第八話 エリンシアの宰相
八話目で主人公の出番なし……
エウロパの町をめがけ馬車が走っている。普通の馬車と違い装飾も凝っていて、エリンシアの紋章である<ユリの花>がついていた。その意味を知ることができる人なら、高貴な人が中に乗っていることが容易に想像できる。それゆえ、護衛のための騎士団が常に寄り添っており、周りに目を光らせていた。
しかし、その馬車の中には誰も乗っていない。本来乗るべき宰相はエリンシアの首都ニフルハイムで職務を行っていた。
騎士の一人が片手をあげ馬車が大きな木のところに止まる。ここは待ち合わせ場所で宰相が転移してくれるのを待つところだった。
「アインス様が来るまで、休憩。各自各々で休むこと」
騎士団の団長が声を上げた。
しばらくすると「そろそろ来ます」と付き添っている魔導士が声をあげる。
すると、木の根元あたりに気が集まり二人の人物が登場した。
一人は宰相の懐刀ともいわれるシレナス。エリンシアの中の有力貴族カミール家の三女だ。その能力を宰相アインスに見込まれその地位に抜擢された。最初は回りからのやっかみも多く、厳しい目で見られていたが、それを打ち返す働きによってその声をねじ伏せた。
一度闇討ちをしてきた貴族家があったが、あっさり退けその後次々にその貴族家に決闘を申し込み叩き潰したこともあった。
黒い長い髪に黒い目、得意魔法は闇と邪の系統の魔法。それゆえ影の宰相とも呼ばれていた。
もう一人は宰相アインス。銀色の髪に翡翠の瞳。少しゆったりとした服に身を包み、首にユリをかたどったネックレスをしていた。優雅に馬車の方に歩き出す。
「お勤めご苦労様」
アインスが声をかけると騎士たちが一斉に頭を下げる。
「この馬車を襲う馬鹿はいないと思うけど、一応気を付けてね」
シレナスが隊長に声をかける。
「はっ。了解しました。」
二人は馬車に乗りこんだ。
「エウロパまで転移で行けば、時間の短縮になるんだけど、なんで直接いかないのかな?」
アインスがシレナスに話しかける。
「儀式みたいなものです。きちんと町の門をくぐり、町の代官の出迎えをうける。で、治療を行う。そういった一つ一つが民の支持を上げるためのものなんです。って、わかって聞いてますよね?」
「まあねー、だけど二人でゆっくり話をする時間ができたのはうれしいかな」
そういうとアインスはシレナスのそばに座り直し肩を抱く。
「二人でゆっくり話すのは私もうれしいですが、肩を抱く必要はないはず。女性同士がくっつくのは女神タニア様の教えに反してます。」
シレナスは冷静に話す。
「大丈夫。馬車に屋根にさえぎられ、女神様もここまでは目がとどかない」
アインスはふざけた口調で話しながら、さらにシレナスの体を抱き寄せる。
「そこまでにしましょう。これ以上は私の理性が持ちません。」
「そうかい、残念。」
アインスはシレナスを抱き寄せることをやめた。
「シレナスちゃんは好きな男でもできた?」
「それもわかって聞いてますよね?アインス様に隠し通せるほど私は賢くないです。」
「さて、あと少しでエウロパに着く、シレナスちゃんとの楽しい時間もあと少し。その後は宰相アインスの時間だ。一日中治療で忙しいから役割をこなさないとね」
「今回は時間はゆっくりとれますよ。それもわかって聞いてます?『アインス様の使い』をつかって、ほとんどの病人、けが人を直してしまったでしょ。」
アインスは驚いた顔をしていた。シレナスもアインス様が驚く顔を見るのは初めてだった。
「いや、そんなことは知らない『アインス様の使い』って何?」
「アインス様があらかじめ治療をしておいたのではないのですね?。ニフルハイムを抜け出してエウロパに行ったのかと思いました。」
「いやいや、普通にそれ無理だから、私の仕事のスケジュールは知ってるでしょ」
「何かインチキなことをして、私を驚かそうとしているのかと思いました。」
「そんな、魔法はないよ」
アインスは苦笑する。
「エウロパの状況を教えてくれる。」
アインスの声が宰相モードに切り替わる。
「はい、『アインス様の使い』が現れたのが10日ぐらい前です。それから次々に教会を中心に治療をおこなってます。最初に現れたのはレティシアというシスターが管理する教会のようです。それからレティシアと一緒に町中を治療して回ってます。」
「レティシアが『アインス様の使い』はありえる?」
「彼女のことは少し知ってて改めて調べたんですが。彼女の評判からして、まわりを治療して回るということはあり得るんですが、魔力的に治療を行い続けることは不可能だと思います。」
馬車がエウロパの門を過ぎ町の中に入っていく、通常なら治療を求めて列ができるところだが、今回は違った。
「アインス様ありがとうございます。」
「また、ダンジョンに潜れるようになりました。」
「やっぱり、アインス様はすごいな」
感謝の声がいたるところから馬車にかけられた。
「自分のしてないことで感謝されるのは、不思議な気持ちになるね。『アインス様の使い』は誰が行ったのか調べよう。まず最初にレティシアに話を聞いてみよう。」
「はい、早速手配をします。」
そういうと、闇に溶け込むようにシレナスのが姿が消えた。