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08.告白

「……薬の精製をしてくるっ!」


 大笑いするルイを残し、荒々しく立ちあがった私はそう言葉を彼に投げ捨てた。

 私は食べかけの皿を持ち上げる。

 勿体ないとは思うが、もう口に物を入れても喉を通りそうな気がしないのだ。


 全くっ!

 からかうのもいい加減にして欲しいっっっ!


 彼に背を向けた私はガシャリと流し台に皿を叩きつけた。


 ……本当に全く……。


 変に緊張しっぱなしで、もう私の心はヘトヘトだったのである。


 ジャー


「あ、薬作るの俺も手伝う。」


 水道からの水の出る音に紛れ、背後から彼の慌てた声が聞こえた。

 そして椅子を引く音と陶器の擦れる音。


 どうやら食器を下げようとしてくれるらしい。

 朝とは違い、相手がオリヴァーじゃなかったらそれくらいはしてくれるようだ。


 そんな彼の提案を私はやんわりと断った。


「再現性を必要とするのだろう? 一人でやらせてくれ。……だが、監視が必要なら着いて来て貰っても構わない。」

「ああ……そうだな。じゃあ皿を洗うのは俺にやらせてくれ。」


 そういって山積みの皿を持った彼が、私の隣でニコリと笑う。


「……。」


 そんな彼の笑顔に、私はまたしても撃沈するのだった。




 地下にある作業部屋は、大きなテーブルが中央にあるだけのいたってシンプルな造り。

 棚は一方向の壁に埋め込んである。

 さっそく一式道具をテーブルの上に並べた私は、作業に取りかかり始めた。

 まず薬草を寄り分け石臼で種別に引いて粉状にし、それから液状の試薬を使って粉末をろ過する。

 光に弱い成分もあるため、作業は私の手元のランプだけで進められた。

 ルイは邪魔にならないようにと、いつの間にか部屋の隅へと椅子を移動させたようだ。

 気配は感じ取れるが、ランプの光が届かない場所にいる彼の姿はほとんど見えない。


 なんだが一方的に見られるのも気が落ち着かないな。


 私は居心地が悪いと、再び体を緊張させる。

 そんな時、私の手が止まるのを待っていたのかルイがタイミングよく話掛けて来た。


「お前はどうしてそんなに強いんだ?」

「……強い? ルイの方が私より強いだろ。」


 私は改めて作業に取り掛かりながら彼の問いに答える。


「だが、森ではお前に敵わない。」

「それは私が森に慣れてるからだろう?」

「……それでも、お前は強い。」


 彼の言葉は重く、深みを帯びていた。

 だが私にはルイがどうしてそこまで強さにこだわるのか理解できない。


「……大丈夫か?」


 あまりにも暗い声に、私は思わずそんな言葉を彼に掛けていた。

 一応視線も向けてはみたが、相手の顔が全く見えなくては焦点も定まらない。


「え? あ……まあ。……あっ、そういえば素顔はまだ俺に見せてくれないのか?」

「あ――……そうだな。」


 ルイが答えを濁すのが分かった。

 誤魔化そうとしたのか、反対に質問をしてくる彼に私は敢えて乗っかることにした。


 これ以上話す気がないのだろう。

 まあ私の方も“まだ”と言うか、この先も素顔を曝す気はないがな。


 私は心の中で苦笑った。


「そうか。では、俺の嫁にならないか?」


 ガシャン


 彼の言葉を受け、私の手からビーカーが抜け落ちる。

 床に叩きつけられたガラスは大きな音を立てて割れ、四方にその破片を飛び散らせた。


 ……は?


 ルイの言葉が理解できず、私は頭を真っ白にしてその場に佇む。


「おっ……おい。大丈夫か!?」

「来るなっ。ガラスを踏むぞ!」


 私は声を張った。

 彼にこちらに来て欲しくなかったのだ。

 何を言われたのか今一分からなかったが、何かとんでもない事を言われた気がすると私は反射的にルイを拒絶する。

 机にあったランプを力任せに手にし、私はさっとその場に座り込んだ。


 よ……よめ?

 嫁?

 は!? 嫁っっっ!?


 震える手を押さえつけながらガラスの破片を集める私は、彼の言葉の意味をやっと理解する事が出来た。


 コツ コツ コツ


 その時、部屋に足音が響きだす。

 その音はだんだん大きくなり、明らかにルイがこちらに近づいてきているのが分かった。

 はっとした私は、彼が来るのをその場で静かに待つ。

 そんな緊張する私の視界についに彼の足元が映り込んだ。


「危ないぞ。」


 彼が私のすぐ隣に腰を下ろしてくる。


 ち……近い。


 見上げる勇気がない私は、俯いたまま彼との距離を取るべく体を動かした。


 グイっ


 だがそれは叶わない。

 私の手首は、彼にガッチリと絡め取られてしまったのである。


「なっ……なにをっ。」

「ガラス。」


 そう言ってルイが、私の手からその破片を抜き取る。


「大丈夫だ。この手袋は頑丈なんだ。」

「だがその手袋も、まだ俺の前では外せないのだろう? 薬の精製のためだ。」


 彼は私から手を離すと、どこから持って来たのか手箒を取り出して床を掃き始めた。


「……そうだな。」


 私はぼそりと呟き、彼が片付ける姿をじっと眺めていた。

 オレンジの光が彼の横顔を照らす。


 今日は朝からずっと一緒にいたのに、なんだか懐かしいな。

 ……手袋、外しておけばよかった。


 折角ルイに握られたのに、布を介してでは実感も何も湧かないと私は惜しがった。


「なあ、お前、俺の嫁になるよな?」


 そんな中、ルイが面倒くさそうに私に言う。

 どうやら彼にとって、私との結婚は事務作業ぐらいにしか捕えられていないらしい。

 王にでも命令されたのだろうか。


「……どうして私を嫁にしたいのだ?」


 傷付くことは重々承知していたが、私はどうしても尋ねるのを止められなかった。


「それは、俺達の歳が近すぎる可能性を考慮したのだ。俺より年上だったらなおのこと。だったらお前は女だし、嫁の方が都合がいいかと思ってな。」

「……そうか……。」


 なおもだるそうに答える彼に、私は思わず息を飲む。

 ある程度は身構えていたものの、予想以上に刃は鋭かったようだ。


 ……なんだ、嫁に来ないかってそういう事……。


「返事は?」


 ルイの無配慮な催促に、私はつい苛立つ。


「冗談はここでは言わないでほしい。折角取って来た薬草が無駄になるところだったかもしれないではないかっ。」


 冷静にと自分に言い聞かせるも、口からでる言葉には刺が立ってしまった。


「冗談ではない。」


 ルイが顔を上げ、そんな私をじっと見据える。


「ルイ、お前貴族だろう? 結婚をそう簡単に決めていいものではない! 実際、……私は孤児だし。それにフードを被る私の本来の姿も知らないで、そう簡単に結婚を申し出るなっ!」


 気付いた時には私はそう叫んでいた。

 言って後悔するも、なかったことにする勇気がでないで私は彼から目を反らす。


 ……叫ぶつもりなんかなかったのに。

 分かってる、これが単なる八つ当たりと言うぐらい。

 きっとここに居るのが、別の人間だったとしても彼は結婚を申し込んだのだろう。

 だってルイは私の事を知らない。

 ただあの森の薬草で薬を作ったのが私と言うことぐらいしか……。

 ……それが苦しくて、みじめで……。


 そんな私の言葉を静かに聞いていたルイが、ゆっくりと口を開いた。


「養子にならないかと誘ったのは、なって欲しいと言う俺の願望だ。お前はいい奴だし、気立ても良い。だからこの先、お前には苦労して欲しくはないのだ。」

「……それで、そんな奴はお前の戸籍に入れば苦労しないと?」


 私は目だけを彼に向ける。


「ああ、そうだ。国外に出る可能性もあるのだろう? だったら、尚更いいと思うぞ。俺の戸籍に入ればこの国に縛られず、他国に行き来し放題だからな。まあ、城に勤めたいと言えば話は変わって来るが。」


 国境を簡単に越えられる!?


 私は彼の発言に思わず後ずさった。


「……お前、何者……。」

「それは……おいおい話すよ。で、養子の話をお前に勧めたのだが、歳のこともあるが、俺の養子になったらすぐに嫁の貰い手が見つかってしまうと思ってな。お前がそれを望むならそれはそれでいいと思うが、当初の目的である国外への行き来が果たされないだろ? ならば俺の嫁でどうかと提案してみた。」

「……それだけの理由で!?」


 彼の軽い発言に私は驚きが隠せない。


「“それだけ”でいい。先程、お前が作業する様子をじっと見つめながら、昼間二人で山へ行っていた時の事を思い出していたのだ。楽しかった、ここ最近の出来事の中で一番。自分の立場を忘れるぐらいに。だからこの先、自分の人生にお前が欲しいと思った。……たとへ遠くへ行っても、夫の所にならたまには帰って来るだろう?」


 そう言うルイの顔は少し寂しそうだった。

 でも私には彼に掛ける言葉が見つけられない。


「ルイ……。」

「もちろん、お前が孤児と言う事以外にもいろいろと問題はあるだろう。だがな、実は俺は以前大きな手柄をあげたこともあってな、王は俺に多大な恩があるんだ。だからお前を嫁に迎える事も可能だ。それに俺はもとから貴族と言う訳ではない。その手柄の報償として得た称号。お前が子供を産めないとしても気にはしないよ。なんなら、お前みたいな有能な孤児を養子にしても良い。だから俺と結婚して欲しい。」


 そう捲し立てる彼は、なんとか私を嫁にしようと必死になっているようだ。


 ……ルイは私と接点を持ちたくて結婚を申し込んできたのだな。

 それは嬉しいが……。

 子供も産まなくても良いということは、私に親友として傍にいて欲しいのだろう。

 だったら嫁にはれないが親友になろうと、言うべきなのだろうか。

 たまには会いに来ると約束して。

 ……だが……それは私を辛くするかもしれない。

 ルイがこの先、好きな女と結婚するのも見なければならなくなる。

 でも……だからと言って、結婚は……。


 私が言葉に詰まっていると、彼が先に喋りだした。


「それよりっ!」

「……“それより”?」


 首をかしげる私は、それより大事な話があるのだろうかと彼の続きを待つ。


「薬は大丈夫か?」


 ルイが心配そうに眉をひそめた。


「……薬。……ルイ!?」

「いやあ、この先お前を養っていかなくてはならないだろう? その為にもこの任務を全うする事が大事だと思ってな。」


 そう“養う”とか軽く言ってのける彼に、私は顔を赤くしながらルイの横顔を軽く睨むのだった。

 例えそれが友達としてでも、私は嬉しかったのだ。

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