先生と遊んだよ 2
「海の上にお家を作るの?」
「そうだよ。今まで、東の海上都市にしか無かった空港を、この町の沖合いに造る計画があるんだ。空港が出来れば、船で運んでいたものも、飛行機で運べるようになるだろう? そうしたら、船が海賊に襲われて、物資が届かないという事も無くなるんだよ」
先生は、目をきらきらさせて話します。ナント・カナールは耳をぴんと立てて、じっと聞いていました。
「世界中の陸地のほとんどは、マタビーの森で覆われているからね。人間はこうして海沿いの町に住むか、海上都市に住むしかないんだ。すると、交通手段も船に頼る事になる訳だけどね、船は時間もかかるし、何より海には海賊がいるから、しょっちゅう運搬船が襲われてる。それで小麦粉も足りなくなって、パン屋は休む羽目になる。という訳さ」
「ひこうきのお家が出来たら、海賊さんはいなくなるの?」
「いや、すぐにいなくなる事はないだろうけど、少なくとも、飛行機で運んだ分は海賊に盗られる事はないだろう」
ナント・カナールは首を傾げました。大きな耳が、先生の顎にさわさわと触ります。
「ひこうきはどこから来るの?」
「飛行機はいろんなところから飛んで来て、いろんなところへ帰って行くんだよ。積み荷のほとんどはガッシュー国から輸入するものばかりだけどね。こっちからの輸出品はマタビーくらいのものだから」
先生はじっとナント・カナールを見つめました。大きな瞳が、不思議そうに見返します。
「君はどうして、陸地のほとんどがマタビーの森で覆われているか、知っているかい?」
ナント・カナールは首を横に振りました。
「どうして?」
先生も首を横に振りました。
「わからない。おそらく、町のどの人に聞いても、わからないだろうね。――ただ噂では、ガッシュー国だけはマタビーの森の侵食を免れているらしい。それで大量に小麦や、とうもろこしを作って、世界中に輸出している。……どうして、ガッシュー国だけが無事なのか、どうして、他の国はマタビーの森だらけなのか、誰も知らないんだ」
ナント・カナールは、またまた首を傾げます。
「ぼくも知らないよ」
困ったように、耳がぺちゃんこです。先生は苦笑いしました。
「そうだな。ごめん、ごめん」
先生はナント・カナールの頭を撫でました。ほんのりとマタビーの甘い香りがします。
「皆が君のように、マタビーの森を平気で歩けたら良いのにな……」
「みんな平気になったら、一緒に森で遊べるね。」
ナント・カナールは、その事を想像して、嬉しくなってしっぽをゆらゆら揺らしました。
それから図面の隅を指差して、言いました。
「エド・モンドってなに?」
「ああ、それは僕の名前だよ。よく読めたね。『主水』を『モンド』とはなかなか読めないんだよ」
先生は笑いました。
「君は字が読めるのか」
ナント・カナールはこくり、と頷きました。
「それなのに、金の価値はわからない……不思議な子だな」
先生はなんだか独り言みたいに呟きました。
ナント・カナールのお腹が、突然くぅー、と鳴りました。
ナント・カナールはびっくりしてお腹を抑えましたが、もう遅いようです。先生に聞こえてしまいました。
「そうか! ごめん、ごめん」
先生は頭をくしゃくしゃ掻きました。
「君のパンをもらってしまったんだったな!――ちょっと待っておいで」
先生が別のお部屋に行ったので、ナント・カナールは籠の中からマタビーの実を取り出しました。先生はすぐに帰って来て、おにぎりを2つくれました。
「こんなものしかないが……」
先生はそう言いますが、ちょっぴりしょっぱい白いおにぎりは、とても美味しいのでした。
ナント・カナールはしっぽを揺らして言います。
「とっても美味しいよ。マタビーも食べる?」
二人は仲良くおにぎりを食べ、マタビーの実をかじりました。
お腹がいっぱいになると、ナント・カナールはお絵描きをして遊びました。
先生は、また図面の続きを描いています。時々、ナント・カナールが床いっぱいに紙を広げて描いている様子を見ては、また仕事に戻ります。
ナント・カナールはたくさん絵を描きました。マタビーの花の絵や、クロガシの木の絵、丸いお家の絵などです。それから猫の絵も描きました。周りにいつもいるからです。先生の顔も描きました。目の下の紫色まで描こうとしたら、真っ黒になって、目が4つあるお化けみたいになりました。
「それは車の絵だね。何処で見かけたんだい?」
先生はナント・カナールのお家の絵を指差して言いました。
電気で走る車は、もっと狭くて平べったいのです。町の中は廃油で走るバス以外に、車はほとんど見かけません。
天然ガスは貴重で、ガソリンは貨物船や飛行機の為のものでした。
普段は馬車や牛車で移動します。オオドリは足は早いのですが、捕まえるのが難しいのです。
「ぼくのお家だよ」
ナント・カナールは答えます。
「家? 森の中に放置された物か」
「わからないよ。マタビーがいっぱいくっついているの。歩いてたら見つけたの。それでお家に住んだの」
先生は何か考えているようで、ナント・カナールの描いた絵を、しばらく見つめていました。
ナント・カナールの絵は大人が描いたような、上手な絵でした。
「君は、この町に来る前の事は、覚えていないのかい?」
「森の中をずうっと歩いていたの。そしたらお家を見つけたんだよ」
「その前は何処に居たんだい? 何処で生まれて、お父さんやお母さんは……」
先生は急に黙ってしまいました。
ナント・カナールは、町の誰とも似ていません。お父さんとお母さんにも、似ていないかも知れないのです。
ナント・カナールは耳をぺちゃんこにして、首を振りました。
「わからない。忘れちゃったの」
先生はナント・カナールの頭を撫でました。
「つまらない事を訊いて悪かったね」
ナント・カナールはもう一度首を横に振りましたが、耳はぺちゃんこのままでした。
それから、夕方まで先生のお家でお絵描きをして遊んだナント・カナールは、描いた紙をもらって、森の奥の、車のお家に帰りました。
帰り道、寄って来た猫達が、足元を行ったり来たり、擦り寄ったりして遊んでいます。
猫達とお家に帰って、カボチャを煮て食べました。スイカはまた、クロガシの枝に半分刺しておきました。
ご飯を食べたら、お家の中で、眠くなるまでお絵描きしました。猫達が紙の上に腹這いになって邪魔をします。鉛筆の匂いをふんふん、と嗅いでみたり、顎を擦り付けるものもいました。
紙が真っ黒になるまでお絵描きしたら、ナント・カナールはそのまま猫と一緒に丸くなって眠ってしまいました。
おやすみなさい。