第五話 決戦 2
ここまで勝つとは予想していなかった。これがコロシアムで観戦している観客の偽らざる感想だろう。マウロ、マルティン共に剣、魔法の強いものとして知れ渡っているからだ。また、試合内容もきわどい試合ではなく、一方的なものだったことも観客を驚かしていることでもある。
まさか、フロスト王子が勝つのか?そういった声がコロシアム中にあふれていた。だが、グラウンドにカイルの代理人の男が立つと一気に空気が変わった。
コロシアム中にざわざわとした空気が流れる。
「あいつ戻ってきたのか?」
「あいつはグレイガンプだろ。」
「戦いに飽きたんじゃなかったのか?」
そういった声が聞こえてくる。
男の名はグレイガンプ、二年前まで闘技場で戦っていた。しかし、戦いに飽きたといってエリンシアから姿を消した男だった。無敗のまま姿を消したという事で、史上最強の呼び声が高い男だ。
背は高く二メートル近い、大きく長い剣を使う。得意技は相手の剣ごと叩き切るというとんでもない男だ。その豪快な戦いぶりから、鬼が乗り移った男『鬼人』と呼ばれていた。
カイルがどうしてこの男を探すことができたのか。それには大きな訳があった。カイルは自分自身も戦う事が好きで、最強といわれるグレイガンプのファンだった。それが突然失踪した。カイルはショックを受けた。失踪した当時はグレイガンプを探す人がたくさんいたが、半年もすると探す人はいなくなった。
ところが、カイルだけは探すことをやめなかった。それから半年後ついにグレイガンプを発見するできた。
カイルはグレイガンプは戦いに飽きたのではなく、強い相手を探しに出ていったのであろうと思っていた。だから、魔物を相手に戦いを続けているのではと考えた。身長二メートルの冒険者のうわさをたどっていき、ついに見つけたというわけだ。
その後、カイルはグレイガンプのパトロンとして彼の生活を支えていた。まともに戦えばいくらでも稼げるが、グレイガンプは魔物のドロップアイテムには興味なく、また、冒険者となって目立つのは嫌なので、カイルのパトロンは渡りに船だった。そこからグレイガンプとの交流が始まった。
そして今回、グレイガンプに決闘にでることを依頼した。「強者と戦うことができる。」それがカイルの口説き文句だった。
グレイガンプもカイルに世話になった恩もある。王子が強い奴を集めてそいつと戦うことができる。断る理由はなかった。ただ誤算は自分が出るのは決勝戦からだと思っていたことだった。
「僕が出ようか。あいつかなり強いぞ。」
「グレイガンプがでてきたか。今までだとあいつは表舞台に出こなかったんだけどなー。」
フローリアがツカサの側で嘆くように話す。
「フローリアはあいつの強さ知ってると思うけど、ひょっとしてクリスティーナより強い?」
「あいつはね、闘技場で戦っていた時も本気で戦ってなかったの。それでも無敗だよ。かなり強い。だからおおよその強さしかわからない。クリスティーナでも勝つ確率は半分あればいい方だと思う。」
(自分が出るのが一番だろう。クリスティーナに怪我をさせたくないし、アネッテのどれだけ力が戻っているかもいまいちわからない。)
「あいつ、強そうだから、自分が出るよ。魔法で吹き飛ばしてくる。」
ツカサはクリスティーナとアネッテに話をする。ところが
「ツカサ大丈夫、私がでるよ。私の順番だし。あいつ見た目剣士だし、たぶん魔法は使えないでしょ。それなら、私が剣士の振りして戦って魔法をくらわす。他にもいろいろやり方はあるから安心して」
アネッテはそう言うとスレイナと共に戦いの準備をしていく。
「それと、ツカサ念のために魔力をもらっておくよ、万一の時の備えはしておいた方がいいからね」
アネッテはツカサの手を握り魔力を補充していく。
アネッテはフードを脱いでコロシアムのグラウンドに降り立つ。観客もまさか女性しかも美女がもう一人いるとは思わず、歓声が上がる。白銀の髪を後ろで束ね、水色の瞳でグレイガンプを見つめる。そして、声援にこたえるかのように観客席に向かって手を振る。さらに大きな歓声が上がる。
「ねえちゃん。ここ演劇のは舞台じゃないんだ。とっとと試合始めようぜ。」
グレイガンプがアネッテの振る舞いに呆れたように話す。
「闘技場で戦うのならサービス精神も必要だよ。その方が盛り上がる。」
「いいこというねえ。それなら俺に一瞬で倒されるなよ。客の盛り上がりが一瞬で終わる。」
「君こそ大丈夫か私の華麗な一撃ですぐ終わるなよ。」
「俺を怒らせて何かの策にはめようとしてるのか?あいにくその手は通じないぞ。そんな奴は今まで山ほどいた。」
「二人とも準備はいいか?」
二人の話が止まったころに審判が声をかける。ふたりは無言でうなづく。
「はじめっ」
審判の声がコロシアムに響く。アネッテ対グレイガンプの戦いが始まった。
まず、最初に仕掛けたのはグレイガンプ。身長を生かしたリーチの長さで、剣で薙ぎ払うようにアネッテに襲いかかる。連続して何回も剣で薙ぎ払うが、アネッテは壁に追いつめられることなくかわし続けた。
「これぐらいで、終わったら観客も興ざめだよな。」
そう言うと、グレイガンプは攻撃のギアをさらに上げる。アネッテと一定の距離(グレイガンプのリーチの範囲)を保ちながら攻撃を仕掛ける。アネッテは反撃しずらい距離のためになかなか攻撃ができなかった。アネッテはかわしてはいるが、動きが大きい。クリスティーナがマウロにしたような相手を疲れさせて勝つという戦法は使えそうになかった。
アネッテはグレイガンプと距離を取るために、わざと剣を大きく振るった。お互い攻撃できない距離が開いた。
「少し戦い方を変えるよ。ついてこれるかな。」
アネッテはそう言うと足の裏と手のひらに魔力を込め、足で空中を蹴りながら、手で加速、停止をしながらグレイガンプに迫っていく。さすがのグレイガンプもこの攻撃には驚いたらしく、一方的な攻撃はできなくなった。普通に地面に足をつけて戦う戦いが二次元ならば、空中から襲うアネッテは三次元から攻撃をするようなものだからだ。空を蹴り急激に近づき剣で攻撃。手で急ブレーキをかけてフェイントを入れながらの攻撃。アネッテの攻撃は多彩でグレイガンプも攻撃が連続でできなくなった。
しかし、相変わらず二人の攻撃はお互いに当たらない。
アネッテの華麗な攻撃に観客が沸く。今までとはレベルが違う戦いに、貴族たちも立場を忘れて見入っている。アネッテはまた距離をとった。
「君もなかなかしぶといね。また別の攻撃に変えるよ。」
今度はアネッテはグレイガンプの周りを円を描くように動いていき。その動きがどんどん加速していく。アネッテの残像が見えるほどだった。中心のグレイガンプに空気が集まっているのがみえる。アネッテがグレイガンプの右後ろから攻撃を仕掛ける。しかし、グレイガンプは後ろに下がり攻撃をさけようとする。しかしそれはアネッテの罠だった。アネッテは避けたところに氷の刃を仕込んでいた。
グレイガンプは氷の刃を踏んだ。ツカサはアネッテの策が成功したと思った。だがさすがに歴戦の戦士グレイガンプは足の裏に気を集め氷の刃を踏んで潰していた。
「あれを見抜いたのか、彼を倒すための作戦はつうじないのか。」
ツカサは思わず話してしまう。
「いえ、もうご主人様の作戦は終わりました。あと少しで勝利です。」
ツカサの横にいるスライムのスレイナが話をする。
ツカサは驚くまだまだグレイガンプは元気だからだ。だけどスレイナがここまでいうのは何か根拠があるのだろう。
それからアネッテが普通にグレイガンプと剣を切り結んでいく。しかし、なぜか不思議なことにグレイガンプの攻撃回数が少なくなっていった。動きが鈍くなっているようだ。アネッテが攻撃速度を上げる。剣を
グレイガンプの肩と手を切り裂いたところで戦いは終わった。アネッテの勝利だ。
観客もキツネに包まれたような様子で戸惑っていた。一呼吸おいて大歓声があがった。アネッテは笑顔で手を振りながらそれに答えた。
カイルは肩をおとしがっくりとした様子だった。
ツカサも何が起こったのかよくわからなかった。アネッテが帰ってきて聞いてみる。
「あれはね、麻痺の薬をグレイガンプに使ったんだよ。足で空中を蹴ったでしょ、その時に靴に隠してあった麻痺の薬を風の魔法でばらまいた。彼がそれに気づけばそこでやめたんだけど。幸い見慣れない攻撃で気づかなかったね。で、彼の周りをまわって、麻痺の薬を彼の所に集めた。氷の刃を踏んだ時にようやく気づいたみたいだけど、すでに時おそしだよ。こちらを少ししか魔法を使えない剣士と思った彼のミスだね。」
アネッテの作戦にツカサは驚く。おそらくグレイガンプとの会話も、はめるための作戦だったかもしれない。まともに戦っても勝てる自身はあったのだと思う。だけど、少しでもリスクを取りたくなかったんだろう。グレイガンプの力を出させずに勝つ。それができるアネッテの能力はかなり高いと思った。
「でかした。アネッテとやらこれで明日は決勝だ。」
フロストがアネッテの手を握りながら感謝する。
アネッテもにこやかに対応した。そして、もう一度観客に手を振る。
ツカサは明日のために今日はゆっくり休もうと思った。また、プライズが毒などを盛ってくる可能性も考慮した。それで、フロストの屋敷に帰った後、転移で自分の家に戻った。
で、警備と称してスレイナ部屋の扉のところにいてもらうことにした。
案の定、暗殺者が送り込まれてきた。しかし、スレイナが難なく捕らえた。
こいつには後々使い道がある。ツカサはそう思い、フロストの屋敷に捕らえておいたままにしておいた。
朝になり、いよいよプライズとの決勝だ。ツカサはもう一度気合を入れなおし戦うことにした。




