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32.それがあなたの仕事になるの

「やー笑った笑った。気づかれないもんだねー、頭領殿」


 膝をかかえて落ち込む俺の脇で、ようやく“姫”が笑いやんだ。

 じとりと恨みがましい目をそちらへ向けてやる。“姫”は気にしたようすもなくひらひらと手を振り返してきた。なまなかなことでは、この余裕顔は突き崩せないらしい。


「さっきのニーナって子も、新入りのくせになかなかやるね。ぜひとも部下に欲しい存在だよ。あーでもあれかな、こんな教団にはもう幻滅しちゃったかな? 『女装趣味のへんたい頭領』がいるような組織には」

「やめてくれ……」

「大丈夫大丈夫。これを機に女装を趣味にしちゃえばいいんだって。たのしいよ女装」


 “姫”がにこりと笑う。

 そうやって笑っていると、ほんとうに美少女にしか見えないからたいしたものだ。


「で、でも、俺は女装こんなことやらされるなんて聞いてないぞ」

「んー、なんだって?」


 横目づかいで睨まれて、俺のけんめいの反論は行き場をうしなう。

 “姫”が「潜入任務を行いたいから“猫”を貸してくれ」と言いにきたのは昨日午後のことだ。さっそく詳細を聞かせてもらったところ、たしかに早急に確認すべき事態が発生していた。そこで作戦じたいは承認したのだが……


「クロエにはやらせたくないから俺がいく。そう言ったのは、頭領殿だよね?」

「まあ、そうだけど……」

「そのとき、作戦の立案・指揮・実行についてはぼくに一任して、頭領殿は現場であーだこーだ言わないって、約束したよね?」

「した……」


 肩を落とした俺のまえで、“姫”は腕を組んで仁王立ちする。


「もともと、ぼくは“猫”が使いかったんだよ? 潜入任務に長けてるし、女の子だし。なのに私情をはさんで絶対だめだと駄々こねてみんなを困らせたのは誰だった? ん?」

「俺です……」

「わがままだけど頭領命令だからしかたないと思って、ぼくがすこしでも成功率上げようと時間と労力を使って変装をととのえてたんだよね? これって誰のためだと思う?」

「俺です……」

「じゃあけっきょく誰が悪いのかな? いっしょうけんめい仕事してたぼくかな? それとも頭領という立場にありながら目グルグルさせてた誰かさんかな?」

「俺です……」


 完敗とはこのことである。

 俺はいつのまにか正座までしてしまっていた。百年経っても“姫”には口で勝てそうにない。俺は()()()()()()()で涙をぬぐった。


 “勇者”アランとの決闘から、三ヶ月ほどが経っている。

 数週間ほどは片腕しかない生活に四苦八苦した。なにせ、瓶詰めの蓋ひとつ開けることができないのだ。書類にサインをするにも押さえる手がないから、いちいち文鎮を使わなければならない。生活のささいな細部が不便きわまりない。

 また、戦闘の第一線を離れなければならないのも痛手だった。それまでは現場を見て回っていたのに、いまは護衛なしでは歩くことも許されない。窮屈だったし、退屈でもあった。


 状況が変わったのは、イベリスの研究が進んでからだ。

 帝国の魔導兵器であったイベリスのからだには、超大国の秘匿技術がつめこまれていた。解析を担当した”盃”がなみなみならぬ興奮を見せ、手伝っていたリュリュが驚愕に顔を引きつらせていたことからも、その衝撃のおおきさはうかがい知れた。魔導宝石をエネルギー源とした、事実上の永久機関であることもすばらしいが、俺にとっては、その魔導宝石でできた腰部から伸びている二本の足こそが真の収穫だった。

 球体関節人形のようなつくりのそれは、微弱な魔力によってほんものの足のように動く、完成度の高い義足だったのだ。さっそく”盃”がこの技術を応用し、俺に義腕をつくってくれた。「いっぱい武器仕込んどきます!」という申入れは丁重にお断りしたが。


「さて」


 さんざ俺をなぶったのち、満足げに“姫”は息を漏らす。


「とりあえず、衣装はそれでよさそうだね。けっきょく、すっぴんでも美少女にしか見えなかったのはほんと腹立つけどさ」

「……ずいぶん地味な恰好だけど、いいのか?」


 先ほどまで着せ替えられつづけた色とりどりの豪奢なドレスにくらべると、いちだんと見劣りする衣装だった。清潔だが、質素な綿の服。まるで村娘のようだ。


「うん。それでじゅうぶん。コンセプトは、貧しい両親に身売りさせられたばかりの純情娘ってとこかな」

「純情……」

「なまえどうしようかな。アザムってのは、聞くひとが聞けば男性名って分かっちゃうからねえ」


 うーむ、と“姫”が顎をこする。


「そうだ、こういうのはどう?」


 *


「そう。あなたは、()()()っていうのね?」


 カタリナのことばに、目のまえの少女がうなずく。漆黒の瞳がカタリナの視線をまっすぐに受け止めていた。

 口数のすくない女の子だ。

 ほんとうはしゃべりたいところを、あわてて押さえるような場面も多々見受けられた。よけいなことをしゃべるな、としつけられているのだろう。

 娼婦としてはめずらしくもない。きれいな服を着て身だしなみを都会派に仕立てても、訛りのつよいことばでお里が知れてしまう。廓ことばを身につけるまえの初心な少女には、できるだけしゃべらせないほうがいい。……カタリナの受けていたのとおなじしつけを、このアルルという少女も受けているのだろう。


 おどおどとした少女のすがたに、かつてのじぶんが重なる。カタリナは安心させるように少女に笑いかけた。


「ここでは、いいのよ。訛りがあろうがなかろうが、好きにしゃべっていい。好きなときに、好きなことを、好きなひとと話していいの。それが、()()のルールなのよ」


 カタリナのことばに、アルルが慎重にうなずく。

 まだ緊張は取れないようだが、おいおい、ここの空気を身につけていけばいい。


 ここは、教団の運営する施設だ。

 正義を掲げるひと助けの集団――『教団』の噂は、すでに大陸全土へと広まっている。

 ありとあらゆる村で傭兵の襲撃を阻止しては守護の旗じるしを残すやりかたは民草のあいだにも広く知れわたっているし、『蛇王』という孤高の正義の味方とも連携を取っているらしい。数ヶ月まえの“勇者”アラン・ド・シュヴァリエの失踪に一枚噛んでいるという噂もある。

 各国政府におもねらず、独立独歩の姿勢をくずさないこの組織への支持は、陰ながら民衆のあいだで高まっていた。


 この施設――カタリナが働く『学校』も、実は教団の運営になるものだ。

 娼婦や孤児をひとところにあつめて、無償でその衣食住の面倒を見ながら、かれらに読み書きや計算を教えるというのが目的である。


「知識を、ここにいる子供たちには身につけてもらいたいの。

 『知は、誰にも奪われない武器である』――これはね、教団の創設者である教祖様のおことばよ。あなたたちみたいな子供たちは、無知ゆえに、大人たちから騙され、奪われ、貶められている。

 知という武器を身につけることで、これと戦うことができるわ」


 語りながら、目のまえの少女に視線をもどす。

 黒い瞳がカタリナを見つめている。ふかい色合いの虹彩に気を取られて、その奥の感情はなかなか読みとりにくい。美少女特有の謎めいた雰囲気を、このアルルという少女は放っていた。


「日々の食費や教育費については、あなたたちみたいな孤児からは取ってないわ。この『学校』は善意の寄付によって成り立っているから、安心して。

 ……アルル。あなたはこれから、たくさん勉強するのよ。それがあなたの仕事になるの。

 覚悟はいい?」


 いたずらめかして言うと、アルルはすこし笑ってうなずいた。


 カタリナの仕事は、集められた子供たちに教育をほどこすことだ。

 もともと、娼婦に落ちるまえは家庭教師をしていたのだ。大学を出て貴族に雇われ、子弟に大陸の歴史を教えていた。……その子弟に無理やり手篭めにされ、主人に「我が子を誘惑した」と咎を科せられて、娼館でしか働けなくされるまでの話だったが。


 この『学校』に拾われたのは一年まえのことだ。

 教養を買われて『教師』の役を任ぜられ、いまは次々とやってくる子供たちに、読み書きを教えていた。


 対象となる子供たちはそれこそごまんといたから、ひとりひとりに長い時間は割けない。二ヶ月そこそこでカリキュラムを終え、卒業させてやらなければならない。文字の書き方や簡単な単語のつづりなど、最低限の部分を教えたところで、すぐに卒業となってしまう。そのことに不満がないでもなかったが――とにかく、この『学校』の理念はすばらしいものだったし、カタリナ自身の仕事も、やりがいに溢れたものだ。


 あたらしい知識を学び、目をきらきらとさせる子供たちのすがたは、尊い。

 大急ぎで詰め込まれる読み書き学習のあいまに、カタリナが話す歴史談義にも、子供たちは熱心に耳を傾けてくれた。もちろんカタリナ自身の生活もよくなったが――それよりも、未来ある子供たちを送り出すこの役目を、カタリナは愛していた。


「じゃあアルル。あなたが寝起きする宿舎に案内するわね。

 ルームメイトのみんなとも仲良くね。年はまちまちだけれど、みんな女の子だから、安心して平気だからね」

「みんな女の子……?」

「そう、だから大丈夫よ」


 不安げなアルルにそう強調した。

 このアルルという少女は、娼館に身売りされたばかりのところを保護されたのだと聞いている。すでに純潔が奪われているか否かはさだかではないが……男性に対して恐怖心をいだいている可能性はある。女の子だけの環境は、この子にとってようやくこころを許せる場所になることだろう。


「さあ、行きましょう」


 ためらいがちなアルルの背をそっと押して、カタリナは歩きはじめた。


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