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ミッションインポッシブル?(2)

 放課後。薫は、宮前先生との約束通り、生徒指導室の前にいた。この部屋に呼ばれるのは、これで二度目になる。一度目は、薫が番長に就任した時。その時は、女生徒の格好で学校中を走りまわされた。

 さて、今回は一体どんな事をさせられるのだろうと、薫は眉間にしわを寄せながら、生徒指導室の扉を開ける。

「ようこそ、奈々子の部屋へ」

 気分は黒柳さんの気分なのだろう、ちょっと鼻に掛かった宮前先生の声が薫の鼓膜を刺激した。

 薫が見た部屋のレイアウトは以前と変わらず、簡素なものだ。小さい部屋に机が一つ。パイプ椅子が二つ。その一つ、窓際に置かれた椅子に、薫からは逆光になった宮前先生が、机に両肘を着き、口の前で指を組んでいる。「声とポーズがあってませんよ」と、半眼で言い放った薫は、宮前先生の雰囲気を感じ取り、きっとまた、つまらな事で呼び出されたのだろうと、溜め息交じりで席に着いた。

「で、今回は何ですか?」

 不機嫌そうな、薫の表情を鼻で笑った宮前先生は、表情を一転させ、豪快な笑い声を上げる。

「そんなに硬くなるな。別に取って食ったりしないから」

 ガハハと笑う宮前先生に薫は半眼で「当たり前です」と言い放つ。

「なんだ? 最近先生に冷たくないか桜木?」

 薫の反応に少し不満げな宮前先生。口を尖らせて見せても、フォローはしませんよと、薫は溜め息をつき、話の本題に触れる。

「そんな事ないです。それより、ここに僕を呼び出したのには理由があるんでしょう? この前みたいな……」

 薫の語尾が弱くなる。自分で言っておいて何だが、以前の様に、また、宮前先生に弱みを握られたのかと不安がよぎった。姫川の一件が、薫の脳裏によみがえる。

 それを視線から感じ取ったかの様に、宮前先生の目じりが少し上がった。神妙な空気が、『奈々子の部屋』に充満していく。しかし、どうもこの空気は違うか、と宮前先生は頭を掻きながら、鼻息でその空気を押し流した。

「いや、今回は桜木の事じゃない」

(僕の事じゃない?)

 宮前先生の言葉に、疑問符を浮かべながらも薫は、密かに胸を撫で下ろす。どうやら、姫川の一件は宮前先生には届いていないようだ。

「それじゃあ、どうしてですか?」

「それなんだが……」

 そこまで、声に出すと宮前先生は難しい顔をして唸り出す。言葉を整理しているのだろうか? それとも、事柄を整理しているのだろうか? どちらにしても、今回の話はくだらない話ではなさそうだと、薫は真面目に続きを待つ事にした。

「若菜について、何か知っているか?」

 少しの時間を要したが、どうやらまとまったらしい。宮前先生の口がすらすらと言葉を紡ぎ出す。しかし、突然飛び出した康則の名前に、理由わけがわからず薫は戸惑った。

「若菜……君について?」

「そうだ。桜木も今日、テストの結果が張り出されて、気が付いただろう? 康則の成績が落ちている……」

 薫は康則の落ちる以前の成績を知らない。が、宮前先生の言葉で頭の中に、張り出されていた康則の順位が浮かんだ。

(確か、二十番台だったはず。それで、落ちてきているんだったら……やっぱり、森本が言う通り若菜君は秀才だったんだ。でも……)

「成績が落ちるくらい、誰でもあるんじゃ?」

「確かに……それだけを取って考えれば、ない事じゃない。だが、どうだ? 考えてみろ。最近の部活で何か気にかかる事を漏らしていなかったか? どうもこの成績の下落は、ただ事ではないような気がするんだ」

 ただ事ではない。――その言葉で薫は、目を細めながら最近のクラブ活動を思い出す。が、特にこれと言って、康則の不審な行動は見当たらない。

「わからないです」

 もしかしたら、薫は何か知っているのではないかと考えていたのだろう、当てが外れた宮前先生は大きく息を吐き出した。

「そうか……」

 少し寂しそうな呟きに、薫は溜め息をつく。

「本人に確認してみたらどうですか? ほら、僕の時みたいに」

 そんな薫の言葉を、宮前先生は首を振って後ろにそらす。どうしてだろうと首を傾げた薫に、宮前先生は小さな声で言った。

「私はね、決定的な証拠がないと、動かない人間なんだ。全てを知った上で、本人に確認する」

 言いたい事はなんとなくわかる。しかし、ストレートに悩みに食い込まずとも「なにか悩み事でもあるのか?」と、やんわり確認すれば良い事だろう。そう頭に浮かんだ薫は、その内容を宮前先生にそれっぽく投げ掛けてみたが、「若菜はどうせ、軽く受け流す」と、薫に真面目な視線を返した。

「あいつは、どうも自分の中身をさらけ出そうとはしないからな。本当に問題を解決してやるんだったら、心の内に入り込まないと」

 なんだかんだ言っても、やはり宮前先生は、生徒の事をよく理解している。康則の事を知っていればこその発言だったのかと、薫は納得した。

「ちなみに、桜木の時は別だ。あの時は、桜木薫という人間がどんなものかわかっていなかったからな。委員長に特別、素行調査をしてもらったんだ」

 その言葉で薫は、前回宮前先生が、委員長がどうとか言っていた事を思い出す。薫は以前素行調査を受けていたのだ。だったら、たった今飛び出してきた言葉が、ある意味答えなんじゃないかと、薫は口を動かした。

「だったら、やればいいじゃないですか。素行調査」

 その言葉に宮前先生は、実はそれが聞きたかったんだと言わんばかりに表情を緩め「じゃあ、やってもらおうか」と薫の額を指差した。予想していなかった事に、薫の目が丸くなる。

「え? 僕が?」

「そうだ。言い出しっぺがやる。当然だろう」

 してやられた。最初からこれが宮前先生の目的だったのだと後悔しても、もう遅い。薫は、ニヤリと笑う宮前先生に溜め息をつく。例え拒否したところで、以前の様に暴力事件を前に出されて、結局、要求に応じなければならないのだ。それならばと、薫は覚悟を決める。

「わかりました。でも、具体的に、何をどうすれば良いんですか?」

「そうだな、若菜の一挙手一投足に気を配ってくれ。もしかしたら、そこに答えが隠れているかも知れん」

「要は、若菜君の動きを見てろって事ですか?」

「そうだ、直接、間接は問わない。こっそり覗き見ても、盗聴器を仕掛けても構わない」

「それは、ダメでしょ。法律的にも色々と……」

 半眼の視線を向けられた宮前先生は、咳払いで仕切り直すと、一度緩んだ表情の上に真面目な顔を作り上げた。

「ともかく、やり方は桜木に任せる。法律に触れない程度に若菜の情報を集めてくれ」

「はいはい」

 面倒くさそうな薫の返事を流しながら、宮前先生は、一枚の名刺を取り出す。第三中学校教諭という肩書と共に、氏名――宮前奈々子――と090から始まる番号が記されていた。

「これが、私の携帯の番号だ。ついでに裏にはメールアドレスも書いてある。どちらでも構わないから、わかった事は随時、私に報告してくれ」

 名刺を受取った薫は、ひらひらとそのアドレスを振りながら「僕、携帯持ってないんですけど……」と、不満の声を上げた。そんな薫に表情を変えず、宮前先生はスーツの内ポケットに手を入れる。そして……

「だったら、これも持って行くと良い」

 宮前先生の言葉と共に、もう一枚のカードが机に置かれた。テレフォンカードだ。最近では見る事も極端に少なくなったカードを見つめ薫は、「これで……」と声を漏らす。

「そうだ。公衆電話を使うと良い」

 公衆電話も最近は見ないなと、薫は今になって、携帯電話を欲しがる陽太の気持が理解できた。考えてみると携帯電話は人々の生活に深く入り込んでいるのだ。小学生でも持っている時代に、持っていない自分が取り残されている様で、薫は少し寂しくなる。

「公衆電話か……」

(携帯……やっぱり、ないと不便だよね)

 そんな言葉が、心の中に広がった瞬間、薫は、ふと、この学校には公衆電話が設置されていない事に気が付いた。

「……って、学校だけじゃないんですか?」

「そうだ。明日は休日だからな。しっかり頼むぞ」

「クラブ活動は?」

「クラブ活動よりも、今は康則の事だ。問題はプライベートにあるかも知れない。だから、適当に理由を付けて、この土日は演劇部も活動休止だ」

「そこまで……」

 最初は適当に済まそうかと考えていた薫だったが、いつも以上に真剣な宮前先生の表情にほだされ、本気で自分が頼られているのだと自覚しながら、名刺とテレフォンカードをブレザーのポケットに入れた。

 自分の気持ちをくんでくれた。その姿を認めた宮前先生は「うむ」と頷き、最初の体制を取り直す。

「それでは、君に、奈々子エージェント、ナンバー2の称号を与えよう」

 奈々子エージェント――宮前先生の、特命任務を遂行するエージェントに贈られる称号。ステータス画面で選択すると、素早さと、ボキャブラリーがほんの少し上昇する。

「別にいりません」

 薫の端的な拒絶に、宮前先生は豪快に笑い出す。

「はっはっは。そんな事言うなよ。エージェント薫。頼んだぞ。若菜の謎を解き明かしてくれ」

「解き明かしてくれって……とりあえず、やるだけの事はやりますよ」

 ふてくされる様に、言い放つ薫。しかし内心は、宮前先生が『ただ事ではない』と気に掛けている事に、しっかり考えを巡らせていた。どうやら最近、康則の身に何かがあったのだ。それを探るというのは、探偵の様で、スパイの様で、不謹慎とは思いながらも薫はエージェントと呼ばれる自分が、まんざらでもなかった。


 ミッション――若菜康則の悩み事を解明せよ。

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