二話:夕暮れの出会い?
恵美がボールを抱えて戻ってきた。
「ごめん二人とも、ボールに空気入れてて…遅くなちゃった」
「ぜんぜん謝る事じゃないって」
「うん、そのボールはぺこぺこで、蹴ったら変な方向に飛んで行ったり、飛びすぎたりしたから…むしろありがとうだよ」
博隆は以前、雅人が、全力でボールを蹴って、近くの川に入れてしまい、危うく流されかけてしまったのを思い出した。まあ、あの時は雅人も悪いところはあったと思うが、過剰にボールが飛んでいったというのも一理あると思う。
「じゃ、いつも通りのローテーションででいいよな?」
雅人の問いかけに二人は頷いた。
雅人の言うローテーションとは、二本の公園の街灯をゴールと見立てて、キーパーが一人。その他二人はディフェンスとオフェンスに分かれ、一つのゴールを目指す。ディフェンスがボールを奪い、ゴールと真向いにあるベンチを一周したら、攻守交代となる。そして、オフェンスがゴールを決めたら、ディフェンスとキーパーは入れ替わるというやり方だ。
「ただやるだけじゃつまんねーから、なにか賭けないか?」
賭けをするときは最下位の人が一位の人に奢ることになっている。また、順位のつけ方について、勝利数ではなく、敗北数を数えるようにしている。そしてキーパーにもやる気を引き出させるために、三回シュートを止めたら、敗北数を一つ減らせることにしている。
「別にいいけど…じゃあ賭けるものはジュースにする?てかそうやって何か賭けようとか、いつも雅人が言い始めるけど、ほとんど勝ったことないよね」
「ああ?今日勝つからいいんだよ!っしゃやろーぜ」
「雅人君それ結構負けフラグなんじゃないかな…」
そうして三人はじゃんけんをして、博隆がキーパーで雅人がオフェンス、恵美がディフェンスから始まった。
「おっしゃああ!今日はバンバンに抜いてやるぜ、恵美ちゃん!」
雅人が勢いよくドリブルをする。ディフェンスとオフェンスは一定距離離れた状態から初めるので、オフェンスは一気にスピード勝負に持ち込むことができる。
恵美は雅人との距離が三メートルほどのところで半身になり、雅人のフェイントに対応できる体勢をとる。雅人はスピードを保ったまま、ボールを右に大きく蹴り出した。その場で止まっていた恵美はわずかに反応が遅れ、雅人に振り切られてしまう。
「ジュースはおれのもんじゃああああ!!!」
雅人が雄叫びを上げながら、シュート体勢に入った。そしてボールを蹴ろうとした瞬間に、雅人の目の前のボールが一瞬で姿を消した。そして雅人はそのまま大きく空振り、勢い余って、転倒してしまった。
「くそ!恵美ちゃん!」
「シュートをする瞬間って一番無防備になるのに、雅人君ったら、大きな声を出すんだもん。そこを狙えば簡単にボールを奪えるよ」
恵美は舌を出しながら、得意げに解説する。
「雅人、お前はなんて残念な頭脳をしているるんだ?」
「うっせーよ!!!」
そうこうしているうちに恵美はベンチを一周し、攻守交代。
「さっきは取られちまったけど、今度は抜かせないぜ!」
雅人はいつも通り、両手を大きく開き、できる限り自分を大きく見せようとしている。雅人は腕が長いので、腕を広げられると、男の博隆でも一瞬怯むほどの迫力がある。
しかし、恵美は怯む様子は全く見せずに、右、左と体重移動するフェイントで雅人を攪乱させていた。そして雅人が完全に体重を右に傾けてしまったところで、恵美は全力で左に切り返し、雅人を振り切った。
そして恵美はキーパーの博隆の動きを見てから、難なくシュートを決めた。
「ナイスゴール恵美」
「ありがとう」
博隆は素直に恵美を褒めた。それに応えるように恵美は小さくはにかんだ。このとき博隆は自分の胸が波打つのを感じた。以前より、恵美の笑顔を見ることはあったが、その度に胸に宿るこの感情の答えを博隆はまだ見つけられないでいた。いっそ誰かが感情を推し量る判別式でも発見してくれればいいのに…。
「あーあ、負けスタートか…オフェンスで負けるのは痛いな」
「今日も奢りは雅人で決まりだろ」
「まだ始まったばかりだっつうーの!」
雅人は腕を振り回しながら、キーパーの位置に着く。雅人は諦めの悪さは一級品で、どれだけ疲れていようとも、何度でも喰らいついていく。博隆は不覚にも少しかっこいいと思ってしまう。
「前々から思ってたけど、恵美ちゃんってスポーツ何かやってた?」
雅人は以前から疑問に感じていたことを尋ねてみた。
「うーんとね…私、体を動かすことが好きだったの。小学生のころは少年野球をやってたの…別にあのころは男女とか全然気にならなかったし。中学校に上がってからは野球部もソフトボール部もなかったから、仕方なく軟式のテニス部に入ったんだけどね」
「なるほどね…それで男にも物怖じせずにいられたんだね」
「今はそんなこと…ないんだけどね…」
「え?」
「なんでもないよ!」
どこか足でも痛めたのだろうか。恵美は背を向けながらリフティングをし始めた。振り返る瞬間恵美の顔が微かに朱色に染まっているように見えた。
博隆は得心した。高校で彼女と出会ったので、中学生の恵美をまったく知らなかったからだ。高校ではなんの部活も入っていないにも関わらず、足は速いし、反射神経も抜群にいい。手足の器用さに関しては、雅人と博隆の遥か上を行く。きっと小学生のころからスポーツに、精を注いできたのだろう。コツコツと努力する態度は、小学生時代からやってきたスポーツで培ってきて、それは今も勉強などに活かされている。
「ヘイヘイ、とっとこいや、二人ともー」
「うん」
雅人が大きな声で二人に呼びかける。恵美はゴールの方に振り返りドリブルをする。そして、博隆と恵美の勝負が始まった。
その後も三人はひたすら、勝負をし続けた。その間、幾分か日も落ちてきて、ボールが見えなくなる一歩手前になっていた。そろそろ頃合いだろうということで、ラスト五試合で終わろうという話になった。これまでの合計は博隆が十三敗、恵美が四敗、雅人が十五敗となっていた。終わりが近づくにつれて三人は疲れてが溜まってきていたが、ここにきて博隆と雅人は最後の力を振り絞り、両者激しくぶつかり合う、デッドヒートを繰り広げていた。
そんな中、雅人のドリブルと博隆のスライディングタックルが衝突し、ボールがベンチの方へ転がっていった。
しかし、そのボールはこつんという音とともに博隆のもとへと帰ってきた。
博隆がボールが転がってきた方へ目を向けた瞬間、博隆の世界は動きを止めた。頭の中がぐらぐらと揺れ動いた。やがて意識が朦朧とし始め、同時に博隆は何かが自分の中に流れ込んでくるのを感じた。すんでのところで意識を持ち直し、転倒するのを防いだ。雅人はその隙にボールをカットしてゴールに向かってドリブルをしていった。
「ごめんね」
博隆は先ほどの音源、一人ベンチに座っている少女に語りかけた。ついさっきまではここにいなかった少女に…。
「問題ないわ。あなた達を見ていただけだから」
「え?それってどういう…?」
博隆は今まで会ったことも見たこともない、ましては話したこともない少女に突拍子もないことを言われて、ひとかたならず驚いていた。
「博隆君何してるの?雅人君にシュート入れられちゃったよ?」
恵美が博隆に大きな声で声を掛ける。博隆は仕方がなく声がする方に振り返る。
「うん、ちょっと待ってて」
博隆がもう一度振り返ると先の少女の姿はなかった。今度はあたりを見渡したが、見当たらなかった。
博隆は先ほど見た少女は自分の見間違いなんだと自分に言い聞かせようとした。だが、忘れてはいけない、なかったことにしてはならないという気持ちが胸にこみ上げてきた。なぜだ。博隆は自分の記憶を何度も探ったが、答えは見つからないままだった。
博隆はもう一度ベンチの方へ向き直ったが、やはりそこに彼女はいなかった。
ご精読ありがとうございました。どんなものでも構いませんので、是非感想を頂けるとありがたいです。お書きくださった感想には必ず返信させていただきますので、よろしくお願いします。