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15.俺を、うすぎたない暗殺者のように

 帝都の王宮は、いつだって騒々しい。


 皇帝陛下の覚えめでたくなれば、いとも簡単に出世が成るのがこの帝国である。皇帝が無理でも、摂政なら。摂政が無理でも、官僚なら――。

 こうして、阿諛追従の貴族たちは、引きも切らず用もないのに王宮に詰めかけるのだ。

 同格の貴族を遠回しなことばで牽制し、じぶんよりも権力を持つ相手にはただひたすらにおもねり、身分の低い連中に当たり散らしては発散する。


 王宮を歩くと、こういう連中に会わずにはおれない。

 最近ではアランにもおもねる者が増えた。


「おお! これはこれは勇者様! ご機嫌うるわしゅう」

「こんなところで戦場の覇者にお会いできるとは! 望外の幸せですな!」

「英雄アラン殿におかれては、そろそろ妻帯などは考えてはおられぬか? 私に年ごろの娘がおりましてな」


 アランは愛想を振りまかない。

 声を掛けてくる有象無象の連中を無視して、ずんずんと王宮を進む。

 なんとなれば、今日は皇帝陛下直々の呼び出しなのだ。至高の帝王を名乗るあの老人に、忠誠など誓った覚えはないが――帝国の食客として食べている身分であるから、呼び出しには応じなければならなかった。


 *


「ニコラ・マルティヌス大司教が身罷られた」


 重々しい声で摂政は言う。

 眼鏡を掛けた痩身の男だ。皇帝陛下との拝謁においては、玉座に座るあの老人が口を開くことはほとんどない。要件のすべてを、この男が代弁する。


「ご存知だったかな、勇者殿」


 アランはうなずいた。

 ご存知もなにも。

 大司教の噂は、いま帝都でもっとも大きな醜聞スキャンダルのひとつだ。


 大司教が失踪し、およそ一〇日のちに大聖堂に遺体が届けられているのが見つかった。人づてに聞く限り、遺体にはものすごい拷問を受けた痕があったとのことだ。

 加えて――添えられたふみには、大司教がなにをしてきたかが克明に書かれていたそうだ。その内容については固く伏せられていたが……どこからともなく漏れた情報をつなぎ合わせると、こうなる。


 大司教は、歪んだ性癖により、子供を金で買ってはむごたらしい拷問のすえに殺すことを好んでいた。

 被害者は二十人にのぼる――。


「……どこまでお聞き及びかは存じないが、大司教の醜聞に関してはまったくの事実無根だと確認が取れている」


 摂政がにがにがしげに言う。

 本人が永遠に口をつぐんだというのに、どう確認したのかは知らないが、アランは重ねてうなずいた。


「それよりも、貴殿に足を運んでいただいた要件は、こちらのほうだ」


 懐から取り出した羊皮紙を、摂政が広げた。

 羊皮紙には、奇怪な紋章が書かれている。


「これが、大司教のご遺体に彫られていたのだ。……なんとも、いわく言いがたい紋章だろう? 文字とも絵ともつかぬし、なにを象っているのかも皆目検討がつかぬ。それでいて、どこか禍々しい。紋章官に見せても判断がつかぬ。邪教の印ではないかとの説も持ち上がってきている」

「報――?」

「どうした、アラン殿?」

「いや、なんでも」


 摂政は気に留めた様子もなく、話をつづける。


「実は、この紋章が帝国領土のみならず、大陸全土のいたるところで発見されている」


 壁一面に架けられた大陸の地図を摂政は示した。

 地図には、赤の楔がいくつも打たれている。この楔の在り処が、紋章の発見場所を示すのだろう。


「いちばん多いのは、戦場となった平野近くの村だ」


 摂政はいくつかの楔を示して語る。

 帝国は全方位を他国へ囲まれており、そのいくつかとは絶えざる交戦状態にあった。王国連邦、大公国といった国々が、現在の敵対国である。

 摂政が示した楔は、たしかにそういった小競り合いや会戦が行なわれた平野近くに散在していた。


「紋章が見つかった村を調べると、彼らはみな簡単な武装をしていることが分かった。木を削った槍や、子供用の弓矢といった水準の、ささいなものだ。帝国の反乱準備罪に抵触するようなものでもない」

「武装?」

「傭兵の襲撃に対する備えだと、説明された。現にこういった村々では、傭兵の襲撃による納税遅れ等は起きていない」


 また、と摂政はつづける。


「帝都でも、この紋章は見つかっている。いくつかの館が焼かれ、なかで犯罪組織の構成員や奴隷商人といった連中が死んでいるのが見つかった。……焼け死ぬまえに、喉を掻き切られた状態でな」

「喉を」


 ここ数週間にわたり、不審火が多いとはアランも感じていた。しかし焼け落ちた館に裏があるとまでは、気づかなかった。


「犯人はいまもって不詳だが……民のあいだに、この名前が広まりつつあるのだ。『教団』と」

「教団、ね」

「聖教会とは違う。むろん、そのほかのちいさなカルトにも、該当するものはない。この謎めいた組織の存在を示すものは、いっさい見受けられん。足取りがまったく掴めないのだ」


 摂政が眼鏡を持ち上げる。苛立ったときのこの男の癖だ。


「民の噂では、この『教団』をこう説明している――」

「『弱きをたすけ、悪を挫く、正義の教団』」


 アランがそのあとを引き取った。

 摂政がむっとした顔を向けてくる。


「ご存知だったか、アラン殿」

「王宮の御一同よりは、街を歩いてるものでな」


 アランは肩を鳴らした。

 ぽきり、と小気味のいい音がする。突然の、ありえない非礼に摂政が目を丸くした。


「で――俺に、その『教団』とやらを探して潰せと?」

「平たく申せばな」

「ごめんだな」

「なっ――?」


 摂政が目を剥く。


「勘違いしているようだから言っておく。

 俺は、冒険者でも帝国の騎士でもない。金でも命令でも、動く義理はない。

 俺が気に入らないと思えば、その仕事はやらん」

「きさま、陛下の禄を食んでおりながら」

「ああ。確かに、陛下には食べさせてもらっているな。

 だが、平和に暮らしていた俺を一方的に召喚したのはそちらだろう?

 こちらは客の立場だ。衣食住を保証する程度は、して当然だと思うがな」

「むっ……」


 痛いところを突かれて、摂政が沈黙する。

 

「そもそも、俺は勇者だろう?」

「ああ」

「なら、戦場で戦うのが本来の役割だ。戦線が崩れそうだと戦場の最前線へ送られたり、敵将が手ごわいと一騎打ちを命じられたりする分には構わん。

 だが、最近の仕事はあまりにひどい。

 敵の背面から襲いかかり指揮官を討てだとか、敵国に潜入して後方の参謀を討てだなどと。――俺を、うすぎたない暗殺者のように扱うのか?」


 摂政を睨めつける。

 戦場で万の兵を圧するその眼光を向けられ、摂政はたじろいだ様子で一歩引いた。つづくことばはない。アランは視線を逸らして、踵を返した。


「失礼する、陛下」


 摂政の止める声にたじろぐこともなく、アランは拝謁室を後にした。

 堂々たる体躯の青年は周囲にひとを寄せ付けないまま、王宮のなかを大股で歩いていく。常人では小走りにならないとついていけない速度で、平然と歩を進めていく。


 報。

 アランは、あの紋章を思い返す。

 紋章、ではない。

 それが字であることを、アランは知っている。かつてこの世界に喚び出されるまえに、じぶんたちが使っていたことば。あの平和と便利に満ちあふれた、極東の島国で使っていたことば。漢字。


 漢字を使っているということは、とアランは思う。

 つまり、じぶんのように現代日本から来た人間が、例の『教団』にいる。まちがいなく、ひとりは。探さなければならない。見つけなければならない。

 そして場合によっては――殺さなければならない。


 アラン――新井アライ隆二リュウジは、めずらしく焦っていた。

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