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二人の番長(2)

 室内に響き渡った大輔の絶叫。蹴破った扉が激しい音を上げた。しかし、反応は返ってこない。静かな室内に反響する自分の声が、大輔の鼓膜を刺激した。

 既に電気の通っていないゲームセンターの暗い室内は、夜逃げ同然で閉店したため、撤去すらされていない遊戯機が無造作に並び、その間の床には瓦礫やガラスの残骸が所狭しと散らばっている。

 その中で確かに感じる人の気配。湿気を帯びた空気の中、煙草を嫌う大輔の鼻を甘ったるい煙草の臭いが刺激した。この臭いが、姫川達が好んで纏うキャビンの臭いだと敏感に感じ取った大輔は、徐々に暗さに慣れて来た瞳を凝らし、部屋の奥を睨みつける。

 ぼんやりと浮かび上がって来たオレンジ色の光が、微かに瞬く。それがキャビンの炎だと認めた大輔は、その場所にあの姫川彰二がいるはずだと確信し、姫川の光に向け、歩みを始める。

 一歩ずつ、臭いの元に近付く大輔。耳障りな摩擦音が、ガラスの破片を踏みしめる度に鼓動を早めていった。

 ある程度近付けば、徐々に輪郭を得た人影がいくつか見えてくる。その人影達と距離を置いた所で立ち止まった大輔は、腹の底から声を絞り出す。

「姫川! 約束通り来てやったぞ!」

 威嚇と怒りが向けられた人影の中心には、古ぼけたソファーに腰掛けながら煙草の煙を吹き上げる長髪の少年。無造作に伸ばされた長髪は、不規則に茶色が混じり、その髪に隠れた両耳には無数のピアスがぶら下がっている。そんな姫川の細く切れ長の視線が大輔を捕らえると、煙と共に言葉を吐き出した。

「ギリギリだったな、北川。結構時間に余裕を持たせてあったんだがな……まさか、真面目に下校時間を守ってるとは……待ちくたびれたぜ、おい」

 大人びた容姿から出て来た低い声に、大輔は眉を吊り上げる。

「そんな事より『あいつら』は無事なんだろうな!?」

「ああ、人質ってのは、約束通り扱わないと、効果は薄いんだ。おい」

 姫川が隣で煙草を吹かす不良に顎をしゃくって合図を送ると、青白いLEDライトの光が一点を照らした。

 大輔が光の先に視線を移せば見えてくる、ガムテープでグルグル巻きにされた第三中学不良仲間達。

「「「むままままん」」」

 見事に、目も口もガムテープで塞がれた状態にもかかわらず、揃って大輔に向けられる言葉。それに答える様に、「大丈夫だ」と開口しようとするが、ガムテープの間から見える赤い液体に反応し、言葉を飲み込んだ大輔は、怒りを露わに姫川を睨みつけた。

「てめぇ! 約束が違うじゃねぇか!」

 しかし、そんな鼻息の荒い大輔の剣幕けんまくを、姫川は鼻で笑いながら、噴き出した煙草の煙で押し返す。

「約束? 守っただろうが……」

「馬鹿言え! 時間にはギリギリでも、間に合えば手は出さねぇ約束だ!」

 大輔の言葉に、一度溜め息を付いた姫川の瞳がさらに細くなる。

「間に合っていればな……俺はギリギリとは言ったが、間に合ったとは一言も言っていないだろう……逆だぜ。アウトだよ、ギリギリな」

 その言葉に、大輔は耐えきれず、拳を握りしめ振りかぶった。その姿を冷静に見据える姫川は、溜め息交じりに言葉を続ける。

「おいおい、良いのか? お前が約束を破っても……まあ、俺は一向に構わないが、わかるだろう、その後どうなるかが……」

 そして、余裕を浮かべながら、姫川が煙草の煙をゆっくり吐き出した。

 姫川の言うその後の事。そんな事は容易に想像できた。大輔本人は何とかなるかも知れないが、ガムテープでグルグル巻きになった仲間達は無事では済まないだろう。そんな想像が、今すぐにでも姫川に向けて振り下ろしたいその拳を抑え込だ。

 ゆっくりと大輔の拳は解かれ、力なく体側に垂れる。

 その姿を声を上げて姫川は笑うと、煙草を揉み消し話を切り出した。 

「良い子だ。それでは本題に入ろう」

 姫川が投げ掛ける本題と言う単語に大輔は、受け取った手紙の中身を思い出す。


『親愛なる北川大輔

 お前の仲間は預かった

 午後五時半に

 ロックシューター跡地まで来い

 首脳会談だ

 遅れなければ、仲間の身は保証する

 意味はわかるな?

 姫川』


 確か内容はこんな感じだったはずだと、大輔は首脳会談のために呼ばれた事を認識する。しかし、相手に人質がある以上、一方的な要求を突きつけられるはずだ。そう考えながら要求の出先をきつく睨みつけた。

「さて、最近、三中は結構派手にやってるみたいじゃないか? 噂じゃ二中が三中の軍門に下ったって聞いたぜ。どうやったかは知らんが、確認すれば、本当の話じゃねぇか。そこでだ、北川……俺の部下にならねぇか? そうすりゃこの地域の中学は統一される。どうだ? お前にはしかるべきポストも用意する。悪い条件じゃあねぇと思うが……」

 不敵な笑みを浮かべる姫川の口から語られたのは、一中の、いや、姫川の軍門に下れと言う内容だった。確かに、三中が二中を押さえているのだから、その上に一中が立てば、周辺の中学を統一した事になる。しかし、それは今の大輔が決められる事ではなかった。

「どうだろうな……」

「何だと!? どういった料簡りょうけんだそれは!?」

 手紙の内容にもある様に、大輔が既に番長ではなくなっている事を知らない姫川が、曖昧な態度の大輔に声を荒げると、そんな姫川をなだめる様に、大輔は冷静に言葉を紡ぎ出す。

「お前は知らねぇかもしれねぇが、俺はもう番長じゃねぇ……それに、二中は三中に付いたんじゃなく、新しい三中の番長に付いたんだ。俺がお前の部下になった所で中学は統一されねぇ。俺を呼ぶのはお門違いだったな」

「そうか……って、そんな事で俺が納得すると思ってんのか? ああん? だったら、リベンジして来いよ。もう一回番長になって来い。話はそれからだ」

 予想通りの一方的な内容を告げながら、急に姫川の語調が変わる。当初の計画が破たんした事で、凶暴な性格が表に現れ始めた。それを感じ取った大輔は、仲間の事が気に掛かる。

「だったら、その前にあいつらを解放しろ。約束通り俺は来たんだ。あいつらはもう関係ねぇ」

「はぁ? 馬鹿かてめぇは? 首脳会談だって書いてあっただろうが、事も終わってねぇのに人質返す馬鹿がいるか? ほら、さっさと行けよ。俺はそんなに気が長い方じゃねぇんだ。行かねぇんだったら、今度はあいつらを病院に入れてやろうか?」

 返す言葉が見つからない。結局、選択権は姫川が握っている現状に、大輔はライトに照らされた仲間を見つめる。

 どうすれば良い? 大輔は心の中で自問自答する。

「さあ、早く行けよ! タイムリミットは、そうだな……七時だ。七時までに番長になって戻って来い」

 姫川の言葉が、答えの出ない大輔を急かした。この状況で、今考えられるのは、あいつらを助ける方法のみ。奥歯を鳴らした大輔は、心に決める。

「姫川、約束だ。絶対にあいつらには手を出すな!」

「ああ、約束は守るよ」

 不気味な笑みを浮かべる姫川に舌打ちすると、大輔は踵を返し、ロックシューターを飛び出した。

 先程まで降り続いていた雨は、水溜りを残し止んでいる。その中を大輔は走った。夢中で走った。現在の三中番長、桜木薫を求めて……



 そして、あの場所、あの時間に、大輔と薫の物語が繋がっていく……



 振りきった拳に衝撃を感じながら、大輔はこれまでの事を思い出していた。目の前にはよける事もせず拳を受けた薫。大輔が打ち付けた頬を押さえながら、薫は大輔を見返す。

「どうして? どうしたんだよ、いきなり!」

 意味がわからないと、気持ちを吐き出す薫に大輔は、表情を緩めそうになったが、あいつらの事を思い出し、険しい顔を作りなおす。

「どうしてって……あんたが番長だからだ!」

 大輔の説明を聞いても薫はその意味が理解できない。薫は知っている。今の大輔が意味もなく暴力を振るう人間ではない事を。だから、必ず何か理由があるはずだと問い掛けた。しかし、返って来た答えは、その理由の見当すらつかせてくれない。自分が番長だからと言って大輔から殴られる理由は皆無だ。その気持ちを、強く声にして大輔に投げ返す。

「わからない! ちゃんとした理由を聞かせてよ!」

 薫の言葉に、大輔は瞳を逸らす。今までの経緯いきさつを説明する事は容易い。しかし、人質を取られているとはいえ、姫川の言いなりでここにいる自分が悔しくて、声に出す事が出来なかった。

 そんな大輔の仕草に薫は、鞄を投げ捨て構えを取る。

「話したくないんだったら、僕も黙って殴られるつもりはないよ。いざとなったら力ずくだったよね。出会った頃の君の言葉だ」

 そう言いながらも、本当は大輔と争いたくない。大輔が本音を語ってくれる事を望んでいた。しかし、薫の望みは、大輔に届かない。

「そうだよな……そうじゃないとな……そうじゃないと意味がねぇ!」

 全力でやって、それで薫に勝たないと、番長には返り咲けない。そうでないと、あいつらを助けられない。決意を胸に、大輔は拳を再び握り締める。

「行くぞ! 桜木ぃ!」

「来なよ! 大輔!」

 二人の声が路地に響くと、大輔が駆け出し、握りしめた拳を大輔に突き出した。

 その拳が薫に届く寸前。大輔のその腕が掴まれると方向を変えられ、上体のバランスが崩れていく。それを確認する前に素早くその腕が極められていき、関節が悲鳴を上げた。しかし、これで終わりではない。辛うじて重心を保っていた足を容赦なく刈り取られた大輔は、文字通り曇天の空を舞った。

 そのまま水溜りの中にダイブする大輔を眼で追いながら、薫は呆然と立ち尽す。

(あれ? 大輔が飛んだ……)

 薫は目の前の出来事が理解できなかった。実際、大輔には指一本触れていない。なのに大輔は宙を舞った。不可思議な出来事の答えは、すぐ隣に目線を移すと見えて来る。自分と同じ背格好に、慣性の法則にのっとりなびくロングヘアー。そこで薫は確信する。大輔を投げ飛ばしたのは美咲だと。

「美咲!?」

 薫の驚愕の表情に、美咲は振り返り笑顔を見せる。

「大丈夫だった? 薫?」

 振り返ったその姿はセーラー服ではなく、長袖のTシャツにGパンとラフな格好だ。一度家に帰宅して着替えたのだろうと薫は考えた。しかし、どうしてここにいるのだろうと首を傾げる。

「大丈夫だけど……美咲は、何で?」

 その言葉に、美咲の表情が曇った。

「何でって、あんたね、帰りが遅いから心配で迎えに来たに決まってるでしょ」

「そうなんだ……」

 美咲の意外な言葉に、薫の表情が緩む。思い返せば美咲が迎えに来るなんて初めての事だった。いつもだったら両親のどちらかが迎えに来てくれるのだが、今日は違った。冷え始めていた薫の体と心が、少し満たされ温かくなる。

「母さんが、うるさかったもん……仕方なくよ。私だって見たいテレビがあったんだから」

「そうなんだ……」

 冷たい風が薫の中を通り抜け、温まった心が一気に冷める。

「だから、さっさと帰るわよ」

「まだだ……」

 呻き声にも似た声を絞り出しながら、大輔が立ち上がる。もう制服はぐしゃぐしゃに汚れ、立つ事が限界の様にも見えた。

「何よ? まだやられ足りないの?」

「待って美咲。大輔君は僕と闘わなくちゃいけない理由があるんだ」

 不機嫌そうな顔をする美咲に、薫は立ち塞がる。それも気に入らないとばかりに美咲はさらに眉をひそめた。

「何? そんな理由私が知ったこっちゃないわ」

「え?」

 気の抜けた声を出す薫を押しのけ、美咲は大輔に近付く。フラフラになっている大輔はそれを拒む事ができない。

「なら、さっさとその理由を聞かせてもらおうかしら」

 そう言った美咲は、おもむろに大輔の関節を極め始める。

「ぎゃあああああああ!」

 大輔の悲痛な叫びが、路地に響き渡った。

「どう? 言う気になった?」

 美咲の狂喜が混じる声。完全に楽しんでいる様にしか見えない。そんな美咲に大輔は今まで感じた事のない恐怖を覚えた。このまま話さなければ確実に殺されると……ならば、自分の悔しさなど微塵にもならない。結論はでた。

「言います……言いますから」

 苦悶の表情に歪む大輔の言葉に、対照的となる満足げな顔を浮かべた美咲は「それでは聞かせてもらいましょうか」と大輔を開放する。

 力なく膝をついた大輔は、薫と美咲が見つめる中、下駄箱に手紙が入っていた下りから、現在に至るまでの経緯をゆっくりとだが、詳細に全てを語った。

 その言葉は、たどたどしく、拙いものだったが、所々に大輔の感情も入り、より現実味のある本音として薫と美咲に届く。途中、悔しい気持が堪え切れなかったのか、薄っすらと涙を浮かべる場面もあった。

「ふぅ〜ん。そんな事があったんだ」

 全てを聞き終えると腕組みをした美咲が、まぶたを閉じて唸り声を上げる。その隣で薫は、複雑な心境でいた。いい加減に過ごしていた番長の日々。こんな事になるんだったら、最初の呼び出しに応じなければ良かったと、後悔の念が募る。

「大輔君……」

 ずっとへたり込む大輔に、薫は手を差し伸べる。次に言う言葉は決まっていた。そこまで仲間を思っている大輔に「僕には番長の資格なんてない。番長は大輔君だよ」と。

「桜木……さん……」

 力ない大輔が顔を上げる。このタイミングだと薫は口を開きかけた。それを、美咲の言葉が遮る。

「何感傷に浸ってるのよ? さっさと行くわよ。時間がないでしょ」

「どこに行くのさ?」

 タイミングの悪い薫の相槌に美咲は、最悪と顔をしかめた。

「決まってんでしょ、その捕まった仲間を助けによ。こんな卑劣なやり方、私が全力で後悔させてあげるわ」

 そこまで言うと美咲は厳しく二人に言い放つ。

「ほら二人とも、さっさと案内しなさい」

 ちょうど街灯の明かりに照らされた美咲が二人にはとても輝いて見える。しかしそれは、街灯の明かりのせいではない。美咲から滲み出る輝きが、薫にそう錯覚させた。

 優しくて、迷いがなくて、強い美咲の事が、眩しくて、羨ましくて、薫は心の底から憧れた。

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