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ナント・カナールと海辺の町


 はじめの頃、町の人達はナント・カナールの姿を気味悪く思っていました。

 遠巻きに見つめては、眉をひそめて、ひそひそと小声で言ったものです。

「なんだい、あの耳」

「なんだい、あのしっぽ」

 そんな人間を見たことがなかったのですから、無理もありません。


 しかし、しばらくするとその姿も目に慣れたのでしょう。

 町の人達は、ナント・カナールを見つけると、にやにや笑うようになりました。

「なんだい、あの耳」

「なんだい、あのしっぽ」

 子供達は、もっとあからさまに、ナント・カナールを指差して笑います。

「なんだい、その耳!」

「なんだい、そのしっぽ!」


 でもナント・カナールは気にしません。

 みんなが笑っているので、きっとみんな楽しいのだと、思ったのです。

 それでナント・カナールも楽しくなって、しっぽをゆらゆら揺らしました。


 町の人達は、ナント・カナールを笑います。

「あいつは馬鹿だ」


 ナント・カナールのお家は、マタビーの森の奥にあります。

 大きなクロガシの木の根元にあるそのお家は、硬くてツルツルした壁で出来ていました。ナント・カナールが住む以前から、ずっとそこにあったのです。

 お家は卵を転がしたような形をしています。

 扉が三つもあって、上半分が大きな窓になっています。四方の壁も、同じように、大きな窓になっていて、天窓もあいています。

 しかし、三つの扉のうち二つは、マタビーの蔓で覆われてしまっているので、ナント・カナールが出入りするのは、もっぱら真ん中の引き戸だけでした。

 お家の中には、椅子が二つとソファーが二つ並んでいます。背もたれを全部倒して、ごろんと寝転がると、それでいっぱいの小さなお家でした。ですから、お湯を沸かしたり、お料理をするのは、お庭でします。マタビーの蔓を引っこ抜いて作った小さなお庭です。

 ナント・カナールは、手のひらくらいの大きさの石を沢山拾って来て、穴を掘った上に石を積んで、かまどを作りました。

 近くに綺麗な泉も見つけて、水はそこから汲んで来ます。

 森の中には、いろんな物が埋まっていますから、マタビーの蔓を引っこ抜いてみると、時々錆びた鍋やら、ヤカンを見つける事が出来ました。それで、ヤカンを二つ持って、泉の水を汲みに行くのが、ナント・カナールの朝の日課になりました。


 マタビーの実は、町の人も大好物です。

 しかし、普通の人は森の奥まで入ることが出来ません。マタビーの花の匂いに惑わされて、森から出て来られなくなるからです。

 そのため、人々は森の端っこに生えている分しか採ることが出来なかったのでした。


 ある日のこと。

 八百屋のおかみさんは、ナント・カナールに言いました。

 「この籠いっぱいに、マタビーの実を摘んでおいで。そうしたら、籠いっぱいの野菜と交換してやるよ」

 ナント・カナールはおかみさんから背負い籠をもらって、とっても嬉しくなりました。

 嬉しくて、しっぽをゆらゆら揺らしました。


 次の日、ナント・カナールは籠いっぱいにマタビーの実を採って来ました。

手のひらくらいの大きさの、食べ頃のマタビーの実が背負い籠にぎっしり詰まっています。

 おかみさんは大喜びです。

 なにしろ、マタビーの実はみんなの大好物で、なかなか採りに行けないのですから、いくらでも高く売れるのです。

 おかみさんは、替わりに大きなカボチャを一つ、スイカを二つくれました。

 それで籠がいっぱいになったからです。

 隙間が空いていても、気にしません。

 カボチャの中身がほとんど種だけでも、構いません。

 もちろん、カボチャやスイカが、マタビーの実よりずっと安いことも、ナント・カナールには内緒です。


 ナント・カナールはカボチャとスイカを背負って、しっぽをゆらゆら揺らしながら、お家に帰りました。


 カボチャはお鍋でグツグツ煮ました。種はお庭の隅に蒔きました。

 スイカは半分食べて、残りは小さく切り分けて、クロガシの木の枝に刺しておきました。マタビーの実をかじりながら、カボチャの煮物を食べました。

 甘いカボチャは、ほくほくして柔らかく、瑞々しいマタビーの実は、喉を潤します。

 ナント・カナールは幸せです。


 なにしろ、底抜けに楽天的な人間ですから。


 海沿いの町では、大人の男の半分は漁師さんです。

 町の人々の中でも、漁師さん達はナント・カナールに親切にしてくれます。

 漁師さんにとって、猫は幸運をもたらす生き物だという、伝説があるのです。ですから、猫のような耳としっぽのあるナント・カナールにも、猫と同じようにお魚をくれました。


 猫はナント・カナールが好きでした。

 ナント・カナールからは、いつもマタビーのいい匂いがしているのです。それで猫達は、顎やら首やらお腹やらを、ナント・カナールの体に擦り付けます。子猫達はゆらゆらするしっぽにじゃれつきます。

 ナント・カナールがいると、どこからともなく猫が集まって来るのです。


 漁師さん達はナント・カナールに、売り物にならない小魚を、木箱いっぱいくれました。

 ナント・カナールはそれを食堂に持って行きました。

 食堂のおばちゃんは、一番大きい一匹をお刺身に、二番目に大きいお魚を焼き魚にして、ご飯を付けて出してくれました。

 ナント・カナールは、お刺身を猫達と分け合って食べました。焼き魚も分けてあげました。


 食堂のおばちゃんは、残りの小魚を塩漬けの油漬けにして、小瓶に詰めて棚に並べます。

 ご飯と一緒に食べても、ペーストにしてパンに塗っても美味しい小魚の油漬けは、瓶のまま買って帰るお客さんもいるくらいです。


 おばちゃんはご満悦。

「また持っておいで」

 と、売れ残りのパンを一斤くれました。


 小魚の油漬けは、食堂の名物料理になりました。


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