7.それも因果応報だと、俺は思うから(修正版)
7.それも因果応報だと、俺は思うから(修正版)
最初の行動は、村を救うこと、だった。
クロエの話によると、この一帯には戦争が満ちている。
地続きの大陸が広がるなかに、大小さまざまの国が群雄割拠しているのだ。代表的な超大国である帝国を中心に、王国連邦、大公国、共和国、皇国、連合国、その他諸々と、枚挙に暇がない。
これらが国境を侵しただのなんだのと小競り合いを繰り返し、絶えざる戦争状態に見舞われている……というのが、この大陸の現実だ。
戦争といっても、俺がイメージするような国民総出で戦う総力戦ではなく、常備軍や地域軍同士が戦う、小規模な戦闘がほとんどだ。
それでも、ひとは死ぬ。
兵なら仕方ないだろうが、巻き込まれて、周辺の村々にまで死は及ぶ。
「とりわけ悪質なのは、傭兵団っすね」
クロエはそう語った。
食堂の卓に、俺たちは大陸全土の地図を広げていた。今後の方針を決めなくてはいけないということで、二人で話し合っていたのだ。
ほんとうはナイラにも入ってほしかったが、彼には暗殺教団の構成員の名簿作成をお願いしていた。今後の部隊編成や展開を考えていくのに、個々人の特徴や適性を知ることは絶対必要だと思えたからだ。
「傭兵……っていうと、金で雇われて戦争にいく連中か?」
「そうっす。この時代、傭兵は徒党を組んで、まとめて軍隊に雇われます。大規模な会戦になると、おっきいのからちっちゃいのまで、いくつもの傭兵団を軍団のなかに抱え込んでいることも珍しくないんす」
「ふうん。それが、どうして悪質なんだ?」
クロエはぴんと指を立てる。
「考えてもみてくださいよ、先輩。
傭兵団ってのは、戦争が商売っす。でも、徒党を組んでるからには、人数がいますから、それなりの維持費を必要とします。飯食ったり、武器買ったりね。じゃあそのお金、どこから出てると思います?」
「戦争で雇われたときの金だろ?」
「いーえ。奴らは端的に言ってアホウです。宵越しの銭など持ちません。手元にいくばくかの金があれば、酒に女に賭博にとつぎ込んで、ちーっとも残りません」
ろくでもないな。
「でも、また戦争に行けば儲かるんだろ?」
「戦争に行ければ、ね。でも、実際には、そんなにひっきりなしに参加できる戦争があるわけではないんです。戦場が遠かったり、あまりに危険すぎたり。……じゃあ問題。戦争がなくって食い詰めた傭兵たちは、どうやって金を得るか。ヒント、奴らは生粋の荒くれものです」
「……なるほど、掠奪か」
正解、とクロエはため息交じりに言う。
「暇なら村を襲って、金と食料とを奪います。そうやって、傭兵たちは食ってるんですよ」
「そんなの……単なる盗賊じゃないか」
「そう。傭兵と盗賊は、同義語なんすよ」
クロエは腕を枕に、机に突っ伏した。
「……正直、この大陸で三〇〇年間生きるのは、しんどかったっす。どこへ行っても戦争があって、どこへ行っても傭兵たちは掠奪してて。家族や財産を奪われた村人たちの嘆きは、どこへ行っても聞こえてきます。……三〇〇年ぐらいじゃ、人間は変わんないもんですね」
「クロエ」
「はい」
俺が呼び掛けると、クロエが顔を上げた。
「だから、俺たちが変えるんだ。世界を、人間を。そうだろ?」
「……ええ、そうでしたね」
「それと。三〇〇年も待たせて、悪かったな」
クロエの褐色の頬が、また赤らんだ。
「い、いや、別に待ってたとかじゃにゃいし……!」
「そうか、ならいい」
俺はすこし笑った。
「よし、じゃあまずは最初の方針が決まったな」
「ですね」
「クロエ。ナイラを探して、三〇人を集めるように言ってきてくれ。それと、何人か斥候を派遣して、いちばん悪名高い傭兵団を探すんだ」
「らじゃっす」
クロエは軍人のように敬礼をしてみせてから、
「悪名高い傭兵団なら、ひとつ、心当たりがありますよ?」
にやりと笑った。
*
大ギャレス傭兵団を捕捉したのは、彼らが戦場を離れた直後だ。
三〇〇人にものぼる戦力が、追撃戦の混乱に紛れて、そっと戦場横の森に入るのを見つけた。高台から会戦の戦局を見守っていた俺たちは、敗走する大公国軍の末路を見届けることなく、そっと傭兵団の後を追った。
大ギャレス傭兵団のやり口は、悪趣味としか言いようのないものだった。
武器を捨て、なんとか生き延びようと森に逃れた敵兵を、わざわざ追う。追いつめて矢を撃ち、動けなくなった敵兵に命乞いをさせてから、殺す。
この時点で俺は胸糞悪くなっていたが、ここまでなら、通常の戦争といえなくはない。戦争に介入するつもりはなかった。
俺たちが動くのは、弱者を一方的に傷つけようとしたときだ。
と、そのとき。
一騎の斥候が森の奥から戻ってきたかと思うと、かれらは急に勢いごんで、馬を駆けさせ始めたのだ。徒歩でこっそりと尾けていた俺たちは完全にふいを突かれ、みるみるうちに距離を離された。
焦っていると、並走してきたナイラが俺に耳打ちする。
「偵察の報告です。この先に、ちいさな村があります」
「こんな森のなかに?」
「二〇〇人ていどの、ごくちいさな集落です。地図にも載っていない為、われわれも見落としていました」
まずい。
間に合わない。
「奔るぞ、”猫”」
「らじゃっす、先輩」
*
間に合った、というべきか。
間に合わなかった、というべきか。
俺たちが着いたときには、すでに、襲撃は始まっていた。
民家には火が放たれ、悲鳴を上げながら逃げ惑う村人たちが、馬で駆けずり回る傭兵たちに切り倒されている。何人かはすでに地面に倒れて動かなくなっている。
すべてが終わったわけではないが、
すべてが始まるまえとは言えない。
くそったれ、と俺は思う。
「”鉤爪”。現時刻より状況を展開。村人をひとりでも多く救い、民家の火を消し止めろ」
「傭兵どもは?」
「全員殺せ」
はっ、という返事を残して、ナイラのすがたが消える。
仕事を始めた暗殺者たちに、俺は目を配る。
昼日中の活動を、暗殺者は得意としていない。加えて、慣れない平地での通常戦闘だ。こういった普通の戦い方になると、通常の歩兵に遅れをとる可能性もある。
しかし、ナイラの指揮は巧みだった。
物陰に三十人の部下たちを散らし、じぶんが先頭へ打って出る。あえて身を晒し、派手に飛び回ってみせることで、敵兵の注意を引く。
隙ができると、部下が現れて敵の首を掻く。
一瞬の隙をついて確実に殺すことにおいて、暗殺者の右に出るものはいない。
これなら、ここはナイラたちに任せておいてよさそうだ。
俺は脇に控えていたクロエに目をやる。
指示を出すつもりだったが、クロエは獣じみた目で一箇所を注視していた。
「どうした」
「あれ」
視線の先にあったのは、村外れの馬小屋だ。
これだけの騒ぎにあっても静かなままだから、おそらく、馬はなかにはいない。おおかた、一頭残らず戦場へ徴発されていったのだろう。
だが。
ひとの気配が、感じられた。
俺は奔る。
一瞬遅れで、クロエが付いてくるのが分かった。
「はやく言えよ。それとも、彼氏の血を見たほうが興奮するってんなら、そうしてやってもいいぜ」
なかにいたのは、傭兵が三人と、少年がひとり、少女がひとり。
図抜けた巨漢が、少女を小屋の隅に追いつめている。
巨漢は少女を押し倒し、そのブラウスをちから任せに引きちぎる。少女が悲鳴を上げるが、巨漢はその腕を床へと押し付けてふくらみを露わにさせた。
「――ッ」
限界だった。
物陰から音もなく殺してやろうと思っていたが、じぶんを抑えることができなかった。
こいつは、ひとの尊厳を踏みつけにしている。
ひとを嘲り、物として扱っている。
ああ、と俺は思う。
この世界に、こういう男が溢れているのなら──俺は、ひとを殺すことをためらわずに済む。
「さあて。それじゃ、いただくとするかな」
男が下履きを脱いだ。
醜いものが、興奮に反り返っている。この男は、こんな年端もゆかぬ女の子を物扱いして、興奮しているのだ。なんて歪んだ欲望。
俺は、息を吸い、そして――
「なに調子乗ってんだ、豚が」
汚ならしいそれを、切り飛ばした。
*
すべての消火活動と怪我の応急処置が済み、村の様子がようやく落ち着いた。傭兵たちの死体は、部下に命じて見えないところへ運ばせてある。
あとで埋めるか焼くかを考えよう。
俺は村長らしい老人に声を掛け、怪我人や病人を除く村人たちに、広場に集まってもらうようお願いした。
民家の間から、ぞろぞろと村人たちが這い出してくる。
みな、怯え切っている。
わけが分からないのだ。平和な日常を傭兵団に破壊され、家族を奪われ、絶望に浸り切っていたところ、謎の黒衣集団が現れて傭兵団を殺し尽くしたのだ。
この展開についていける者なんて、いる方がおかしい。
「このニンジャたちはなんやねん、って顔っすね」
「だな」
クロエのささやきに俺は頷く。
村人たちは、俺を見つめていた。
俺だけを、見つめるようにしていたと言ってもいい。
覆面をしたままの部下たちは、表情がうかがい知れない。目を合わせていいのかどうかも分からない。
俺だけが覆面を取っていて、しかも、いちばんまえに立っている。必然的に、俺だけに視線は集まる。
みなの集中が集まったのを確かめて、俺は口を開いた。
「まず第一に伝えておきたい。
俺たちは敵じゃない。あなたたちを傷つけるつもりもなければ、あなたたちを支配したり、干渉したりするつもりもない。また、なにかを要求するつもりもない」
まずは、安心してもらいたい。
そうでないと、これからのことは話せない。
「ただ。俺たちが何者であるのか、どこから来たのか、そういったことは明かすことができない。許してほしい。それらを明かすと、俺たちの身が危険になるからだ。俺たちのことは、『教団』とだけ覚えてくれればそれでいい」
ざわめきが、広場に広がる。
そりゃそうだろう。正体が明かせない、というのは、あまりにうさんくさい。
正規軍の特殊部隊などを騙ることもできただろうが、できるだけ嘘はつきたくなかった。誠意の有無は、必ず伝わるからだ。
「『教団』は、宗教団体だ。教義の中心は、これだ」
背後に立った部下に合図を出す。
部下は畳んであった旗を、広げる。
『因果応報』――その四字が、村人たちの視線に晒された。
「なかなかこう……味のある、字っすね」
「うるさい」
字が下手なのは知ってる。
漢字が書けるのが俺だけだったんだからしかたないだろう。
「インガオウホウ――と読む。平たく言えば、弱者救済、悪党成敗の掟だ。善人も悪人も、その行いに応じた報いを受ける。それが、因果応報。これを実現するために、俺たちは戦っている」
村人たちが静まり返る。
大丈夫だ。その目は、耳は、こちらを向いてくれている。
「因果応報の名の元に、俺たちはこの傭兵団を制裁した。また、因果応報の名の元に、あなたたちの助けとなりたい。つらい目にあったひとは、手を差し伸べられなければならない。それも因果応報だと、俺は思うから」
話を終えた。
俺はわざと明るい口調を装う。
「よし。まずは、今後の自衛のやりかたを考えよう。だれか、木材のある場所に案内してくれないか。できるだけ硬くて、乾いた木がいいんだけど」
しん。
村人たちは静まり返って、誰も声を出さない。
――と。
「あの……わたし、案内します」
手を挙げてくれたのは、あの馬小屋の少女だった。
彼女がきっかけとなり、村人たちは、俺たちの指示に従って動き始めてくれた。