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戦うメイドさんは好きですか?(2)

 緞帳どんちょうの下りた舞台に、委員長のナレーションが流れだす。

「二〇〇エックス年。世界中の権力者が次々と暗殺される事件が起こった。それは、平和な世界を戦争に導くため、ある団体が起こした一種のテロ行為だった。その団体の名前はブラック執事。そして今日も、ある国の若い王女が狙われていた」

 ナレーションが終わると、ゆっくりと緞帳が上がり始める。舞台の真中には、弥生を中心に梢、皐月、そして薫。そして、その中の梢だけがメイド服に不釣り合いな、一振りの剣を腰に帯びていた。

 四人の姿が緞帳が上がっていくにつれ、二百人近い生徒の視線を集めていくと、所々から感嘆の声が漏れ出す。それにつられた薫がステージから生徒たちを見下ろせば、歪な髪の毛の草原が広がっていた。その草原から向けられる無数の瞳に、薫は一瞬たじろぎを見せるが、舞台袖での円陣を思い出し、気持ちを引き締め直した。

 ほどなくして、緞帳が完全に上がりきると、物語が動き始める。一番初めにセリフを口にするのは、弥生だった。

「まさか、私の命が狙われるなんて……」

 いつもの弥生からは考えられない、はっきりとした声。しかし、その怯えた表情は普段より一段と濃くなっていた。

「今、全世界で驚異となっているブラック執事の仕業でしょう。大丈夫です王女様。私達が必ずお守りいたします」

 皐月がハンドガンを取り出し、構えて見せると、バンという発砲音が舞台上に鳴り響く。それは、一足早くハンドガンを抜いた薫が舞台袖に向けて発砲した音だった。

「もう相手は近くまで迫っているみたいだね」

 そう言いながら薫が、ハンドガンの銃口に息を吹きかけて見せると、舞台袖から聞こえ始める康則の高笑い。

「誰だ!?」

 梢の凛とした声が、その舞台袖に向けられる。薫と皐月も、梢と同じ方向を睨みつけると、さらに怯えた表情を強めた弥生が、肩をすくめた。

 皆の視線が集中したその場所から、鞘に収まった刀を携える康則が、姿勢良く舞台に現れる。

「初めまして、王女様。私はブラック執事ナンバー9、ワクナと申します」

 丁寧にお辞儀をした康則は、頭を上げると、言葉を続けた。

僭越せんえつながら、あなたのお命、いただきにあがりました」

 その言葉に、メイド達の表情が鋭く変化する。それぞれが弥生を庇う様に康則との間に割って入ると、戦闘態勢を整えた。そんな中弥生は、梢の背後に隠れながら、梢のスカートをしっかりと握る。

 そのタイミングを見計らい、舞台にアップテンポな音楽が流れ出す。それが、これから繰り広げられるバトルの合図だった。その合図に間髪入れず、薫が行動を始める。

「そんな事はさせない」

 ハンドガンを連射しながら康則に詰め寄ると、薫は拳を握り、殴りかかった。それに続けて皐月も康則に襲いかかる。

「挨拶の最中だと言うのに、王女様のメイドはしつけがなっていない」

 康則は溜め息交じりに、足の運びで体の位置を素早く入れ替えると、最後に打ち込まれる薫の拳を右手で軽く受け流す。そして、遅れて来た皐月には足を眼前に突き出し、それを制した。

「私が少しばかり、躾けてやろう」

 体勢を崩された薫は、なんとか踏みとどまると、再度康則に襲いかかる。

「そんな事……」

「私にとって容易い」

 康則は笑みを浮かべながら薫の言葉を遮ると、そのまま体制を低くし、皐月に突き付けていた足で、迫り来る薫の足を刈り取った。完全にバランスを崩した薫は、前回り受身の要領で、梢達の前まで転がる。

 その事で、自分を制する足がなくなった皐月は、鋭い回し蹴りを康則に向け放つ。

「これで」

 皐月の言葉が舞台に響いたその時、繰り出された右足が空中でピタリと止まる。その先には鞘から少しだけ抜かれた刀の刃。眉をひそめる皐月とは対照的に、康則には笑みが浮かんだ。

「綺麗な脚は大切にするべきだ」

 康則の言葉に、皐月は素早く足を下ろし、距離を取った。薫もそれに合わせて立ち上がると、再び構えを取る。

 そんな二人の様子を、梢越しに見ていた弥生の不安が、主人の唇を動かす。

「大丈夫でしょうか?」

「大丈夫です。私達がいる限り、王女様には指一本触れさせません」

 弥生の言葉に、腰の剣に手を掛けた梢は、肩越しに力強く言い聞かせる。そんなやり取りを鼻で笑った康則は、肩をすぼめながら大きな自信を口にした。

「元気の良いお嬢さん達だ。しかし、ブラック執事シングルナンバーであるこの私の力を、どこまで凌ぐ事ができるかな?」

 康則が不敵な笑みを浮かべながら、刀身をゆっくり抜き放つと、それに合わせて、梢も腰の剣を抜き放った。

「薫、皐月。王女様をお願い」

 梢の指示に薫達は黙って頷くと、舞台の端に弥生を庇う様にして下がる。弥生の手から離れた梢のスカートが重力に引かれ、ふわりとその形を戻した。

 弥生と一定の距離が開いた事を背中で感じ取った梢は、一つ息を吐き出し、康則を睨みつける。その瞳に返って来たのは梢を馬鹿にする様な康則の笑い声。

「まさか、一人で相手をするというのか? この私相手に? 面白い、少し遊んでやろう」

 康則は、大袈裟に手振りを交えて自分の力が強大だと表現すると、鞘を捨て刀を構えた。

「あなたこそ、女だって甘く見てると、痛い目見るわよ」

 梢の凛とした声が、康則を睨みつる。

「ならば……見せてもらおうか!」

 康則の言葉が弾けた。

 梢は走り込みながら勢い良く振り下ろされる康則の刃を、横から剣を薙ぐ斬撃で勢い良く弾き飛ばす。甲高い金属音が舞台に鳴り響いた。

 刀の軌道を歪められた康則は、刃を返し踏み込みながら逆袈裟に切り上げるが、梢はその攻撃を受ける事も、さばく事もせず、纏ったメイド服と共に宙を舞い、刃を逃れる。メイド服の効果もあってか、バク宙の要領で華麗に宙を舞っている時間が、引き伸ばされた様に長く感じられた。

 梢はスカートをふわりと翻し着地すると、切っ先を康則に向ける。

「やるじゃないか」

「あなたもね」

 康則と梢の視線が交錯する。再び二人の構えが整うと、今度は梢が動いた。

「次は、私の番」

 そう言うと梢は駆け出し、康則の胴を薙ぎに行く。それを康則が刀で受け止めると、再び効果音が鳴る。そこで康則は、その剣を力任せに弾き、梢に向けて切っ先を突き出した。梢は弾かれた剣の遠心力を利用して体を捻り、その突きをかわすと、そのまま一回転し、逆方向から康則を切りつける。その斬撃を、康則が後ろに軽く飛び上がりながらかわすと、梢は剣を構えてピタリと止まった。

「うぐ」

 苦悶の表情を浮かべ、腹部を押さえながら康則が膝を着く。小道具の血糊が白い手袋を赤く染めた。

「やってくれる」

 奥歯を噛み締めながら絞り出される言葉を発しながら、康則はゆっくりと立ち上がる。

「まさか、ここまでやるとはな。正直驚きだ。しかし、遊びはここまで……皆殺しだ!!」

 鬼気迫る康則の言葉が広がると、刀が梢を激しく襲い始める。

 梢は刀の切っ先を見据え、横薙ぎに迫り来る刃を剣で下から上に弾き上げる。が、間髪入れず刃を返して切り下ろされる斬撃を、剣を添えて鋭角に受けると、剣の刀身に沿って刀が軌道を変えた。

 そのことで康則の脇腹に出来上がる隙。そこに向かって梢は回し蹴りを打ち放つ。康則は、鞭の様に襲い来る攻撃を、体を低くしながら捻り、肩で受け止めた。

「ま、だ、だ!!」

 康則は叫びながら、梢の攻撃を押し返すと、一度刀を引き、梢の軸足を横に薙ぎにいく。その刃を梢は、再び宙を舞ってかわした。

 その後、刀を振りかぶって襲って来る康則の胴を、梢が擦れ違い様に薙いで決着。それが台本の流れだったが、梢の様子がおかしい。それに気が付きながらも康則は、振り下ろす刃を止められない。かろうじて剣を前に出した梢は、剣ごと薫達の前まで弾き飛ばされた。演技ではない苦痛の表情が、薫達の瞳に入って来る。

「梢ちゃん」

 とっさに響いた弥生の悲痛な声。

「この!!」

 反射的に皐月は、康則に向けハンドガンを撃つ素振りをすると、銃撃の効果音が流れだす。それに合わせて康則が空中を斬る演技を見せると、金属音が刀を振った回数だけ響いた。

「私に、銃弾は無効だ」

 なんとか演目を途切れさせまいと演技を続ける康則達のやり取りの中、薫は倒れた梢に駆け寄る。

「大丈夫?」

 薫の言葉に、梢はぺろりと舌を出し「ごめんね。足、捻ちゃった」とつぶやく。しかし、その表情には余裕が感じられない。

「大丈夫?」

 もう一度繰り返された薫の言葉。それに対し梢は、側に転がっている剣を掴み「大丈夫だから」と、立ち上ろうとするが、バランスを崩して膝を着いた。

 激痛が走っているのが、薫にも手に取るようにわかる。このまま梢に続けさせるわけにはいかない。だけど、ここで中断すれば、皆の頑張りが無駄になってしまう。そう考えた薫の中に浮かんだ答えは一つ。

(僕が、やらなきゃ)

 決意のもと、薫は力強い瞳で、梢を見つめる。そして、梢の剣を握った。

「無理しないで、後は僕が引き受けるから」

 薫の言葉に、一度は目を丸くした梢だったが、視線を逸らさない薫に頬を染めると、黙って頷き、剣から手を離す。

 梢の意志を受け取った薫はゆっくり立ち上がると、切っ先を康則に向け、勇気の言葉を搾り出す。

「今度は、僕が相手だ!」

 薫の意思を宿した声が舞台に響くと、銃撃音と金属音が止まり、康則がまっすぐ薫を見つめる。

「次はお前か……順番に一人ずつ、そして最後は皆殺しだ」

「させない。お前の思い通りには、させない!」

 薫の声が弾けた。慣れない剣を振りかざし、康則に向って振り下ろす。それに康則は自分の刃を合わせ、鍔迫り合いに持ち込んだ。

 刃を交えた康則と薫の睨み合いが近づく。その中で康則は表情を全く変えず、小声で薫に語りかける。

「ありがとう桜木。よく立ち上がってくれた。これからの流れを説明するから良く聞いてくれ。この後、桜木を一気に後ろに押し返すから、それに合わせて後ろに跳べ。そうしたら、俺が振りかぶって襲いかかるから、思いっきり胴を抜くんだ。寸止めなんて考えなくて良い。それからは、台本を無視しても構わない、葛城の代わりに桜木がこの物語を締めてくれ」

 康則は、現在の状況を打破するための主人公を待ち望んでいた。それに応えた薫に即興で作り上げた終幕までのシナリオを託す。

 皆の熱意に触れた薫の瞳に、強い意志の炎が揺らめく。自然と剣を握る手に力がこもった。

 決意と覚悟を握り締めた薫が、力強く頷くと、康則の気合いのこもった声が舞台に広がる。

「おおおおお!」

 それを合図に、薫を弾き飛ばす。

「これで終わりだ」

 掛け声と共に康則が刀を振りかぶり、薫に向って刃を振り下ろすと、薫はその軌跡を掻い潜り、擦れ違い様に康則の胴を薙ぐ。

 薫と康則は、互いに刃を振り抜いた状態で、しばらく残身を示し、動きを止めた。そして……

「がはっ」

 康則が膝から崩れ落ちる。それを合図にアップテンポな音楽がフェードアウトし、BGMがゆっくりなものに切り替わっていく。

 薫は呼吸を整えながらゆっくり振り返ると、切っ先を払い口を開いた。

「僕達の勝ちだ」

 薫が見据えるその先で、康則は苦しそうに台本通りのセリフを紡ぎ始める。

「見事だ……しかし、私より強いブラック執事シングルナンバーは……まだまだ存在する。せいぜい延びた命を……大切に……するんだ……な」

 そこまで言い終わると、康則が床に倒れこむ。

 その姿を見届けた薫は、舞台の中央に移動すると、剣を突き出し最後の言葉を紡ぎ出す。

「どんな奴が、何度来たって、王女様は僕たちが絶対に守ってみせる」

 ここで物語は終わり、舞台の上では時間が止まる。緞帳が下がり始め、委員長の終了を告げるナレーションが流れ出した。

「ブラック執事の襲撃を、辛うじて凌いだメイド達であったが、これから幾度とブラック執事の襲撃を退け、そして、全世界を巻き込んだ戦いが繰り広げられてい事になる。王女様の運命は、メイド達の戦いの行方は、そしてブラック執事の真の目的とは……しかし、それはまた別の物語で語られる」

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