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2つの白は、黒い星を追躡す。  作者: 水上 稜太
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第1の事件(12)

  須和幸助と桜井茜は食事を終えた後、事務室に通されていた。その目的は、もちろん防犯カメラの確認だった。須和と茜はパソコンの画面に目を通していた。


  そこには、藤乃美紀と花村詩織が窓際の席で食事をとっていた。その映像の手前が藤乃で、こちら側に顔を向けているのが花村だった。入店時間は聴取のときに聞いた時間と、2,3分の誤差はあるが、だいたい同じ時刻だった。2人は店員に注文し、料理を店員が運んでくるまで会話を楽しんでいた。料理が運ばれた後は、花村が箸を差し出すと、藤乃は向かいの手でそれを受け取り、ご飯を食べ、再び会話をし、予定時刻通りに退出した。


  須和は映像を見た後、茜に少し残念そうに話しかけた。

「藤乃と花村は、供述通りの行動でしたね」


  茜も須和の台詞に同意したように、頭を縦に振った。

「ええ。特に変わった所は、見られませんでした。念のためこの映像を借りれるか、確認してきます」


  その言葉を聞いて、須和は呟きながら茜の方を向いた。

「分かりました」


  須和が返答した時にはすでに、茜は部屋を退出した後だった。須和は再び画面に目を向けると、その映像をもう一度見返し始めた。


  次に須和幸助と桜井茜が立ち寄ったのは「山名」と言うお店だった。内装は白の壁紙に囲まれており、ベージュの机と黒の丸椅子が並べられていた。いかにも大衆食堂の雰囲気が感じられる店だ。


  口に水をつけた後、須和は言った。

「結局何も収穫はありませんでしたね」


  茜も同じように水を飲んでから、目線を合わせた。

「そうでも無いですよ。供述通りと確認できたのは大きなことです」


  コップを机に置くと、その目線から須和は視線を外した。

「それは、そうですが……」


  須和の歯切れの悪い台詞に、茜は感づいて須和に質問した。

「もしかして須和さんは、映らないことに期待していたんですか?」


  須和は返答をしたが、相変わらず視線を外したままだった。

「まぁ少しは。今のところ犯人に繋がる、確証的な手がかりは得られていませんから。藁にも縋る思いってやつですよ」

「それは、そうですね」


  茜も須和の意見に賛同し、それ以上は何も聞かなかった。茜は須和から須和のどんぶりに目線を移して、語りかけた。

「ところで……」


  水を飲みながら、茜は少しきつめの口調で促した。

「早く食べてくれませんか?確認に向かいたいのですけど」


  慌てて須和は返答し、口の中に親子丼をかき込んだ。茜の目の前には既に空となったどんぶりが置かれていた。

「分かってます。もちろん食べますよ」


  須和の様子を見て、少し微笑んで疑問を伝えた。

「食べきれないならどうして頼んだんですか?」


  少し悩んでから、須和は返答した。

「大丈夫です。食べますから少し待っていて下さい」


  須和は時折、口に水を含みながら食べ進めた。須和は内心、先程とはうって変わって、心配される側になっていることに不甲斐なさを感じていた。須和はもう一度水を飲むと、さらに箸を進めた。


  再び須和と茜は事務室に通されていた。


  中には「日和」同様、白い折りたたみ机にパイプ椅子が置かれていた。2人は食い入るように画面を注視した。だがそこに映っていた映像は、当然予想した通りの結果となった。永山修が入店したのは供述通りの時間だった。注文をし、食べ終わるまでの間、頬づえをつきながら終始携帯の画面に目を向けていた。その後店を出たのは入店から約50分後のことだった。


  この映像から結果的に判明したことは、入店時刻は永山の供述通りだったが、滞在時間に大きく差があった。だが、それはアリバイの時間が増えただけで大した問題にはならなかった。


  須和幸助と桜井茜が次に向かったのは、テラコッタの外壁とスチールグレーの屋根が特徴的な一軒家だった。そこには長田と書かれた表札が掲げられていた。


  須和と茜はリビングの机を挟んで、1人の女性と向かい合っていた。茜は女性と視線を合わせ、質問を始めた。

「長田葵さん。少しお話を伺ってもよろしいですか?」


  長田葵は困惑した表情を浮かべ首を傾げると、ゆっくり言葉を口にした。

「はい。よろしいですけど……昨日お話しした通り、最近の佐藤さんについて、お話しできることはないと思いますけど」


  長田葵。旧姓、佐藤葵は昨日、既に別の警官から聴取を受けていた。


  佐藤の検死結果が出た後、皆川署を訪れる前に佐藤の遺族は気を聞かせて、長田葵に連絡を入れていたのだ。その時に佐藤との関係はもちろん、佐藤に恨みがある人物を聞かれていた。当然、長田葵の口からは、分かりません。そう発せられるしかなかった。


  また、佐藤が検死から司法解剖に切り替わったのはこの時だった。遺族から犯人を見つけて欲しい。そのたっての願いから、同意の上とり行われたのだ。その結果は、残念ながら検死時のものと別段変わりは見られなかった。


  いいえ。そう言って、茜は長田葵の問いかけに首を横に振った。

「今日は長田さんが佐藤さんに贈られた、時計についてお伺いしたいのですが?」

「時計ですか?構いませんけど。それで、時計の何をお伺いですか?」

「あなたが佐藤さんに贈られたのは……」


  茜は藤乃のが話したのと同じように、時計についての説明をし、佐藤がその時計についてどう言っていたのかを伝えた。だが、長田葵からは予想とは違う回答が返ってきた。


  何のことか分からない、そんな表情をした長田葵は、藤乃が話ていた特徴と異なる特徴を述べた。さらに長田葵の口からは、日本のブランドの名前が上げられた。


  茜は少し驚いた顔を長田葵に向けた。それを見て長田葵は話しを続けた。

「ご覧になりますか?」


 須和は手を止めて、長田葵の方に目をやった。茜は驚きを含んだ声で当然、質問をした。

「今、ここにあるんですか?」


  長田葵は茜の突然の質問に、ええ。とぼんやりした声で伝えた。

「そうですか。拝見させて頂けますか?」


  分かりました。その言葉の後、長田葵は部屋を後にした。その後、すぐに戻ってきた長田葵の手には時計が握られていた。長田葵は、これです。と言って机に置くと席に着いた。


  茜は触れる了承を得て一通り手を動かして時計を眺めた。須和も横から眺めながら考えた。

  たしか、藤乃が言う特徴は黒が基調のデザインだったはずだ。だがこれは、全体がシルバーで覆われている。藤乃の話が正しければ、この時点で時計は2つ存在していることになる。価値が有る時計と無い時計か。


  茜が質問するより先に、長田葵は質問を投げかけた。

「あの……佐藤さんが模造品のことを高級なものと言ったんですか?」

「それがどうかしましたか?」

  茜は疑問の表情を向けた。


  長田葵は申し訳なさそうな口調で話し始めた。

「いえ。離婚した後の佐藤さんのことはわかりません。でも。少なくとも、一緒に暮らしていた時は、とても正直者で嘘をつく方には思えませんでした。ましてや、見栄だなんて……」


  そこまで伝えたところで長田葵は、言葉を区切った。茜は、そうですか。そう伝えて軽く頷いた。その後で新しい質問を茜は続けた。

「長田さんは黒い方の時計をご覧になったことはありますか?」


  この質問に対し長田葵は静かに答えた後、ふと何かを思い出した様な表情を浮かべだ。

「ありません……そう言えば」

「どうかしましたか?」


  茜な疑問の表情に対して長田葵は目線を斜め上に向け記憶を辿った。

「確か去年の……1年前の誕生日の次の日から、佐藤は私のあげた時計をつけて出社しなくなっていたんです」


  長田葵の台詞に対して、茜は質問を伝えた。

「その理由は、聞かれましたか?」


  長田葵は自信のある声を茜に届けた。

「ええ。やっぱり高価なものだから大事に置いておきたい。そう言っていました。その時はまだ、プレゼントしてから数週間後のことでしたから別に怪しみはしませんでした。当時の佐藤さんの性格を考えればおかしくはありませんでしたから」


  さらに疑問を浮かべた後、茜はさらに質問を重ねた。

「その当時で何か変わったことはありませんでしたか?」


  少し考えた後、長田葵は口を開いた。

「そうですね……確か帰りが遅くなることが多くなった気がします。本人は、新しい研究が上手くいかないと言って、帰ってきてからも研究のことばかり話していたのを覚えています」


  茜は当然のように質問を続けた。

「長田さんは浮気を疑われなかったのですか?」


  驚いた顔を茜に見せて、自信の考えを伝えた。

「ええ。まさか佐藤さんの様な真面目な方が浮気をするとは考えもしなかったものですから」


  長田葵は壁の時計に目線を移し確認すると、茜に目線を合わせた。茜に申し訳なさそうな顔を浮かべた。

「そろそろいいですか。もう少ししたら優依も帰ってきますので……」


  長田葵の言葉にお詫びとともに頭を下げた。茜に続いて同じ様に須和も頭を下げた。

「申し訳ございません。少しと言っておきながら長居をしてしまいました」


  須和と茜に目線を交互におくると長田葵は微笑んで言葉を述べた。

「いえ構いませんよ」


  茜は顔あげて微笑み返し、お礼の言葉を口にした。

「そうですか。ご協力ありがとうございました」

 

 その言葉と共に須和と茜は再び、長田葵に頭を下げた。


  須和と茜は長田家を出た後、駅の防犯カメラの確認と聞き込みを行った。


  防犯カメラの映像に映った藤乃と花村、そして小村の行動は供述通りのもので相違はなかった。新たな手がかりとして、佐藤は22時35分沢山市行きの電車に乗車し、22時55分に日立市で下車したことが判明した。


  聞き込みは、吉岡市と皆川市、そして沢山市の駅や住まいの周辺で聞き込みを行った。


  各駅での聞き込みでは大きな成果は得られなかった。唯一の有力情報と言えば、吉岡市で小村が住むアパートの隣の住人から、小村が23時半に帰って来た所を階段ですれ違っていたことが確認できた。


  聞き込みを終えた後、須和と茜は沢山市から皆川市に戻る途中で日立市に立ち寄っていた。時刻はすでに20時を過ぎていた。


  須和は辺りを見回しながら、茜に話しかけた。

「思っていたよりも暗いですね。それに、人に会いませんね」


  須和の話しに頷きながら、手元の写真に目を落とし茜も静かに口を開いた。

「ええ。確かにこの時間での人通りの少なさを考えると、殺害時刻に目撃者がいないのも頷けます」


  写真の中には、コンクリートの地面に佐藤の形を模した白線が引かれていた。現場周辺には等間隔で街灯が並んでいたが、所々に電気が消えかけた街灯見受けられた。周りにはコンクリートの枠で囲われた家が、並び微かな光が道にはみ出しているだけだった。現時刻で若干の薄暗さを感じられるのだから、家の明かりが消えた犯行時刻ではなおさらだった。


  一通り辺りを見渡した後、茜は静かに瞼を閉じた。その様子を見ていた須和は茜に質問をした。

「どうかしたんですか?」


  須和は質問に対して無反応に目を閉じたままの茜の顔を覗き込んだ。少ししてすぐに茜は、瞼を開け、大きな瞳に須和の顔を映した。

「それでは、飲みに行きましょう」


  以外な返答に目を見開いて須和は思わず、驚きの声をあげていた。当然、須和は茜に質問をした。

「どうしたんですか急に?」


  疑問に対して不思議そうな顔を須和に向け、茜も疑問で返答した。

「何か予定がありますか?」


  須和は声量を落として、茜に答えた。

「いえ。特に予定はありませんが」


  茜は須和の顔を真っ直ぐに見つめ、再び言葉を投げかけた。

「なら大丈夫ですね」


  茜の台詞に須和は頭を縦に動かした。

「分かりました。それで、場所はどこにしますか?」


  まるでおかしな事を聞いたかの様な顔で、須和に微笑んで茜は伝えた。

「そんなの決まっているじゃないですか。場所はもちろん……」


  茜は再び目線を真っ直ぐに合わせ、「橘」です。そう須和に告げた。

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