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2つの白は、黒い星を追躡す。  作者: 水上 稜太
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第1の事件(11)

  須和幸助と桜井茜は藤乃の後に、永山と花村から話を聞いた。永山にも小村の事を尋ねたが、一番入社時期が浅いこともあり佐藤が部長になった経緯は分からない。そう答えただけだった。花村に関して言えば、藤乃と同じようなことを発しただけだった。


  そして2人は、小村と話し合っていた。


「率直に伺います。小村さん、あなたは佐藤さんを恨んでいましたか?」


  茜のストレートな質問に、小村は一緒だけ微笑んで答えた。

「どなたからか、お話を伺ったんですよね?」


  小村からの問いに、はい。と茜は答え返した。茜と視線を合わしたままさらに言葉を繋いだ。

「なら隠しても仕方ないですね……私は。3年前の私は確かに、恨んでいました。自分の研究が元で成功して、自分がなるはずだったポストまで奪われて、何の感情も浮かばないなんて、そんなことある訳ないじゃないですか。でも……」


  小村は先程より声の調子を落として話を続けた。

「それでも、それは当時の私の話です。今はそんなことはありません。研究の成功が、誰かのためになっているのなら、これ以上に嬉しいことはありません。私が費やした年月もきっと報われたと思います」


  小村は少し笑った後、真剣な顔つきで茜に訴えた。

「なので私は……私は、佐藤さんを殺してなんかいません」

「分かりました。ご協力ありがとうございました」


  いえ。そう低い声で呟いた後、小村は部屋を後にした。その後ろ姿を茜は、ぼんやりと見つめていた。須和は横目で、茜を見ながら考えた。

  小村は必死で訴えていた。でも、だからと言って容疑がはれるわけではない。それでも疑って、真実を見つけるしかない……か。桜井警部補にとって、俺より多くを経験したからこその言葉なんだろうな。


「行きますよ」


  茜は振り返り、須和の目線と合わせた。須和は、急に合った目線に少し動揺した声で、分かりました。そう答えると手帳をしまい、茜の後に続いて部屋を出た。


  須和幸助と桜井茜は食事処を訪れていた。店内は木製のもので揃えられており、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。


  須和と茜は道路に面した席で向かいあっていた。須和はガラス越しの日の暖かさと木の独特な優しい匂いに、どこか懐かしさを感じていた。

「須和さん。何にしますか?」


  茜は「日和」と書かれたメニューを開き、須和の方に向けて静かに置いた。不意の問いに驚いて茜を見ると、大きな瞳を不思議そうに須和の方に向け首を傾げた。須和は茜の存在を改めて認識し、少し緊張した口調で茜に質問した。

「桜井警部補は何にするか決まりましたか?」

「私はこれにします」


  そう言うとメニューの欄を指差した。須和は、それを静かに読み上げた。

「えっ。トンカツ……定食ですか?」

「はい。トンカツ定食です。さすがに来て何も頼まないのは、まずいです。それに、ここのトンカツは美味しいって評判らしいです。それが、何か?」


  少し嬉しそうな声の調子で須和に訴えた。

「それなら、すでにコーヒーを頼んで……、いえ。じゃあ、僕もそれにします」

「分かりました」


  近くを通りかかった店員に茜が、すみません。そう呼び止めるとメニューを指差して注文を始めた。それと同時に2人の前にコーヒーが2杯が置かれた。須和はカップを手に取るとコーヒーに口をつけながら、茜の方を盗み見ていた。須和の頭の中では、同じ類の言葉がループしていた。

  大丈夫なのか?ほんとに大丈夫なのか?……


  須和はさらに一口、コーヒーを飲むと、カップから口を離し小皿に置いた。店員が立ち去るのを見て、須和は茜に恐る恐る確認した。

「桜井警部補。ここに来た理由は分かってますよね?」

「ええ、知ってます」


  須和の問いに、茜は瞳を丸くしながら答えた。須和は周りを警戒しながら、口を通路側から隠しながら少し小声で伝えた。

「防犯カメラを確認するために来たんですよね?」


  須和の問いに、ますます茜は首を傾げた。

「だから、知ってるって言ってるじゃないですか。どうしたんですか?急に」


  茜は頬を緩めながら須和に話した。それを聞いて須和は、1つため息をついてからさらに優しい口調で質問した。

「この後は、何をするんでしたか?」


  茜はますます、訳が分からないような顔で須和を見てきた。

「だから、防犯カメラを……」


  須和は少しきつめの声で喋り、眉間に皺を寄せた。

「その後です」


  須和の目には、さらに茜の頭上に疑問符が並んだように感じられた。

「その後ですか?他の防犯カメラも見に……ですか?」

「それです。それ」


  不意の問いに茜は、丸い目をさらに丸くした。

「どれですか?」


  須和は1つため息をつくと、優しい口調で茜に伝えた。

「次も食堂に行くんですよね?確か……山名?でしたっけ?」


  なるほど。と頷くと真っ直ぐした瞳を須和に向けた。

「その事ですか。それなら大丈夫です」


  今度は須和が頭を傾ける番だった。

「ほんとですか?ほんとに、2品も食べれられるんですか?」


  はっきりした口調で伝えた後、茜は自身に言い聞かせるように言った。

「だから大丈夫だと言っているじゃないですか……たぶん。ええ、たぶん大丈夫です」


  須和は目を見開いて、人差し指を茜に向けた。

「今、たぶんと言いましたよね?」


  いつもは冷静の茜も、珍しく動揺した言葉が口をついてでた。

「揚げ足をとらないで下さい……そ、そもそも須和さんだって頼んでるじゃないですか」

「それは……」


  須和は心の中で考えた。

  女性が2品食べるのに俺が食べないのはプライドが許さない。そんな事、口が裂けても言えない。

「俺の事はいいんです。俺だってたぶん食べれますし」


  須和の解答に茜は笑って返答した。

「須和さんも、たぶん。と言ってるじゃないですか」


  お待たせしました。トンカツ定食になります。そう言って2人の目の前に置き、店員は仕事に戻った。想像したより多く積まれた、トンカツとご飯に目をやりながら須和は茜に最後の質問をした。

「あの……桜井警部補?ほんとに大丈夫ですか?」


  茜も少し驚いた顔をしたが、冷静を取り戻して須和に伝えた。

「大丈夫です。さあ食べますよ」


  茜は手を合わせ、いただきます。そう言ったのを見て、須和は小声で同じ言葉を口にした。茜は須和に微笑みかけた。

「美味しいですね。このトンカツ」

「はい。美味しいですね」


  須和も、少し笑って茜に語りかけた。だがこの時須和は、後に起こる事態について何も分かっていなかったのだ。

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