第四話 アルメイアとの関係
ニフルハイム、執務室でアインスは事務作業をしている。宰相のもとには様々な決済を求める書類がくる。
アインスは送られてきた書類をほとんど読まずサインだけしていく。ただの単純作業だ。事前のチェックは部下がしているので問題ない。本当は自分も最終的なチェックをしなければいけない立場だけれど、それをすると一日中書類仕事だけで終わってしまう。
「この書類、減らすことはできないかな?」
アインスは同じ部屋で仕事をしているシレナスに愚痴をこぼしてしまう。
「かなり減らしたんですが、減らした分新たに増えました。」
「この書類みて!『財務大臣グライスの娘の結婚式に国として贈るものを上級ポーションにする事』の決済の書類だよ!そんなの私の決済なんていらないよ、事務レベルで決めて問題ない。」
「確かにその通りなのですが、下の方からこういった書類がたくさん上がってくるのです。アインス様が決済すればそこで決まりです。後で他の所から文句をつけられたくないんでしょう。」
「それも困ったことだ。自分たちでそういった事は解決してほしいな。」
「アインス様が長く宰相にいる弊害ですね。」
シレナスはアインスにも直言をする。それはアインスがシレナスを気に入っている所だ。
「そうなんだよ。私が言うのもなんだけど、宰相に権力が集中しすぎてる。反面やりやすいもことあるから全部は否定しないけど、少し変えてみてもいいかもしれない。」
執務室のドアがノックされる。
「アルメイアの王子エンリケ様がお見えになっております。フロスト王襲位のお祝いの使節です。」
「わかった今から行く。」
謁見の間にアインスは向かう。
フロスト王がすでに準備をして使節を待っている。アインスはその横に立つ。
エンリケ王子が謁見の間に入ってくる。ここからはただの儀式。お祝いの言葉を話し、それに王が答える。アインスは何度もこのやり取りを見ている。だから、何の興味もわかない。この後使節を迎えての食事会がある。そこが本当の外交のやり取りの場だ。
エンリケ王子はこの後20年後ぐらいに王になる。今までアインスが周回した時はそうだった。今回もそこは変わらなさそうだ。アルメイアにいるスパイからの報告も前と変わらない。
「アインス様後でお話をよろしいですか?」
食事会でアルメイアの通商大臣のクレイブが話しかけてくる。
「はい。明日朝でよければ、私の応接室でお話ししましょう。」
ここまでのやり取りもいつも同じだった。
「明日朝、通商大臣のクレイブと会うから。他の予定を取り消しといてね。」
アインスがシレナスに言う。
「はい、今朝その可能性を言われてたので、予定を入れていません。」
「ありがとう。気が利くね。今回は向こうから声をかけてきたよ。クレイブも来たし。この周回は手間が省ける。」
「いつもの周回とは違うのですか?」
「エンリケ王子が挨拶に来るのは変わらないけど、通商大臣が来るかどうかはわからない。別の大臣が来る事もある。食事会の時に誘われるかは五分五分だね。だから、今回は運がいい。手間が省ける。」
「カイルを国境近くの町に送ったことへの探り、後は関税の話をしに来た。そういうことですか?」
「多分そうだね。ただいつもと違うのは、アルメイアから輸入している薬の原材料の草や種がニフルハイムでも十分手に入ってる。」
「アネッテさんから送ってくる、リンデリウムの森産のアイテムですね?」
「そう、こちらでも十分手に入るから値段が下がってる。それがどれくらいまで供給されるかも調べたいんだろう。アルメイアの特産品だから彼らも必至だよ。」
エレンシアにとってアルメイアは攻めるのが難しく、戦いに勝っても負担が大きい国だと言われている。アルメイアの首都は高地の盆地にあり、山を越えて攻めなければいけないため犠牲が大きくなる。麓の方の村は占拠できてもそこからが難しい。
前にエレンシアが攻め入った時も麓の方の村の占拠で終わった。何度か攻め入ったものの犠牲が大きく撤退を余儀なくされた。
また、アルメイアの首都の後ろに穀倉地帯が控えてることも大きい。何年でも籠城が可能だからだ。しかし、経済的に抑えることはできるかもしれないとアインスは思っていた。
「アインス様お時間をいただきありがとうございます。」
「未来のアルメイアの宰相の呼び声高い、クレイブさんのためならお時間をとりますよ。」
「いやいや、私など若輩者はまだまだです。宰相なんてとんでもない。」
クレイブは否定するが、彼はいづれアルメイアの宰相になることをアインスは知っている。彼はエンリケ王子が即位した時、宰相に抜擢される。
「では、そういうことにしましょうか。で、ご用件は何でしょうか?」
「はい、アインス様は既に、お見通しかもしれませんが、二点聞きたいことがあります。まず一点目はカイル王子を国境近くの町に置いたことです。」
「もうすでに王子ではないですが、カイルをそちらに置いたのはニフルハイムから遠ざけるためです。他に意図はありません。そちらもご存じでしょうが、フロストがコロシアムで優勝して王になりましたが、彼の支持者は少ないのです。カイルをそのままにしておけばまずいんですよ。彼の支持者を取り込むのにも時間がかかります。」
「なるほど、そういう理屈も通りますね。しかし、彼は武に明るい。こちらを牽制する意味があるのでは?」
「そう言う意図はないですよ。もし牽制するなら、彼の取り巻きの貴族も移動させますよ。」
クレイブもカイルを警戒はしていない。ただ、こっちはきちんと見張ってるぞという事をアピールしただけだ。
「そちらはわかりました。それではもう一点の目の話です。我が国は薬の原料となる草や種、実を貴国に売っております。ところが最近その売値が下がっております。本来はあなたに聞くべき話ではないですが、今帰国で流通している草や種、実はどこからきているのですか?」
「それは私が話す問題ではないですね。民間のことですから。……ただ、今回はわざわざエリンシアまできてくれたんだ。私が知っている範囲でいいなら教えますよ。あなたはどこまで知っています。」
「確かにあなたに聞くべきことではないですが、通商大臣としては今の状態見過ごせないのでね。……私がつかんでいるのは『白銀の舞姫』という店が流通元という事。『白銀の舞姫』というパーティがその店に売っているという事です。何処からとってきたかは、確定はしてませんがおそらくリンデリウムの森だと思います。」
「私の持っている情報と同じですよ。加えるならそのパーティーはフロスト王誕生の立役者でもあります。そのことはクレイブさんもご存じだと思いますが。」
アインスの予想通りクレイブはその程度しか情報をえられていない。嘘をついている気配も感じられなかった。
「彼らをほおっておくのですか?」
「ほおっておくの意味はよくわかりませんが、彼らは別に法を犯したわけでもないですし、国としてどうこうするつもりはないですよ。あと、コロシアムの後、彼らに国に仕えるよう勧誘しましたがことわられました。それぐらいしか国として干渉してません。」
「それはその通りですが、詳しい出所を聞くつもりはないのですか?」
「彼らはエレンシアの役に立っています。それをわざわざ突っついて壊すようなことはしないですよ。」
「なるほど、確かにそうだ。しかし、店に飾ってあるあのカードはアインス様が渡したのでは?それでも関係ないと?」
「もちろん私が渡した物です。国の役に立つ店を守るのは宰相として守るのは当然でしょう。しかしそれ以上はこちらも関与してしてないですね。」
「それでは、店ごとあのパーティーを我が国に勧誘しても問題にしないという事ですか?」
アインスはついにクレイブの本音が出たと思った。こちらに話を振り、店に関して関係はないという事を認めさせたかったのだろう。
「ええ問題ないですよ。」
アインスはわざと苦しそうに答える。これでクレイブは『白銀の舞姫』を勧誘するという無駄なことをするわけだ。このことをアリリオ君に伝えてやろう。彼ならこれで一儲けできるはずだ。
クレイブはこちらをうまい具合に誘導できたと思っている。彼は負い目を少し感じているはずだ。それを利用してエリンシアに通商面で有利な条件を引き出してやろう。
「では今度はこちらからのお話をきいていただけますか?」
アインスが話を切り出す。
交渉の結果、エリンシアに卸す木材の価格を少し抑えることができた。『白銀の舞姫』を勧誘するが邪魔するなよという意味もあるのだろう。アインスとしてはそこそこ満足できた交渉だった。
「宰相に権力が集中しずぎる事なんだけど、解決策を考えてみたよ。私とシレナスちゃんが定期的に休むようにしよう。そうすれば自分たちで考える癖がつくんじゃないかな?」
「いい考えかもしれませんが、書類がそのまま溜まるだけになりませんか?」
「みんなの評価方法を一部変えるよ、私たちが休んでいる時も業務を進めたものに高い評価を、失敗してもマイナスを少なくするようにする。試しでやってみてもいいと思う。」
「そうですね。やってみてもいいかもしれません。で、その休みの間アインス様は何をなさるので?」
「ツカサ達のパーティーと冒険がしたくなってね。彼らとダンジョンに行きたくなった。」
「休みだから何をしようとご自由ですが、ダンジョンなら当然私も護衛としてついていきます。」
「よし決まった。後でツカサに話を通してみるよ。楽しみだ。」
アインスも楽しみしているが。シレナスも楽しそうにしていた。




