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16.意外とやわらかいんだ(修正版)

 クロエとリュリュが戻ってきた。

 武装を解くとすぐに二人が教祖室に現れる。ノックもそこそこに入室してきたクロエが、目を丸くする。


「ただいまー疲れたっすよー……うおう」


 教祖室には、十二席のほとんどが居並んでいたのだ。

 俺やナイラぐらいしかいないと思っていたのだろう。だらしなく着崩した黒衣をすばやくととのえ、姿勢を正す。その後ろでは、リュリュが似合わない黒衣の裾を引っ張っていた。


「おかえり、クロエ」

「……あれ、わたし、なんか怒られるかんじ?」

「そのために集まったわけじゃない。たまには幹部会議的なものも必要だろうと思って召集してみただけだ。とりあえず座って。リュリュの椅子もあるかな」


 二人の着席を促す。

 十二席の末席に身を固くして腰掛けるクロエのすがたに、『借りてきた猫』という慣用句が思い浮かんだ。言いえて妙だな、あれは。

 一方リュリュは堂々としたものだ。あんがい肝が据わっているのかもしれない。


「じゃあせっかくだから、”猫”の報告から行こうか」


 俺が声を掛けると、十二席たちがそれぞれにうなずく。

 クロエがおずおずと話しはじめた。


 クロエとリュリュが追っていたのは、リュリュをさらった奴隷誘拐組織のゆくえだった。例の館を焼き払ったのち、誘拐の実行犯たちは完全に闇に潜り、芋づる式に見つけることは困難となってしまっていたのだ。

 奴隷を使う娼館や奴隷市場を潰したところで、そんなものは枝葉末節に過ぎない。叩くなら、奴隷の調達を組織的に行なっている連中だ――そう、クロエたちは考えたのだ。


「そこからの手がかり探しには、”商人”にだいぶお世話になったっす」


 第七席――”商人”ムバラクがうなずいた。

 “商人”はこれまで、闇社会に渉りを付けてきた男だ。細く、病的な印象を与える体つきとは反対に、おそろしくエネルギッシュな活動と喋りとを得意とする男だという。しかし、必要のない場ではほとんど口数がなく、死神じみた沈黙を守っていた。


「……奴隷市場がなくなれば、組織はさらってきた奴隷の販路をあらたに開拓しなければならない」


 ぽつり、と”商人”が言う。

 どこか箴言めいた響きだ。


「そ。そこで”商人”は、闇商人のあいだにこっそりと、『大司教の醜聞を受け、帝国が奴隷市場の取りつぶしをもくろんでいる』『一方で帝国の要人が、奴隷市場の新設を考えている』という二つの情報を流してくれたっす」

「なるほど。そうすれば、向こうから接触してくるってことか」


 帝国の要人となれば、向こうの組織もそれなりの格を持つ人間を交渉に出してくる。組織も、まさかじぶんたちが狙い撃たれているとまでは考えないから、『ものの分かった人間』を同行させてしまう。


「あとは、その『分かってる人間』をさらって拷問に掛けて組織の本拠地を聞き出せば、仕舞いっすね」

「なるほど。……”車輪”が今朝から眠そうにしているのは、そういうわけか」


 第十一席に目をやると、”車輪”はすぴーすぴーと平和な寝息を立てていた。子供のようにやすらかな顔だ。何人かがそれに気づいて席を立ち上がりかけるが、俺は手を差し出してそれを止める。

 きつい仕事を成し遂げたのだ。いねむりくらいは見のがしてやりたかった。


 拷問は基本的に昼夜を徹して行なわれる。睡眠時間を奪うというのは、相手の時間感覚を奪い、混乱のただ中に叩き込み、人格を崩壊へ追い込むのに適した拷問の基本なのだ。三日もすれば神経が壊れはじめ、一週間もすれば確実に死ぬ。

 “車輪”には二人の交替要員を与えてあるが──彼女は興が乗ると、五日くらいはあたりまえに相手を責めさいなみつづけるのだという。

 この子も、一種の超人だろう。


「それで、本拠地を聞き出せたと」

「あとは襲撃っす。今回は時間もなかったんで、強硬手段をとらしてもらったっす」

「”牛”の指揮による正面突破――こないだの稟議に上がってたのが、それだな」


 第三席――”牛”イスマイルがうなずいた。

 異常に発達した筋肉と、長身のナイラよりもさらに頭ふたつはおおきな背丈。体重は常人の三倍はあるであろう巨漢は、暗殺教団随一の怪力の持ち主だ。正面突破力にかけては、教団内はおろか、大陸でも右に出るものはいないだろう。


「すごい活躍だったらしいな、”牛”。報告は受けてるよ」

「大したことでは」

「人間を指のちからだけで千切れるってのは、ほんとうなのか?」


 “牛”は困ったように頰を掻く。

 その指の、岩を切り出したような太さと荒々しさを見て、俺はつまらない質問をしたのだと気がついた。この男なら、現実にやってのけるだろう。


「じゃあ”牛”。あらためて襲撃の結果報告を頼む」

「うけたまわった、頭領殿」


 低い声で”牛”が応じる。


「我らの兵力は二〇〇。正面からの襲撃だったが、不意を打ったのと、”猫”殿の攪乱行動のお陰で、敵兵はみなまともに対応できず。殺害人数は五〇〇を超え、組織を構成するすべての幹部を仕留めることに成功。

 組織の長を務めていた男にも因果を問うた」

「へえ。因果までやったんだ」

「うーりゅがやったんすよ、先輩」


 リュリュの頭を撫でて、クロエが言う。

 リュリュはぽうっとした顔でクロエを見上げていた。なにかあやしい感じがする。


「へえ、リュリュが」

「勝手なことを致しました」

「いや、いいんだ。別に因果を問うのは俺だけの特権じゃない。因果応報を解する全員が、悪と定めた相手に報をくだして構わない。これ、それぞれの部下たちにも周知徹底しておいてほしい」

「はっ」


 十二席の声が揃う。


「で、リュリュ。どんな報を?」

「はい。多くの人間を奴隷におとしめ、尊厳を奪ったのですから、彼にも尊厳をうしなってもらいました」

「どうやって?」

「巨大な肥壺を農村に設置し、そのなかに入れました」


 リュリュは語った。

 肥壺に落とし、頭上から降りそそぐ糞尿を浴びさせて、後悔のなかでゆっくりと衰弱させていく。落とすまえに手足の腱を切り、喉を焼きつぶしてあるから、這い出たり誰かに助けられたりする懸念もない。病気になるのが早いか、飢えるのが早いか、はたまた満ちた糞尿に窒息するのが早いか……。なんにせよ、これ以上なくみじめな死であることに変わりはないだろう。

 他人を地獄に突き落として利を得てきた人間には、ふさわしい最期だ。


「たいしたもんだ」

「ありがとうございます」


 リュリュはなんでもないことのように頭を下げる。

 この子はなかなか拾いものだったようだ。治療魔術ゆえに後方支援担当と安直に考えていたが、もしかしたらもう少しおおきな権限を持たせてみてもいいかもしれない。

 ……俺に対する視線に時おり、ものすごい敵意が混じるのは気になるけど。


「さいごにもうひとつ、報告があります」

「うーりゅ」

「いいのクロエ。言わなくちゃ」


 心配そうなクロエを制して、リュリュはつづける。


「誘拐の実行犯のうち、下っ端のひとりを取り逃がしました」

「へえ、ほんとに?」


 “牛”に目を向けると、巨漢はうなずく。


「俺の責任だ、頭領殿。罰するなら罰してくれ」

「罰しはしないよ。たとえそれが単なるミスだったとしても、失敗はつきものだ。この教団ではひとつの失敗で、有能な人材を処断したりするつもりはないからね。……でもリュリュ。今回のは、わざとなんだろう?」


 俺が問いかけると、リュリュはこくりとうなずく。

 クロエとリュリュのふたりで追っていたならまだしも、ベテラン暗殺者の”牛”が下っ端などを殺し損ねるというのは考えにくい。なにか事情があったということだが、それを”牛”はわざと報告しなかったし、言いのがれひとつしなかった。ということは、”牛”は誰かを庇ったと見るべきだろう。


「理由、教えてくれる?」

「――彼は、悪意の人間ではありませんでした」


 リュリュは話した。


 そもそも、リュリュは誘拐されるはずなどなかったのだ。母が残した守護魔術は完璧なできばえだった。『悪意のある人間は見つけることができない』という前提。

 それを、逆用された。


 リュリュを見つけたのは、痩せた男だった。

 彼は、病気の妻を助けたいと言ってリュリュを外に出させた。これは、嘘ではなかったのだ。男は実際に病気の妻を持っており、それを助けるためにエルフの魔術を借りたいと願っていた。

 だが、それを知られたせいで、組織に脅され、使われたのだ。


「善意の人間が、悪人たちに付け込まれ、悪事の片棒を担がされた――真実は、それでした」

「よくある話だな」

「ええ、よくある話です。しかし、あってはならない話です」


 だから、リュリュはこの男に因果を問うた。

 報は――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「助かったのか?」

「ええ」


 リュリュがちいさくほほ笑んだ。

 痩せた男は、数年越しに立ち上がることのできた妻に狂喜し、妻を抱きしめ、リュリュの手を握り、床に頭をこすりつけ、何度も何度もお礼を言ったのだと言う。涙を流しつづけながら。


「人間は、信じてみてもいい。じぶんの感覚で信じてもいいと思えたなら、それに従ってみてもいい。……クロエが、そう教えてくれたんです」


 リュリュは胸に手を当てた。

 クロエは目をうるませながら、リュリュを見つめている。ずびび、と鼻をすする音。


「うーりゅ……」

「クロエ……ありがとうね」

「こっちこそ……」


 少女たちが見つめ合う。素敵な友情だった。

 しかし見つめ合う時間が長い、気がする。

 やがてうろたえたようにクロエが目を逸らしても、リュリュはクロエを見つめつづけ、その顔がだんだんと近づいていき、クロエの狼狽が大きくなり、リュリュの白い頰と耳とが真っ赤に上気して瞳がとろりと蕩け、そして――


「クロエ……」

「ちょ、ちょっと離れてもらえないっすか……?」

「なんで……? いいじゃない……」

「ち、近いっす……」

「わたしのことかわいいって言ってくれたでしょ……?」

「そりゃあ、言ったけれども」

「おっぱい触りたいって言ってくれたでしょ……?」

「そ! それは言ってにゃい!」

「触ってみる……?」

「触ってみにゃい!」

「じゃあわたしが」

「にゃうっ……!」


 クロエが嬌声を上げる。

 目のまえでなにが起きているのか、俺にはちょっと分からなかった。十二席のみなも硬直しているようだ。呼吸を荒げはじめたリュリュが、だんだん激しくと触る。


「手のひらに収まっちゃうくらいだけど……意外とやわらかいんだ……?」

「やめっ……にゃっ……あっ……」


 これは、友達どうしのスキンシップといっていいのだろうか。

 ちょっと度を超してはいないか。

 いや待て、女の子どうしってこういうものなんだろうか。

 俺が知らないだけで。


「おい”猫”、その辺にしておけ。場をわきまえろ」


 ナイラが咳払いをして言う。

 心なしか頰が赤い。


「ほ、ほら! 怒られたっす! もう離れて! さわらにゃいで!」

「じゃ、もっとゆっくりできる場所に行こうか……?」

「行かにゃい!」


 じたばたと両手をばたつかせるクロエにリュリュがしがみついた。リュリュの手がするりとクロエの首筋を撫で、そのまま胸元へとすべりこんでいく。


「ひやぁっ……!」


「いい加減にしろ」


 ついに立ち上がったナイラが二人を引き剥がす。

 じたばたと暴れていたクロエは、ようやく安心したように涙を浮かべ、リュリュはものすごい顔でナイラを睨みつける。


「話は終わりだ。以後、会議の席でこのことについて口を聞いたら、私が許さん」

「チッ……クソ処女め……」


 リュリュとナイラが全力で睨み合う横で、クロエがぼろぼろ泣いている。とんだ地獄絵図もあったものだ。

 ようやく場が落ち着くと、誰からともなく会議が再開した。


「あーなるほど、”猫”ってそっちのネコ――」

「黙ってろ”姫”」


 一部、切り替えられていない者もいたが。

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