17.まちがいなく、教団最高の暗殺者です
「――それで、頭領。本題ですが」
「ああ」
俺がうなずくと、ナイラが持ってきた羊皮紙の巻物を卓上に広げる。
そこに書かれていたのは、十二席それぞれの名前だ。
第一席:”鉤爪”ナイラ ♀
第二席:”蛇”ザッハーク ♂
第三席:”牛”イスマイル ♂
第四席:”歌姫”セレン ♀
第五席:”騎士”キシュワード ♂
第六席:”盃”モルジアナ ♀
第七席:”商人”ムバラク ♂
第八席:”姫”ロクサーヌ ♀♂
第九席:”茉莉花”マリカ ♀
第十席:”霧”ダリア ♀
第十一席:”車輪”ファティマ ♀
第十二席:”猫”クロエ ♀
「今日、みんなに集まってもらったのは、組織構成をきっちり考えなおしたかったからだ」
ゆっくりとした口調で俺は語る。
「俺たちはこれから世のなかの不条理に因果を問うていくわけだけど……それにしても、大陸は広く、俺たちはあまりに寡兵すぎる。
闇雲に動いていても、とうていすべては救えない。
だから、役割分担をしっかりと決めておきたい」
十二席がそれぞれにうなずいた。
俺が頭領に着任して、半年が経とうとしている。
この間、さまざまな動きに同行して、十二席それぞれの特性や得手不得手も確認した。
十二席たちはみな優秀な暗殺者だが、向き不向きはある。
……もちろん、彼らもプロだ。責任と裁量を与えて委ねれば、みなきちんと成果を出してのけるだろう。しかしそれは、水準以上の成果にはなりえない。
だからこそ、適材適所の配置が求められる。
「まず、ナイラ」
「はっ」
「とりあえず戦場担当として、傭兵被害を食い止めてもらってたわけだけど、半年間やってみて、どうだった?ざっくばらんに語ってほしい」
「……正直を言えば、手が回り切らんな」
ナイラにはこの半年、俺への同行もお願いしていた。ナイラはだいたいの局面で水準以上の仕事をできるし、副官として優秀なのだ。また、暗殺者としては未熟に近い俺の身辺警護も担当してくれている。
それをしながら、各地の戦場を回る十班の指揮を執るのは、あまりに多忙だっただろう。班の配置や細かな指示、欠員の補充まで担当していたのだから、ひとりではあきらかなオーバーワークだ。
「実務の面においては、”牛”や”騎士”に助けられる部分がおおきかった。というより、実行面はほとんど”騎士”が担っていたというべきだろうな」
「そうか。気づけなくてすまない、ナイラ。……じゃあ、”騎士”」
「はっ」
俺は第五席――”騎士”キシュワードに視線を向ける。
金髪に青い目を持ち、ととのった顔立ちをした青年だ。暗殺者というよりも、戦場で騎馬隊を指揮させたほうが似合う、そんな青年だ。
半年間見た印象としては……見た目どおり、隠密行動を不得手としているようだ。本人の適性や志望も、もともとは騎馬で戦場をかけめぐることにあったらしい。”騎士”という二つ名も、なかば皮肉で付けられたもののようだ。
「……きみ、騎馬隊を指揮してみない?」
「……騎馬隊、でありますか?」
俺は説明した。
もともと、暗殺者の多くは道なき道を行く性質から、徒歩で走るのが常識とされていた。しかしそれでは機動力に欠け、傭兵団による村の襲撃に間に合わないことが多い。
傭兵被害対策を第一義とするなら、戦場担当には騎馬を与えるのがいちばんいい。
「――さいわい、軍馬の購入は”商人”に伝手がある。これを機会に、戦場担当を騎馬隊に編成しなおして、その指揮を”騎士”に任せたい。どうかな、みんな」
「頭領殿……!」
“騎士”キシュワードが感激に目をうるませる。
彼が暗殺者というじぶんの生き方に疑問を持っていることも、ナイラからは報告を受けていた。かといって真面目で正義感にあふれた性格ゆえに、教団を裏切ったり抜けたりすることもできそうにない。
であれば、と考えた配置だった。
異議は出なかった。よって、決議とした。
“騎士”は周りに肩を叩かれて笑っている。仲間から愛されてるのだな、と俺は思わずほほ笑んだ。
こういった要領で、それぞれの配置を決めてゆく。
世のなかに起こっている不条理や、想定しうる問題、対処の必要がある事態についても話し合いを重ね、それぞれ以下の通りに決まった。
第一席:”鉤爪”ナイラ ♀ :頭領補佐
第二席:”蛇”ザッハーク ♂ :貴族社会担当
第三席:”牛”イスマイル ♂ :強襲担当
第四席:”歌姫”セレン ♀ :王宮担当
第五席:”騎士”キシュワード ♂ :戦場担当
第六席:”盃”モルジアナ ♀ :平民担当
第七席:”商人”ムバラク ♂ :闇社会担当
第八席:”姫”ロクサーヌ ♀♂ :女性担当
第九席:”茉莉花”マリカ ♀ :子供担当
第十席:”霧”ダリア ♀ :毒担当
第十一席:”車輪”ファティマ ♀ :拷問担当
第十二席:”猫”クロエ ♀ :遊撃担当
「あくまで、ここにさだめたのはだいたいの分担だ。場合によっては担当を超えた作戦もありうるし、担当外の問題であっても、現場で都度判断して行動していいものとする。あくまで柔軟にやろう」
「はっ」
「……ところで、”蛇”って今日もいないの?」
わざと軽い口調で問いかけたのだが、十二席のみなはそれぞれ気まずそうに口を濁す。
第二席の”蛇”ザッハークは、かなりの問題児らしい。一年のほとんどを外で過ごし、教団にはほとんど戻ってこない。ウマルの時代にも、まともに命令を聞かず、じぶんのペースで好き勝手に暗殺をこなしていたようだ。
俺も卒業試験の日以来、顔を合わせていなかった。
一度、こちらから会いに行ったほうがいいかもしれない。
「俺、”蛇”とはまともに会ってないんだよね。どんなひとなの?」
軽い気持ちで聞いた。
すると――
「人間の屑です。最低の男」と、”鉤爪”ナイラ。
「奴と並べて語られたくはない」と、”牛”イスマイル。
「けだもの。おっぱい見すぎ」と、”歌姫”セレン。
「正直、尊敬しにくい方です……」と、”騎士”キシュワード。
「胸ばっかり見すぎです! 殺したいです!」と、”盃”モルジアナ。
「暗殺者のくせに目立ちすぎる」と、”商人”ムバラク。
「男の子だし、しかたないんじゃない?」と、”姫”ロクサーヌ。
「胸をさわるのやめてほしい……」と、”茉莉花”マリカ。
「胸の話ばっかりで、話が通じないのよね」と、”霧”ダリア。
「おっぱい星人だねーかわいくないよー」と、”車輪”ファティマ。
「わたしの胸には興味ないみたいっす……うっ」と、”猫”クロエ。
「クロエ、わたしは興味あるよ大丈夫」と、リュリュ。
さすがに俺も口ごもった。
これは……問題児っていうか、相当のダメ人間なんじゃないのか……?
「……ですが、」
ナイラが憎々しげな顔で言う。
ほんとうに言いたくない、認めたくないという様子で。
「まちがいなく、教団最高の暗殺者です」