06.冒険
はあ はあ はあ はあ
私は草原に倒れ込んで息を切らす。
隣を見れば、ルイもまた肩で息をしながら転がっていた。
重たい身体に鞭を打ち、起き上った私は彼に怒号を浴びせる。
「おい! ルイ!! 十倍は速く行けるんじゃなかったのか!?」
あの後、蛇を攻撃しながら蔦を使って移動していたのだが、作戦通りにいかなかったのである。
どう推測してもルイの移動速度が先程の二倍程度しか出ていなかったのだ。
蛇の包囲網を突破することはなんとか出来たのだが、おかげで後ろからの攻撃を防ぎながら逃げなくてはならなくなった。
ちょこまかと移動しながら多勢に攻撃を仕掛けるのは難しい事で……。
ルイに私を抱えて移動してもらい、私は標的に矢尻を当てる事だけに集中してなんとか毒蛇をまいたのである。
「ああ。だがこの調子だと、帰りはいけるかもしれない。」
しかし私の怒りが彼に伝わることなく、ルイは目を輝かせながら掲げた自分の腕を見つめていた。
「……は?」
「終盤感じただろ? 見事な逃げっぷり。俺はお前を抱えたまま最初の三倍の速度で移動していたのではないか!? この成長具合だと、帰りはきっと一人なら十倍速でいけるはずだっっっ!!」
「……。」
そんな起き上がって意気揚々とはしゃぐ彼の姿を、私は遠い目で見つめた。
……私が蛇の絶対数を少なくしたおかげで、逃げ切れたのだと思うのだが。
だがそうとは知らず、ルイはまだ自分自身を褒め称える。
「やっぱり凄いな、俺って。人とは造りが違うんだよな。……で、お前女だったんだな。」
「はあ!?」
いきなりこちらを向いたルイが突拍子もない発言をかまして来た。
その彼の不意打ちに、私は思わず呆れた声を出してしまう。
「隠すことはないんだぞ。」
そう彼が優しく諭すように言ってきたのだ。
そんな上から目線の彼の発言に、私はピクリと眉を動かす。
「……隠したつもりはない。私はきちんと老“婆”に化けていただろう。それに何故今さらそんな事を言ってくる。」
「それは、君の体の感触が柔らかかったからだ。」
「か……感触っ!?」
私は全身が熱くなるのを感じた。
「そうだ。」
「い……いつ私に触った!?」
「“触った”ってなんだか不謹慎だな。俺が君を抱えて逃げただろう?」
「あっ!」
そうだった……私、男の人に抱えられたんだった……。
「もう忘れていたのか?」
「だ……だって、襲われている時は攻撃を仕掛けるのに必死だったし、逃げ延びてからは疲労と怒りでいっぱいいっぱいだったのだ。今の今までその事を忘れていてもしょうがないだろう!?」
間抜けな表情を見せるルイに、私は必死になって弁解する。
「……お前、可愛いな。」
そんな私に彼がポツリと呟いた。
「可愛い!?」
彼の言葉を受け、私はさらに慌てふためく。
老婆の擬態をしている時だけでなく、他の擬態をしている時にもそんなことを言われた事がなかったのだ。
そうでない時には……幾度となくあったけど。
ねぶるような目つきで、舐めまわすように観察されながら。
それとは違う褒め言葉を初めてかけられ私は舞いあがっていた。
体の仕草にも表れていたのだろうか、そんな私をルイが目を細めながら見てくる。
「な……なんだよ。」
「いや、あまり褒められた事がないのかと思ってな。まあ、老婆に擬態していてはそう言われる機会もなかろうが。だが、俺はお前を本当に可愛いと思うぞ?」
そういってルイは私の頭をローブごとガシガシ撫でてきた。
「お……おい、やめろよっ!」
彼の手を払おうとするも、力で負けてしまう私はそれが叶わない。
「それに強くて、優しくて……。それなのに、俺はお前をオリヴィエと間違えるとはな。」
「……オリヴィエ?」
そう呟きながら、私は動きの止まったルイの手から逃げ出す。
「知り合いの息子だ。そいつの名が実はオリヴィエと言ってな。……すまなかった。俺はお前のことをそいつと勘違いして辛く当たっていた。申し訳ない。」
そう言ってルイが頭を下げた。
「えっ? いや……別に気にしてはいないが……。」
「いや、気にしない訳がない。まさか別人でしかも女だったなど、全く思っていなかったのだからな。俺も気付いてない無礼を数々働いてしまったはずだ。」
彼は頭を下げたまま謝辞を述べる。
「ルイ……顔をあげてくれ。私は本当に気にしていない。どうした? そいつと何かあったのか?」
「……いや……なんでもない。……嫉妬なのだろう。いい大人が申し訳ない。」
そう言ってこちらに目を向けたルイは、ばつが悪そうに私に笑いかけた。
そんな普段の横暴な態度からは想像もつかない男の影に、私の心はざわめく。
……何事にも苦労をした事がなさそうなのに……。
そんな男が他人に嫉妬するなんて考えられない。
私の欲っしてる自信と傲慢さ、それをも凌駕する野心に付随する力を持っておきながら、まだ他にも欲しがるなんて。
やっぱりこの男は他人を貶めさせる。
私は強く拳を握りしめた。
だがそんな考えを持った自分に気付き、私はハッとする。
……誰だって完璧な人間なんかになれないのに。
私がいつも思っている事なのに……私が自分でそんな事を考えるとは……。
戸惑いのあまり、私はじっと彼を観察するように見返した。
そしてなおも申し訳なさそうな表情を続けるルイの顔を見た瞬間、私の口が勝手に動き出してしまう。
「……謝るな。」
「え?」
「あ……いや、何でもない。いや、何でもなくはないんだが……。」
私は自ら発した言葉にワタワタと慌てふためいた。
そんな私の態度に、ルイが大きく笑いだす。
「……ははっ。そうだよな。他人に嫉妬してる事をなんでお前に謝らなければならないんだろうなっ。」
「そ、そうだ。嫉妬ぐらい誰にでもある。恥ずかしい事など何もないのだぞ。」
「そう……誰にでもあって可笑しくない。……そんなこと、すっかり忘れていたよ。」
ルイが穏やかに笑った。
そしてそんな彼の落ち着いた表情が、私の中に和やかな風を吹かせる。
「良い笑顔だな。」
私の口から自然と言葉がこぼれ出ていた。
「そうか? ありがとう。」
「え? ああ……いや、どういたしまして……。」
私は気まずくなり、彼から目を反らして足元に生えていた草を適当にむしっていく。
ブチ ブチ ブチ
私は勢いよく根っこから引き抜いた。
「……やはり怒っているのか? 悪かった。だからそんな無闇に草をむしるなよ。」
そんな私の態度に戸惑ったのか、ルイが慌てて私の気分を窺うように擦り寄って来る。
「べ、別に怒ってはいない。それにここに生えてる草は選別する必要がないんだ。無闇にむしっていいんだよ。」
そう彼に背中を向けてながら答える私は作業を続けた。
「……なんでだ?」
「ここに生えているのは全て薬草。そこに鎮座してる赤い大木に寄るものかは分からないが、この地には薬草に出来る草しか生えてこないみたいだ。ある程度適当に採ったら帰るぞ。薬の量はそんなにいらないのだろう? 種類さえあれば。だったら、一掴みでも済むかもしれない。ここまで来るのは大変だが、採取の時間がもったいないからな。」
羞恥のせいか、そんな言葉が流暢に私の口から出ていく。
「おい! それなんじゃないか!? お前の薬が特徴的なのはっっっ!!」
「え? あ――……なるほど。そうかもしれないな。」
驚く彼の言葉に、私は理解しながら答えた。
「なに呑気な事を言ってるんだ。すごい発見だぞ!? これで我が国は甚大な資金源が確保できるっ!」
と感極まっているルイに、申し訳なさそうに振り返った私は“それはたぶん無理だ”と伝える。
「何故だ?」
「それは、ここで採取した薬草をもってこの森を抜けるのが相当大変だからだ。」
「……来るのと帰るのでは違うのだな。だが、お前は出来るのであろう?」
「私は、な。」
「ならば俺も出来る。そして俺が出来るならば他の奴らも出来る。」
そう高々と宣言するルイに、私は提案してみた。
「じゃあ、帰りはお前が先に一人で行ってみるか? 命が危うそうになったら助けてやるよ。」
「分かった! お前の挑戦、受けて立とう!!」
と、立ちあがったルイの目がキラキラと輝きだしている。
……こいつ、脳筋な気がする。
こんなのに惚れるのは変な女しかいないだろうなあ……だが……嫌な予感がするなあ。
早速、準備運動を始めてるルイの姿を見つめながら、私は重い溜息を吐いた。