表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/50

14.わたし、負けませんから

「まさか、”車輪”を使われるとは」

「意外だった?」

「あなたが清廉潔白な理想主義者というわけでないのは、存じておりましたが」


 さすがに、ナイラも困惑した様子だった。


「十二席」において、第十一席を占めるのが、”車輪”ファティマである。

 戦闘能力については、おおよそ普通の暗殺者と大差ないが……彼女は、かつての教団で拷問全般を広く任されていたのだ。

 とにかく、ひとを傷つけること、苦しめることに、異常な執着を見せる少女である。おっとりとした喋り方からは想像もつかないほどに残虐で、いっさいの容赦がない。さすがのウマルも、「やりすぎる」という理由で、彼女を用いることは、そう多くはなかったのだという。


「教団は、怖い。容赦がない。

 そういう評判を得ておけば、無用な争いも避けられるだろ。

 それに……ひとを苦しめてきた人間は、同じ量の苦しみを得て然るべきだ」

「因果応報、ですか」

「俺のやり方は、極端に過ぎるとは思うけどね。

 手を緩めるつもりは、しばらくはないよ」


 俺は大教祖の使っていた私室の椅子に腰を下ろした。

 

 例の館を焼き払い、大司教を連れ帰ってから一〇日が経っている。昨日、ようやく二〇回目の死を迎え、ようやく大司教は苦しみから解放されていた。

 死体は、夜の内に帝都の大聖堂に置いてきてある。その青白い肌に、「報」の一字を刻み込んだ上で。


「先輩、いいすか?」

「どうぞ」


 クロエが教祖室に入ってきた。

 二〇畳もあるような広い部屋だ。俺ひとりで使うのも落ち着かないし、いつまでも食堂で会議してるのもあれだろうと、大きな机と大陸全土の地図とを運び込んで、いまや会議室として使っていた。当然、誰でも出入り自由と言ってある。

 しかし、クロエが連れてきたのは、意外な相手だった。


「リュリュ」

「……失礼します」


 リュリュはクロエの陰に隠れるようにして、おずおずと教祖室に入ってきた。


「休んでなかったのか」

「ええ。眠れなくて」


 九日にわたる拷問を終えたばかりだ。

 長い監禁生活から始まって、あのむごたらしい拷問への立会だ。体の疲労は相当のはずなのに、眠れないということは、相当心の傷を残してしまったのだろう。


「……悪かった。ひどいことに、付き合わせた」

「いえ。見届けることを選んだのは、わたしですから」


 リュリュは首を振る。

 リュリュの仕事は、何時間に一回か、”車輪”が必要と感じたタイミングで呼び出してもらい、大司教を治療することだけだった。実際の拷問に立ち会えなどと、俺は命じていない。

 しかし、リュリュは「見届けたい」と言って、過酷極まる九日間を、”車輪”とともに過ごした。日に数時間の休憩時間を除けば、その間ずっと、拷問を見つめつづけていたのだという。


「……それで、なにか用かい」

「ええ。まずは、お礼が言いたくて」


 リュリュが頭を下げた。


「マリーやシャルルのこと、ありがとうございました」

「ああ。そんなこと。彼らを治したのは、きみだろう」

「引き取ってくださったのは、あなたです」


 マリーとシャルル。

 死の寸前にまで追い詰められたこの二人の怪我人を、魔術が解き放たれたリュリュはすぐさま治療した。切り傷や怪我が治るのはまだしも、切断された両手両足までもが復元するというのは、正直言って驚きだった。

 しかし、彼らの心の傷まで癒えることはなかった。

 心を閉ざし、死を希う。

 元奴隷がここまで追い詰められたら、生きる道などない。やむなく、俺は彼らを

教団で引き取ることを決めたのだ。

 いつか、彼らが救われる道もあるだろう。


「それと――厚かましいのですが、ひとつ、お願いがあります」

「なんでも言ってくれ。教団にできることならなんでもする」


 俺は言い切る。

 弱者救済も教団の務めだ。彼女が必要なら、まとまったお金でも、どこか安全な隠れ家でも、なんでも与えるつもりでいた。

 しかしリュリュのとなりで、クロエが気まずそうに髪をいじっているのを見つけた。


「にゃむ……それがね先輩……」


 クロエの躊躇も気にせず、リュリュは堂々と言い放つ。


「わたしを、暗殺教団に入れてください」


 は? いま、なんと言った?


「暗殺者としては役に立たないかもしれません。

 ですが、皆さんの怪我を治すことくらいならわたしにもできます」

「ちょ、ちょっと待って。入るって? どういうことクロエ?」

「わたしに聞かないでほしいっす。拷問が終わってから、ずーっと、この一点張りなんすよ」


 うーむ。

 俺は頭を抱えた。


「い、いちおう、志望動機的なもの聞いてもいい?」

「め、面接っすか?」

「はい。教団が掲げる因果応報の理念に共感致しました」

「やべえ。マニュアル感がすげえっす」


 クロエが絶句する。

 俺は困った。想定もしていない事態だった。


 確かに、正直を言えばリュリュの治療魔術は戦力としてありがたい。手足の切断からも回復をすることができるのであれば、戦線離脱する部下たちも少なくなる。思い切った行動もとりやすくなるだろう。

 組織としてみれば、リュリュの獲得はぜひとも成し遂げたい目標だ。


 だが……。


「リュリュ。ひとつ聞きたい」

「はい」

「きみは二十回の死を見つめた。……どう思った?」


 リュリュが口ごもる。

 この質問への答えようによっては、リュリュを仲間として受け入れることはできない。そう決めてしまうと、心は鎮まった。


「むごい。……そう思いました」

「うん」

「こんなにも酷いことをする必要があるのか、と思いました。

 悪人を殺すなら、ただ殺せばいいのではないか。

 わざわざ苦しめる必要などないのではないか。

 そうも思いました」

「続けて」

「でも、必要なのだ、と思いました。

 世界は残酷で、むごたらしくて、醜いものです。

 それを相手どって戦っているのが教団です。だとしたら、その戦い方が、残酷で、むごたらしくて、醜いものになるのは必然なのだと、思いました。敵が無慈悲なのだから、こちらも無慈悲になるのは当然なのだ、と思いました。

 ……それでも、いやだ、と思いました」

「いやだ、と?」


 意外なことばに、俺は問い返す。

 俺の目から逃れることもなく、まっすぐに見つめ返しながら、リュリュは言う。


「こんな戦いは、いやです。

 誰かが誰かを殺すのは、いやです。

 無慈悲に無慈悲をぶつけるのは、いやです。

 だから、わたしも、加わらなくてはならないと思いました。

 わたしたちの時点で、この戦いを終わらせるために。

 次の世代の子供たちに、醜い世界を残さないために」


 決然と、言い切った。


「だから、わたしは暗殺教団に入ります」


 リュリュの声が、残響する。

 俺は、ぽりぽりと頭を掻いた。


 参った。

 正直、参った。

 こんなにまっとうな意見が返ってくるとは思わなかった。リュリュという女の子を侮っていたのかもしれない。彼女は確かに、ものを考えている。へたをすると、俺なんかよりもずっとひたむきに。

 俺が考えていたのは、それこそ”車輪”のように、殺人に快楽を見出すタイプでないといい、という程度のものだった。”車輪”は有能だが、大義のためではなく、じぶんの欲望のために動くタイプだ。頭領である俺への忠誠心ゆえになんとかなっているし、必要な仕事を担ってくれているのだが――彼女のような、特殊嗜好の持ち主ばかりでは、この組織は成り立たない。

 この教団は、ひとえに理想によって成り立っているのだから。

 そして。

 理想であれば、このリュリュという少女はふんだんに持っているらしい。

 完敗だった。


「……いいんじゃないすか、先輩?」

「……分かってる」


 俺はリュリュに向かい、言う。


「暗殺術のいろはも学んでない女の子を、前線に立たせるつもりはない。

 後方支援だ。

 それでいいなら、教団はきみの参陣を歓迎する」


 リュリュの顔が、ぱっと花咲いた。


「やった、やったよ、クロエ!」

「よかったっすね! よかったっすねうーりゅ!」


 きゃいきゃいと、美少女ふたりが手を繋いで喜び合う。

 暗殺教団の風景にしては牧歌的に過ぎる気もしたが、まあ、よしとしよう。


「クロエ」

「はいっす」

「リュリュに、教団のなかを案内してやってくれるか。それが終わったら、医療班へ彼女を紹介してやってほしい」

「らじゃっす」

「クロエ。……友達ができて、よかったな」


 クロエの目が丸くなり、それから、ふにゃりと垂れた。


「えへへ……。ありがと、先輩っ」


 にっこりとクロエが笑う。

 いつものように、褐色の頬がほんのり赤くなっている。かわいい猫だ。


 ――と。


「……」

「どうした、リュリュ?」


 横からにらみつけるようなリュリュの視線を感じて、俺は振り向いた。

 実際、にらみつけられていた。


「……ど、どうしたまじで?」

「頭領」

「は、はい。なんでしょう?」


 思わず敬語になってしまう。


「わたし、負けませんから」


 それだけ言い放ち、リュリュはぷいと顔をそらして、クロエの腕を取って教祖室を出て行ってしまった。クロエは「えへへー弱ったなーもう」となぜだか嬉しそうに連れていかれた。


 ばたん、と扉が閉まる。


「……え、どういうことなの、今の?」

「お分かりにならないか?」

「え、なに? ナイラは分かったのか?」


 ナイラがにやりと笑う。


「おまえにライバルが増えたってだけのことだよ、アザム」

「どういうこと?」

「ほんとうに鈍いな」

「鈍くない」

「鈍い。でなければ、競売市場に潜入するときわたしに向かって『ナイラって女装うまいんだなーすごいなー』だなんて言えるものか」

「……え、それも分からない。どういうこと?」

「一生考えていろ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 随分前から潜伏してたんだから、 マリーとシャルルが被害受ける前に行動起こせたんじゃ? 何故リュリュがやられる直前まで動かなかったんだろう 回復魔法で蘇生できたとはいえ、これはきつすぎ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ