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46.がんばれ”猫”、おまえが正妻だ

 やばいかな、とは思っていた。

 でもしっかり説明すれば、きっと大丈夫だろう。あの猫のことだ、俺を信じてくれているから、ひと目で判断するようなこともない。きちんと説明すれば、分かってくれるはずだ。

 そう思いながら教団の本部にたどり着くと――


「にゃああああああああああ! 浮気ものおおおおおおおおお!」


 こちらを見て絶叫するクロエがいた。


 *


 確かに俺も悪かった。

 教団に着いたときには、ディアナと手をつないでいたままだったからだ。


 ふたりで歩きはじめてからは、ディアナは俺の右手を離してくれなくなった。

 この子の気持ちも分かる。環境が変わるのは不安だろうし、怖い思いをしたのだし、ひとりで『学校』を離れようとすらしていたのだ。アルルにすがりつきたくなるのはしかたない。

 ほとぼりが冷め、俺が女装を止めたタイミングで、すこし落ちついてくれるかとも思っていたが、それもだめだった。ディアナはなんだかちょっと頬を赤らめて、よけいに固く手を握りかえしてきただけだ。


 女の子どうしなら、手をつないでいてもほほえましいだろう。

 しかし、異性どうしが手をつなぎっぱなしとなると、それはそれで違う意味を持ってしまう。現に、周りをとりまく教師たちや暗殺者たちはどこかニヤニヤしていたし、少女たちは顔を真っ赤にして、なにごとかひそひそとささやき合っている。うまいこと助けてくれないかと期待していた”姫”は、なんなら怒ったような顔をして、俺のことばを徹頭徹尾無視してくる。

 針のむしろとは、このことだった。


「……というわけなんだよ、”猫”」

「はあ? なんすかそれは? モテてモテて困っちゃうぜ、っていう自虐風自慢すか? それをわたしに聞かせてなんの得があるんすか? ちょっと意味分かんないんすけど?」


 けんめいに経緯を説明しても、クロエの額の青筋は引かなかった。


 俺たちは旅装を解き、教祖室へと集まっていた。

 今回の件の報告も兼ねているから、手の空いている十二席たちにも集まってもらっている。といっても、一挙に数百人が増えてしまったから、その受け入れ業務でほとんどが出払ってはいたが。


「あとどうでもいいんすけどね、なんでそこの金髪はまだ先輩にくっついたままなんすかね? いつまで見せつけてくれるんすかね? え?」

「え、いやその……」


 俺は口ごもる。

 ディアナはまだ離れてくれていなかった。さすがに会議用の卓に座った俺と手をつないでいることはできなかったが、うしろにたたずんだまま、俺の服の生地をつまむようにしている。ディアナはじぶんに水を向けられ、むっと眉毛を持ち上げた。


「アザム。なんなのこの色黒」

「いろぐ……っ! これは褐色肌っす!」

「なんでアザムに対してこんなに我が物顔なわけ? どういう関係?」

「ただならぬ関係っす!」

「色黒には訊いてないわ。わたしはアザムに訊いてるの」

「きーっ! なんすかこの子! ちょっと言ってやってくださいよ先輩! わたしと先輩のただならぬ関係を!」

「関係か……」


 俺とクロエが、どういう関係か。

 あらためて考えてみると、むずかしい。クロエはかわいい猫だし、クロエも俺になついてくれている。ふたりのあいだにたしかに絆は通じていると思っているが、外から見たときに俺たちの関係をどう名付けるべきかと言われると、なかなかの難問だ。

 上司と部下、というのもしっくり来ない。先輩と後輩、というのも訳がわからない。主人とペット、というとクロエに対して失礼だろう。前世からの付き合いではあるものの、前世ではいっしゅんしか交わっていない。こちらの世界では、生まれたときから一緒だが。


 ああ、と俺は膝を打つ。

 生まれたときから一緒。つまり――


「幼なじみかな」

「そんな負け組属性いやにゃあああああああああ!」


 クロエが椅子から崩れおちていく。

 それを見て、なぜか勝ち誇った顔でディアナは拳を突き上げる。なんだろうこれ。


「こらこら、そんな言い方をしちゃいけないぜ」


 沈黙を守っていた”姫”が、クロエをたしなめる。


「幼なじみといったら、ちょっと昔なら立派な勝ち組だ。さいきんはちょっと意表を突く方向が狙われがちだから、あえて外されがちだけど、ほんらい約束された勝利の属性であることに変わりはないんだぜ。

 がんばれ”猫”、おまえが正妻ナンバーワンだ」

「”姫”ちゃん……」


 クロエが涙をたたえながら復活してきた。

 床から顔を上げたクロエに、”姫”は近づいていき、笑顔で肩をぽんと叩いた。さすが”姫”は頼りになる。”姫”はにっこりと笑い、つづけた。


「――でも、えてして正妻って超不人気だけどね」

「ギャワー!」


 とどめを刺しただけだった。


「黒髪と金髪のダブルヒロインなら、たいていは金髪が勝つのよ」

「ホギャー!」

「あと主人公の親友が実は女の子だったパターンも超人気」

「グエー!」


 きりきり舞いして床に倒れるクロエ。

 もはやなにを争っているのか俺には理解不能だったが、なんだかちょっとかわいそうだった。

 あとに残ったのは”姫”とディアナのふたりだ。今度はふたりが互いに不敵な笑みを交わし合う。


「事実上、わたしたちの一騎討ちというわけね」

「ふふ。旧型(ツンデレ)が、ぼくに勝てるかな」


 ばちばちとふたりのあいだに火花が散った。

 なんなのかこれは。


 *


「すん……すん……ひどいっす……」

「なんかその……ごめんな」


 膝を抱えてすすり泣くクロエに、俺は砂糖菓子を手渡した。「食欲ないっす……」と言いながらクロエは菓子を受け取り、ノーモーションで口へと放り込む。よしよし、さすが俺の猫。


 痴話喧嘩しかしないなら仕事させろ、と吠えた”鉤爪”のことばで、報告会議は打ち切りとなっていた。

 この教団本部で『学校』をやる、という俺の独断にもだいぶいらだちを溜めていたらしい。いまは教祖室からみなを締め出し、”商人”とつきっきりでああでもないこうでもないと、予算編成を行なっている。俺も手伝おうと言ったが、実務能力のない子供はどっかでからだ休めてろ、という”鉤爪”の一喝に、部屋を追い出されていた。

 つくづく申し訳ない。

 あとでお詫びがてら砂糖菓子を差し入れに行こう、と俺は決めた。


「だいたい先輩がいけないんすよ……あまりにも無防備だし……」

「は? いや、防御力は関係ないだろ?」

「あまりにも鈍いし……」

「索敵能力もそんなに低くないぞ」

「行く先々で現地妻つくってくる系の主人公じゃないって思ってたのに……」

「なんの話かまったく分からん」


 俺の顔をいちど見て、クロエはおおきなため息をついた。

 なんだろう、すごく馬鹿にされている気がする……。


「そもそもなんで”姫”ちゃんの任務を先輩が受けるんすか……。わたしがいけば、こんなことにはならなかったのに……」

「いや、それは」


 口ごもった俺に、クロエはじとりとしたまなざしを向ける。


「娼館かもしれない、ってあらかじめ予想してたわけっすよね? 美少女ぞろいだってのも、さいしょに”姫”ちゃんから聞いてたわけだし。

 ……もしかして、はじめからハーレム展開(これ)が狙いっすか?」

「いやいやいや! 違う! 違うって!」


 さすがに俺も、あらぬうたがいを掛けられていることは分かった。ぶんぶんと首を振るが、うたがわしそうなクロエのまなざしからは逃れられない。

 うう、と俺は思う。

 これは覚悟を決めて、説明しなくちゃならないのか……。


「……行かせたくなかったんだよ」

「は? なにが?」

「だから。おまえを、娼館に行かせたくなかったんだ」

「……え?」

「だってその。娼館っていうのは、つまり、そういうことをする場所だろ。おまえがそういう目に遭うのが可哀相っていうか、心配っていうか。その。

 ――いや違う。ああもういいよ、認めるよ。おまえが、ほかの男に押し倒されるかと思うと、気が気でなかった。それだけだよ」

「……」

「笑いたきゃ笑え」


 クロエに目を合わせることができなかった。

 おなじことを説明したとき、”姫”は腹を抱えて笑っていた。それ以来、じぶんでもその動機を思い出すのが恥ずかしくてたまらず、できるだけ考えないようにしていたほどだ。笑いたければ笑えとは言ったものの、クロエの反応を見ることはできなかった。


 が。


「ばかじゃないっすか……」


 返ってきた反応は、予想外のものだった。

 クロエは褐色の肌を耳まで真っ赤に染めている。おもわず目を見ると、うるんだ瞳が、翠のサファイアのようにかがやき、俺を見つめている。端がすこし下がった唇が、やわらかそうに震えている。


 可愛い――。


 はじめて、呆然と、そう思った。

 いままでそういうふうに意識したことはなかったかと言えば、嘘になる。けれども、こんなにはげしい感情をともなって、そう思ったことはいままでになかった。

 こんなに耳が熱くなることも。

 こんなに唇から目が離せなくなることも。

 いままでには、なかった。


「――」


 いつの間にか、俺たちは見つめ合っている。

 強大な磁力が、ふたりのあいだにとつぜん発生して、そこから逃れることができなくなっている。すこしずつ、ふたりの顔が近づいていっていることに俺は気づく。

 うそだろう、と思いながらも、抗うことができない。


 クロエの呼吸を感じる。クロエの鼓動を感じる。

 ふるえる唇が、俺に近づいてきて、そして――。


「あっ」


「えっ?」

「あっ!」


 すっとんきょうな声がして、俺たちは振り向いた。

 赤毛の少女――ニーナが、こちらを向いたままの姿勢で硬直している。なにが起きていたのか察したのだろう、その顔がまたたくまに赤くなっていく。


「っ! たいへん失礼しました!

 どうぞ、わたしには構わず、続きを!」

「できるか!」


 声高く突っ込んでしまった。


「たたたたたたいへん重要なところとお見受けします! 未熟者ゆえ、頭領殿と”猫”殿がすでにそういう関係だとは思いもよらず! さ、さあ続きを! わたしはこのとおり、なにも見ておりませんから!」

「指の隙間!」

「ベタすぎる!」


 がら空きの隙間から俺たちを見つめるニーナ。

 俺たちは恥ずかしさを高テンションでごまかすように、おおきな声で突っ込みつづけた。


「……もういいぞ、”鬼火”。俺を探してたんだろ? なんの用だい」


 すこし落ちついたあとで、俺はニーナに訊いた。

 ニーナはちらちらとクロエを見ている。クロエはいそいそと黒衣の胸元をかき合わせるしぐさをしていた。

 やめてくれ、よけいな誤解を追加してしまうから。


「たいしたことではありませんが――

 魔術師Fの件、”霧”殿と”盃”殿、それから”車輪”殿にお願いをしまして、命じられた準備が完了しました。それで、一度お声がけをと」

「ああ、そっちか」


 例の『報』の準備ができたということだ。

 俺は気分を切り替えて、その場から立ち上がった。


「見にいく。案内してくれ」

「はっ」

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