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prologue

むしゃくしゃして書き始めた。次の更新はいつか分かりません。

 



 カツ…ン、と、履き古した軍靴の踵が音を鳴らした。





 ジギスムント・カール・フォン・ベルンシュタイン、と、いささか長い名前を持つ青年は、たった一人でその場所に足を踏みいれた。


 ここは魔族を統べる王の城。

 青年が目指してきた、旅路の果てだった。


 命ぜられるままに王都を発って、早二年近くが経つ。

 魔王を討てと命ぜられ、ただひと振りだけ破魔の剣を渡され、青年は魔族を討ち魔王を殺すための旅をはじめた。武門ベルンシュタイン家の男子として、魔王を討たぬままに帰れば即斬首、後戻りなどできない旅だった。


 この長い旅路に付き従ってくれた部下たちも、いまはもういない。もともと二十人足らずで始めた旅だったけれど、この城に到達する一歩手前で、最後の一人も倒れた。濃灰色の髪の魔族の攻撃から、自分を守っての死だった。

 大切な部下たちをすべて死なせて、死ぬ思いで青年はここにたどり着いたのだった。



 いくつかの部屋と廊下を通りぬけたが、魔王の城の中の白の壁はうっすらとベージュがかっており、目に痛いということはない。磨きあげられた床も、壁と似たような色をしていた。この玄関ホールも、天井は高く、アーチが組まれて、美しい薔薇窓がいくつもはめこまれていた。ステンドグラスを透かして床にふり注ぐ光がうつくしい。

 魔王の城が、こんなに美しいとは思わなかった。

 もっとおどろおどろしく、そして魔王への挑戦を阻まんとする魔族が詰めていると思っていた。

ある意味、青年は拍子抜けしている。


 玄関ホールの中央に立つ青年の目の前にあるのは、中央にある階段。そこから左右に分かれてバルコニーがあり、青年がふり返れば、背後には飴色の、両開きの大きな扉がひとつ。

 魔王が待つとすれば、もっと先の、玉座あたりだろう。城の構造などどこでも大差はないから、玉座の間のあるあたりの見当はつく。行ってやろうではないかと、青年はまた踵を返そうとした。


 と、そのとき。かたん、と、飴色の扉がそろりと開いた。およそ人ひとりが通れるかどうかの、扉の大きさからすれば狭い隙間が。

 扉の向こうに見えたのは、人影。

 それ(・・)は細い腕で扉を支え、ホールに姿をあらわした。

 カツ、と響いた靴音は、自分の軍靴よりもかぼそい。

 懐かしい音だ、と思った。二年近く帰っていない、王都で聞いていた音だった。ハイヒールの靴音だ。それに、やわらかな衣擦れの音は、ドレスの音。


 黒いドレスの女がそこにいた。


 ところどころにレースやリボンをおいた、つややかなAラインドレス。ハイネックで袖はなく、代わりに透けそうな膝丈のマントを羽織っていた。

 そのさらに上を覆うのは、長い黒髪。烏羽玉の、という表現が適当だろうか、見事なはずのドレスの黒が、褪せて見えるほどの黒だった。

 その黒にふちどられて、白い面貌(おもて)が、ぼうっと浮かびあがっている。

 頬の輪郭はまろく、顎のあたりは華奢に。鼻筋は通って、切れ長の目尻は麗しい。唇にはさほど厚みはなく、色も薄い。髪のあいだから、ちらちらと尖った耳が見え隠れしている。おそらくは、いまマントに隠れている手の甲には、禍々しい印が刻みこまれているのだろう。


 うつくしい、女だった。

 黒髪と黒瞳、魔族を統べる証をその身に備えていながら、それすら麗容の糧とするような、それでいて静かな美貌だった。


 女は、カツ、カツ、とかぼそい靴音を響かせて、バルコニーを渡り、階段の上に立った。

 青年の首と身体も、彼女を追いかけて半回転していた。



「ようこそ、わたしの城へ。歓迎する」



 呆然とする青年の耳に、声が届く。

 階段の上、青年の眼の前で、魔王が笑う。

 存外やわらかな笑みであり、声だった。



「殺風景なところだが、すこし休まれるがよかろう。来られよ」



 青年は混乱していた。これまでに青年が出会ってきた魔族は、概して傲慢で、名乗るよりも先に攻撃が来ることも良くあった。けれど、この魔王は。



「……騙し討ちでもするつもりですか」



 我ながら疲れ切っているな、と思いながらも、青年はかすれかけの声で言った。



「…だまし討ち?いいや、そんな恥知らずな真似など、わたしはしない」

「……戯れ言を」



 青年は吐きすてた。魔王はそんな青年を見ながら、小首をかしげる。

 これ以上は無駄だとばかりに、青年は腰の剣に手をかけた。

 ずいぶん傷んで、思うように動かなくなってしまった手で、破魔の剣をすらりと抜く。

 一歩ふみ出して、もう一歩、一歩としばらく歩き、そして青年は駆け出した。

 剣を振りかぶる。魔王は誰も連れず、また帯剣もしていなかった。もちろん盾もない。華奢な身体だ、一撃で殺せるだろうと、青年は距離をつめた。



「…そんなにかないで欲しいものだ」



 ふ、と魔王が小さく息をつく。

 魔王はかるく右手を掲げた。かるく指先が揺らされた次の瞬間、青年の脚がかくりと折れる。

 魔王がひかえた微笑を浮かべるのが、青年のブレる視界のはしに映った。



「わたしは、魔族を統べるもの。名は、ヴィクトリア・フリーダ・ヴァルプルギス。だまし討ちなどしないと、この名に誓おう」



 その声を最後に、青年の意識は黒く染まった。

真面目に頑張りますが、そうは長くならない予定。

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