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先生と遊んだよ 1


 今日もナント・カナールは、八百屋のおかみさんに貰ったカボチャと、食堂のおばちゃんに貰った古いパンを籠に入れて、森へと帰る道を歩いていました。

 足元を猫たちが、行ったり来たりしながらついて行きます。


「ちょっと、君」

 不意に声を掛けられて、ナント・カナールの耳はピクリと後ろを向きました。

「……ぼく?」

 振り返ると、ナント・カナールに声を掛けたのは、建築家の先生でした。

 ナント・カナールは首を傾げます。

 建築家の先生がナント・カナールに何の用でしょうか。

 先生は籠のパンを指差して言いました。

「それを売ってくれないか。ちょうど切らしてしまってね。今日はパン屋も休みで困っているんだ」

「お腹が空いてるの?」

 先生の痩せてひょろひょろした体を見ながら、ナント・カナールは訊きました。

 目の下は紫色で、顔色も悪そうです。

「マタビー食べる? カボチャもあるよ?」

「いや、結構。その古いパンが欲しいんだ」

 そう言って、コインをくれました。ふんふん、と匂いを嗅ぐと、スプーンと同じ匂いがしました。お菓子で出来たコインではないようです。

 ナント・カナールは耳をぺちゃんこにしてがっかりしてしまいました。

「なんだ? その額じゃ不満なのか? いくら欲しいんだ」

 先生はイライラしています。

 ナント・カナールはコインを返して言いました。

「これはいらないよ。おはじきなら、もっと綺麗なもの持っているもの」

 先生は驚きました。

 それから呆れてこう言いました。

「君はお金の価値もわからないのかい!」

 町の人達が口々に「あいつは馬鹿だ」と、言っていた事を思い出して、先生はナント・カナールを気の毒に思いました。

「……君は絵を描くのは好きかい?」

 膝を曲げて顔を近付けた先生を、ナント・カナールは不思議そうに見上げました。今まで、そんな風にちゃんと目を合わせた人はいなかったのです。

 猫のように大きな瞳を輝かせ、ナント・カナールは大きく頷きました。

 先生はちょっと笑って、

「うちにおいで」

 と、言いました。


 建築家の先生のお家は、銀色でぴかぴかしていました。

 とっても大きな鉛筆みたいな形をしている、背の高いお家です。

 お家の中は広いお部屋になっていて、壁に幾つも扉が並んでいます。その中の、小さくて窓のないお部屋に入ると、ひとりでに扉が閉まって、体がふわっとします。またひとりでに扉が開くと、外はさっきと別のお部屋になっていました。

 不思議です。

 いつの間にお引っ越しをしたのでしょう?

 ナント・カナールは、もう一度小さなお部屋に入ってみました。先生が慌てて一緒に入ります。

「どうしたんだい?」

「どうして?」

 ナント・カナールは、まだ開いている扉の外を指差して訊きました。

「どうして、お引っ越ししたの?」

 先生は笑いました。

「君はエレベーターに乗った事がなかったのか」

「……えれべーたー?」

「そうだよ。この箱に乗って、僕達は下から上へ移動したんだよ」

 そう言うと先生は、ナント・カナールの手を引いて、先生のお部屋に連れて行きました。

 先生の広いお部屋の中には、たくさん机がありました。壁にはお家の絵がたくさん飾ってあります。それから、四角がいっぱい描いてある絵がたくさんありました。先生がそれは『図面』だと教えてくれました。

 棚の上には小さなお家がいっぱい飾ってありました。ナント・カナールでも入れないような、小さな、小さなお家です。

 先生はその中から、変わった模型を取り出しました。丸い輪っかに紐が下がっていて、紐の一方の端には重りが、もう一方には箱が付いています。

「これは単純な模型だが……これがエレベーターの基本的な構造だよ。重りを上げ下げする事で、箱の中の人や物を運ぶんだよ」

 ナント・カナールは、不思議そうに先生と模型を見比べました。

「おもりを上げたり下げたりする人はどこ?」

「そんな人はいないよ。電気の力で動かすのさ」

「でんき?」

「西の丘の上に、大きな風車が幾つもある建物が見えるだろう? あれが発電所だよ。風で風車が回ると、電気が発生するんだ」

「どうして?」

「どうしてだろうね?」

 先生は困ったように笑います。

「とにかく何かがぐるぐる回ると、電気が発生するんだよ。仕組みは僕も良く知らないんだ」


 先生は、お部屋の隅に積んであった大きな紙をいっぱい持って来て、ナント・カナールの前に広げました。

 紙には『図面』がいっぱい描いてありました。真っ白な裏に返して、先生はナント・カナールに鉛筆を渡しました。

「これはみんないらない紙だから、好きに絵を描いて構わないよ」

 ナント・カナールは、大きな目をきらきらさせて頷きました。

「交換、交換」

 ナント・カナールは籠から古いパンを取り出して、先生に渡しました。

「ありがとう。助かるよ」

 先生が喜ぶので、ナント・カナールは嬉しくなって、しっぽをゆらゆら揺らしました。

「スイカも食べる?」

 籠の中からスイカを取り出そうとしているナント・カナールを、先生は抱っこしてしまいました。

「スイカはいらないよ。この古いパンも食べる訳じゃないんだよ」

 ナント・カナールをお膝に乗せて、机の前に座ります。斜めに立った机には、書きかけの『図面』が貼ってありました。先生は図面に古いパンを押し付けて、鉛筆の線を消して見せました。

「木炭鉛筆の線はパンで消すのが一番なんだ。消しゴムだと上手く消えないし、プラスチックは高価だからね」

 ナント・カナールは不思議そうな顔をして、耳をぴくぴくさせました。

 先生は木炭で線を引くと、またパンで消して見せました。ナント・カナールは図面の匂いをふんふん、と嗅いでみます。炭と紙の匂いがしました。

「これはなに?」

 図面に書かれたお家の絵は、とっても不思議な形をしています。大きな貝みたいな形の屋根に、いっぱい柱が付いています。

「これはね、空港のターミナルビルの図面だよ。今度新しく、海の上に造る空港の、デザインコンペがあるんだ。それに応募する図面を描いているんだよ」

「くうこう?」

「時々、飛行機が飛んでいるだろう。見たことないかい?」

「ひこうき?」

 ナント・カナールは首を傾げました。

「大きな音のする、鳥みたいな形の乗り物だよ」

 それは時々、海からやって来て、東の森の向こうに飛んで行くのでした。ナント・カナールは飛行機を思い出して、耳をぺちゃんこにしました。大きな音が苦手なのです。

「空港は飛行機が泊まるお家の事だよ」

 と、先生が教えてくれました。


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