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 巨体が倒れたせいだろう。地面が少しだけ揺れた。

 魔物の傷口から、ようやく血が漏れる。糸を引きながら切り口が広がり、頭が落ちて確信する。

「終わったぞ」

 そう言うと同時に、魔物が動いたような小さな揺れがあった。新手かとそいつを確認した。

「覚悟!」

 人の言葉を扱う辺り、まるで魔物だった。白銀の鎧と、花の蕾のような槍と、重厚な盾を備えている。

 まるで人間だった。桃色の長い髪を束ねもせずに伸ばしている。桃色の瞳と桃色の唇が光っていた。

 その人は、絵堂が倒した魔物を槍で貫いた。槍は深々と突き刺さる。死体に槍を通すなんて、特殊な宗教か趣味をやっているのだろうか。

「手強い相手だった。これでもう一安心。無事ですか?」

「誰?」

 ローレルとモニカが障壁から出てきた。ローレルがまだ敵と認識していない辺り、この人は見た目通り人間のようだ。攻撃していなくてよかったと、絵堂は胸を撫で下ろした。

「私はクリシェ。代々受け継いできたジエンド討伐の使命を果たすために旅をしている者です。列車の脱線が見えたので、食べ物を探しにきました」

 クリシェと名乗る女性は、槍を引き抜こうとしながら自己紹介をした。

「どこかで聞いたような話だな?」

 ローレルに横目をやった。ローレルは鬱陶しそうに顔を歪めたが否定はない。

「そりゃあ、あるよ。ジエンドを倒すために研鑽を積んでいる家はいくつかあるもの。私の家だけでジエンドを討伐しようなんて無謀なことは考えません。前のチームにも、私の他に一人いたんだから。それよりも」

 まるで顔を入れ替えたかのようにローレルの表情が明るくなる。

「私達の仲間になりませんか? 実はジエンドを討伐しに行くところなんです」

 今までもそうだったが、魔物の主を倒す誘いに、お茶しない? と同じような誘い方はどうだろう。誘われた側は何も思っていないようだった。

 クリシェは槍を魔物から抜こうとする。ローレルの誘いが耳に入っていたかは、正直怪しい。槍に全力を注いでいるが、しかしなかなか抜けなかった。

 装飾が引っかかっているのだろうか。変に華美な武器を使うからそうなる。絵堂は自分の腰にある聖剣の柄を撫でながら、そう思っていた。

 クリシェは遂に槍から手を離す。あきらめたのだろうか。クリシェは槍の柄を殴っていた。粗暴な態度でイライラが伝わってくる。

 柄を殴った手が痛かったのか、殴った手をもう一方の手で擦っていた。痛みのせいか微かに強張った表情で、ローレルに向き直る。槍は放ったらかしだ。

「失礼ですけど、あなた達は?」

 ローレルの杖がパタリと倒れた。ローレルが捨てたからだ。空いた両手で絵堂とモニカを引っ張った。

「こっちはエドゥ」

「絵堂だ」

「こう見えて勇者なんだ。聖剣を見てもらえばわかると思うけど」

 聖剣は持ち主を選ぶ。認めない者の命を吸うのだ。つまり、聖剣を持っているだけで勇者の証明は十分だ。

 クリシェは関節が硬い鎧に苦戦をしながら屈んだ。聖剣の側まで顔を持ってくると、装飾の一つ一つをなぞるように見つめた。

「これが聖剣。聞いていた通りの剣なんだ」

「あまり近寄りすぎると危ないぞ」

 絵堂は聖剣の柄を揺らして動かす。そのせいで、クリシェのすぐ目の前まで聖剣が迫る。聖剣が人の命を吸うのなら、あまり近づきたくはないだろう。

 クリシェは尻もちを着いてから、さっと離れ立ち上がった。

 ローレルが紹介を続ける。絵堂が終わったら、次はモニカだ。

「こっちがモニカ。爆発が好きな子だから、気をつけてあげて」

「気をつけるって?」

 モニカはやはり、爆弾を手に持っていた。ローレルがその爆弾を取り上げる。モニカが爆弾の行方を悲しそうに目で追っていたが、ローレルは無視した。

 爆弾は当然のように起動していて、ランプが点滅していた。モニカの爆弾だ。起動していないはずがない。ローレルも把握していることだ。

 ローレルは爆発される前に、その爆弾を投げ捨てた。そして花火が上がった。

「こゆこと」

 クリシェはまるで理解できていない表情だが「わかった」と口にする。

「そして私はローレル。魔法使いよ」

 ローレルは目をクリシェに向けたまま、倒れた杖に手を向ける。すると杖が一人で立ち上がり、ローレルの手に戻った。

「なるほど」

「あなたが仲間になってくれれば、チームが四人になる。もう百人力よ。後ろで見ているだけでもいいから、手伝ってくれない?」

 後ろで見ているだけは、手伝うとは言わないだろう。

 いちいち口に出してローレルの不況を買う必要はない。だから絵堂は、口を出す代わりに溜め息をしておいた。

 クリシェがどんな人かは知らない。知っているのは、死体に槍を突き刺して、抜けなくなって困る人、くらいだ。頼りになる印象はない。

 絵堂は槍に近づく。魔物にしっかり刺さっているようだ。柄を軽く捻ってみると、魔物の体まで連動して動いた。魔物の肉体を千切れるほどの力で強引に引き抜くか、槍を引き止めている肉を掘らないと抜けそうにない。

 絵堂は強引に抜こうと決めた。片足で魔物を押さえるようにしながら槍を引く。始めは力を入れないとどうしようもなかったが、始めを突破した後は楽なものだった。肉や革が破れる音を奏でながら槍が姿を現す。血や肉が飛び散りひどく汚れているが、槍自体には傷一つない。

「抜いてくれたんですか。ありがとうございます。よく抜けましたね」

 クリシェはローレルそっちのけで喜んだ。

「抜けなくなるような状態にするな。……あーっと……仲間になるなら、俺が助けてやれるから、好きにするといいけどな」

 力ない言葉だったが、ギラリと光っていたローレルの視線が和らいだ。

「ほら」

 絵堂が槍を投げ渡す。しかしクリシェは必死な形相でそれを回避した。槍の逆方向に頭から飛び込んで体全体で着地する。鎧を着ていても痛そうな落ち方だった。

 一体何をしているんだと問う前に、受け取り主がなくなった槍が落ちる。地面が揺れた。

「この槍、我が家に伝わる名槍中の名槍なんですけど、難点がありまして。重いんです。とっても」

 クリシェが槍の柄を両手で握った。ゆっくりと深呼吸。息を吐き。

「ふっん!」

 槍が動いた。徐々にだが、間違いなく柄が浮き上がっている。

 クリシェ額からは汗が流れる。必死な姿を見ていると、なぜこの槍を持ってきたのかわからなかった。

 クリシェは槍を引きずりながら岩場まで運んだ。岩に槍を立てかけるためだ。柄を持ち上げ縦にして、岩に槍を預けた。

 どうやら槍を背負うつもりらしい。盾を槍に引っ掛けてから、クリシェは屈んだ。腰と肩の二本のベルトで、背中に槍を固定する。立ち上がる準備ができると、細く息を吐き出して全身に力を入れ始めた。

「よし。いち、にの、ふんっ! んーっしょぃ。――ぃいあぁがってんはい。あっああああああああがっれってばっ――はぁ……上がった」

 モニカは爆弾ではなくハンカチを持っていた。それでクリシェの汗を拭う。モニカの気持ちはわからなくもない。クリシェはもう絶命しそうな顔色だった。

「っはぁ、ありが、とう」

 モニカは何も言わない。言葉の代わりに、爆弾を一つ、鎧の隙間に挟んでいた。すぐに絵堂に回収されたが。

 槍を背負うクリシェを心配そうな目で見るローレルがいた。例え話だが、もしクリシェが仲間候補じゃなくても、ローレルは同じように心配をしていたのだろうか。

「大丈夫?」

 ローレルは一瞬だけ槍を見る。クリシェはクスリと笑った。

「大丈夫。ちょっと重いけど、慣れてるから。それよりも、ジエンドを倒しに、行くんでしょう?」

「仲間になってくれるってこと?」

「ええ。一緒に諸悪の根源を絶ちましょう。新しい世界を築くために」

 クリシェとローレルは厚い握手を交わす。絵堂もクリシェから握手を求められたが断った。モニカは爆弾を差し出すとクリシェから握手を断った。

「仲間になりたてで言いにくいんだけど、食料もらえないかな? もうお腹ペコペコで」

「お金なら少しあるよ。でも食べ物はないかな。我慢してね」

「嘘でしょ?」

 嘘ではなかった。王から金は受け取ったが、物資は全く貰っていない。必要な物を揃える時間がなかった。

 モニカが食べられる野草を見つけ、クリシェに差し出す。クリシェは一瞬迷ってから、野草を口に入れた。


 線路を歩いてジエンドの城に向かった。途中、轢く気満々の列車が正面から突撃してきたが、線路から離れてやると、奇声と共に走り去った。この先、線路が切れているとは知らずに。

 他には何もなかった。ただ一つだけ、クリシェの歩みが遅かった。背負っている槍がクリシェを地面に押し付けようとしているらしく、一歩一歩の間が長かった。あまりにも歩みが遅いから、絵堂が代わりに槍を持ったくらいだ。ローレルは面倒なのを仲間にしてくれた。

 面倒と言えば、絵堂が引き入れたモニカも負けていない。負けていないどころか勝っている。道中、爆弾を取り出しては投げてを繰り返す。環境破壊が目的なのか、それとも魔物をおびき寄せるのが目的なのかはわからない。実のところは爆発綺麗くらいにしか考えていない。

 そんなモニカを止めようとしない、絵堂やローレルが一番の問題だった。

「どうしてそんなに爆弾を投げるの? 危ないじゃない」

 唯一、モニカに反応を示すのはクリシェだ。暇があれば爆弾を投げて遊ぶ人なんて、そう見かけないからか、珍しがっていた。

「投げないの?」

「投げない――じゃなくて危ないの」

「危ないか。そんなふうに考えたことはなかったなぁ」

 ぽんぽんとモニカは続けて二つの爆弾を投げた。刺激的な爆発に、モニカの表情が明るく灯る。

「だから、どうして投げるの?」

「危険じゃいけないの?」

「それはもちろん、だ――めなの?」

 すがりつくように、真顔で見つめてくるクリシェにローレルが笑った。

「どうしてそこで言い淀むのさ。駄目だって言っちゃえばいいじゃない」

「だって、ジエンドを倒そうとする以上の危険がある? 危険を否定するって、ジエンドを倒すって大義を否定しちゃうじゃない」

 ジエンドを倒すのは危険なのだろうか。絵堂は考えたことがなかった。危険だとして、どんな不利益を被るのだろう。

「もっと単純に考えてみたらどうだ? 危険を呼び込むのはよくない、とか」

「それ、それ、そうそれ」

 クリシェは飛び跳ねる勢いだ。

 では、危険に飛び込むのは良いのだろうか。特にクリシェは持ち運びすら満足にできない槍を武器としている。まともに扱えもしないだろう。こんな槍は持ち歩くだけでも危険だ。駄目だと結論付けられたら、このやりを捨ててもいいだろうか。絵堂は自分で考えるだけに留めた。

「危険を増やさないようにしましょう。爆弾を投げると、魔物も寄ってくるから」

 遠くに魔物が見えた。絵堂は石を拾い上げ投げつける。一直線に飛んだ石は魔物に命中。その魔物は誰にも断末魔を聞いてもらえず絶命した。

「魔物って、危険なの?」

「危険なはずなんだけど。ちょっとおかしい。私も危険には思えなくなってきた」

 爆弾を好きに投げているからか、鼻血を綺麗にして口元をハンカチで押さえる必要がなくなったからか、モニカは上機嫌だった。絵堂が知る中で最も晴れやかに笑っている。

「はいっ」

 モニカからクリシェにプレゼントが渡される。そのプレゼントは、ピッピッと電子音が鳴っていた。

「はいって、渡されても困るんだけど。えっもしかしてこれ、起動してる? どうして? 攻撃する対象もいないのに」

「普通は点火してから爆破する対象を探すんだよ」

「そんなの――えーっはい!」

 クリシェが投げた爆弾は空高くで爆発を起こした。

 モニカとクリシェが交流を深めているところだが、ジエンドの城が見えた。まるで霧が晴れたかのように、何もなかった場所に突如現れたのだ。

 草原の中央でまっすぐ伸びる塔が魔城で間違いないだろう。ここまで案内をしてくれた線路が塔の中に消えている。

 塔だけ暗い霧に覆われているような、禍々しい雰囲気があった。絵の中に別の絵を貼り付けたような異物感もある。十中八九、ジエンドの城で間違いないが、もし違ったとしてもまともな建造物ではないだろう。

 言葉を交わさずとも、全員の考えは一致した。無駄話が終わり、空気が重たくなる。

 絵堂はいつもどおり。ローレルは障壁を用意して、モニカは爆弾遊びを休んだ。クリシェは、絵堂から槍を受け取るか悩んでいる。

 そんな警戒も虚しく、生き物の気配はまるでなかった。

 誰とも会わない。それは塔に入っても変わらなかった。魔物が出入りした痕跡すらない。

 塔の内部は、外見と打って変わって明るかった。

「綺麗なところ……」

 塔は透き通ったクリスタルばかりが使われていた。壁を透過して外も見える。太陽の光が内に溜まり、塔の中央に光の固まりがあるように見える。まるで光る雲だった。

 塔の壁に沿う螺旋階段の手すりには、透明で繊細な像が並んでいる。その像は近づかなければ形がわからないくらい透き通っていて、簡単に壊れそうなくらい細かった。

 どこを見ても繊細さや透明感が付きまとう。絵堂はそんな場所に見蕩れていた。クリシェもローレルと同様だ。モニカだけは興味がなさそうだった。

 絵堂は、クリシェの盾を落として、それをモニカに拾ってもらうという愚行をやってしまうくらい、塔の装飾に見蕩れていた。

 みんながそんなだから、モニカはつまらなかったのかもしれない。

 モニカは爆弾を取り出すと、塔の上層に伸びる無色の柱に近づく。

「爆破は待てって」

 絵堂がモニカの後ろ首を捕まえた。

「これをセットしてから声をかけてくれない?」

「後で好きなだけやっていいけど、まだだ。先にジエンド本人と会う」

 モニカは不服を溜め込む。爆弾を投げようとするが、絵堂が簡単に、モニカの両腕を捕らえた。絵堂は、モニカの両手を背中に回して動きを封じた。

「あなたは忘れても、私は忘れない。離してくれない? しばらく我慢するから」

 そんなやり取りがあったとも知らずに、ローレルはのんきに感動をしていた。

「本当に綺麗」

 空が晴れていてよかった。もし晴れていなかったら塔はここまで輝いていなかっただろう。この塔の照明は、太陽が担っている。

 絵堂はどこまでモニカを押さえられるかを考える。

「感動しているところ悪いが、そろそろ上に行かないか」

 その一言で、ローレルもクリシェも帰ってきた。

 階段は細い。絵堂、ローレル、モニカ、クリシェの順で一列になり進んだ。まるでアヒルの親子のように。

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