リンシャン学校(3)
麻雀用語。
鳴く――チー・ポン・ミンカンの事。
ポン――自分に同じ牌が二枚ある状態で、誰かが捨てた三枚目を拾い、三枚組にする事。
カン――自分の手に同じ牌が四枚ある時それをひとまとめにする事。その事でドラが一つ増え、新たに一枚牌をツモってこれます。
対子――同じ牌が二枚揃っている状態。
順子――ジュンツ。二、三、四の様に三つの数字が連なった三枚組の事。
刻子――コーツ。五、五、五の様に三つの牌が同じ三枚組の事。
槓子――カンツ。六、六、六、六の様に四つの牌が同じ四枚組の事。
暗刻――同じ牌を鳴かないで三枚集める事。
ロン――他の人が捨てた牌でアガル事。
ツモ――自分が引いてきた牌でアガル事。ツモるとは、牌を引いてくる事。
役――これが無いとアガレないのです。
リーチ――役が無い時アガルため、千点を差出し一役つける事。鳴いている時はリーチできません。
ドラ――毎回変わる、一翻特典。でも、これだけではアガレないのです。
裏ドラ――ドラの下にある牌。リーチをかけてアガルと、その牌をめくってドラを増やす事が出来ます。
白・發・中・自風牌・場風牌――三枚揃えるだけで一翻付くお得な牌。
タンヤオ――正しくは断ヤオ九。一と九、それと字牌を含まない状態で手を作りアガル事。一翻。
喰いタン――鳴いてタンヤオを作る事。
ピンフ――漢字で書くと平和。テンパイの状態で、順子と対子で構成され対子は白・發・中・自風牌・場風牌以外で出来ている状態で、最後の待ちが、順子の両面待ちでアガル事。一翻。
ツモピン――ツモアガリでピンフをつける事。
三色――正しくは三色同順。萬子、筒子、索子で同じ順子を作る事。二翻。鳴くと一翻。
三暗――正しくは、三暗刻。暗刻を三つ作る事。二翻。
トイトイ――正しくは対々和。何か一つポンと鳴いた状態で、対子一つ、刻子四つで構成されたもの。二翻。
大三元――白、發、中。それぞれ刻子で揃えてアガル事。役満。
満貫――六十符三翻から。子八千点(二千、四千)。親一万二千点(四千オール)※括弧内はツモアガリの点数振り分け。
跳満――六~七翻。子一万二千点(三千、六千) 親一万八千点(六千オール)
倍満――八~十翻。子一万六千点(四千、八千) 親二万四千点(八千オール)
三倍満――十一~十二翻。子二万四千(六千、一万二千) 親三万六千点(一万二千オール)
役満――十三~。子(八千、一万六千) 親四万八千点(一万六千オール)
縛り――ローカルルールと思っていただければ幸いです。
宮前先生に案内されたのは、談話室とプレートのかかった十畳ほどの畳の間だった。その部屋の中には、冬に小さなコタツへと変わる正方形の机が二つ。そのそれぞれに、緑色のマットが敷かれていた。他には何もない、誰もいない。こんなところで何をするのかと薫は一人首を傾げる。
そんな薫をよそに、梢と弥生は揃って「あっ」と、気が付いたようだ。その隣で大輔が「俺ゲームでしかやったことねぇな」と零せば、陽太が「演劇部では常識だぜ」と笑った。
いったい何が常識なのかと薫が更に頭を捻ると、宮前先生が事の説明を始める。
「さあ、演劇部恒例、チキチキコスプレ麻雀大会について説明しよう」
宮前先生得意の演説で説明された内容は、つまり、麻雀をして演技の幅を広げようと言うのだ。人をだます事や、相手の思考をよむ事は演劇ではとても大切だと語った後、それを鍛えるにはプライドを賭けなければいけない等、数分の熱弁を揮い。そして最後に負けた者は恥ずかしいコスプレをしてもらうと罰ゲーム付きである事を告げた。
「つまりは、特訓ですか?」
「ビンゴ」
薫が全てを要約して言葉を紡ぐと、宮前先生がそう言いながら、薫を指さす。しかし、麻雀たるものを一度も経験した音が無い。そう表情に出しながら薫は不満げな声を出す。
「でも、僕ルール知りませんよ」
「なら、これに目を通しておけ」
そう言いながら差し出された“漫画で習う超能力麻雀”と記された単行本。それを受け取った薫は、黙ってそれに目を通す事にした。
麻雀――各プレイヤーは十三枚の牌を手牌として対戦相手に見えないようにして目前に配置し、順に山から牌を一枚自摸しては一枚捨てる行為を繰り返す。この手順を摸打といい、数回から十数回の摸打を通して手牌一三枚とアガリ牌一枚を合わせた計一四枚を定められた形に揃えることを目指す。アガリ形の組み合わせに応じて点棒のやりとりが行われ、最終的に最も多くの得点を保持していた者を勝者とする。
といった根本的な事から、各役の説明、牌の効率的な切り方、チー・ポン・カン・チョンボ・フリテン等、基本的な事。
次に応用編が来るのかと思えば、漫画で展開された牌譜が書かれ、そこで使用された明台詞がこういう時に使うのだと事細かく数ページにわたり説明されていた。
薫が単行本に目を通している横で梢が、辺りを見回しながら頭に浮かんだ疑問を投げかける。
「あの、ところで面子が一人足りないんじゃ? 一卓、三打ちにするんですか?」
「いや、ちゃんと四打ちを二卓作る。心配するな。面子はすでに用意した」
そう、自信満々に胸を張る宮前先生に陽太が「あ、若菜」と声を上げる。しかしそれに宮前先生は「あいつは無理だ。さすがに一人だけ呼び出すのはこの林間学校の趣旨に反する」と首を振った。
「じゃあ、誰が来るんだ?」
大輔がそう口を開いた時、一人の男性が談話室内に入ってきた。
「先輩。何です? 二人っきりで合うんじゃないんですか?」
そう不満げな声を出したのは今回のキーパーソン倉田先生だ。その姿に視線を集めた薫たちは心中「こいつか」と、目を細める。そんな生徒たちに不敵な笑みを覗かせると、室内を見渡した後、倉田先生が再度口を開いた。
「まぁ、良いですよ。俺も麻雀好きですから」
「何言ってる。最初から麻雀だと言っただろう」
「そうでしたか? 聞いてませんでしたよ、先輩」
「都合の良い事しか聞かないからだ。馬鹿め」
そう吐き捨てた宮前先生が、一つの卓の上に、東南西北と刻まれた牌を一つずつ。そして、春夏秋冬と刻まれた牌を一つずつ裏返しにして並べた。
「さて、面子決めだ。好きな牌を一つ取れ」
それを合図に、各々一つの牌を掴み、確認する。決まった面子は次の通りだ。
第一卓――大輔、陽太、梢、弥生。
第二卓――宮前先生、委員長、倉田先生、そして薫。
倉田先生と同じ卓――これは運命なのか。そう思いながら薫は溜め息をついた。
「じゃあ、始める前に縛りと詳細を言っておくぞ。今回は半荘戦だ。二万五千の三万返し。喰いタン・ツモピン・後づけなし。連荘しても二飜縛りはなし。多牌、小牌は、その時点で全てツモギリな。チョンボは満貫払い。赤ドラ入りで、華牌はなし。焼き鳥もなしだ。役満祝儀は王様ゲーム。後は……符計算だが、できるやつが適当にやってくれ。以上」
それが、開始の合図だった。談話室内にジャラジャラと独特の音が響き渡る。おぼつかない手つきで薫が十七枚を二段重ねにしたヤマを作り出す。それが出来上がると、視線を正面に向けた。すると、嫌でも見える対面の倉田先生がニヤリと笑う。
「何だ桜木。麻雀やった事が無いのか?」
「はい。初めてです」
「そうか。チョンボには気をつけろよ。自爆は面白くない」
そう言った倉田先生に薫は、少し鋭くした視線を向け「大丈夫です。ルールは全て覚えました」と、語尾を強くする。それを倉田先生は、小馬鹿にする様に笑うと「なら手加減はなしだ」と仮親としてサイコロを振った。
出た目は“八”。つまり、親は宮前先生から反時計回りに進んでいく事になる。
薫から見て左手上家に委員長。右手下家に宮前先生。そして、対面には倉田先生だ。
さすがに、薫を除く三人は慣れた手つきで牌をツモっていく。その中で一人薫だけが手間取っている状況だ。頭でルールはわかっていても、実際に体が動いてくれない。そんな状況でツモった五萬。これでテンパイ。まだ、誰もリーチをかけていない八順目。これだったらと、薫は点棒を取り出し宣言する。
「リーチ」
そう言いながら川へと四萬を横にして捨てた。しかし……
「悪いな桜木、それロンだ」
「え?」
対面から聞こえたアガリ宣言。ニヤリと口元が緩んだ倉田先生が自分の前にある牌を見せつけるように倒す。
「タンヤオ・ピンフ・三色、ドラ1か……満貫だ」
そこからだった。倉田先生の快進撃は止まらない。
「ツモ、三暗・トイトイ・白・ドラ三、親倍八千オール」
誰かが大きな役をテンパイすると……
「ツモ、タンヤオのみ」
「ロン、中のみ」
と、上手くかわしていく。
気が付けば薫の点数は、底を尽きかけてきていた。宮前先生も、委員長も、攻めあぐねている状況にあると言っても過言ではないだろう。それくらい倉田先生は運を呼び込んでいた。それに大学時代にならした腕で、戦況を自分の物へとしていたのだ。その感情の高ぶりから、声も次第に大きくなる。
「どうした桜木。さっきから一度もアガっていないじゃないか。そんなベタ下りの手じゃトップは取れないな」
心にグサリと突き刺さる言葉。わかっているのだそれは。しかし、それを実行に移すだけの運が無い。そう下唇を噛んだ薫が自分の手配を崩しシーパイを始めた時、その場にいた女性たちの瞳に、闘争心の炎がゆらりと陽炎を生む。
「あまり調子に乗らない方が身のためだぞ倉田。驕りは運にケチをつける」
宮前先生の瞳が輝く。
そこからだ。一気に流れが変わる。
「ポン」
「ポン」
「ポン」
薫が牌を一度もツモる事なく、一瞬にして宮前先生の場に大三元が姿を見せる。そして……
「倉田、それが当たりだ」
東三局。
「リーチ、一発ツモ、タンヤオ、ピンフ、三色。裏ドラ乗って……おっと、倍満だ」
そう言いながらニヤリと倉田先生を睨む宮前先生。寝た子は恐ろしい運を持って、起こした相手に噛みつき始める。
東四局。
「ロン、また当たったな倉田。跳満一万二千」
南一局。
宮前先生の打牌に自信がみなぎっている。だがそれを委員長が奪い取った。まだまだこれから。そう言いたげな委員長の眼鏡がキラリと輝く。
「ロン。タンヤオ、ドラ4。満貫ですね」
この時薫に電流走る。あっという間の快進撃に震えが止まらない。一気に七万点を超えた宮前先生。その流れをぶった切る委員長。これが麻雀の醍醐味なのだ。そういった感情が薫の中の何かを変えた。いや、薫の中で眠っていた感性を呼び起こす。
南二局。
遂に薫が動きを見せた。
「倉田先生、それロンです」
そう言いながら倒した薫の役は満貫。まだ誰もテンパイすらできていな間の出来事。まさに神速。薫の中で才能が開花を始めた。
南三局。
牌を触る感覚が違う。生命の鼓動を感じる。流れが見えた。次々と完成していく暗刻。気が付けば、三つの暗刻と二つの対子が出来上がった。ツモれば四暗刻。最も出やすいと言われている役満だ。例え“ロン”アガリでも、白でアガレば、白が付き、そうでなくともトイトイ・三暗刻・ドラ三。リーチをかければ倍満。ここは勝負するしかない。
「リーチかけずにはいられない」
そう言って薫の伝説が始まった。
一順後、ツモった牌は、アガリ牌では無い。だが、暗刻で抱えた牌だ。ここで薫は迷わない。
「カン」
新たにカンドラがめくられると、カンした四つがドラになる。これでドラ七。三倍満。
そして、リンシャン牌をツモる。それもまたアガリ牌ではないが、槓子ができた。ならば……
「カン」
今度はドラが乗らない。しかし……
「ぬるりとしたぜ」
盲牌など薫にはできない。しかし、唯一触っただけでわかる牌がある。その気持ちが抑えられず、無意識のうちに、少し前に目を通した文庫本から言葉を引用していた。
「ツモ。四暗刻」
この瞬間、後に雀聖と呼ばれるかもしれない男が、その片鱗を覗かせた。