第1の事件(3)
2人を乗せた車は、交差点で停車していた。駐車場で会話して以来、車内には沈黙が流れていた。
「あの……須和さんはどう思いますか?」
先に沈黙を破ったのは茜の方だった。
「どう……と言いますと?」
窓の外を眺めていた須和は、茜に困った表情を向けた。話しかけられて驚いた事よりも、何の事なのかまったく見当がつかなかったからだ。
「黒川警部がおっしゃていたことです。金銭目的で殺されたのだと……」
信号が青に変わり、茜は再びアクセルに力を入れた。茜の言葉に、
なるほど。そう合点のいった須和は、声の調子を落として返答した。
「不運でしたよね。まさか、自分が襲われるなんて、被害者も思ってなかったでしょうね……」
その言葉を聞いて、茜は首を横に振った。
「そうではなくて……犯行動機が金銭目的ってところですよ」
その言葉に、茜に向けられて瞳が大きくなった。
「どう言うことですか?」
「もしかしたら、金銭目的の犯行ではないかも知れません。資料に載っていた、財布の写真を覚えていますか?」
須和は、その写真を頭に浮かべ考えた。捜査会議で渡された資料には、確かに財布の外観と中身が写っていた。しかし、報告によれば中身が外に散らばっており、現金は見当たらなかったと記載されていた。それの何が問題だと言うのか、須和には分からなかった。
「覚えていますが……何か、問題でもあるんですか?被害者の身なりからは、明らかに物色された後もありましたし財布の中からは現金は見つかっていません。金銭目的と考えて然るべきだと思うんですけど」
そう言うと須和は、疑問の表情を見せた。茜は次に現れた信号を左折すると須和に、疑問を投げかけた。
「もし須和さんが犯人ならば、酔っ払いの方からお金を取ろうと考えますか?」
「はい。酔っ払いから財布を取るのは容易にできそうですし。それに、失敗しても相手を抑えて逃げるのは可能です」
須和は、茜の問いに返答したが頭には疑問が浮かぶだけだった。
「ほんとうにそうでしょうか?」
「どう言うことですか?」
茜の問いに、驚きの表情を見せた。さっきの説明で茜が納得すると、須和はふんでいたからだ。
「確かに、須和さんが仰っていたことは、正しいと思います」
「正しいのに間違っているってことですか?」
須和は、ますます訳が分からなくなり、頭の中で考えを巡らせた。
「須和さんが仰ったのは、魔がさした方がやる行動です。それこそ、財布だけ取れば済む話ですから、殺す必要はありません」
「顔を見られたから殺したとも考えられませんか?」
「いえ、それは考えにくいです。被害者は、縄で殺されています。つまり犯人は縄を所持していたことになります。仮に、その場で拾ったとして、果たして犯人が使うでしょうか?もし咄嗟に殺すなら、縄ではなく指で行ったはずです」
須和は、その説明に息をのんだ。茜の話には妥当性があり、上手く言葉が浮かばなかった。
「話を戻します。では、本当に現金が目的なら今回の様な犯行に果たして及ぶのでしょうか?」
須和の驚いた顔をよそに、茜はさらに続けた。
「私の考えでは、それは無いと思います。まず帰宅までの間に居酒屋でお金を使っていますから、酔っ払いの方がお金を持っているとは考えにくいです。それに、先程も述べたように殺害まで至ったのは不自然です」
茜の意見は、的を射ていた。あの資料だけで良くそこまで思考が回るものだと、須和は素直に関心していた。茜は、息を吐くとさらに続けて呟いた。
「とは言ってもまだ、予想の範囲ですけど」
「そうですか?確信をついていると思いますけど……」
「いえ。ですから、私の考えではと言いました。あくまで、まだ捜査前ですので。それに、仮にそうだとして、容易そうな犯行で服装が乱れている理由が分かりませんから」
その説明を聞いて須和は頷いた。
確かにその通りだ。酔っ払いを不意に襲ったとして、首に縄をかけて殺すのは簡単だ。なら、犯人はどうして服装を……何かを取り返そうとしたのか。それとも、カモフラージュ。あるいは……。須和は、黙って考え込んだ。
茜は、ブレーキをかけると強張った顔をした須和の方を向いた。
「そんなに、考え込まなくても構いません。私がお話したのは、須和さんと意見の交換をしておいた方が良いと考えたからです。聞き込みの際に、考えを多くもつ方が真実の見落としが少ないと思いますので」
「確かにそうですね。思慮が浅いよりは良いですからね」
須和は、茜の方を向いて顔を緩めた。信号が変わったので茜は、再び車をはしらせた。
しばらくして、茜は口を開いた。
「着きました」
ブレーキをかけると、横を向いて須和に告げた。