乙女ゲームの制作スタッフが何を考えているのか解らない件
亡くなった母を目にした幼い双子は、同じ事を思った。
美しい……と。
生前から美しかったのだから、安らかな死に顔が美しいのは当たり前かもしれない。
しかし、美しいと思ったと同時に感じた事には、違いがあった。
弟は、美しいから怖いと感じ、やがて、美人恐怖症になった。
そして、兄は……。
王侯貴族の子女が通う王立学園。
間も無く本年度が終わる時期。
学校行事として開かれる舞踏会開始時刻直前。
私――ソフィー・ドゥ・ブランシェット――は、唐突に前世の記憶を取り戻した。
鏡に映る不細工な少女である自分を見て、乙女ゲーム【リリーのシンデレラストーリー】の悪役令嬢の一人だと気付く。
「此処はゲームの中と言う事……?」
まさか、そんな筈は無い。よく似た異世界だろう。
私は、改めて【リリーのシンデレラストーリー】について記憶を掘り起こした。
主人公の名は、タイトルにある通り『リリー』である。リリー・ドゥ・ブランシェット。ソフィーの腹違いの妹だ。
父であるブランシェット公爵が気紛れに平民に手を付けた結果、生まれた子。
ゲーム開始数ヶ月前の昨年、彼女の母が亡くなり、父に引き取られて貴族となったのだ。
次に、【リリーのシンデレラストーリー】で攻略対象となるヒーローは六人。全員に婚約者がいる。各ヒーローの攻略ルートで其々の婚約者が『悪役』として登場するのだが、攻略本の設定資料集にはおかしな記述が有ったのだ。
『この国において、婚約中の浮気は違法である』と。
何を考えてこの設定を付けたのか? 或いは、この設定が在るのに何を考えてヒーロー全員に婚約者がいる設定にしたのか? 訳が分からない。
まあ、それは兎も角、私ソフィーは、メインヒーローであるこの国の第一王子リチャードの婚約者である。
不細工なソフィーは美しいリリーに嫉妬して、他の『悪役』より酷い虐めをする。
更に、年度末、リチャードエンドが確定すると、リリーを殺そうとして彼女をかばったリチャードの腕を刺してしまうのだ。
結果、ソフィーは国外追放。リリーはリチャードと結婚して王妃となってハッピーエンドだ。
しかし、今の私、ソフィーの記憶によると、リリーを虐めていない。姉として当然の注意をしただけなのに、リリーはリチャードに虐められたと告げ、彼はそれを頭から真実だと決め付けてソフィーを責めた。更に、他の人間が行った虐めを、ソフィーが指示してやらせたのだと決め付けていた。
リリーがわざとソフィーを悪人にしているのか、それとも、被害妄想なのかは判らない。
そう言えば、ゲームでも、ソフィー達『悪役』令嬢が虐めを行っているシーンは全く表示されず、ただ、リリーがヒーロー達に誰々にこんな事をされたと明かすだけだった。
そこまで思い出した時、部屋のドアがノックされた。
「ソフィー殿」
やって来たのは、ゲーム未登場の第二王子ジョンだった。設定資料集には載っていた。リチャードの双子の弟で、美人恐怖症を患っている。
「リチャード様は、いらっしゃらないのね」
「……済みません」
この舞踏会は、婚約者がいる者は婚約者と共に会場入りするのが不文律。
ゲームのイベントの中で、この舞踏会は、リリーがヒーローと結ばれるかどうかが確定するものだ。
「リリーと一緒なの?」
「……ええ」
「そう」
ジョンと会場に向かう間、私は、攻略本の設定資料集の情報を更に思い出していた。
その設定がこの世界に適用されているなら、此処がゲーム通りに進む世界で無い限り、リチャードとリリーは国王夫妻にはなれない。
ジョンにエスコートされて会場に入ると、生徒達の二種類の視線が集まった。
一つは、腹違いの妹に婚約者を取られた私を嘲笑うもの。
もう一つは、王太子になるのはジョンだと確信して困惑したもの。
後者は、何故、確信を得たのか?
設定資料にはこんな設定が有った。
『この国では、王子の内、最も貴族(※爵位を持つ者に限る)の支持を集めた者が王太子となる』と。
そして、リチャードの設定には、『王太子となる事が確実視されている』と書かれていた。
ソフィーの記憶によれば、この国に『王子』はリチャードとジョンしかいない。もう一人、攻略対象者の中に二人の従兄弟にあたる人物がおり、本来なら彼も『王子』だったらしいのだが、彼の母とその夫が、我が子に『王子』・『王女』の称号は要らないと結婚前に陛下に希望したらしい。陛下はそれを受け入れ、彼に『王子』の称号を与える事は無かった。
それはさて置き、何故、リチャードが王太子となる事が確実視されているのだろうか?
ジョンが美人恐怖症だから?
いや、違う。
リチャードが、『ブランシェット公爵夫妻の娘』と婚約したからだ。
それが事実かどうかは判らないが、少なくとも、困惑している皆はそう思っているのだろう。そうでなければ、困惑する理由が無い。リチャードがリリーに好意を抱いている事は以前から学園中で噂されていたのだから、私達より先に二人が会場入りしている今、ソフィーが婚約者では無い男と一緒に現れても驚く理由は無いだろう。いや、ソフィーは不細工だから、美人恐怖症と知られているジョン以外だったら困惑されたかもしれないか。
リチャードとリリーは二人の世界に入っていて、此方に気付いていないようだった。
二人共幸せそうである。
ゲーム通りであれば、これからも幸せでいられるだろう。
「出てお行きなさい」
卒業式が終わり帰宅すると、母がリリーにそう命じた。
「え?」
リリーは、有り得ない事を聞いたみたいに唖然としていた。
「何を呆けているの? ソフィーの婚約者を奪うなんて、恩知らずが。娼館に行く所を引き取ってあげたのに、恩を仇で返すなんて思わなかったわ。汚らわしい」
「姉の婚約者に手を出すほど男に飢えているなら、あのまま娼館に行かせれば良かったな。私の顔に泥を塗りおって」
父も忌々しげな表情を浮かべている。
「そ、そんな、私は……!」
リリーは涙を一筋流した。
「リチャード様が私をお選びになったのです。平民の母を持つ私が、殿下をどうして拒めましょう?」
「あら? リチャード様の想いは迷惑だったの? だったら、国外に逃がしてあげるわ」
「国外なんて!」
「遠慮するな。最後にそれぐらいはしてやろう」
両親共にリリーがリチャードを拒む気は無かったと解っているのか、追い出すのを止めるつもりは無いようだ。
「私を追い出したら、お父様の娘が王太子妃になれなくなります!」
「貴女が居なくても、ソフィーは王太子妃になるわ。ジョン王太子のね」
「王太子はリチャード様でしょう!?」
「先日、ジョン殿下に決定した」
「……どうして?! だって、リチャード様が」
リリーは青褪めて悲鳴の様な声を上げた。
「私や義弟が、ジョン殿下支持に鞍替えしたからな」
義弟とは、母の実家である侯爵家を継いだ叔父の事だ。
「そんな! 二人だけで……」
「二人だけでは無い」
父や叔父の派閥の貴族も支持を変更したのだろう。
「……私だって、お父様の娘なのに、どうして、リチャード様との仲を祝福してくれないんですか!?」
「先ほど言った事をもう忘れたか。姉の婚約者を奪うような恥知らずで浅ましい人間を、どうして祝福出来ようか?」
「私が奪った訳ではありません! リチャード様の方に選ぶ権利があるのです! お義姉様より私の方が婚約者に相応しいと思ったのですわ!」
「そう。ならば、貴女が家を追い出されようとも、リチャード様は結婚してくださるでしょう。勝手にすれば良いわ」
母がそう言い放つと、リリーは俯いてブツブツと呟き始めた。
「摘み出せ!」
父が使用人に命じる。
「どうして効かないの?!」
「何が?」
「……何でもありません」
何かに驚いたように絶望の顔で声を上げたリリーだったが、大人しく連れ出されて行った。
ジョンの立太子式も終わったある日、リチャードとリリーが教会でひっそりと結婚式を挙げたと言う話をジョンから聞いた。
その瞬間、私は、ある事を思い出した。
それは、【リリーのシンデレラストーリー】の次に発売された【メアリーのシンデレラストーリー】に出て来たリチャードと同名の暴君の話。
彼は、何人もの美しい側室を『美しい死に顔目当て』に殺害したと語られた。
もし、彼がリチャードと同一人物だったら……王妃になれなかったリリーは、殺害されるのではないだろうか?
「どうしました、ソフィー殿? 顔色が悪いですよ」
「何でもありませんわ。ところで、ジョン様。お辛いかもしれない事をお聞きしますが……」
「何でしょう?」
「ジョン様の女性恐怖症は、王妃様の死のショックが原因なのですよね?」
ジョンは、母君様を亡くした悲しみを思い出したような表情を浮かべた。
「そうですよ。それがどうかしましたか?」
「……リチャード様は、何も無かったのでしょうか?」
「何も無いなんて事は無いでしょう。私は弱いので、心を病みましたが」
「……何も奇行は無かったのですね?」
「ありませんよ、そんな……。あの時も母上から片時も離れようとせず、このまま側に置きたいと……」
何か思い出したのか、ジョンの顔色が悪くなる。
「そう言えば……これは、関係の無い事ですが」
それでも口にしたのは、関係があると思ったのだろう。
「数年前から、王宮の薔薇園で若く美しいメイドが死体となって発見されると言う事件が、年に数回あるのです」
ああ……。
「ジョン様。私……実は、先程から嫌な予感がするのです。リチャード殿下がリリーに与えた屋敷はどちらに?」
私達が駆け着けた時、リリーはベッドに花嫁姿で眠るように横たわっていた。
「ジョン。ソフィー。人の家に勝手に入って来るものではないよ」
リチャードは、微笑んだまま私達に声をかけた。
「リチャード殿下。リリーは……どうしたのですか?」
「さあ? どうしたんだろうね? 昨夜、眠るように逝ってしまったのだよ。だから、綺麗だろう?」
「兄上……。どうして、そんなに嬉しそうなのですか?!」
総合評価が300を超えたのは初めてです。ありがとうございました。