サンバンメと西の森
ある夜ナント・カナールは、ギュウギュウと騒がしいガラガラ声で目を覚ましました。クロガシの裏から聞こえて来ます。
眠い目を擦って窓から外を見ると、ぽっかりと丸いお月様がお庭を青く照らしています。朝にはまだ早いようです。
ガラガラ声はオオドリのものでした。いつもよりも高い声で、ギュウー、ギュウーと鳴いています。
ナント・カナールは不思議に思いましたが、もう一寝入りする事にしました。あくびを一つして、猫達と一緒に丸くなります。
その夜、オオドリは一晩中鳴いていました。
朝になると、イチバンメはいつものようにマタビーの芽を引っこ抜いています。
オオドリの巣を覗いてみると、丸くて白い塊が十個、巣の中に並んでいました。ナント・カナールの頭ほどもある大きな卵です。
イチバンメが戻って来て、卵の上に座りました。ナント・カナールに気付いて、ギュウギュウと鳴くので、慌ててお庭の方に戻ります。
「卵だよ」
ナント・カナールの足に顎を擦り付けている黒猫に言いました。
「じゃましちゃだめだって」
猫に向かって囁くと、唇に指を当ててしーっ、と言います。
猫は興味もなさそうに、ぺたんと座って体を舐め始めました。
ナント・カナールは気を取り直して、水汲みに行く事にしました。サンバンメが彼の後に付いて、一緒に泉に行きました。ナント・カナールと一緒にいれば、マタビーの森の中でも迷わなくて済むからです。
その日から、イチバンメは一日のほとんどを巣の中で過ごすようになりました。朝早く新芽を採って来て巣を補強する以外は、ずっと卵を抱いています。
マタビーの葉っぱも、巣から首を伸ばして近くに生えているものを食べるだけでした。八百屋のおかみさんにもらったウリをあげると、それも食べました。
イチバンメが卵を抱いていても、ニバンメとサンバンメは知らん顔です。
ニバンメは相変わらずエレベーターで遊んでいます。
サンバンメはナント・カナールにくっついて歩くようになりました。それで森にマタビーを採りに行く時は、サンバンメの首に袋と紐を掛けて、一緒に行くようになりました。サンバンメはナント・カナールが背中に乗っても嫌がらないので、時々泉の向こう側の、北の山の麓まで遠出をしました。オードリの足ならば、夕暮れまでには帰って来る事ができました。
北の山の麓の森には、コガネマユガがたくさんいました。マタビーの実の色に似た、金茶色の綺麗な羽根を羽ばたかせて、木漏れ日の中でぴかぴかと煌めきながら、マタビーの白い花が咲き乱れる中を、あっちへひらひら、こっちへひらひらと飛び交います。
射し込む陽射しに照らされたその群れは、金色の柱のようでした。
コガネマユガの繭は、親指くらいの大きさで形はマタビーの実によく似ています。
ナント・カナールは葉っぱの裏に隠れているふかふかの繭を壊さないように優しく捕りました。鼻に近付けると、マタビーの葉っぱと同じ匂いがします。
コツを掴むとすぐに沢山見つけられるようになったナント・カナールは、次から次へと繭を捕ってはサンバンメの袋に入れていきます。お日様が頭の真上に来る頃には、袋の中は繭でいっぱいになりました。それでナント・カナールとサンバンメは、今日はお家には帰らずに、泉の西に向かいました。
泉の西をちょっと行ったところには、タイマ草の群生地があります。みっしりと地面を這うようにして覆っているマタビーの蔓の、隙間という隙間から生えるタイマ草は、ナント・カナールよりも背が高く、真っ直ぐに伸びて、上の方についた葉っぱを風にそよがせています。
タイマ草の根っこを残して刈り取ったら、葉っぱは全部切り落としてしまいます。硬い茎だけになったタイマ草を、どんどん背負い籠に詰めていきます。せっせと茎を刈り取っているナント・カナールの横で、サンバンメがタイマ草の葉っぱを食べようとするのが目に入りました。
「食べちゃだめだよ!」
ナント・カナールが慌てて止めます。タイマ草の葉っぱは、マタビーの花と同じで、幻覚作用があるのです。
サンバンメは不満そうに、首を垂れてナント・カナールと目線を合わせました。黒目がちの大きな瞳でじっと見つめるようすは、何か言いたげです。
「お腹が空いてるの?」
ナント・カナールは、足元に密生しているマタビーの葉っぱを千切って、サンバンメにあげました。するとサンバンメはがらがら声でギュウ、と一声鳴いて目を細め、マタビーの葉っぱを啄むのでした。
背負い籠いっぱいにタイマ草の茎を詰め込んだナント・カナールは、サンバンメを連れて更に西へと向かいました。
西の森には、泉から続く小川がありました。さらさらと流れるせせらぎを聞きながら、ナント・カナールとサンバンメは川原を歩いて森を抜け、西の丘の麓にある、機織りのおばあさんのお家へと向かいます。
おばあさんのお家の三角屋根が見える頃には、お日さまは赤く空を染めながら、丘の上の風車の間に沈んで行くところでした。五つ並んだ大きな風車が、赤い空に黒い影をくっきりと浮かび上がらせています。
そのお家は、丘の中腹から続く段々畑の下に、ぽつんと建っていました。海へとなだらかに続く南側には田んぼが広がり、お家の北側に小川が続いています。川の向こう側は、すぐにマタビーの生い茂る森が迫り、南から吹く海風が、真っ黒な森をざわざわと揺らして行きます。
赤い空を、黒い鳥の群れが、クワァクワァと騒がしく鳴きながら、北の山の向こうまで飛んで行くのが見えました。
その光景は、何故だかナント・カナールをちょっぴり怖くて淋しい気持ちにさせるのでした。彼はサンバンメの紐をぎゅっと握って、おばあさんのお家へと急ぎました。