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2つの白は、黒い星を追躡す。  作者: 水上 稜太
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第1の事件(13)

須和幸助と桜井茜は入り口近くの席で、向かい合っていた。周りの席は空いていて、まださほどお客は入っていなかった。


須和は声を潜め、強張った表情で茜に話しかけた。

「ここに来たは防犯カメラの確認ですか? それとも聞き込みですか?」


須和の目には、質問に対し不思議そうな表情をうかべた茜の顔が映りこんだ。茜は微笑んで語りかけた。

「いいえ。そのどちらでもありません。そもそも、飲みに行くって言ったじゃないですか。今回は、それが目的です」


驚いた須和はもう一度、確認のため問いかけた。

「ほんとうに飲みに来たのが目的なんですか?」

「そうですよ。ここには飲むために来ました。ですので須和さんも緊張なさらず、リラックスして下さい」


分かりました。内心では浮かれながらも、須和は冷静な口調でそう伝えた。


「須和さんは何を飲みますか?」

「そうですね……ビールをお願いします」

「じゃあ私もビールにします」

「食べ物は適当でいいですか?」

「そうですね」


茜は須和から了承を得た後、すみません。そう言って店員を呼び止めた。茜はメニューを見せながらテキパキと注文を伝えた。注文を終えて茜が少し頭を下げると、店員はその場を後にした。茜は再び須和の方に顔を向き直した。

「すみません。お手洗いに行ってきてもいいですか?」


茜の質問に須和は笑って答えた。

「わざわざ確認しなくても大丈夫ですよ」

「確かにそうですね」


茜は納得し、須和に笑い返すと席を立った。その姿を見送った後、須和は紺のネクタイを少し緩め、ボタンを1つ外した。須和はズボンから久しぶりに、携帯を取り出し、携帯でニュースや写真フォルダを眺めながら、時間を潰していた。須和はそわそわする心を落ち着かせるため、口に水を流し込んだ。


お待たせしました。須和は、隣で不意に響いた店員の声に少し驚いた。品物が置かれるのを目で追った。ビールが2杯に、唐揚げと枝豆、だし巻き卵が机に並べられた。以上でよろしかったでしょうか?と言う言葉に須和は、はい。と答えると軽く頭を下げた。


ふとトイレの方に目をやると、茜が店長に軽く会釈をし、こちらに向かって来るのが見えた。茜が席に着くとそのことについて質問した。

「店長と何かあったんですか?」

「いえ。たんなる世間話です」

「そうですか?」

「そうです。とりあえず、さぁ、飲みましょう」

「そうですね」


乾杯。互いにジョッキをぶつけ合い、カチンと音を立てると、2人は同時に口へと流し込んだ。茜の細い喉はゴクゴクと音を立て、上下しながらビールを導いていた。ジョッキを置いた須和は、その光景に見惚れていた。

「どうかしましたか?」


固まっていた須和は、不意の声に目を少し見開いた。須和の口からは動揺した口調がついて出た。

「いえ。お酒は強い方ですか?」

「普通ぐらいです。須和さんは?」

「僕も、人並みぐらいには」

「でしたら、勝負してみますか?どちらが沢山飲めるのか」


須和の目には、企み顔の茜が映り込んだ。

「勝負ですか?」

「勝負と言っても、楽しくですよ。無理に飲んでも美味しくないですから」


須和は頷くと、茜の台詞に了承した。

「その勝負、のりました」


須和の言葉に瞼を細めると、ビールを口に運んだ。すみません。店員に声をかけると、追加でビール、おでんの卵とだいこんを頼んだ。それを見て須和もビールを追加した。


「もう、おでんの販売をしているんですね。まだ10月ですよ」

そう言って、少し珍しそうに茜に視線を送った。茜は柔らかい笑顔を須和に送り、返答した。

「今年は冷えますからね。10月でも真冬並みの寒さらしいですよ。それに明日から11月ですから、ますます寒くなりますよ」


そんな何気のない会話をしながら須和幸助と桜井茜はお酒を飲み交わしていた。酔いがまわってきた頃、須和は茜に質問をした。

「桜井警部補はどうして警官になろうと思ったんですか?」


ほんのりと頬を赤く染めた茜は、考えながら言葉を発した。

「別に大した理由は無いですけど……憧れていたからですかね?母親に……」


須和は、ろれつがまわりにくくなった口で質問をした。

「桜井警部補の親は警官なんですか?」


ええ。そう言って柔らかな口を軽く動かし、頭を縦に少し振った。少し間を空けて須和は、質問をした。

「どこで働いているんですか?」


お酒に口を運びながら、茜は目を細め須和に微笑みかけた。

「今は働いていませんが、以前は私と同じで県警に勤めていましたよ」


須和はビールを飲みながら茜の話を聞いた。ビールから口を離し再度、茜に質問をした。

「もう辞められているんですか……その理由を聞いてもいいですか?」


茜は瞳をさらに丸くした後、静かに瞼を閉じた。少し間を空け、茜はぼんやりと眺める須和と目を合わすと、穏やかな口調で伝えた。

「ごめんなさい。理由は言いたくありません」


伝えた後に視線を外すのを見て、須和は微笑みかけた。

「謝らなくてもいいですよ。桜井警部補は悪くないですから」

「ありがとうございます。逆に、須和さんはどうしてですか?」


茜の質問に、重くなった瞼を少し動かした。

「俺は……」


須和はぼんやりとした頭でしばらく考えた。黙って茜のグラスを眺める須和に、首を傾げて茜は話かけた。

「どうしたんですか?」


驚いた須和は再び視線を合わすと、ゆっくりと言葉を繋いだ。

「いえ。小学校の低学年ぐらいの時になりたいと思って、それからずっと目標だった気がします」

「それはどうしてですか?」


投げかけられた質問に、再び須和は言葉を詰まらせた。

「どうして……」


どうして俺は、目指そうと思ったんだ。警官になりたい。そう思ったんだろうか。どうして……。

心の中で少し悩んだ後、須和は茜に笑顔を向け言葉を口にした。

「なんとなくですよ」


そうですか。須和の言葉に静かに返答した。茜は視線を外すと、グラスを両手で掴み視線をそれに合わせた。茜は自身の熱でより一層冷たく感じるグラスをぼんやり眺めながら、心の熱が取り払われるのを感じた。


それから1時間後、須和幸助と桜井茜は居酒屋を後にした。


須和はふらふらした足取りで、重くなった目を時々擦り、茜の隣を歩いていた。ぼんやり街灯を眺め茜の質問の答えを静かに探した。


急に須和の首元に縄が巻かれ締めつけられたを感じた。あまりきつくはないが、須和は振りほどく間に、酔いがまわるのを感じた。そして須和はそこで意識を失った。


茜は帰宅すると、忙しく吠える彼にご飯を与えた。茜は結んでいた髪を肩までおろすと、上着とズボンを黒いソファーにかけた。シャツのボタンを外しながら、ふと窓の外に目を向けた。夜空にはあの月が、今夜も輝きを放ち存在感を示していた。不意に、ボタンにかけられた手を止め、茜はそれを睨みつけていた。


茜は寝室のドアを静かに開けた。茜が普段寝ているベッドには、須和が仰向けで居座っていた。茜は音を立てずにベッドに近づいた。茜は横に立ち、光の無い目をゆっくりと須和に向けた後、須和の頭の横に肘をつき顔を近づけた。茜の耳には、須和の穏やかな寝息が響いた。茜は唾を飲むと、慎重に震える両手を須和の首元にあてがった。茜は少しづつ力を込めて須和の首を絞めつけた。

あなたさえ……、あなたさえいなければ……。


そう考える度に、茜の手には力が込められていった。

どうして……、どうしてあなただけが……。


茜の目には、眉間に皺を寄せる須和の表情が映り込んだ。急にむせ返る須和を見て、我に返った茜は急いで部屋を後にした。


茜は洗面台で幾度となく顔を洗った。顔全体を必死に何度も何度も強く擦った。茜はゆっくり顔から手を離した。そして、蛇口を閉める音だけが鮮明に響いた。茜は顔から雫を落としながら、少し息を吐きだし、鏡の中の自分を見つめ返した。酷く疲れた表情に暗く沈んだ瞳、力なく垂れ落ちた、濡れた前髪。少し老けたように感じる自分の姿に向けて、茜は悲しみを含んだ声で、微かに呟いた。

「私は……なんて事を……」


茜は浴室に入り、シャワーを浴びた。すでに冷えきった身体にシャワーの静かな音が温もりとなって降り注いだ。静かに目を閉じ、しばらく考えながら全身にその温もりを感じていた。次第に茜の頬には水滴が、伝い始めていた。


茜は全身の水滴を優しく拭うと、黒い下着を身につけ、ゆっくりとした足取りでリビングに向かった。先程までかかっていたエアコンの風が茜の身体を包み込む。途中で手に取った携帯を操作し、茜は窓から見える空へ、静かに視線を移した。薄っすら赤い口唇を静かに開き、耳に当てた携帯に向けて、優しい声を届けた。

「もしもし。私だけど……、そう、その桜井」

「最近そっちの仕事はどう?」

「さすがに鋭いね」

「私……」

「人を殺そうとしたの」

「今、一緒に捜査をしている」

「ううん。須和さん、須和幸助くん」

「昔のことを思い出しちゃって……、私はもう平気だと思ってた。でも、そうじゃなかった。

母親のことになると、怒りが込み上げてきて私は……」


少しはにかんで茜は言葉を続けた。

「ごめん。そうだよね。あなたには、どうしようもないものね……ごめんね。変な話して」

「でももし……もし、私が殺人を起こす時があれば……」

「私を殺してね」


再び強張った頬を緩め、声を発した。

「そうね。私もそうならないことを祈ってる」


暗くなった携帯の画面を下に向け、静かにため息を漏らした。茜はガラスにもたれかかり、静かに視線を下に移した。写り込む自分の姿をぼんやりと眺め、口を開いた。

「冷たい……」


夜空の月は、穏やかな顔で再び眠る、須和の姿を見つめて浮かび、茜の後悔を感じ取る様に、まばゆい光を空に広げていた。


そして、月は薄くなりながら徐々に姿を隠し、やがて朝を迎えた。

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