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「痛いな。加減くらいしてくれ……」

 サイグルは天を見上げる。グルグル回る視界が止まると、仰向けになっていた。

 久しい痛みで頬を撫でる。無敵化をしてもこのザマだ。絵堂とは一体何者なのだろうと疑問に思っても、答えを出そうとはしなかった。

「約束は守ってもらうぞ」

 サイグルが見上げた絵堂は折れた聖剣を捨てるところだった。

「そうだね。間違いなく当てられて。残念だけど負けた。ジエンドも死ぬとしよう。勇者に破れた悪の王は死んでいるのが自然だから」

 サイグルは立ち上がる。無意識で詠唱を続けるローレルを見つめた。

「魔法の真理に接続する。真理の削除、詠唱破棄を禁止。変更。魔法、プロトスピアの詠唱を『貫け』に変更。以上」

 すぐにローレルの妄言が止まった。もう王の自叙伝を口走ったりはしない。しかしその代わりに、新しい詠唱を口にする。

「貫け」

 ローレルの詠唱が終了して、プロトスピアの魔法が発動する。槍は遥か上空から、サイグルが座っていた椅子の辺りを貫いた。その衝撃は周囲に広がり、この場の床、全てを崩落させる。

 落ちていく。この場所にあった全てが空に投げ出された。床や壁は瓦礫に代わり、絵堂他三名は重力に従った。

 落下しながら、サイグルはローレルを拾い上げる。ローレルは長時間、王の自叙伝を口にしていた。もう暫くは意識を失っているだろう。

 瓦礫を足場にして、サイグルが跳ぶ。絵堂との間に瓦礫がないと見ると、ローレルを優しく放った。

 ローレルは空中散歩の最中、投げられたままの丸まった姿勢で、絵堂の元に辿り着いた。

「絵堂さん、勝手に世界を動かして悪かったと思っている。全部こちらの都合でやった。もし望むなら、世界を元の状態に戻す。絵堂さんがインテリハイツで生活していた世界にだ。前の生活に戻る?」

「いいや、このままでいい。戻っても職がない」

 こっちにも職はないが、金銭はもらえることになっている。未練の一つでも残っていれば戻ったかもしれないが、残念ながらローレルと会う前の世界は、正直楽しくはなかった。

「わかった」

「サイグルはどうするつもりだ。ジエンドはやめるんだろう?」

「別世界にでも移り住むよ」

「いいんじゃないか?」

「違う世界で善良な一般市民でも楽しむさ。影でちょっとしたズルをする」

 サイグルは冗談のように笑っていた。今までで一番明るい表情かもしれない。本心から笑っているのだろう。

 落ちるもの全ての落下速度が和らいだ。サイグルがやったのだ。サイグルは重力に別れを告げて、空に立つ。サイグルだけは完全に空中で静止した。

 絵堂とサイグルは徐々に距離が開いていく。絵堂は見上げながら、サイグルとはこれが最後なのだと悟った。

「もう会うことはないか」

 絵堂の言葉にサイグルは頷く。

「何度も会うほど仲良くもないさ。悲しむこともない」

 悲しんではいない。

 徐々に開く距離。もう二度と縮まらない。何も言わなければそれで終わるが、なんとなく無言は淋しかった。

「気をつけろよ」

「気をつけるさ。絵堂さんほどの理不尽がいればね」

「見つけたら紹介してくれ」

 サイグルは頷く。さっきから頷いてばかりのサイグルは、絵堂に背中を見せる。ほとんど背中しか見えないサイグルの口が動いた。

「――王を乞食に貶める」

「? 何だって?」

「悔しいから、置き土産だよ。本当、今までで最も無意味な一日だった」

 絵堂の落下速度が速くなった。瓦礫が影になり、サイグルの姿はすぐに見えなくなる。

 聞かれたらまずい言葉だったのだろうか。まるで都合の悪いものを隠す子どもみたいだ。応急処置で治療を終えた気になっている。実際、サイグルは瓦礫の影に消えて、何と言ったのか、もう問えないのだけど。

 絵堂が見るのは下だけだった。塔が見える。サイグルと会う直前に上った塔だ。上から見てみると、何の特徴もない。つまらない塔だった。

 絵堂とローレルはその塔の最上階に落ちた。天井を突き破り、埃を立てながら着地する。絵堂はもちろん、ローレルも無事だった。

 その衝撃で、ローレルの目が開く。

「ここは? ジエンドはどうしたの?」

「俺一人でやった」

「そっか。ご苦労さま」

「ご苦労、ねぇ」

「疲れたから。もう少し寝ていていい?」

「駄目だ。自分で歩け」

「そうしよっか。絵堂に抱えられているのも気色が悪いし」

「そうしてくれ」

「あっ痛い。ちょっと。落とさないでよ」

「ローレルが落ちたんだ」

「はいはい。そうですね。それよりさ、本当にジエンドを倒したの? すぐにやられちゃったのか、私全然覚えてないんだよね。本当、我ながら不甲斐ない」

「忘れたのか?」

「忘れた?」

「忘れたならそれでいい。思い出したら辛いだろうから」

「どういうこと? ねえ、教えなさい!」

 絵堂はローレルを無視して歩く。ローレルは絵堂に自分が知らない何かを聞こうと必死になる。服を引っ張って引き留めようとしたり、蹴ってみたり、セクシャルなセリフを演技してみたり。しかしどれも絵堂には効果がなかった。

 絵堂が向かうは王の元。ジエンドは倒した。約束の金を受け取る権利があるはずだ。

「それより先に、何があったか教えなさい! さもないと杖をお尻に挿すよ……ああっ、杖盗らないで。こうなったら木の棒で――逃げるな! 杖返せ!」



 行きと違い、帰りは大変だった。なぜならもう列車が走っていない。線路が死んでいるのだから仕方がない。

 モニカとクリシェはどこへ行ったのだろう。サイグルに詳しく訊いておけばよかったと今更思いつつ、王都エルターヴェまで急いだ。

 行きには必要なかった食料は狩りで賄った。短時間で移動できる列車のありがたさを痛感する。

 線路の上を歩けば、障害物は無いに等しい。おかげでスムーズに進めた。

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