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20.相意

「オリアーヌ様、お外に出てみませんか?」


 ベッドの脇に座る私に、侍女が優しく声を掛ける。


「……私は幽閉の身では?」

「大丈夫です。許可は頂いております。それに……。」


 彼女は言葉を濁した。


 分かっている。

 自分の身体の状態など。

 これでは逃げなせないとでも言いたいのだろう。

 でも仕方ない……ご飯が喉を通らないのだ。


 この部屋に閉じ込められてから既に八日は経とうとしていた。

 始めはこんなにやつれていた訳ではない。


 部屋に入れられて二日目、私は聞いてしまったのだ。

 廊下かから聞こえる侍女たちの噂。

 勇者の……ルイの噂を。


 内容までは聞き取れなかった。

 だが“勇者”と“結婚”という単語は聞こえた。

 それだけで十分だ。

 既に式を挙げたかまでは分からない。

 だが、ここまで噂が広がっているという事は、もう取り返しがつかないところまで事が進んでいるのであろう。

 今さら私が名乗り出ても、横取りと言われるだけで国の面潰しにしかならない。


 ……そんな事を父が許すはずがないのだ。


「なあ。失恋の痛手はどうやって治すのだ?」


 初めての恋で右も左も分からない私は、気付いた時には傍にいた彼女に尋ねていた。


「え!? オリアーヌ様、好きな方がいたのですか!?」


 侍女は持っていた花瓶を落としそうになっていた。


 ……可愛い。

 私もあれくらいのドジっ子を披露すれば、もっとルイの印象に残せたのだろうか。


 漠然と私はそんな事を考える。


「……失恋は時間が経てば癒えるものです。今はつらいかもしれませんが、いずれ笑える日が来ます。そう信じましょう。」

「……ありがとう。」

「でもオリアーヌ様。もっと簡単な方法もあるのですよ!」

「ん? なんだ?」

「新しい恋をするのです。今は無理かもしれませんが、あの方は素晴らしい方だと聞いてます。きっと傷も早く癒えますよ。」


 ……あの方ってなんの事だろう。


 私はピクリとその言葉に反応した。


「……あの方って?……。」

「だから、オリアーヌ様の結婚相手ですわ。オリアーヌ様、他に想っている殿方が居ましたのねっ! でも結婚の為に泣く泣く諦めて……。悲哀ですわっっっ!!」


 侍女が大袈裟に倒れ込む。


 ……なんだか楽しそうに見える。


「私、結婚するのか?」

「……え? え―――――――っ!」


 部屋の隅まで後ろに下がった侍女は、顔を真っ青にして口元を手で覆っていた。


「……知っているものと……国中誰もが知っている事だから……すっかり王女様も知っているものだと……。どうしよう……首が……。」


 彼女の恐怖の呟きがこちらまで聞こえて来た。


「大丈夫だ。知らないふりをするから。」


 私は思わずそんな言葉を彼女に投げかける。

 私の第六感が、このままだと彼女が何かを仕出かしてしまいそうな気がすると騒いだのだのだ。


「王女様――。」


 涙まじりの顔で、寄ってきた彼女が私の脇に跪いた。


「あら。……お――よしよし。」


 私は笑みを称えながら彼女の頭を撫でる。


 ……そうか。

 私にまで結婚の話が持ち上がっているのか。

 ……それはかなり不味いな……。


 なぜなら私は既に生娘ではないのだ。

 それこそバレたら国家間問題。


 すでに家出経験済みの私は、再びこの城から抜け出すことは難しいだろう。

 となると、病死しとくか?

 すでに顔色が悪いしな。

 この方向で行こうか……。


 そんな中、侍女が感無量な顔を浮かべて宣言した。


「王女様。私、どこまでもついて行きますっ!」

「……。」


 ……なんだか、このままだと黄泉の国まで着いてきそうだな。


 私はジト目で彼女をみやる。

 だがそんな事をものともせず、侍女は明るく言葉を続けた。


「それにしても王女様、良かったですわっ。」

「……良かった? 何がだ?」

「実は、王女様、妊娠してるのかもしれないとのお噂が出始めた所だったのですよ。悪阻でご飯が食べれないのだと。」

「……は? ありえんだろ。」


 致してから二週間ぐらいしか経ってないしな。

 もしそうだとしても、悪阻は早すぎだろ。


「そうですよね。まさか王女様がいくら城の外に居るからって、そんな可能性があがるようなこと致しませんわよね。まったくあの子達ったら本当に至りませんこと。私の方から重々注意しておきますわ。……なんなら、首にします?」


 と、簡単に言ってのける彼女の笑顔が怖い。

 若そうに見えたがどうやらかなりの重鎮らしいと、私は彼女に逆らってはならないことを肝に銘じた。


「……そうか……でも、妊娠か……。」


 その可能性に私は気付く。

 私のお腹の中にルイの子がいてもおかしくはないのである。

 私はじっと自分のお腹を見つめた。


 ……ご飯をきちんと食べなくては……。


「……王女様、どうされました――?」


 侍女がグイっと私の顔を下から覗き込む。


 ……含み笑顔が怖いぞ。


「……どうもしない。だが、ご飯はきちんと食べようと思ってな。私の結婚相手に無様な姿は見せれんだろう。」

「まあっ! 食べる元気が出たのですか!? 良かったですわっっっ! では早速用意いたしますわね!」


 侍女が私の部屋を小走りで駆け出していく。

 そんな彼女の後ろ姿を私はじっとみつめていた。


 ……もしかしたらお腹に子供がいるかもしれない。

 だったら、このまま死ぬわけにはいかないなあ。

 かといって、今さら逃げおおせることも出来ないだろう。

 父に言えばそれこそ私の命から危ういかもしれんし……。

 ならば……私の結婚相手が誰かは知らぬが、その男にこの子の父親になってもらうしかないな……。

 なに、すぐに出会う時は来るはずだ。

 その時にその男を私が襲えばいいのだ。

 私の人を魅了する力で。

 多少出産日が早くても、早産だと言ってしまえば……内内に事を済ませれば分からない。


 私は来るべき日に向け、強く決心をした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ジョリヴェ国に入った俺は、自分に宛がわれた城の応接間にいた。

 これからオリアーヌ王女との対面式が行われる。


 ……ついに来たのだな。


 俺は緊張の面持ちでその時を待っていた。

 これでオリアーヌ王女がリアかどうかが分かるのだ。

 だが、俺の中では不安の方が大きかった。


 なぜならオリアーヌ王女に手紙を送ったのだが、何も返事が来なかったのである。

 俺が送った文章は一文。

 変に情報が漏れるといけないので“リア、返事をくれ。”と書いただけ。


 リアであってもなくても、返事ぐらいはくれるだろうと俺は思っていた。

 なにせ、向こうから婚約を申し込んで来たのだ。

 喜んで返事ぐらいは寄こすだろうと。


 だが、返事は来なかった。


 その理由として、オリアーヌ王女であるリアが城にまだ戻って来ていないという事が考えられた。

 だが、それならば対面式は開かれないだろう。

 その可能性は否定された。

 他に考えられる理由として挙げられるのは、考えたくはないがリアと王女は全くの別人で、俺が送った手紙に王女が敢えて返事をしなかったという事も考えられる。

 もしくはリアが驚かそうとしているのか。


 でも俺には、リアが騙してそのことを隠しているようには見えなかった。

 俺の婚約話にも深く青ざめていたのだ。

 あれが演技とは到底思えない。


 リアに再び会えるかもしれない。

 もしかしたら、二度と会えないかもしれない。


 天国と地獄が、俺の前にあるこの扉の先で待ち構えているようだった。


 コンコン


 その時、扉がノックされる。

 予定の時刻よりもかなり早いが、それもあり得るのだろう。


「はい。」


 椅子から立ち上がった俺は、背筋を伸ばして相手を待つ。


「失礼します。」


 入って来たのは上品な老紳士。

 彼は深々と頭を下げる。


「はじめまして。わたくし、王に使えます執事セバスと申します。以後お見知りおきを宜しくお願い致します。」

「いえ、こちらこそ宜しくお願いします。」


 俺の返事を受け、セバスは矢継ぎ早に言葉を続ける。

 どうやら急いでいるようだ。


「それで早速で申し訳ないのですが、対面式の前に少し顔を出して頂きたい所があるのです。」


 と、その執事は俺に申し入れた。


「え? 構いませんが、時間は大丈夫でしょうか?」

「はい。王直々の申し出ですので。」

「……分かりました。ではお伺いいたしましょう。」


「こちらでございます。」


 老紳士に連れられて行くにつれ、廊下の佇まいが格式高い厳かな雰囲気から、どちらかと言うと温かみのある柔和な空間に変わっていく。


「あの……もしかして。」


 俺は前を歩く執事に声を掛けた。


「はい。こちらは国王の私邸になります。」


 さらに奥に進むにつれ、なんだか賑やかになって来ているようだ。


 どこからともなく人々の会話が聞こえてくる。

 そして廊下に見える人だかり。

 その中に一際威厳を放つ人物が鎮座していた。


 その人物が誰であるか、顔を知らない人間でも分かるだろう。

 あれがこの国の王、ジョリヴェ国王。

 他とは違う空気をその男は纏っていた。


「少しここで待っていてください。」


 王とは幾ばくか離れた場所で、執事が俺を制止する。


「分かりました。」


 俺の傍を去った執事は、近衛隊の間を一人すり抜け国王の横に立つ。

 執事の姿を確認した王が、ゆっくりと彼に耳を傾けた。


 次の瞬間、国王が俺をギロリと睨む。

 距離的には遠いとは言え、その力強い眼差しに俺は思わず後退りしてしまった。


 だが、その国王が自らズカズカと俺の方に歩み寄って来たのである。


「君が、か。……よくも私の娘を傷ものに……。」


 その王の怒りを含む発言に俺は自覚した。

 彼女が……リアが俺の結婚相手だと言う事を。


 俺は喜びから叫びそうになるのをぐっと堪えた。


 王は知っていたのだ。

 リアがあの土地にいた事を。

 そして監視していたのだろう。

 だからこそ、すぐさま婚約が進められたのだ。


「申し訳ありませんでしたっ!」


 俺は勢いよく床に這いつくばり、頭を下げる。

 だが顔がニヤケるのは止められない。

 俺は緩みそうになる顔を必死で堪えながら、王に……リアの父に許しを求めたのだった。

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