07.挑戦
赤い大木の下に広がる薬草の草原を出て、森に一歩踏み行った所でルイはまず私に助けられる。
「……な、なんだった今のは。」
「底なし沼。」
「だから行きは木の上を蔦って来たのか!!」
……今さら気づくとは、さすが脳筋。
そしてまたスタート地点。
草原を抜け、木の枝に飛び乗るルイ。
その木に食べられそうになってまたしても彼は私に助けられる。
「この木、草食動物。私達が持ってる薬草が好物みたい。」
そう教える私は、そうでない木に彼を抱えて移る。
……草食動物だけど、そのために肉も食べちゃうとか本末転倒だよな。
「どうやって見分けるんだ?」
「……感?」
彼の質問に私は素直に答える。
だって見た目もほとんど変わらないから。
「……じゃあ、ただの木には目印を付けるのはどうだ? 薬草草原へのルートを予めいくつも用意していたらいいだろう?」
「ふ――ん。じゃあ、目印付けてくるから、ここでちょっと待ってろ。」
そういう私は百メートル先の場所まで、木に目印をつけながら移動する。
……なんで私、素直にルイのために動いてるんだ?
私って尽くす女だったんだな。
「……こんな感じでいいか。」
ある程度しあげたところで、私は来た道を戻ることにした。
ルイの姿が遠くに見えだす。
彼はどうやら大人しく私を待っていてくれたようだ。
……なんだか待てをくらった犬みたいで可愛い。
彼の緩んだ表情に、思わずそんな事をつい考えてしまう私がいた。
「やだなあ。なんだか負けた気分。」
私はぽつりと呟く。
だがそんな私の気憂を余所に、ルイは暴走をし始めようとしていた。
「おい、もう行ってもいいか!?」
そう言って彼は蔦渡りをし始めたのだ。
「えっ!? おい、まだ駄目だ!!」
そう私が叫ぶも、ルイは夢中になりすぎてるのか聞き耳を持たない。
くそっ! 犬以下かよ!!
まだルイを助けられる距離に居ない自分に、私は腹を立てる。
案の定、地上から食虫植物が彼を狙っていた。
間に合わない……。
私は彼の元へ向かうのを諦め、自ら食虫植物の本体へと飛び移る。
「おっおい!!」
戸惑うルイの声が上から聞こえるが、植物に覆われた私の視界は暗闇に包まれ空を仰ぐ事が出来ない。
……全く世話が焼ける。
ローブの裾をちぎり取った私は、植物の核となる場所を探して絞めあげる。
次第にそれが力尽きていくのが分かり、ぐるぐるに絡みとられていた私の身体が解放された。
はあ。手の焼けるペットだこと。
このままでは沼に呑まれると、私は食虫植物の残骸を足場にして木の枝に乗り移る事にする。
ドサっ
その時、不意に何か頭上から落ちて来た。
その重量のある鈍い音に、私は嫌な予感をさせる。
「おい、大丈夫か!?」
ルイが私に被さる植物の残骸を取り払いながら声を掛けて来たのだ。
「もう死んでいるからこっちはどうでもいい!! それよりこのまま二人沼に飲み込まれてしまうぞ!?」
この植物の残骸では一人が枝まで飛び乗る踏み台にしかならない。
……二人も無理だっ!
どうすれば……。
ポンポン
だが焦る私の肩を優しく叩くルイの顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
こいつ、狂ったか?
「大丈夫。ほら。」
そういう彼の手には、上から垂れる蔦が握られていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ――楽しかったな。」
家に戻った私達は、椅子にどかりと座りこむ。
……楽しかっただと?
そんな事を言ってのけるルイの顔を私は睨んだ。
「私は疲れた。半日で帰って来るつもりが、夕刻まで掛ったではないか!! ただでさえ時間がないのに体力まで使わされて……。」
あの後、食虫植物に食われそうになった後、あんな事があったにもかかわらずルイは一人で森の攻略を続けるとか言いだしたのだ。
国の為だ!! とか言ってたけど、絶対自分の為だ。
その証拠に先程の“楽しかった”発言。
これが国の使者とか聞いてあきれる。
グルルルル……
そんな中、鳴り響くのはルイの腹の虫で。
「……飯、作るよ。」
私は大量にストックしてある常備食を利用して適当に炒めて作る。
今は質より量と肉料理もがっつり拵え、スープも合わせて作った。
「お前、凄いんだな。」
ビクっ
いつの間にか後ろに立っていたルイが、顎を私の肩に乗せて喋る。
そっと彼の様子を窺えば、ルイは鼻をひくつかせながら出来あがっていく料理を見つめていた。
……私とした事が……不覚っ!
「もう出来上がるから座って待ってろ!!」
私は彼の腹を肱で押しあげ、強引に席に座るよう促す。
「ああ。」
ルイは私の言葉を素直に聞き入れるとテーブルへ戻っていった。
そしてにこやかな表情を浮かべて大人しく待っている彼を見ると、私の鼓動は高鳴るばかりで。
……くそっ。やっぱりすでに惚れてしまっているっっ!
なんて私の恋愛偏差値は低いんだ……。
再び鍋に視線を戻した私は、敗北感を味わいながら料理を皿に盛り付けていくのだった。
「いただきます。」
ルイが勢いよくご飯を喉に流し込む。
良い食いっぷりだと感心しながら、私もガツガツと食事を勧める。
なにせお昼も食べてないのだ。
今は何より腹を満たす事を優先したい。
ある程度食べ進めてると、ルイの視線が付き刺さり出した。
「……なんだ? 言いたい事があるなら言えよ。」
「いや、こんな短時間に料理が出来るとか凄いなと思って。」
「それは、一人なのだから当たり前では?」
「それも……そうか。お前はオリヴィエじゃなかったな。」
そう言うルイの声が残念そうに聞こえ、私は何だか胸が締め付けられる。
「別にここにいるのが私でも良いじゃないかっ!」
と、つい八つ当たりしてしまった。
だがそんな苛立ちも、彼から向けられた笑みですぐに解かされてしまう。
……くそ。
むくれた私は、また彼に負けてしまったことを認めた。
下を向いて大人しく食事を再開する私。
「君でよかったよ。」
そんな私に、ルイがなだめるように言葉を掛ける。
「ふんっ。分かってるならいい。」
「ふっ。」
私のぶっきらぼうな答えに、ルイが吹きだしたのが分かった。
でも彼の顔は見ない。
私は食事中だから。
絶対に、ぜ――ったいに見ないっっっ!
「なあ、俺の養子にならないか?」
「はあっ!?」
だが彼の言葉に思わず顔をあげてしまう私がいた。
「ははっっっ。お前といると本当に楽しい。是非俺の提案を受け入れてくれ。」
ルイが私の目の前で腹を抱えて笑っていた。