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二人の番長(3)

 三人は走った。薫と美咲は当然のこと、ボロボロになっても大輔は普段と変わらないペースで走り続ける。指定された時間まであと少し。


 建物が見えた。三人の速度がさらに加速する。


 もう誰も、止める事は出来ない。


 三人はロックシューターの入口を、勢いそのままにぶち破った。木製の扉が蝶番ちょうつがいごと室内に吹き飛んで行く。そして響いた大輔の絶叫。

「姫川!! 戻って来たぜ!!」

「今度はギリギリ間に合ったみたいだな」

 部屋の奥から姫川の声が聞こえる。大輔はその声がする方向に全力で駆け出す。もう初めから作戦は決まっていた。道徳に欠ける奴らは問答無用で殲滅せんめつ。提案者はもちろん美咲だ。

「うおおおおおっ!」

 室内に大輔の咆哮が響く。夕方の頃と変わらない姿でソファーに腰掛ける姫川が目に入ると、雪崩れこむように全体重を乗せた右拳を姫川の顔面に叩き込んだ。もつれ合った二人は、大輔の勢いそのままに、けたたましい音をたてソファーごとひっくり返ると、部屋の闇へ姿を消した。

「姫川さん?」

 ソファーの傍らでくわえ煙草をしていた不良の一人が、すぐ隣で起こった出来事が理解できず、視線から外れた姫川の名前を口にする。しかし、それを確認できるほど時間に余裕はなかった。

「煙草は二十歳はたちになってから」

 突然聞こえてくる少女の声に、その不良は体を強張らせながら声の主を探す。その瞳がロングヘアーを振り乱す美咲を見つけた時には遅かった。腕を掴まれ不自然に上体が揺れたと思えば、腕の関節が悲鳴を上げている。痛みを覚えたその瞬間、勢い良く後ろに倒され、襲い来る拒む事のできない衝撃が不良の意識を断ち切った。

 美咲の行動も早い。大輔の陰に隠れながら姫川に駆け寄った際、目に付いた不良を一瞬で戦闘不能に追い込んだ。

 ようやくそこで、一中の不良達が色めき立つ。ざわめきと共に数本のLEDの光が暗い室内に、青白い筋を作り出す。その内の一本が、眩しさで目を細める美咲を照らし出し、他の一本が人質となっている三中の不良達を浮かび上がらせた。

「てめぇら! この人質が……」

 ガムテープでグルグル巻きにされた三中の不良達を監視していた不良が、三中の不良の襟首を掴み声を上げる。が、その言葉も美咲と薫に遮られた。

「薫!」

「わかってる!」

 いつの間にか掴まれている腕。後ろから聞こえる聞き慣れない声。不良の背筋が凍りついた。襟首を掴んでいた腕が、薫の華奢な腕からは想像できない力によって引きはがされる。

「よくも、『俺』の仲間に手を出してくれたな!」

 薫のはらわたは煮えくり返っていた。大輔からは聞いていたが、近付いて初めて見えた仲間の流血。どうしてここまでするのか? 許せない! と……

「お前、もしかして……」

 怯えた不良の声。しかし、薫は耳を貸さず、逆に怒りを吐き出した。

「うるさい!」

 素早く不良の関節を決めると、美咲より激しく、そして強引に不良を床に叩きつける。微かな砂埃を巻き上げながら仰向けに倒れた不良は動かなくなった。

 そんな不良を見下ろす薫は、初めて自分から行使した暴力に戸惑う。漫画や小説で表現される爽快感は感じられない。どす黒く醜い怒りの感情が残るばかりで、気分が悪くなる。

 しかし、そんな薫を一中の不良達は休ませてくれない。人質の見張り役は、もう一人いた。

 薫の背中にズンと重い衝撃が叩きつけられる。

「がぁ!」

 上体を仰け反らせながら、苦悶の表情を浮かべた薫は首を捻り、原因を確認した。暗い中に浮かぶ人影が、上げていた足を下ろす姿が見える。敵が確認できた。視線を外さず体の向きを人影に正対させると、重心を落とし構えをとる。

 薫が息を吐き出し呼吸を整えようとした瞬間、見据えた瞳が敵が繰り出す拳を捉えた。条件反射で相手の手首を掴む。普段であれば『小手返し』で転がす所だったが、怒りに取り憑かれている薫は、進んで危険度の高い技を選択した。

 掴んでいた腕を捻りながら両手で自分の脇に抱え込むように右足を引き、引っ張り出す。つんのめる様にバランスを崩された不良が、薫に背中を見せると、後は、関節を締めあげながらその背中に全体重を乗せ押しつぶした。

 床に倒れこむ衝撃が薫にも伝わる。と、同時に掴んでいた腕が鈍い音をたて力を失った。

「ぎゃああああ!」

 不良の絶叫が響く。

 薫の放った技は合気道と言うより柔道で知られる変形の『肩固め』だ。関節を極めて投げる合気道とは違い、関節を極めたまま投げるこの技は、関節を破壊する。現にこの技を受けた不良の肩は外れていた。

 そんな不良を見下す薫は、自分の手に残る関節を外した感覚に震える。何とも言えない不安と後悔が、頭の天辺まで上りきっていた血液を一気に足の先まで下げた。

 客観的に見えてくる現実。戸惑いに包まれた薫は、不良の事を気に掛ける。

「ねえ……大丈夫?」

「すいません。すいません。すいません……」

 壊れたCDの様に同じ言葉を繰り返す不良。涙ながらのその言葉に、罪悪感が広がっていく。一中のやった事は許されない事だ。それはわかっている。だから仕方がない。そういった言葉を何度心の中で繰り返した所で、自分の暴力は正当化されるのだろうか? と、考えを巡らせても納得のいく答えは、薫の中に生まれてこない。後味の悪い感覚だけが薫の口を動かした。

「ごめん……」

 そう呟きながら腕を放し、ゆっくりと立ち上がると、続く言葉を紡ぎ出す。

「もう、こんなことしないで……僕は人を傷付けたくないんだ。わかったら、早く病院に行きなよ。もし、また、同じ事をするんだったら……容赦はしないよ」

 今の状況で言える精一杯の言葉だった。その言葉に不良は、肩の外れた腕を支えながら立ち上がり、無言でロックシューターの出口へ向かって歩き出す。

 自分の言葉が伝わっていれば、もう二度と同じ事はしないだろう。そう不良の背中を見送った薫は、周囲を見回し耳をすませた。

 室内には静寂があった。どれくらい一中の不良がいたのかわからないが、争う声や音が聞こえてこない。何本も空間に光の筋を作っていたLEDライトは、全て床に転がっていた。

 終わったのだろうか? そう感じた薫は妹の名前を口にする。

「お〜い。美咲。大丈夫?」

「無事に決まってんでしょ。そっちは?」

 どこからともなく元気な声が返って来る。薫は「大丈夫」と声を返した。

 そこで、薫は人質の事を思い出す。確かすぐ側にいたはずだ。床に転がるライトを拾うと周囲を適当に照らす。すると、簡単に見つける事が出来た。体育館裏で見た七人がガムテープで巻かれ集められている。薫はすぐさま駆け寄り彼らを拘束していたガムテープを丁寧にはがし始めた。

「桜木さん……ありがとうございます」

 拘束が解かれた人質達は薫の顔を確認すると、それぞれが感謝の言葉を口にした。薫はその度に「大丈夫?」と声を掛け、怪我の状態を確認する。僅かに流血を見せるものの、流れ出た血液はすでに乾燥していた。どうやら薫が思っていたより軽傷のようだ。

 全てのガムテープをはがし終わると、そこに美咲がライトで照らしながらやって来た。返って来ていた言葉の通り、美咲は傷一つないどころか、衣服に汚れ一つ見当たらない。そんな美咲は、薫の姿を確認すると安堵の息を漏らした。

「良かった。怪我、してないみたいで」

「美咲こそ」

 薫の表情に笑みが零れる。そんな薫とは対照的に、人質達は驚愕の表情を浮かべた。

「さ、さ、桜木さんが、ふ、二人いる!」

 薫も美咲も桜木なのだから間違いではない。しかし、人質となっていた不良達は美咲の事を知らないのだ。薫と瓜二つの人間が目の前に現れた事で動揺を隠しきれない。そんな不良達に美咲はロングヘアーをなびかせ、違いますよとアピールするが暗い室内では効果が薄かった。

「ドッペルゲンガーだ」

「いや、影分身だ」

「コピーロボットだ」

 と、口々に独自の仮説を語り出す不良達が、理解できていないと感じ取った美咲は、うっとうしそうに眉をひそめる。

「うるさいわね。訳わかんないこと言うんだったらガムテープで巻くわよ」

 美咲の言葉に不良達は一斉に口をつぐんで首を激しく横に振った。その姿を見ながら薫は笑い。美咲は半眼で溜め息をつく。

「もういいわ。ほら薫、帰るわよ。今からだったらまだ間に合う」

 間に合う。たぶんそれは美咲が見たかったテレビ番組の事だろう。薫を迎えに来た時点で時間がないと言っていたのだ。あれから一時間近く経過しているのだから、どう考えても絶対間に合わないと薫は溜め息交じりに心の中でツッコミを入れる。それより薫は、かなり時間が遅くなってしまった事が気になる。ふと、美咲を迎えに出した母親の顔が浮かんだ。

「そうだね、あまり遅くなると母さんが心配するしね」

 薫がその言葉を口にした瞬間、口を噤んでいた不良の一人が思い出したように口を開く。

「あの、北川さんは?」

 大輔を心配するその言葉で、薫と美咲はハッとする。すっかり忘れていた。最初、姫川に殴りかかっていった以降、大輔の姿を見ていない。まさかと思い薫はライトを握りしめ、大輔が向かっていった場所に駆け出した。その後を美咲と不良も追いかける。

 薫のライトがひっくり返っているソファーを捉えた。きっと、ここに姫川がいたのだろうと薫は青白い筋で辺りを照らすが、それでも二人は見つからない。

 もしかしたらと薫はソファーの後ろを覗き込む。すると、壁とソファーの僅かな隙間に、たんこぶを作った大輔と姫川が、仲良さげに横たわっていた。きっと勢いあまって壁に頭をぶつけたのだろう。薫は大輔をライトで照らす。

「大輔君」

 薫の言葉に大輔が反応を見せる。薄く瞼を持ち上げたと思えば、その後の動きはとても素早かった。勢い良く立ち上がると、周囲を見回し構えを取る。自分を取り囲んでいるのが味方だと判断すると、構えを解いて人質になっていた不良達に笑顔を見せた。

「お前ら、無事だったか」

「はい。桜木さんに助けてもらいました」

 不良の言葉に一瞬戸惑ったが、大輔は八重歯を見せて「当然だ、なんたって俺達の番長だ」と、ソファーを跨いで不良達の輪に入る。

「これで全員無事だったわけね」

 不良達と肩を組む大輔を見ながら美咲が、安堵の息を漏らした。薫も「良かった」と言葉を漏らす。

「じゃあ、帰ろうか美咲」

 と、薫が美咲に視線を向けたその瞬間、姫川が美咲の首に腕をまわし、ナイフを突きつけ声を上げる。

「てめぇら、動くんじゃねぇ!」

 薫は反射的にライトで美咲を照らす。その中に、小ぶりとはいえ十分人を殺傷するだけの能力を持つナイフが照らし出され、緊張感が辺り一帯に張りつめた。

「てめぇ、いつの間に」

 大輔が、威嚇の瞳で姫川を睨みつける。

 姫川は大輔とほぼ同時に意識を取り戻し、闇にまぎれてチャンスをうかがっていた。皆の視線が大輔達に集まるその瞬間を。そして、そのチャンスに息を殺し素早く行動を起こしていた。一番手頃な人質と目を付けた美咲を見事に捕らえたのだ。

「そんなこたぁ、どうでもいいだろ北川。よくもやってくれたな。おい。どうやった知らねぇが、二十人近くいた仲間を残らずやってくれたみたいじゃねぇか」

 その言葉を聞きながら、美咲は鼻で笑う。薫はその意味が良くわかった。傲慢でも無謀でもない、これが自身なのだと。こんな状況に置かれてもなお、自信を失わない美咲。そんな美咲の態度に姫川は激昂した。

「こらアマ! てめぇ鼻で笑いやがったな! ナイフが怖くねぇのか? おい!」

 美咲の目の前に晒される刃物。その刃物を見据えると美咲は変な声を上げる。

「きゃ〜。怖い〜。桜木薫君、助けて〜」

 怯えているつもりなのだろうか、棒読みの様な言葉は、薫の力を奪ってしまう。薫が似合わないなと溜め息をついた瞬間、美咲の瞳に炎が灯る。

 それは、ほんの一瞬の出来事だった。美咲は、勢い良く後頭部を姫川の顔面に叩き込み、足の甲を踏み抜く。痛みにひるんだ姫川の腕が首周りから外れると、力いっぱい肘を鳩尾みぞおちに叩き込む。

「かはっ」

 姫川の口から無理やり押しだされた空気が漏れる。しかし、美咲は止まらなかった。

 ナイフを持つ手を掴むと、その腕を持ち上げながら捻り、素早くその下を潜る様に体を入れ替え、斜め後方に投げ落とす。姫川の顔が苦痛にゆがむが、それでも美咲は行動をやめない。

 掴んだ腕をそのままに、姫川をうつ伏せにすると、腕を捻り上げ、首の付け根に体重を乗せた膝を落としこんだ。この状態になれば、例え屈強なプロレスラーであっても無事に抜け出す事が出来ない。専門的な言葉を使えば、完全に姫川を掌握した状態。そこに美咲は冷淡な言葉で言い放った。

「ナイフを出すって事は、覚悟が出来てるって事よね?」

「覚悟?」

 苦悶の表情を浮かべながら、姫川は聞き返す。

「そう、同じような事をされても受け入れられる覚悟よ」

 姫川は囁くように告げられた言葉で、いつの間にか自分の掌からナイフがなくなっている事に気が付き、この先の美咲の行動に恐怖した。

「頼む、助けてくれ。もう、しない。二度とあんた達に関わらない」

「何言ってんの? それは当たり前。だけど、あんたは信用ならないから、魂に刻み込まなくちゃね。最大級の恐怖を……」

 美咲の顔が魔物に変わる。正に鬼の形相。これはかなり危険だと判断した薫は、慌てて声を上げる。

「美咲、もういいから。さすがに人殺しは駄目だよ!」

 極端な言葉が、室内に響いた。そんな薫の言葉に、美咲はケロッと表情を元に戻すと、ナイフ片手に溜め息をついた。

「バカじゃない。ホントに私がそんな事すると思ってんの?」

「え、と」

 あの表情を見ると、思ってないと言いきれなかった。それぐらい鬼気迫るものがあった。あれが演技だったのであれば、美咲も演劇部としてやっていけるんじゃないかと感心した薫は、恥ずかしそうに頭を掻いてみる。そんな薫を半眼で見つめる美咲は鼻を鳴らした。

「ふん。別にいいわよ。それより、助かったわね」

 美咲がそう言いながら目線を姫川に移すと、そこでは姫川が白目をむき泡を吹いている。要は気を失っていたのだ。そんな姫川に美咲は再度溜め息をつき「まあ、いっか」と立ち上がり薫に向って振り返った。

「さ、帰るわよ薫」

 ニッコリ笑った美咲は、手に持ったナイフを闇に向かって放り投げる。そして、大輔達をほったらかしに呆然とする薫の腕をを引っ張り、ロックシューターを後にした。  

すいません。藤咲一です。大輔にスポットを当てるつもりが、美咲に掻っ攫われていくし、コメディーを書くつもりが、シリアスになってしまうし、最近、迷走気味です。一応何度か読み返したのですが、急いで書き上げた事もあり、上手く表現出来ていない箇所があるかもしれません。もし、違和感のある点、不明な点等ありましたら、指摘していただけるとありがたいです。藤咲一でした。

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