「それでもローレルの背じゃ届かないだろ? もう一つ爆発が起これば別だけど」

 また爆発が起これば、野次馬も散るだろう。

「決めつけないでくれない? もしかしたら届くかもしれないよ」

 そう言ってローレルは必死に跳ぶが、前列の人の肩にも届かなかった。ローレルの背が低いのもあるが、ここの野次馬は選別されたかのように高身長が多い。

 絵堂もここでは比較的背が低い部類になる。跳ばなければ奥が見えないくらいだ。跳べば見えるけど、そこまでして見ようとは思えない。

 ローレルが疲れて息を吐く。

「まあ足りないと思うけど」

 ローレルは現実に腹を立てて頬を膨らませる。いじける姿が可愛らしくて、絵堂はふと笑った。それがローレルの感情を逆撫でするのは言うまでもない。

 絵堂にはわからなかった。ローレルは、どうして今の爆発に興味を寄せているのだろうか。野次馬の量から察するに、この街での爆発は珍しいものなのだろう。

「爆発に心当たりがあるのか? 自分でやったとか?」

 冗談でも疑われて、ローレルはまたいじけてくれるかと期待した。実際は逆で、ローレルは、一仕事やり遂げたような笑みで、ゆっくりと首を横に振った。

「もしかしたら魔物が攻めてきたのかもしれない」

 ワクワクとしたローレルがそこにいた。かつて無いほどの喜色は、行き過ぎて不気味なほどだ。

「魔物が攻めてきたって、そんなことあり得るのか?」

 ここは地下だ。侵入ルートは限られるはず。それなのに侵入を許したのだろうか。

 人々は魔物を恐れて地下に引きこもったと聞いた。地下に潜って被害を抑えているが、完全には魔物の侵入を防げていないということか。

「本来はね、爆発なんて起きるはずがないんだよ。この国の技術は完璧だから。つまりこの爆発は誰かの意図したもののはず」

 野次馬の何人かが頷いている。どうやら事件派は多数を占めているようだ。ちなみにその野次馬たちは、屈んだり前を開けてくれるつもりは微塵もない。

「魔物の仕業なら、私達の出番でしょう?」

 本当にそうなのだろうか。ローレルの顔には、珍事が起きて面白い、と書いてあるように読めるのだが。

 再び音がした。最初と比べて小さい音だが、爆発音で間違いない。ついさっき似たような音を聞いた。忘れるにはもっと時間が必要だ。

 野次馬の何人かが駆け出した。新しい爆発に惹かれたのだろう。明かりに集う夏の虫そのものだ。

 ようやく隙間ができて、ローレルが壊れた邸宅を見ようとしたところ。

「民間人は離れてください。これよりこの場は治安維持局が保守します。これに従えない場合、法令一四七三条に従い、処罰の対象になる可能性があります」

 どこからともなくオートマタドールがやってくる。どうやら彼らがこの国での治安維持をしているらしい。人間がやるよりは、全身プラスチックの彼らが取り締まる方が信用できるかもしれない。

 そのプラスチック兵は残った野次馬を押し退けると、棒状の機械を地面に立て始めた。何本もの棒を、邸宅を囲むように立てていく。その棒は縦に伸びてから、棒と棒の隙間を『親友禁止』と書かれた映像で埋めた。侵入禁止と書きたかったのかな?

 もはや跳べば届くという高さじゃない。囲んだ映像は、邸宅の屋根よりも高かった。

「夏の虫みたいに、全力で走るのが正解だったな」

 そうすれば、さっき起きた爆発の跡は見られたかもしれない。

 絵堂からすればどうでもいいことだが、ローレルにとっては重要事項らしい。歯ぎしりが聞こえてきそうだった。

「さっきの爆発音がしたところに行ってみるか? ここの警察は虫よりも足が遅いみたいだから、間に合うかもしれないぞ」

 周りに聞こえる声で言ったのは間違いだったかもしれない。周囲のプラスチック兵が機械音を絵堂に向ける。オートマタドールも敵意を抱けるようだ。

「そりゃあそうでしょう。虫なんて、どこにでも湧くから」

 自分もその虫だと気づいていないのか、ローレルはにこやかだった。

 もしくは、プラスチック兵の敵意を中和させるために、わざと言ったのかもしれない。

「一応礼は言っておくか。ありがとう」

「お礼はいいよ。私は高利貸だから」

「奇遇だな。俺もだ。でも安心していい。ジエンドは善意で倒してやる」

「お金をもらうって話をしていなかったっけ?」

「ああ。立場をハッキリさせるために必要だった」

「……そう」

「じゃあそろそろ、もう一つの爆発地点も見に行くか?」

「いいよ。魔物の姿が見られないのは、別に原因があるからだろうし。それよりも、ジエンドを倒そう。そのためにも仲間をあと二人見つけないと。もう子どもでも年寄りでも構わないわ」

 構うだろう。ジエンドがどんなやつかは知らないが、剣が出てくる場所に子どもや年寄りを置くのは倫理的に問題がある。そもそも仲間なんかいらないと言っているのに。


 もう一つの爆発を見に行くにも、仲間を集めるにも、壊された邸宅の前ではできない。離れるのは決定事項だった。

 連続で二つの爆発が起きて、街自体が若干慌ただしい。そんな街の道をゆく。両手に荷物を持って急ぐ人がいれば、逆にあくびをして道の真中を我が物顔で行く人もいた。

「一緒にジエンドを退治しに行きませんか?」

「行くわけ無いでしょぉおおおっお」

 上空に天気はない。空に似た映像が延々と流れているだけだ。まるで時間が止まったようで、ある意味では長閑、ある意味では悠長だった。爆発の件を加味すると、悠長の成分が多めだが。

「共にジエンドという諸悪の根源を滅ぼしましょう。今ならなんと諸経費だけで英雄になれるチャンス。一緒に歴史に名を残しませんか?」

「歴史って名前の墓石か? 悪いけどこっちは生きるのに必死でね。君たちも逃げるといい。近辺で三回も爆発が起こるなんて正常とは思えない」

 ローレルの勧誘の成果は、平均値であり続けた。

 そんな中、一人の足音が近づいてくる。明らかにこちらを意識している。警戒する必要はないだろうと思いつつそちらを見た。

 ローレルと同年代と思われる女性だった。体つきは、ローレルとは違い年相応だ。

 その人が不安そうに口を結びながら小さな歩幅で走っている。

 絵堂には見覚えがあった。城の客間の窓から見えた女性だ。格好もそのまま。

 緑っぽいカーディガンに足首まであるスカート。髪は黒のセミディ。左こめかみ辺りだけ茶色い線が下りている。

 確か二人の男に言い寄られていた。様子から察するに、何も問題なかったようだ。

 他の問題は抱えていそうだが。

「あなた、もしかして勇者様ですか?」

 息を切らしながら、しっかりと声にしている。

「人違いじゃないか?」

「では、その腰の聖剣は?」

「勘違いだった。俺は勇者だ」

 正直面倒くさいというのが本音だった。間違いなく、この女性は厄介事を抱えている。そうでなければ、勇者ですか? なんて声の掛け方はしないだろう。

 ローレルの面倒も見ないといけないし、仕事も探さないといけない絵堂にとって、これ以上にない天敵だ。できれば無視して立ち去りたい。

 しかしここは往来。人目は前にも後ろにもある。あまりに酷い対応をすれば、噂になって仕事が見つからなくなるだろう。聖剣という目印がある限り、呪いは解けない。

 ようやく女性の存在に気がついたローレルが、勧誘を中断して戻ってくる。

「誰?」

 と問うと、女性は頷いた。

「私は、モニカと言います。実は頼みたいことがありまして」

「そっか。エドゥが解決してくれるよ」

「ローレルも来るんだよ」

「勇者エドゥ様に、付き人のローレルさん?」

 絵堂は自分の名前を訂正できなかった。する前に吹き出してしまったからだ。

 ローレルが付き人か。想像したくないが、冗談としては面白い。絵堂が吹き出した主原因は、モニカの冗談ではなく、ローレルの顔なのだが。

「付き人ぉ? 私ガ? なんでェ?」

「違いましたか?」

「魔法使ぃい! これ、見える? これ、杖! 魔法の触媒!」

 モニカは肩を震わせる。怯えを誤魔化すように唇を噛む。それと同時に身を縮めた。

「この人怖い」

「全くだ」

 ローレルから距離を取るようにして、モニカは絵堂の懐に入り込む。甘すぎない芳香のせいで絵堂は動けなかった。モニカは両手を胸元で抱えていたので、そういった感触はない。しかしもしモニカが両手を下ろしたら、当っていたかもしれないとは思う。実際モニカの両腕が絵堂に触れていたのだから。

 そんな行為を躊躇わず、あっと言う間に実行するモニカを見て、ローレルの高ぶりすぎていた感情が霧散する。

「慣れてるの? その、男に飛びつくのに。いやらしい」

「えっ? あっ、いえそんなつもりじゃ」

 頬をピンク色に染めつつ、モニカは絵堂から離れた。

 ローレルめ、余計なことを。と言いたいところだが、決して口には出さなかった。あのままでは動きにくくて仕方がなかった。そういう意味では、モニカを剥がしてくれたのはありがたい。

 絵堂はシャツの皺を整える。

「それで、要件は? 心を読む方法なんて知らないもので。言葉で教えてくれないとわからない」

 未確認生物でも見つけたような驚きようで、ローレルが絵堂に顔を向ける。

「エドゥ、何言ってるの? あんたにはジエンドを倒すという使命があるの。雑事に構っている余裕なんてないはずよ」

「さっき自分がなんて言っていたか思い出せるか?」

「雑事ではない……です」

 そう言うモニカは自信がなさそうに、目を伏せていた。鬼の頸動脈を噛み切りそうなローレルには勝てないと、本能的に感じたのかもしれない。

 それでも言い返す辺り、モニカにとって重要事項なのだろう。ある程度は察してやりたい。

「言ってみ」

 ローレルの視線を断つように、絵堂は二人の間に入った。目を上げたモニカは小さな声で始める。

「ジエンド歓迎会、もしくは終焉歓迎会という、団体はご存知ですか?」

 ここでもジエンドか。ジエンドが大好きなローレルが反応したようだ。それを抑え込むように絵堂は一歩下がった。何かが背中に当たる。

「ャブッ」

「その団体が、今日活動しているのです。先程の爆音を聞きましたか? まさにあれがそうです。彼らに目的はなく、ただ破壊活動をし続けます。この国がジエンドを排斥しようとし続ける限り……。このことを、当事者でもある勇者様にお伝えしなければと」

「歓迎会かぁ。覚えがある」

 ローレルによると、各地でテロを繰り返す反社会的勢力らしい。詳しいところは全て闇の中にある組織で、非常に危険とされている。モニカが否定や訂正をしないので、ローレルの認識は正しいようだ。

「勇者様には、このことを王様に知らせて欲しいのです。勇者様の言葉であれば、無下にはできないはずなので」

 既に爆発が起きているのだし、放っておいても治安維持用のオートマタドールが動き出すだろう。実際、さっきの爆破現場はプラスチック兵が押さえにきた。

 そう口に出すよりも先に、モニカが続ける。

「今回の歓迎会は本気です。今までと同じだと思っては手傷を負ってしまう。だからより多くの戦力を投入しなくてはいけないんですが、私のような村娘では発言力が足りません。城の門前で跪きながら訴えかけても、成果は得られないでしょう」

 モニカは寂しそうに俯いた。モニカには悪いが、その姿を見て同情する人は誰一人としていなかった。

「ねえ、モニカだっけ? ちょっと、エドゥ邪魔。あんたさ、なんでそんなこと知ってるの? 歓迎会って諜報部でも尻尾を掴めない、謎らだけの危ないクズ共だよ。さっきの爆発が歓迎会によるものってのは当て勘だとしても、なんで今日は本気だと言い切れるの? ただの村娘、かっこ自称が得られる情報じゃない気がするんだけど。つーかどこに村があるの?」

「そうだな。根拠は重要だ。嘘も本当もいくらでも作れる。協力しやすいように、納得させてくれないか?」

「実は、親友が歓迎会に参加しているんです。それで教えてもらいました。私がこの近辺で暮らしているから。逃げられるようにと」

 そのジエンド歓迎会という奴らはテロ行為を飽きずに繰り返すらしい。そんな奴らでも親しい人が危険になるのは嫌だったということか。

 根拠としては弱すぎる。こんなに簡単に外部に情報を漏らす連中が、謎の危険因子でい続けられるとは思えない。ローレルによると諜報部でも全く歯が立たないとか。諜報部から逃げられる連中が、親しい間柄だからって秘密を漏らすはずがない。街から逃がすにしても別の方法を取る。何らかの理由をでっち上げて旅行券を渡すとか。

 ……ふと気づく。この国の諜報部があまりにもレベルが低すぎる可能性を失念していた。バカとバカがやりあって、バカが勝っているのだとすれば納得できる。

 モニカを信じてもいいか。絵堂はそんな気分になった。連続で爆発が起きているのは事実だし、警戒をし過ぎておけと伝えるくらい、なんてこともない。

 問題があるとすれば、ローレルだ。『寄り道すんな! 仲間を集めよう。ジエンドをジエンドさせるのー』と駄々をこねるかもしれない。そうなれば、引きずって行くとしよう。

「納得できたわけじゃないが、伝えておこう」

「ありがとう」

 その笑顔は、天使が羨むほどだった。ローレルが初めて、モニカから懐疑的な目を剥がしたことからも、とても美しい表情だったとわかる。

 安堵を化粧にした顔を見ていると、何かを案じていたのは間違いないのだろう。街の心配をしていたのか、それとも友人の心配をしていたのか。感情で満ち溢れた姿を見ていると、こちらまで安心できた。

「今回の爆破の首謀は歓迎会って奴らで、今回はマジみたいだから戦力を多めに投入するといい、投入できる準備をしておくといいと伝えればいいんだな?」

「できれば、王様に直接伝えてもらいたいです。そのほうが、オートマタ兵もすぐに動けるので」

 王か。思い出すのは、山のような自叙伝だ。片手では持てないほど分厚いのに、三十二冊もあった。将来的にはもう一冊増えるらしい。その先もあるかもしれない。

 あれを思い出すと、王とは会いたくない。会うのは、ジエンドを倒した後、お金を受け取る瞬間だけで十分だ。

「わかったよ」

 しかし了承した。笑顔を潰すのは可哀想だ。直接会わずとも、王の耳に届かせるくらいはできるだろう。伝言ゲームをすればいい。

 門番に伝えて、そこから上に伝えてもらう。どこかで内容が変わったとしても、それは報告ができていない城内部の問題であって、絵堂には関係がない。

 王に伝えるという約束も、所詮はモニカとの口約束だ。報酬が発生しない、善意のみでの行いになる。不確定要素に飲み込まれたとしても、責められる謂れはない。

「じゃあ行くか」

 モニカに手だけで挨拶をして城の方向を思い出す。まさかと言うべきか、やはりと言うべきか、ローレルの足は動いていなかった。

 足音が一人分足りないと気づいた絵堂はすぐに振り向く。見合っている二人がいた。

「友達を裏切ることにはならない?」

 モニカは唇に力を入れて、笑いを堪えていた。始めは突っかかってきたローレルに心配される差異が可笑しかったのだろうか。

「何もしない方が、裏切りです」

「そうかもね。変なこと訊いちゃったかな?」

「心配してくれてありがとう。勇者様とジエンド退治、頑張ってね」

 モニカがローレルの手を握ろうと近づいて手を伸ばす。それに反応したローレルは手を引いて何歩も下がった。モニカの顔が引きつるくらいの拒否反応。それは絵堂の眉も動かした。

「応援ありがとう」

 牛一頭が入りそうな隙間を開けて、ローレルはお礼を言う。

「じゃあ、そろそろ」

 ローレルは急ぎ足で、絵堂の背中を叩いた。

「遅くなりました」

「いいけど。さっきのは、なんだ?」

 さっきのと言えば、思いつくのは一つ。それはローレルも同じだった。

 ローレルは後ろを気にするように、首は動かさず視線を横へ向ける。

「ああいう、ぐいぐい来る子苦手」

 手を握られるのが嫌だったらしい。絵堂はローレルとの出会いを思い出す。

「俺もだ」

「あの子に近寄られたとき、満更でもない感じでしたが?」

「それを言っているんじゃない」

 ローレルに思い当たる節はない。答えを持っている絵堂は口を閉ざす気が満々だ。ローレルにできるのは、不機嫌を行動にしてぶつけるくらいだった。痛みもないくらいの緩い力で、絵堂の横腹を突いた。当然、効果はない。

「歓迎会のことを伝えるついでに軍資金を貰おう。それができれば、当面の問題は解決する」

「そういう腹でしたか。本音はどっちがついで?」

 絵堂は不敵に笑ってみるだけで答えなかった。ローレルは勝手に察して満足する。


 ネズミの心音程度のカチという音が聞こえた。後ろ、モニカがいる方向からだ。

 その瞬間、絵堂の胸元が光りだした。絵堂にそんな機能は付属していないはずだが、確かに光っていた。

 その光はとても小さなサイズで点滅している。ボタンのところ前立てに何か隠れているようだ。

 光が現れて会話は止まる。ついさっき、何を話していたのかも忘れてしまった。光への興味は何にも勝っていた。

 隣でローレルが杖を構える。格好良く一回転させてから、先端を絵堂に向けた。

 ローレルが何かを唱えると、杖が光り、ローレルの周囲を無色の膜が覆う。その膜は無色でありながら厚みを感じさせた。身を守るための壁だった。

 絵堂の光りが収束したかと思うと、その時がきた。絵堂を中心に暴風が吐き出されて物が弾き飛ばされる。道が抉れ、たまたま近くにあった家屋が歪んで弾け飛び、地面を揺らす音が鳴り響き、絵堂のスーツが焼けて千切れて飛んでいった。

 爆発だ。絵堂を中心に広範囲に影響を及ぼす爆発が起きたのだ。

 残ったのは絵堂と、自分だけを守ったローレルの二人だけだった。たまたま近くに通行人も誰もいなかったのは幸いだった。

 ローレルの周囲から無色の膜が取り除かれる。水の桶で紙が溶けるように、空気中に溶けていく。

「ローレルよ、おまえわかっていたな? 予めガードするなんて」

「まずいと思ったからシールドを展開しただけだよ。まさかこんなに大きな爆発だとは思いませんよ。ところで、服着たら?」

 絵堂は空を見上げる。青い空が広がっている。地下に作られた偽物の空だが、本物にしか見えないくらい精巧だ。現実逃避するには丁度いい。

「ああ、失うものが無くなってしまった。もうこの身しか残っていない」

 ローレルが距離をとったのも気のせいじゃないだろう。絵堂が着ていたスーツは爆発により千切れ、崩れ、四方八方に欠片となって飛び散った。もはや全裸だ。今ならなんでもできる気がする。

 唯一残った聖剣が憎らしい。こんな装飾品は残って、衣類を失ってしまった。逆にしてほしかった。失ったのが聖剣なら、悲しくなかった。

 修復不可能なほどボロボロに崩れた道に落ちた聖剣を拾い上げる。服の変わりにはとてもなりそうになかった。ついでに剣を挿すベルトすら無い。

「どうしてこんな爆発を起こしたの?」

「俺じゃない。自分でやったなら、スーツを退避させている」

「じゃあ誰が?」

 心当たりに行き当たった絵堂は後ろを気にした。光った胸の場所、そこをモニカに触られた覚えがある。それに小さなカチという音。確かめるまでもなかった。モニカが自白をしたからだ。

「生きてる! 確かに爆破したはずなのに」

 モニカが真剣に語った今までの話は全てが嘘だったと考えてよさそうだ。一つくらいは真実が混ざっているのかもしれないが、確かめる気分じゃなかった。

 旗色が悪いと見たモニカは、すぐに逆方向に走った。

「ローレル」

「もうやってるよ。……捕まえろってことだよね? 違ったらごめんね。――白銀の鎖よ、束縛せよ」

 ローレルが杖を足元に突くと、爆発によって転がっている瓦礫の隙間から、五本の鎖が現れた。鎖は蛇のように地面を這ってモニカへ迫る。鎖ならではの音にモニカは振り向き、状況を知った。

 鎖はモニカの全力疾走よりも速かった。五本の鎖は、モニカの両手足と胴に巻き付いて、身動きを封じる。

「捕まえてくれて助かる。俺がやると力加減を間違えてしまいそうでね」

 モニカは鎖を必死に解こうとした。道に叩きつけたり、鎖同士で擦り合わせている。しかしそんな柔な鎖ではなかった。傷を一つ付けるだけでも重労働だ。

 さて、話を訊くとしよう。絵堂は素晴らしくスッキリとした姿でモニカに近づこうとした。モニカは絵堂から離れたがっているが、鎖が決して許さない。

 鎖の音は足音で掻き消される。その足音は絵堂のものではなかった。多人数のバラバラな足音が、モニカを囲むように集まった。

「仲間か?」

 どこに隠れていたのだろうか。三十人は越えている人数が、路地や建物から現れた。統一性のない服装なのは、民間人になりきるためだろうか。

 その三十人以上は、一言も交わさない。それなのに、意思は一つだけだった。絵堂の前に立ちふさがる。モニカを渡してくれるつもりはないようだ。

 肉の壁ができたらしい。でも気にする必要はない。壁は殴れば穴が空くものだ。壁に関しては押し通り、モニカまで辿り着く。絵堂の唯一の持ち物でもあった一張羅をダメにした罪深さを体の芯まで叩き込む。

「エドゥ待って」

 ローレルの顔は絵堂を見ていなかった。モニカにも興味がないらしい。ローレルは、モニカとは逆方向を見ていた。

 ローレルの視線を追うと、オートマタドールの群れがあった。数はわからないが、とにかく多い。三十体ではとても収まらない数だ。道の端から端まで埋め尽くし、ずっと奥まで続いていた。

 オートマタドールはモニカとその仲間たちを正面に見て歩いている。

「終焉歓迎会のメンバーを発見排除……捕縛します」

 言い直した意味を疑った。オートマタドール全体が、殺傷力があるとしか思えない銃を腰から取り上げたからだ。

 トリガーには指が乗っている。銃口はモニカとその仲間たち――終焉歓迎会と呼ばれていた。ジエンド歓迎会と同じだろう――に向いていた。

 オートマタドールの一体が絵堂の横を通り過ぎる。

「服を着てください」

 先頭のオートマタが短い時間、絵堂に意識を向けたが、他のオートマタは歓迎会にしか興味がない様子だった。

「捕縛だぁ? 国に従うしか考え方を与えられていないお前らに、そんな事ができるのか? できるなら、どうして俺たちは今まで野放しだったんだろうなぁ? なぁ?」

 オートマタドールの軍勢が足を止める。先頭中央が「撃て」と言って始まった。猶予もなにもない。即開幕だ。

 戦いだ。オートマタドールは一丁の銃を駆使する。近寄られた場合、己の体や腕や足に仕込まれた刃物を使っていた。

 対する歓迎会は、思い思いの物を使っていた。銃を使う者や壊れた建材を振り回す者、拳を握りしめる者もいた。

 歓迎会の連中の戦い方は、もはや文明人じゃなかった。目の前にあるものを殴りつけるだけの、原始的すぎる戦い方だ。戦術もなにもあったものじゃない。

 本来であれば、そんな戦い方で成果なんて上げられるはずがない。しかしその戦い方は血が流れても厭わない歓迎会に合っていた。それはもう恐ろしいほどに。

 武装や人数を見れば、圧倒的にオートマタドールが勝っていた。しかし現実は歓迎会が押している。血が流れるよりも、スクラップの数が増えるばかりだった。

 オートマタドールの勝ち目は薄い。そう確信できるほどに、歓迎会個々の能力はオートマタドールを凌駕していた。

 この国に思い入れなんてないし、オートマタドールに個人的感情を寄せているわけでもない。動く理由があるとすれば、たった一つ。スーツを爆破してくれたモニカは歓迎会の後ろにいる。

「エドゥ?」

「あいつらの武器を壊してくる」

 歓迎会の武器は低品質なものばかりだ。わざわざ壊さなくても、勝手に壊れそうなものばかりだ。その低品質でオートマタドールが押されているのは事実だし、壊してやれば少しくらいは天秤が傾くだろう。

 一糸まとわぬ姿は、狭い隙間に入るにはうってつけだった。歓迎会とオートマタドールの間に体を入れて、歓迎会側の武器を殴り飛ばし、奪い圧し折り、素手での戦いを強要してまわる。足元に転がるオートマタドールの残骸にも手を加えた、拾って武器にできないように。

 効果は絶大だった。突然現れた全裸に武器を壊されれば、それだけで戸惑う。狂戦士みたいな歓迎会の連中を正気に戻させるだけの効力があった。

 ある時点から絵堂への攻撃も始まったが、全く意味のない攻撃ばかりだった。鼻の穴を狙ったものは流石に反撃したが。

 ふと背中に気配を感じた。背中を殴られるのは初めてじゃないし、どうせ効かないからどうでもいい。それよりも正面の武器だ。あの金属棒はティッシュペーパーより薄くするか、道路に片付けてもらうとしよう。

「とった!」

 後ろから声がした。その声には聞き覚えがあった。さっきまでは好意的に聞けていた、モニカの声だ。

 本懐を思い出して振り返る。具体的にどうするかは全く考えていないが、モニカには後悔してもらう。

 しかし振り返ったときには既にモニカは人の隙間を縫って離れていた。

「ローレルめ、ヘマしたな」

 モニカの手足には切れて短くなった鎖が見える。もはや、ほとんどアクセサリーだ。切り口は溶けたように歪んでいた。

 モニカの姿が完全に消えるより早く、ちょっとした異常事態が起きた。

 今まで人形よりも理性に欠けていた歓迎会の連中が、畏れの感情を顔に出したのだ。その目は全て絵堂へ向けられている。もはやオートマタドールは眼中にないようだった。

 絵堂を中心に、周囲にいた歓迎会の面々が散っていく。恐怖から全ての理論をすっ飛ばして、この場から逃げるという答えが先頭にくる。そんな逃げ方だった。

 一部はオートマタドールの列へと突っ込んでいる。今の歓迎会では、敵に囲まれてでも逃げたいらしい。オートマタドールに囲まれた者は捕らわれるか、無残な姿に変えられた。

 どうしてそうまでして逃げたいのだろう。答えは簡単だった。カチと音がする。さっきも聞いた音だ。この音の後に爆発が起きて、スーツが粉微塵になったのだ。

「なるほどな」

 もはや失うものがない絵堂は、これから起こるであろう爆発に対処する意味がない。ただ突っ立っていた。

 酷く耳障りが悪い音と共に、風が起こる。その風は絵堂と、オートマタドールの一部を巻き込んで吹き荒れた。

 今回の爆発は、先程のよりも強かった。高熱で溶かされ、足元が赤く光っているところからも、その強さが窺える。その上、範囲も広くなっている。

 爆発に慣れていない人が巻き込まれたら、良くてバラバラ、悪ければ灰になりそうだ。

 絵堂は顔を歪めた。これは、歓迎会の連中が逃げたのもわかる。酷く臭い。

 爆発が終わっても、歓迎会の逃走劇は終わらなかった。その中で一人だけ立ち止まる者が一人。モニカだ。茫然自失するほどのことが起きたらしい。

「えーっと、なんでもないです」

 その言葉から察するに、どうやらさっきの爆発は害意による攻撃だったようだ。冗談のような話だが、モニカのわなわなする唇を見る限り、本気のようだ。

「なぜ効くと思った?」

「そんなこと訊かれても」

 絵堂はモニカに後悔させたいと考えていたが、絶好の機会が訪れても先がまるで思い浮かばなかった。どうすれば後悔させられるのだろう。さっきの爆発が精一杯の攻撃だったのか、酷く寂しそうな顔をしている。絵堂からすれば、その表情を見られただけで十分だった。

 再び鎖がモニカを縛る。さっきの鎖と同じだ。誰がやっているのかは明白だった。

「ローレル、今度は剥がされるなよ」

「わかってる。言われなくても。それよりさ、服を着てくれない?」

 八本の鎖が、モニカを締め付けていた。モニカは何の抵抗もせず、両手足が束縛されるまでおとなしくしていた。

「服か。俺も欲しいと思っている」

 絵堂は何となく周囲を見回す。別に他意はない。

 歓迎会に所属している一人の男が立ち止まり、絵堂を見ていた。非現実的な何かを見て価値観が揺らいだと顔に書いてあるようだった。汚れがない良い感じのアンクルパンツを穿いた男だ。

 そいつがじっと見つめてくるものだから、絵堂もじっと見返した。別に他意はない。

「服か。買う金もないんだよ」

 手が疲れたので、聖剣に手を置いた。鞘の先を足元に落として、柄の上に手を乗せる。ちょっと聖剣を傾けたり、鞘から浮かせて刃を見せて遊んだ。

 その姿勢で、歓迎会の男をじっと見つめる。目が合っても逸らさないし、目を逸らされても見つめ続ける。他意はない。

「服ね。換えがあれば」

 絵堂は決して視点を動かさなかった。

 絵堂と見つめ合っていた男が恐る恐る前に出てきた。彼はジエンド歓迎会の人間で、ついさっきまで絵堂とは敵対していた。

 そう言えば、どうして歓迎会と敵対しているのだろうか。聖剣を持つ勇者は、ジエンドの敵だから?

 どうでもいいことを考えている間に、歓迎会の男は絵堂の正面で止まった。男は意を決して顔をあげる。

「あの、服が必要なんですか?」

「ああ。たまたまそうなった」

 男は突然服を脱ぎだした。意図することは不明だ。暑いのかもしれない。上下を脱いで、下着姿に早変わりした。

「よければ、これ使います? なので、その……」

「まじかよ。 助かるなぁ。でも気にする必要はないよ。気持ちだけでも十分だ」

 絵堂は目に力を入れながら言った。

「困っている人を見かけたら、放って置けない質なんですよ。それだけです。俺にはこのパンツがありますから」

 そのパンツが若干黄ばんでいるのは気のせいだろうか。

 幸い、服の臭いは正常だった。汗の臭いや、意味不明な体臭で汚されていない。裾や袖、襟に汚れはあるが、これは仕方がない。

「善意を無下にするのも悪い。ありがたく使わせてもらうとしよう」

 こうして絵堂は服を手に入れた。スーツとは違う、カジュアルな衣装だった。清潔な下着もあれば完璧だったが、これ以上は贅沢が過ぎる。

「本当に助かったよ。服をもらう一方では、こちらの気持ちの収まりがつかないしな。何か俺にできることはあるか?」

「あれはこちらの、服を差し上げたい、という我儘を通しただけなので、お礼なんてもらったら、むしろ悪いですよ。でも、強いて挙げるなら、今は用事を思い出して急いでいるのに、道が混んでいて進めないくらい」

「なるほど」

 見てみると、爆発跡を囲うように、絵堂の周囲には誰もいない。しかし少し離れるとオートマタドールと歓迎会の人間でごった返していた。

「謙遜のしすぎは毒になるぞ。まあいい。見送りくらいはしよう。どっちの方向だ?」

「あっちです」

 と、男が指したのは、城とは逆方向。比較的にオートマタドールが少ない方向だった。

 そういえば、靴もないな。ぺたぺた裸足で歩く。絵堂が動くとそれに応じて自動で道が開かれた。まるで爆弾が移動しているようだった。

「気をつけて帰れ」

 男は会釈をする。頭を上げるよりも早く駆け出して、あっと言う間に路地の影へと消えてしまった。


 残りの歓迎会に所属しているメンバーは、全員が捕らえられる運びになった。モニカも例外じゃない。

 モニカはローレルの魔法に引きずられる形で城まで連行された。鎖が意思を持っているかのように地表を移動しているのは奇妙な光景だった。モニカは引きずられても傷一つなかった。体のいたる所に何重にも鎖が巻き付いていたからだ。

 牢は城の地下にある。モニカたち、ジエンド歓迎会の面々はそこに押し込まれた。一人一部屋の豪華仕様で、寝ているだけで食事が出てくる。愛玩動物みたいな生活の始まりだ。ただし、散歩はナシ。

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