05.採取
「おい、さっさと歩かないか!!」
森までの道のり、前を歩くルイが振り返って私に叫んできた。
結構離れているにも関わらず、彼の息が白いのが分かる。
外は相当寒いのだろう。
だが分厚い外套を着こむ私は、マスクもフルフェイスでそこそこ暑かったりする。
雪はまだ降らないのかな。
私は空を見上げる。
一年前この地に私が訪れた時、村には雪が降っていた。
山を一つ越えるだけでこんなにも冬の景色が違うのかと茫然と佇む私に、マムは親切にも自分の家へと招き入れてくれたのだ。
彼女のおかげで私は冬を乗り越える事が出来た。
……懐かしい。もうあれから一年以上経っているんだ。
そんなことを考えながら、私は老婆の口調でルイに返事をする。
「そんなことを言われてものお。歳じゃからなあ。」
「歳!? お前、いい加減に……はっ!」
私の言葉に反論しようとしたルイが、村人の視線に気づいて慌てて私に駆け寄る。
村には年配の人が多い。
年寄りの朝は早いんでねと、私はルイに笑顔を向けた。
「婆さんすまない。元気すぎてすっかり年寄りだということを忘れてた。」
そう大きな声で謝罪するルイは、続けて小さな声で私を威嚇する。
「おい、オリヴィエ。調子に乗るなよ。いつでもお前が老婆ではないことをばらしても良いんだからな。嫌だったら七日後に十種、きちんと揃えてもらおうか!?」
なんと悪どい恐喝の仕方。
どこぞの回収屋のようではないか。
これで色男じゃなかったら訴えるところだったよ。
イケメン万歳!
「そういわれてもなあ、私は速く歩けんからなあ。」
そんな中、聞こえる村人のヒソヒソ声。
「あの人、国からの使者らしいわよ。」
「だからか、あんなに権力をひけらかして婆さんにあり得ないことを命令するのは。」
「そうよね、急ぐんだったら担いであげれば良いのに。」
「低俗のものは“触りたくない”とでも言うんじゃない?」
「国の質も落ちたものだな。」
彼女たちの会話は私の耳にすべて届く。
きっとルイにも届いているであろう。
現に、私の前にいる彼のこめかみがピクピク動いている。
やっぱり、この村の人は私に優しい。
私に味方しようと、ルイに聞こえるようにわざと大きな声で喋ってくれてたのだろう。
この村を出たくないな……。
「オリヴィエ、俺の背に乗れ。」
しんみりとしている私に、ルイが小声で不躾に命令してくる。
「は!? 何でだ。」
「だから、急ぐって言ってるだろう? あいつらの言葉にまんまと乗るのも癪だが、時間がもったいない。森の入り口まではおぶってやるよ。」
「嫌だよ!」
だって私、女だよ!?
それにいくら貞操の危機が幾度もあったとは言え、誰にも預けたことはないこの身体。
ルイの背中に股がるなんて、恥ずかしすぎるわ!!
「そんなことで、期限内に十種も仕上がるのか!? 間に合わなかったらそれこそ牢屋行きだぞ!?」
そんな彼の指摘に、私は少したじろいでしまう。
この調子で歩けば、森に入るのに数刻はかかってしまうのは明らかだったからだ。
「わ……分かってるよ。だがなあ……。」
そんなとき、私の視界に一つの影が映り込む。
ピクリと身体を動かした私に、ルイが気づいた。
「どうかしたか?」
「ルイ、あれ! あれを使ってくれ!」
「あれ?」
私の指差した先には、農具用の荷台が一つ。
「あれに乗るから、引いてくれ!」
「……俺は牛かっ!?」
だが文句を垂れながらも、ルイは私が乗った荷台を軽々と森まで引いていってくれた。
途中、“やっぱり下の者には触りたくないのよ”と村人に言われるのもご愛敬のうち。
怒りの矛先を私に向けてくる彼に、私は満面な笑みで誤魔化しておいた。
「で、ここが目的の森か?」
森の中で伸びをする私に、ルイが息切れひとつせず問いかける。
さすが賓客の私を一人で護衛する(見張る)だけあって、体力はそこそこあるようだが……。
それがこの森で通じるかな?
私は荷台を下りて、森の状況を確認する。
前来た時とあまり変わりがないようだ。
「そうだ。……一応聞くが、一緒に採取場所まで行くんだよな?」
「あたりまえだ。」
「だよな――。」
私は彼の身体を値踏みしてみる。
戦場の場数は踏んでそうだが、ジャングルはどうだろう。
ある程度の畦道は何ともないだろうが、この森はなあ……。
「なんだ? 人の身体をじろじろ見て。言いたいことがあるなら言えよ。」
「いや、この森は身軽さが必要だからどうかなと思っただけだ。」
「……ローブを羽織ったやつには言われたくない言葉だな。」
「私は何度か訪れてるから。……まあ、いい。ついてこい!」
そう叫ぶと、私は地上から十メートル程の高さにある太い枝に飛び乗る。
下を見下ろせば地面に立つルイの小さな姿。
……上がってこれない?
じゃあこのままとんずらしようかな。
そんな思いが私の中に浮かぶも、そんなことしたらルイに責任が行くのかな、なんてことも考えてしまう。
ハア――。
こんな短時間に情でも移ったかと、私は重い溜め息をついた。
「逃げなくて良いのか?」
その時、私の背後から声が放たれる。
急いで振り替えると私のすぐ真後ろにルイが立っていた。
「ルイっ!」
私はさっと身を翻し、彼との距離をとる。
「せっかくハンデをあげようと思ったのに、全然動かないんじゃつまんないよ。」
「ハンデ!?」
だから動かなかったのか!! くそっ。
手直にあった蔦を利用し、私はすぐさま隣の木に飛び移る。
だがルイもすぐに追いついて来た。
……やはり俊敏さも備えていたか。
どうやら彼から逃げるのは無理のようだと、ルイの事は気にせず私はいつもの調子で目的地の場所へと移動することにした。
ひと――つ。ふた――つ。み――っつ。
目印となる遠くの大木を目視しながら、私は蔦渡で北へと進む。
と、背後から不穏な影。
いや、ルイじゃないよ?
私の後ろをピッタリとくっついて来てるのはルイだけど。
でも今のは彼の後ろからする気配。
たぶん毒蛇かな? ここの蛇はムササビぐらいの飛距離を誇るから厄介なんだよね。
私は矢尻のような尖った石を懐から取り出し、飛行を続けながら後ろを振り返って蛇に向けて解き放つ。
ドサっ
鈍い音が聞こえた。
うん、どうやら命中したようだ。
良かった。じゃあ、このままスピードをあげて目的地へゴ――! ……って。
「ぐはっ。」
意気込み虚しく、首を絡め取られた私は宙に浮いてしまう。
背中に温かさを感じた私は振り返って驚いた。
ルイがぴたりと背後にくっついているのだ。
「おい! ルイ!! 何をする!?」
彼から離れようと、私はばたつく。
だがさすが屈強そうな男。
ルイの腕は頑丈で、どんなに引きはがそうとしてもピクリともしなかった。
「聞きたいのはこっちだ。逃げるならまだしも、まさか攻撃をしてくるとはな。」
彼は挑みかかるような口調で低い声を放つ。
「は!? 勘違いだ。……ほらみろ――。追いつかれた。」
私はごそごそと懐から矢尻を大量に取り出した。
「追いつかれた?」
「そうだ。さっき殺した蛇の仲間だ。あいつら集団行動なんだよ。先頭の一匹が獲物を怯ませた後、一気に襲いかかるんだ。」
私の言葉に、ルイはハッとして辺りを見渡す。
「囲まれ……た?」
「ああ。私達の目的地はあそこに見える赤い大木の麓。ルイはそこまで再び蔦を使って移動してくれ。私が道を開く。」
東の山の頂上を私は顎で指し示す。
「だが……お前は!?」
「蛇にそこまでスピードはない。全速力で移動すれば、私まで抜けるのに問題はないだろう。さっきの三倍は早く渡れるか?」
「三!? ……いや、十倍は早く渡れる。」
そう胸を大きく張ってのけるルイを、私は半信半疑だが信じることにした。
ここで疑っている時間はない。
「期待している。では行くぞ!」
第二陣として飛びかかって来た複数の蛇に的確に矢尻を当てた後、私は道を開けるために東に潜む蛇に攻撃を仕掛けた。