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ふざけた出逢い


 白い光が差し込む、真っ白な病室のベッドに真っ白と形容するのにまさしく相応しいひとりの女性が腰掛けて、窓の外を眺めている。美しさの中に儚さを感じさせるその容姿は、美人薄命という言葉がよく似合う。彼女の病室に看護婦が訪ねて入る。どうやら面会が入ったとのことらしい。病室のドアを開けて、ひとりの男が入ってくると、彼女の顔はぱぁっと晴れ上がる。


「あ、玲治・・・今日も来てくれたんだ」

「うん、今日も何とか早く切り上げることができたから」


西に傾いた陽が夕暮れの訪れを知らせる。玲治というこの男は、仕事を早めに切り上げてこの女の病室に通っているのだ。それも今日だけという話ではなく、ほぼ毎日のようにだ。


「あたしのために、そんなに時間を割かなくてもいいのよ」

「気負う必要はないよ、そんなことよりもほら」


玲治は見舞い品に持ってきたロールケーキをいそいそと取り出す。


「もう、あたしを太らせる気?」

「そんなこと言って入院してからまた痩せたんだろ?」


「そうね、しっかり食べなくちゃね」


いたずらっぽく微笑んでみせるも、頬がこけてしまっており、見ているだけでも痛々しいくらいだ。そんな彼女をいたわるような目つきで見つめながら、玲治は慣れた手つきでロールケーキにナイフを入れ、切り分ける。表面にコーティングされたザラメが病室の蛍光灯の灯りを反射し、きらきらと光り輝く。


「本当だったらバレンタインデーだから、あたしが何かしてあげなくちゃいけないんだけど・・・」

「気にしなくていいって言ってるだろ」


はたから見れば微笑ましい光景なのだが、玲治が浮かべる笑顔にはどこか翳りがある。彼の脳裏にはある声が響いていたのだ。電話越しに聞こえる女性の声。今彼の目の前で微笑んでいる彼女とは違う女性のものだ。だからといってもちろん彼が浮気をしているわけではない。声の主は、彼の長年の幼馴染である七音だ。


「れーじ、元気してる?」

「なんだ、七音か。久しぶりだな。なんか用か?」


玲治のその言葉に七音は電話越しに口をへの字に曲げる。せっかくの幼馴染がわざわざ電話をかけてきたというのに、何か用がないといけないような言い方。ぶっきらぼうにもほどがあると不平を漏らす。


「ちょっとは包容力のある男になりなさいよ。誰があんな可愛いコ紹介したと思ってるのよ。

 ちゃんと杏奈ちゃんのこと、大切にしてるの?」


ちゃんと杏奈ちゃんのこと、大切にしてるの?


その一言が玲治の胸に突き刺さる。自分が悪いわけではない。誰も悪いわけではない。ただ、どうにもならない運命というものがある。ただ、それだけだ。


「…玲治、食べないの?」


「…え…?」


杏奈に声をかけられて、あらぬ方向を見ながらすっかり思考に耽ってしまっている自分に気づかされる。慌てて、先が二又に別れたデザートフォークでロールケーキを食べるがどうにも喉を通ってくれない。


「…玲治…?」

「な、なに……?」


「何か隠し事してるんじゃないの?」


うわの空でぼうっとしていたことに加え、まるで胸に何かがつっかえているように食べ物がのどを通らない玲治の様子を見て、杏奈は感づいたようだ。はたから見れば、彼が何か杏奈に言えないようなことを考えていたのはまる分かりだ。杏奈に尋ねられたときも肩が跳ね上がる始末。そんな隠し事のできない玲治のことを、杏奈はよく理解しているし、そこに彼女も信頼を置いていた。


「…そんなことあるわけないだろ」


いつもならそこで敵わないなあと、本当のことを打ち明けるのが常だったが、口元を歪めて、またいかにも胸の中のわだかまりを仄めかすような仕草をこぼした後に、取り繕うのだった。ここで、少し声のトーンを下げて眼力で訴えかけるようにして問い詰めれば聞きだせたのかもしれない。だが、ここで彼女の勘の良さが災いしてしまった。彼の口元が歪んだ瞬間、触れてはいけない何かに触れてしまったような気持になったのだ。加えて、自分が腰かけているのは病室の真っ白なベッド。彼が隠していたことは、安易に読めてしまった。


「…、そう…。じゃあ、いいけど…」


杏奈がはぐらかすと、そこでしばしの沈黙が訪れる。その沈黙が、彼女の推測に対して、正解と返事を返しているようで、やるせない気持ちになる。どうせなら、邪推だと切り捨ててほしいくらいなのに。


「今日はもう、帰るよ」


結局、玲治の口から出てきたのはその言葉だ。これ以上この場所にいてはボロが出ると思ったのだろう。嘘が下手な彼の考えていることなど、彼女にはまるわかりだというのに。増してや自分の身体のことなどなおさらだ。


「…だから言ってるのに。あたしのために、そんなに時間を割かなくてもいいって…

 あたしは、今までの玲治との思いでさえ忘れずにいれたなら、もう幸せなんだから」



「…、ごめんなさい…」





*****




 病院から帰る家路。玲治の足取りは重かった。原因ははっきりとしている。杏奈のこけた頬、少し青みがかかってきてしまった肌の色。そして医者に言われてしまった言葉。そのすべてが彼の背中に重たくのしかかる。夜の帳に支配された郊外の街灯の少ない暗い道は、今の彼にはより一層暗く見えていた。そんな馬鹿になった視界の中だ。少々現実離れしたものに彼は出くわすことになる。暗い緑色のローブに身を包んだ少女。見かけは齢8歳くらいだろうか。すっかり辺りは暗くなったというのに、たった独りぼっちで歩いている。時間帯的にはまだ早いが、暗い夜の道だ。まさか、幽霊にでも出くわしたのではないか。とにかく、さわらぬ神に祟りなし。関わらないようにと平静を装って先を急ぐ、早歩きになりながら少女を振り切ると、背後から声がした。少女の声だ。


「なぁ…食べ物はないか…」


細い声で、背後に少女がいるのはわかっている。だが声は耳元でささやきかけるようにして聞こえてくる。しかも右の耳に見えない主からの息が当たるような不気味な感覚までついてきている。思わず背筋が凍りつくとともに、後ろを振り返りたくなる衝動に駆られる。だが、そんなことをしては、あの世へにお呼ばれされかねない。振り返らずに先を進む。


「おい、聞いてんのか、食いもんよこせよ」


えらく、口の悪い幽霊だ。きっと生前も生意気な小娘だったのだろう。


「おーい、食いもんよこせつってんだろうがー、持ってなかったら近くのコンビニで

 アメリカンドッグ買って来いよー、おい、聞いてんのかー?

 こっちは腹減ってんだよー」


なぜかアメリカンドッグを所望してきたが、とりあえず先を急ぐことにする。


「おい、いい加減聞けよ。そこにセブンイレブンあるだろうがアメリカンドッグ1本でいいから

 たった108円でいたいけな少女の命が救えるんだぞー、おーい」


確かに、目の前に家から一番近いセブンイレブンがある。だが、そこは無視してまっすぐ家に帰ることにする。


「アメリカンドッグ買ってくれつってんだろーがぁあっ!」


背中に衝撃が走り、少女どころか人間を越えて怪物並みの脚力で蹴り飛ばされ、玲治は前方にぶっ倒れる。幽霊に実体はないからして、蹴り飛ばされたということは少女は幽霊ではなかったということなのだろうか。倒れ伏したところから立ち上がろうとしたとき、地面に顔を打ったせいで鼻血が出てしまっていることに気づく。もうこうなっては、振り返るより仕方がない。


「まったく、このあたしが人間のもとを訪ねるなんて、そうそうないんだからな」


何か引っかかるような物言いの少女だ。まるで自分が人間以外の何かであるかのような口ぶり。確かに見れば見るほど奇妙な格好をしている。髪色は金髪で、耳より上の位置で結んでツインテールにしており、瞳は血のように真っ赤。ヒトの瞳の色で茶色まではあっても、真っ赤な瞳というものは存在しないらしい。髪留めや首飾りはドクロをモチーフとしたもので、女の子らしくないというか悪趣味だ。そして、どこぞの魔女か死神かが着ているようなフード付きのローブ。とても現実世界にいるような風貌ではない。


「…君は…? …まるで、自分が人間じゃないみたいな言い回しだな」


ここまで現実感のないことが目の前で起きてみると、かえって恐怖心というものは湧かなくなってしまう。ただ単にこの混乱の極みのような現状を理解しようとする心だけが残る。


「人間なわけないだろ。

 人間だったら、こんなキャラのたった描かれ方しねえよ」

「…えらくメタ発言してきたよ、こいつ…」


そして少女の正体が、彼女自身の口から明らかにされる。


「あたしは死神。死神のナラクだよ」



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