第1の事件(5)
須和幸助と桜井茜は清水透に頼んで、佐藤に恨みをもっている人物を教えてもらった。そこで名前が上がったのは、永山修、花村詩織、藤乃美紀、小村正紀の4人だった。恨みといっても、清水に佐藤からの被害報告をしただけだ。だが、それだけでも容疑者として充分に考えられた。
茜と須和は、失礼します。と言うとお辞儀をし、社長室を後にした。次に向かったのは、社長室の隣だった。2人は、この部屋を聴取のため借りたのだ。この部屋は、普段会議室に使われており、人の出入りが少ない。なので、話を聞くには最適だった。
須和が、黒い扉を開くと茜、須和の順に入室した。壁は社長室と同じ木製で、床は白のフローリングでできており、長細く大きな机は中央で存在感を放っていた。壁にはスクリーンが埋め込まれ、その向かいにプロジェクターが置かれていた。
2人は、席に着くと須和が言葉を発した。
「やはり、桜井警部補が言われたことは正しいかもしれませんね」
「どの話ですか?」
須和の言葉に疑問を投げかけた。
「怨恨の可能性についての話ですよ。佐藤は、嫌われていて、しかも……」
そこまで言ったところで茜は口を挟んだ。力強い目線が須和に向けられた。
「その話は、車内でお願いします」
「分かりました」
一瞬驚いたが、茜の言いたいことを理解した須和は、承知した。
そして2人は今、藤乃美紀と向かい合っていた。藤乃は、腕と足を組んで座っていた。外見は、30代前後といったところだ。清水の時同様に、茜が質疑で須和がメモをする係だ。茜は藤乃をまっすぐ見つめ話し始めた。
「私達の聴取にお付き合い頂きありがとうございます」
そう、言うと2人はお辞儀をした。それを見て藤乃は、少しきつめの口調で返答した。
「そういうのはいいです。早く始めてもらえませんか?」
「申し訳ございません。では、佐藤さんが亡くなられたのはご存知ですか?」
「もちろん知っています。今朝、社長から聞きましたから」
藤乃から発せられた言葉は明らかに、苛立ちを含んでいた。
「藤乃さんから見た佐藤さんはどのような人でしたか?」
「佐藤はとにかく横柄な人でした。すでに知っていると思うけど、1年前に離婚しています。それ以来、私の同僚にあたるようになりました」
「その同僚と言うのは、どなたですか?」
茜の言葉に、藤乃は強く台詞を放った。
「同じ部署の花村詩織です。私より後に入社した後輩です。もちろん、私も暴言を吐かれましたが、特に酷かったのは詩織です。佐藤は、詩織が失敗すると怒鳴りつけたり、酷い時には突き飛ばしたりしてました。他の同僚がかばっても、指導不足だなんだと言われてとばっちりを食らうこともありました」
「では、あなたが被害報告を提出したのは花村さんのためだったからですか?」
藤乃は、先程のきつい言い回しとは変わって落ち着いた口調で答えた。
「そうですね。お酒の席では、そのことでよく泣いていました。でも、詩織は優しい子ですから、被害報告を提出するのは渋っていたんです。優しかった頃の佐藤のことを知っていましたから」
「花村さんが被害報告を提出したのは、藤乃さんが促したからなんですか?」
すると、静かに首を振った。
「私だけではなく、他の同僚も勧めましたよ」
そう答えると冷たい台詞を茜に言い放った。
「あんなやつ死んだって誰も悲しみませんよ。離婚したかなんだか知りませんけどね。周りにあたるなんてどうかしてますよ」
その台詞を聞いて、メモを取りながら須和は考えていた。
この人は、桜井警部補と正反対だ。もし、この人が花村と言う女性のために佐藤を殺したとしたら……いやまだ決めてにかける。
茜は怒っている藤乃の目を見て再び問いかけた。
「昨日は、佐藤さんは出勤していましたか?」
「ええ。していました。いつも通り暴言を吐いてましたから!」
茜の疑問に答えた藤乃は、吐き捨てるように台詞を伝えた。
「では、藤乃さんは昨日の会社終わりは何をしていましたか?」
「それは、私を疑っているんですか!」
怒号を浴びせると、茜を見る目が鋭さを増した。元々、きつい目つきだがさらに瞳を見開いた。その瞳をまっすぐ見つめ直し、茜は穏やかな口調で答えた。
「はい。話の流れから、疑われてもおかしくないと思いますが」
「なんで、わざわざそんなことを話さなくてはいけないんですか?そもそもそっちは、捜査について何も教えて下さらないじゃないですか!」
藤乃の台詞には激しさを増した。だが、それに怯む事なく茜は、淡々と返答した。
「捜査内容に関しては守秘義務ですから。捜査内容をばらされて、捜査の混乱または証拠の隠滅をされては困りますから。それに、きちんとした現場不在証明があるなら仰っていただいた方が良いですよ。後々、可能性が高い方は私達にかぎまわられることになりますから」
その台詞を聞いて藤乃は言葉に詰まったが、しばらくして目を閉じ、首を縦に振った。
「分かりました。お話します」
そう言った、藤乃の台詞からどこか腑に落ちない感じを2人は受けた。だが、話に乗ってくれるのはありがたいことだった。須和は、藤乃とのやり取りを書き留めながら、茜に感心していた。
しかし、清水の時も思ったけど、桜井警部補はすごいな。偉い立場の相手でも、態度がどんなに悪い相手でも悠然として話を聞き。そして、その姿勢は崩さない。相手の威圧感に負けず仕事をこなすのは、男性でもなかなかできることではない。別に女性を特別視するつもりは無いが、女性がやってのけるのは素直に尊敬する。
息を吐き出し、藤乃は瞼を持ち上げるとゆっくりと話し始めた。
「昨日は……昨日の会社終わりは、詩織といました。私は、詩織を励まそうと思ったんです、その日も、仕事のことで佐藤にひどく怒られてましたから……。一緒に外食をした後、コンビニでお酒を買って沢山市にある詩織の家に行きました。お酒を飲みながら仕事の話や、録画しておいたドラマを見てました。その後私は、詩織の家に泊まりました。詩織に聞いてもらえば分かります。今朝は一緒に出勤しましたから」
その台詞を聞いて、茜は藤乃に質問した。
「それぞれの詳しい時間などは分かりますか?」
「ええ。仕事を終えたのは確か21時ぐらいだったと思います。今日あった会議の準備をしていましたから。詩織の家に着いたのが23時前で、就寝したのが2時半過ぎでした。これは、時計を確認したので良く覚えています。それと、今朝は7時半に出社しました。すみませんが、夕食とコンビニの時間は覚えてないですね」
藤乃の台詞を最後まで聞き終えると、茜は話を続けた。
「いえ。覚えている範囲で結構です。質問を続けます。あなたは、ずっと花村さんといらしたと言っていますが。文字通りずっとでしたか?お互いが、1人になる時間はありませんでしたか?」
藤乃は、その問に少し考え、ていねいな口調で答えた。
「はい。ずっと一緒だったと思います。トイレの時は1人になりましたが、すぐに戻って来ましたし……あの、もういいですかそろそろ仕事に戻りたいんですけど」
ていねいに喋りながらも、藤乃の目には先程と同じ苛立ちがこもり始めていた。それに気づいた茜は、穏やかに告げた。
「分かりました。ご協力いただきありがとうございました」
2人は、立ち上がると藤乃に一礼した。藤乃は、振り返りながら2人を横目で見据え、。失礼します。と呟くと部屋を退出した。
黒い扉は閉まると再び開かれた。
「失礼します」
茜と須和が声のする方を見ると、1人の女性が立っていた。