プロローグ
ナント・カナールは、底抜けに楽天的な人間でした。
あまりに楽天的な性格だったので、自分の耳が猫の様に大きくて尖っていることも、お尻に長くてふわふわの尻尾がついていることも、その姿が町の人達の誰とも似ていないことも、全く気にしません。
ナント・カナールは、町から少し外れたマタビーの森に住んでいます。
マタビーは蔓科の一種で、美味しい実をつける植物です。果肉は甘く瑞々しく、栄養豊富。生命力の強い木で、毎日のように花が咲き、実が成ります。落ちた種からは、四、五日もしない内に、芽が出てしまい、放っておくと、どんどん増えてしまいます。
おかげで、海沿いの町以外のほとんどは、マタビーの森で覆われてしまいました。
マタビーの木は、潮風には弱いのです。
マタビーはナント・カナールの大好物です。
マタビーの花の強い匂いは、幻覚を引き起こすので、森の中を迷わず歩けるのは、猫かナント・カナールくらいのものでした。
ナント・カナールが、この町の近くの森に住み着いたのは、一年前の事でした。
どこから来たのか訊ねても、ナント・カナールは、
「あっち」
と、森の奥を指すばかり。
それ以上は、覚えていないのです。