沼
僕は掘り出したクッキーの缶のクラフトテープの切れ目を探して、爪を立てた。
しかし、継ぎ目は見つからず、爪がひっかかるところがまるでない。
「これはハサミが欲しいな」
「じゃあ、小屋の中探してみよか?」
僕の手の動きを覗き込んで、そわそわと見ていた友人が良い提案をしてくれた。
「うん、頼んだ」
僕は爪をなんとか引っかけようと躍起になっていた。
友人が立ち上がり、数歩ほど僕から遠ざかるのを背中ごしに感じる。
友人>「ん、なんやこれ?ズブズブやな」
僕は缶をくるくると回してじっくりと観察するが、継ぎ目が存在するようには思えなかった。
あれ、これどうなってるんだ?
僕はすっかり頭を悩ませた。
友人>「あっピンチかも。ちょっと、あおやん。ヘルプヘルプ!」
缶の正面で擦り切れたネズミのキャラクターが笑っている。
何を笑ってるんです?
僕はなかなか空かない蓋への苛立ちを、ネズミのキャラクターにぶつけてみた。
「"あおやーーーーーん"」
友人の全力の叫びが聞こえてきて、僕は、はっと後ろを振り返った。
すると、草むらの中から腕が2本生えているのが見えた。
(妖怪!?)
僕は驚いて、即座にその場で立ち上がった。
草むらの中で、ほとんど上半身しかない友人がこちらに向かって手を振っていた。
なんだこのホラー映像は。
「どうしたの、それ。こっから見るとすごいホラー」
「そんなことええから、はよ引っ張り上げてくれ」
友人は見るからに焦っていた。
僕は傍に駆け寄ってみて、更に驚く羽目になった。
埋まっている友人の周りの地面は固める前のコンクリートみたいにドロドロだった。
友人は"沼"に嵌っていた。
「うおー、うおーーー」
友人の体はじわじわと地中に飲み込まれていく。
遂には、地上には彼の上半身だけになってしまった。
「あんまり動かない方が。こういうのは動かない方がいいってどっかで聞いたことある」
僕は両手を前に出し、ジタバタ足掻いている友人を制止した。
「そんなこと言われても、めっちゃ怖いねん。早よう引っ張って」
「任せて」
僕はそのまま両手を前に伸ばし、友人の両手を掴んだ。
友人はとても強い力で僕を引っ張る。
友人の力に負けないように僕も必死に踏ん張った。
しかし、友人を引き上げることは叶わず、むしろ友人はさっきよりも沈んでいるように見えた。
なんだこれ。おかしいぞ。
ヌプッ
ん、なんだか足元に違和感を感じる。
下を見ると僕の両足の足首は"沼"の中にあった。
「うわぁ!」
「どうしたんや」
鳩尾の辺りまで、沼の中に嵌った友人が心配そうに僕を見ている。
「この沼どんどん広がっとるみたい。僕も嵌っちゃった」
僕は右足を上に引っ張り上げて、沼から出すと足を離れたところに着地させる。
ヌプッ
「うおお、なんで!?」
地表に着地させたつもりが、また沼の中だった。
何が何だか分からない。
「なんか出られへんやろ。俺もそうやったもん」
「何なんだろ、これ」
「分からへん。ただひとつ分かることは……」
友人は胸の辺りまで埋まっていた。
「これは"大ピンチ"ってことやな」
そう言って、友人が哀し気に笑う。
あれ、これは本当に不味くないか。
「誰かーーーー助けてーーーー」
僕は柄にも無く全力で叫んだ。
しかし誰かが近くに居る気配はなく、鳥の囀る声が聞こえるだけだ。
まずい、まずい。これは本当にまずい。
僕は沼の中をじわじわと進み、友人の間近まで寄ると脇を持ち上げる。
「うおりゃぁぁぁぁぁ」
全力で上に引っ張り上げるが、何故かびくともしなかった。
「これは"タカザキサン"の呪いかもしれへんなぁ……」
友人が諦めたような表情で僕に話しかけてくる。
「今、そんなしょうもないこと言ってる場合じゃないだろ」
僕は友人に腹を立てる。
友人はもう肩と首しか地上に出ていない。
「いや、俺はもう無理や。お前だけでも逃げろや」
友人が泣きそうな声で僕に言う。
「そんなわけにいくか。くそぉ。どうしたら……」
なんでこんなことになったんだろう。ちくしょう。
僕の目から涙が溢れてきた。
見ると友人も泣いている。
僕らが一体何をしたっていうんだ?
僕らは確かに今まで、ちょっとは悪いこともしてきたけれど、概ね普通に生きてきたじゃないか。
学校だって毎日行ってるし、タバコを吸ったり、お酒を飲んだりしたこともない。
ただ、人が要らなくなって捨てたエロ本を拾いに来ただけじゃないか。
そう、僕らはただ……ぼくは……
「ちくしょーーーーーーー!エロ本も読めないままに死んでたまるかーーーーー!」
僕は雄たけびを上げた。




