表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/29

二人の番長(1)

「待ってましたよ……桜木さん」

 突然前方から飛んできた言葉に、薫は歩みを止める。

 その日、新入部員が加入し本格的に動き出した演劇部の活動で帰宅時間が遅くなった薫を、神妙な顔つきな大輔が待ち構えていた。

 そこは、夜の街路字。今にも雨が降り出しそうな分厚い雲によって、月の光は遮られていた。唯一の明かりは、ポツンと建てられた街灯の明かりのみ。その中で大輔は、制服のまま立ち尽くす。

 一瞬、誰だか判別が付かなかった薫だったが、よく目を凝らすと、いつも一緒に昼食を食べる大輔だと判断ができた。しかし、いつもと雰囲気が違う。この雰囲気は薫と、大輔が出会った頃の雰囲気そのものだった。まるで、抜き身の刃物の様。大輔はその雰囲気とは対照的な寂しげな表情を伏せ、茶色の前髪で隠す。

 突然現れた不自然な態度の大輔に、薫は眉をひそめる。

「どうしたの、大輔君? こんな所で……」

 薫の記憶には、今日、この時間、この場所で、大輔と待ち合わせをした覚えはない。どうして待っていたのかと、不思議そうに首を傾げた。

 二人の間を帯びた湿気を擦り付けながら、一陣の風が通り抜けると、零れ始める大輔の小さな声。

「桜木さん……」

 その言葉の先を紡ぎ出す前に、俯いていた瞳を薫に向けた。

 鋭い眼差し。その中には、怒りも、憎しみもない。あるのは、薄っすらと潤んだ悲しみ。

 そんな大輔の唇は微かに震えている。

 一度言葉を飲み込んだその口が、決意を皮切りに、爆発した。

「いや! 桜木! 何も言わず殴られろぉ!!」

 拳を握りしめ、急に薫に殴りかかる大輔。唐突に唐突が続いた薫の頭の中は、疑問符で覆い尽くされ、体を動かす事が出来ない。

(どうして? 大輔君)

 そんな疑問に押しつぶす様に、理不尽な大輔の拳が、薫の頬に激しく打ち付けられた。



 全ての始まりは、一通の手紙だった。


 クラブ紹介から、さらに一週間の時間が流れたその日の夕方。授業も終わり、特段やることのない大輔は、畳んだ傘を肩に担ぎながら、大きな欠伸あくびを下駄箱前で覗かせていた。

 下校第一陣の波の中大輔は、ふと最近の自分の行動を思い返す。

 正直退屈だった。薫に番町の座を譲り渡してからというもの、それまでつるんでいた不良仲間と疎遠になって、一人で行動する事が多くなっていた。最初のうちは、騙された気持が先行し、側にいなくて清々していたが、最近になって、『あいつら』が、大輔の数少ない『ダチ』と呼べる存在だった事に気が付く事になる。

 現番長である薫はどうかと言うと、同じクラスメイトであり、昼食を一緒に食べる仲ではあるものの、放課後は、クラブ活動に出ていて、一度も一緒にどこかへ遊びに行った事がなかった。

 しかし、それはそれで、大輔はある程度楽しい時間を過ごせていた。そんな薫と交わした約束の一つに『学校には真面目に登校する』というものがある。当初は、億劫おっくうで仕方がなかったが、今ではそんな約束が、一人でいる時間がたまらなく寂しくて、誰かと一緒にいたいという感情から毎日登校している大輔の、照れ隠しになっていた。

 学校が終わった放課後。一人でいるこの時間が一番寂しい。

 結局、不良になった理由も、感情の表現が不器用な大輔が、手っ取り早く仲間を作るために考えた苦肉の策だった。

 耳を澄ませば聞こえてくる、下校する生徒たちの談笑。

「これからどうする?」

「カラオケでも行こうか?」

「今からお前ん行ってもいい?」

 無言で下駄箱の前にいる自分が、この世界から外れている様に錯覚した大輔は、込み上げてくる欠伸を噛み殺した。

「今からどうしようか……か……」

 溜め息交じりに零れ出た言葉。誰にも届いていない事を確認した大輔が下校のために下駄箱から靴を取り出そうとすると、一通の封筒が目に入った。

「何だ? これは?」

 どこにでもあるその茶色い封筒には、新聞や広告の活字が乱雑に張られ、それが大輔宛である事を示している。

 大輔は靴を乱暴に放り出すと、器用に足で靴を整えながら、その封筒を手に取った。そこで歪な宛名に気が付き、眉がピクリと動く。

 普段の大輔ならば「くだらない」と、中身も確認せずに破り捨てるのだが、あまりにも不自然なその封筒は、そうさせず、大輔に自らの封を開けさせた。後で考えれば、その不自然さを伝える事が、差出人の計画だったのかもしれない。

 封筒の中には、一枚の便箋びんせん。それを取り出し広げると、宛名と同じ様に張り付けられたチカチカと瞳を刺激する活字が並んでいた。

 歪に並んだ文字を読み進めた大輔の瞳に、明らかな怒りの色が現れる。それだけでは収まらない怒りは便箋を小刻みに震わせた。

「あの野郎ぉ……」

 最後の差出人を確認した大輔は、唇を噛み締めると、乱暴にその手紙を握り締め、ポケットの中にねじこんだ。


「姫川……」と、怒りの声を洩らしながら……


 今日の天気は雨。分厚い灰色の雲が、空を覆い尽くし、触れればまだ冷たい雨粒を零していた。朝から降りだしていた雨は、アスファルトの窪みにいくつかの水たまりを作り、その道を走る大輔の行く手を、阻んでいる。

 既に、傘も投げ捨てた大輔は、白く変色する息を乱暴に吐き出しながら、その水たまりを飛び越えた。

 跳ね上げる水には気を遣う余裕はない。灰色の街並みを通り抜け、大輔は手紙が指定する場所へとひた走る。


 指定された時間は、もうすぐそこまで迫っていた。


 そんな大輔を、片側三車線の幹線道路が遮る。数少ないこの町の主要道路だ。それだけに、行き交う車の量は、他の道路と比べても群を抜いていた。

 運の悪い事に、大輔の進路と交差する道路の信号は青。不思議と渋滞を起こさないその道路には、猛スピードの車両が走行していた。

 走る速度を緩める大輔。憎たらしそうに、止まれを示す歩行者信号を睨みつけた。周囲を見回しても、歩道橋・地下道は見当たらない。歩行者信号の横に付いた、信号が変わるまでの残り時間を示した電光掲示板は、その信号が変わって時間が経っていない事を示している。

「クソッ垂れがぁ!」

 尋常ではない焦りが、大輔の思考を動転させた。

 わずかな車両の切れ目を見つけると、緩めていた速力を、限界まで引っ張り出す。

 信号待ちで立ち止まっていた主婦の傘を跳ね飛ばすと、大輔はトップスピードで幹線道路に足を踏み入れた。

「おおおおおおおおおおっ!!」

 交差点内に鳴り響く、クラクションとブレーキ音。それをギリギリかわしながら大輔は六車線を横断し、対岸へ無事駆け抜ける。

 一人のサラリーマンが、無謀な大輔の行動を注意するために「おい、君……」と、前に立ち塞がるが「じゃまだ!」と一喝した大輔は、器用に脇を走り抜けた。


 今の大輔は、誰にも止められない。


 目的地に到着した大輔は、その建造物を見上げながら呼吸を整えた。大輔が目指した目的地。そこは、すでに営業を止めて数年が経つゲームセンター。

 見れば、ガラスには板が立て付けられており、過去に輝いていたであろうネオンは不格好に外れていた。一層強く降りだした雨粒のせいで、廃墟のイメージが印象強く、不気味に見える。

 閉店してから、一切他の人間が近寄らないこの場所は、丁度、第一中学校・第二中学校・第三中学校から等距離に位置している事から、不良同士による勢力争いの中心となる事が多い。

 何度かこの場所を賭けて争いを繰り返してきた、それぞれの不良達だったが、ここ二年は、第一中学が支配している。その理由として大半を占めるのが、第一中学番長の存在だった。

 正直ここを狙っているのは、中学生だけではない。高校生や大学生の不良もこの場所を狙っているのだが、誰かがこの場所を狙っていると噂を聞いただけで闇討ちを行う様な、手段を選ばない一中番長のやり方に手が出せないでいた。

 そんな中学生には似つかわしくない、冷徹さ・狡猾さ・残忍さを兼ね備えた第一中学校三十一代目番長の名前は、姫川彰二ひめかわしょうじ

 大輔に手紙を送り付けた人物であり、市内最悪の不良番長。

 その巣窟そうくつを前に呼吸が整った大輔は、冷えた掌を握りしめ拳に変えると、秘密の出入り口になっている木製の扉を蹴破り、腹の底から怒りを解き放った。

「姫川!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ