部員獲得大作戦(1)
放課後の教室。窓には朝から降り続く雨が、風に吹かれて水玉を作っては流れて行った。
そこに集められた、薫・陽太・委員長・康則・梢・弥生・皐月はそれぞれ、整然と並べられた机に着席している。
そして、教壇に立つ宮前先生は一度咳払いをすると、対面する演劇部員に口を開いた。
「皆に集まってもらったのは他でもない。これからの部活動についてだ。……皆も知っての通り、本年ドラフト一位指名選手の桜木が入部してくれた……」
(『してくれた』って、そうさせたんじゃないか……)
宮前先生の言葉に、片肘をついた薫は一人溜め息を漏らす。
「文化部の中で影の薄かった我々に、千載一遇の好機が訪れたのだ。今まで我々の事をさげすんできた、軽音部。鼻で笑った、ブラバン。陰口をたたき続けた、パソコン部……」
次々と宮前先生の口から上げられる文化部の名前。首を傾げる梢と弥生は、隣同士顔を見合わせた。
「そんな事ないと思うけど」
「……私も……そう思う」
そんな二人の言葉を聞いて、陽太が声を上げる。
「被害妄想じゃないですか」
「黙らっしゃい」
妙に古い言葉で陽太を制した宮前先生は、拳を作りさらに力強く演説を続けた。
「今まで何度、枕を濡らした事だろうか? ……しかし、今、悲しみを怒りに変えて、立てよ国民! 復讐の時は来た!」
宮前先生の言葉に、康則は「結局はそれが言いたかっただけだろう」と、冷ややかな視線で溜め息をつく。
突き刺さる視線を感じ取った宮前先生は、咳払いで仕切り直すと、口を動かし始めた。
「それではまず、来たる文化祭での演目を決めようか」
その言葉に、陽太は小さく手を挙げながら、質問を投げ掛ける。
「先生、文化祭って言っても、まだまだ先じゃないですか?」
「甘い!」
風を切る音。
宮前先生の投げた白いチョークが、陽太の眉間に命中する。
「痛って〜」
痛がる陽太に、宮前先生は再び拳を握り締めた。
「甘い! 甘過ぎるぞ、森本。だから、去年はメイド喫茶とかに客を持っていかれたんだ」
力説する宮前先生を横目に、薫は隣に座る委員長に声を掛ける。
「ねぇ、委員長。文化祭の演目って? 文化祭っていつあるの?」
薫の言葉に、委員長は正面を見つめたまま小声で答えた。
「文化祭は、毎年九月。演劇部は、そこで演劇をするの……」
「そこっ!」
宮前先生の言葉と同時に、薫に向かって飛んできた赤色チョークがこめかみにヒットする。
「痛て」
「私語は謹むように」
「何で、僕だけ?」
薫が正面に向き直りながら不満を零すと、宮前先生は胸を張った。
「私は平等ではない」
「自信満々に言う事か!」
薫の叫びに宮前先生は、豪快に笑い出す。
「良いぞ桜木。お前は数少ない、ツッコミ担当だ。……だからって、穴を見つける度に、誰彼構わずツッコ……」
三度の風を切る音。
変な笑いを浮かべた宮前先生の眉間に、赤色チョークが突き刺ささる。
「あだっ!」
痛みが強制的に宮前先生の言葉を中断させた。
(どこからだ?)
薫が反射的に隣を見ると、そこには綺麗なフォロースルーを決めている委員長の姿。
「言わせないから」
そんな凛とした委員長の声が、教室内に広がった。
一瞬の沈黙。
そんな空気を仕切直す為、パンパンと手を二回叩き、康則が口を開いた。
「さて、戯れ事はここまでにして、本題に移ろう」
康則は自分の席から立ち上がると、宮前先生を教壇から押し退け言葉を続ける。
「現在、演劇部が抱えている問題について……それは、先生も言っていたが、文化祭での演目。それと、部員の不足だ」
名司会者ぶりを務める康則を、宮前先生は恨めしそうに見つめた。
「まず、演目について。……部長、前へ」
演劇部での役職を呼ばれた委員長は、ノートを持って教壇に立つ。
「演目についてだけど、今回も私がオリジナルのシナリオを書こうと思います。出来上がりは、たぶん夏休みくらいになるかな」
委員長の言葉に薫は「本業だったんだ」と、入部までの経緯を思い出した。
「出来上がり次第、コピーで皆に回すから……」
「どんな内容なの?」
最後まで待ちきれないとばかりに、梢は瞳を輝かせ声を出した。その言葉に委員長の顔が、少し曇る。
「まだ、考えてないんだけど……桜木君を主役に当てようかと思ってる」
不意に出てきた自分の名前に、薫の体が椅子から少し浮いた。
「え!? 僕が主役?」
「ええ、今の所……」
戸惑う薫に、委員長は表情を変えずに口を動かす。その言葉に、少し黙っていた宮前先生が、補足し始めた。
「桜木には、こう、人を魅了する何かがあるんだ」
そう言いながら薫を指差す宮前先生に、薫は首を傾げる。
「何かって?」
「顔とか……」
「顔とか?」
さらに首を傾げる薫。それに合わせて、眉間にしわを寄せた宮前先生が、唸り出す。
そして、その唸り声と共に出てきた言葉。
「顔とか……」
「結局、顔だけかよ!」
心の声を、つい言葉にしてしまった薫は、自分が少し嫌な人間に思えた。そんな複雑な顔をする薫をよそに、宮前先生が豪快に笑い出す。
「そうだ桜木。お前のツッコミも良いぞ。……だからって、ゴモッ!?」
今度は黒板消しが、宮前先生の顔面を捉えた。チョークの粉がゆっくりと舞う。
「言わせないから」
再度教壇の上で見事なピッチングフォームを披露した委員長は、前髪を掻き上げた。
顔を真っ白にした宮前先生を無視し、康則は場を仕切り直す。
「と、いう事だ。桜木、頼んだぞ」
「あ、はい」
その場の流れで、薫はつい頷いてしまう。それを確認した康則は一度頷くと、次の議題に話を進めた。
「次に、部員不足についてだが……結構深刻な問題だ。この人数じゃ、大掛かりな舞台は難しいだろう。せっかく部長が面白いシナリオを書いてくれても、それが出来なければ部長の努力が無駄になる。最低でも、後三人くらいは部員が欲しいところだ」
「で、何か良い考えでもあるの?」
梢が言った言葉に、康則は肩をすぼめる。
「ポスターを貼ったり、身近な者に声を掛けてみてはいるが、結果は芳しくないな」
語尾が弱くなる康則の言葉に、所々から溜め息が洩れた。
そんな中、今まで沈黙を貫いていた皐月が恐る恐る口を開く。
「あの、明後日の放課後にクラブ紹介がありませんでした?」
唐突な言葉に、教室内にざわめきが起こった。
「え、そんなのあるの?」
森本が物凄い剣幕で皐月に詰め寄る。そんな森本に戸惑う皐月は、目を丸くしながら答えた。
「ええ、私が一年生の時にもあったんで、今年も明後日にあるって、友達が言ってましたよ」
皐月の言葉を聞いた森本は宮前先生に怒鳴った。
「先生!!」
全員の視線が宮前先生に集まる。チョークの粉を少し残した宮前先生の表情が、口を『あっ』と開いたまま固まる。
しばらく待っても動き出さない宮前先生に、痺れを切らした委員長は、黒板からチョークを一本、ゆっくりと手に取った。
そんな委員長の姿を見た宮前先生は、慌てて口を開く。
「確かに、そんな事もあるらしいな……」
その言葉に康則の目がいつもより鋭く宮前先生を見据える。そして開かれる康則の口。
「毎年あるんじゃないんですか?」
「あるよ」
軽く返す宮前先生の言葉に、康則の眉間にしわが寄る。微かに浮かぶ青筋。語調を押さえながら、康則は再度口を開く。
「この二年間強、今まで一度も聞いた事ありませんでした」
「言った事ないからな」
その瞬間、宮前先生の額に、チョークが再度突き刺さった。