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19.王女

 まだ日も昇らない頃、ジョンらの帰還の知らせを聞いた俺は焦る思いで執務室へと急いだ。


 ……早い。早すぎる。


 薬が仕上がるのが、俺があの家を発ってから半日後。

 それ以降しか彼らは出発する事が出来ないのだ。

 しかも早馬で飛ばした俺とは違い、リアを伴っての帰還であれば彼らの帰還は俺の登城から二日後、早くても一日半後であるはずだった。

 なのに彼らが戻って来たのは今さっき。

 俺が城に戻ってから半日しか経っていない時だったのである。


「ジョンっっ! アレクっっ! 」


 廊下に彼らの姿を見つけ、俺は大声をあげて彼らを呼びとめる。


「……ルイ。」


 俺の声に反応した彼らが、急ぎ足で駆け寄って来る。

 帰還したばかりらしく、彼らはまだ外套を羽織っていた。


「……任務、ご苦労だった。」


 彼らの元にリアがいないことに気づくも、俺は敢えて触れない。

 事実を聞き、怒りが……押さえられる気がしなかったのだ。


「ルイ……すまない。」


 アレクの謝罪に俺は体中が震えだすのを感じた。


「話は中で。」


 俺は声を落ち着かせると、なんとか彼らを執務室に誘導する。

 だがそう一言発するのが俺の限界だった。


 部屋の中に着くと、彼らをソファーへ座るように促した。

 緊張のなか、重たい空気が室内に広がる。


「まずは……長旅、ご苦労だった。」


 俺は礼儀を重んじ、労いの言葉を始めに掛けた。

 一息ついたことで俺の気も随分落ち着いたようだ。

 普通に話が出来るまで冷静になっていた。


「ルイこそ疲れているだろうに、すまない。」


 アレクがそれに答える。

 そして彼はチラリと隣に座るジョンに目を向けた。

 彼は青い顔のまま押し黙っていた。

 未だ一言も喋っていないジョンに、俺は声を掛ける。


「逃げられたのか?」

「……はい。申し訳ありません。」


 ジョンが一点を見つめながら呟いた。

 その時、俺の脳裏にしたり顔のリアが咄嗟に俺の頭の中に浮かぶ。


「ふっ。」


 さっきの暗い気分はどこへ行ってしまったのか、俺は思わず吹きだしてしまっていた。

 だがそれを受けてジョンが頭を深く下げる。

 俺が己の行動を嘲笑ったのだと思ったのだろう。


「……見限られても異論は出来ません。完全に彼女の事をあなどってしまっていました。本当に申し訳ありませんでした。」

「あ? いや、そうじゃないんだ。……頭をあげてくれ。」


 俺の明朗な言葉に、ジョンが眉を潜めながらゆっくりと顔をあげる。


「薬の事は本人がいたことに越したことはないが、既に検証は済ませてある。彼女は必ずしも必要ではなくなったから、連れてこれなくても大丈夫であろう。」

「そう、ですか? ……ですがあの女はルイの……。」

「リアは……ここに来ない方が良かったのかもしれない。これが彼女の答えであり、俺の答えでもあるのだろう。……変に気を使わせてしまって、申し訳なかったな。」


 俺はジョンとアレクに向かって反対に頭を下げた。


「い、いえ、こちらこそ本当に申し訳なかった。偵察のものが彼女を老婆と完全に見謝っていたことを、すっかり忘れていました。それほど彼女には力があるというのに。だから、頭をあげて下さい。」

「……ありがとう。」


 そう言って頭を上げた俺の顔は緩む。

 リアが褒められたことが嬉しかったのだ。


「いえ……。私達は特に……。」

「急に呼びとめてすまなかった。ゆっくり休んでくれ。」


 俺の言葉を合図に、一礼をして二人が立ちあがった。

 と、アレクが“うわっ”と叫んで再びソファーに座りこんでしまう。


「アレク。どうかしたのか?」


 俺は腰を上げて彼の様子を窺った。


「あ、いや。あのお嬢ちゃんの絵姿があったから驚いちまって……。ルイ、絵が上手かったんだな。今度俺の顔も書いてくれ……よ?」


 アレクの話の途中で俺の足は勢いよく彼の元に動き出していた。


 リアの絵姿?

 ……リアの姿がここにあるのか!?

 見たい。彼女が見たい。


 俺は机に山積みされている文字の羅列の書類の山を探る。

 と、そこに埋もれるようにして輝く、一枚のカラフルな絵を抜き出した。


 そこに描かれているのは、まさしく美しく可憐な、俺の愛するリアの姿だった。


 リア。

 愛しいリア。


 俺の口元が思わず綻ぶのが分かる。


「これは……先程の女で間違いなさそうだが……なぜ此処にこれが。」


 絵姿を覗き込むジョンの言葉に、俺はハッとさせられる。


 ……ここにある絵姿は俺の結婚相手。

 ということは、リアがジョリヴェ国の王女?


 俺は彼女の絵姿を片手に、机にあった資料をあさる。

 【ジョリヴェ国の王女オリアーヌ・マルト・フェリシテ・ジョリヴェ】

 その文字に俺は喰らいついた。


 ……オリアーヌ。……リア。


「ジョン。ジョリヴェ国の王妃は、間諜の出なのか?」


 俺は資料を見ながらぼそりと呟く。


「……それが、その紙に書いてあるのですか?」


 ジョンが俺の言葉に敏感に反応を示した。


「いや。」


 俺は資料から顔をあげてじっとジョンを見据える。


「……。公には出回っていませんが、そうであるという噂はあります。」

「では、お前が知っているジョリヴェ国の王女の情報も教えてくれ。」

「なぜですか? ……そう言う事ですか!?」


 ジョンが大きく目を見開いた。


「おい……一体どうなってるんだ?」


 話の筋が見えないのか、アレクが困惑した声を上げる。

 だが、そんなことを微塵も気にすることなく、ジョンは言葉を続けた。


「王女は小さい頃はよく外交に連れ出されてましたが、年々減少傾向にあり近年は王の誕生祭にしか参加しておりません。その原因は彼女の男をたぶらかす癖が原因だったと言われています。そして最後に出た公の舞台が昨年の王の誕生祭。今年はついにそれすら出席されなかったそうです。噂ではもともと部屋に引き籠りがちだった彼女が、ついに完全に籠り一歩も外に出なくなったとか。」


 彼の言葉に俺は大きく頷く。


「そうか。リアは一年以上前に家出したと言っていた。町人の中に“一年以上あの店の品を愛用している”と豪語している者も居たし、本当なのだろう。」

「そうなのですね。そしてこの姿絵。」

「この絵は、少し今のリアよりも幼い気がする。これが描かれたのが家出をする前だったとすれば、つじつまが合うな。……オリアーヌ王女に女兄弟はいないのか?」

「はい。」


「おい。話が見えないんだが?」


 そんな俺たちの会話に、アレクが入りこむ。


 ……リアを見たもう一人の人間。


「アレク。オリアーヌとリアって似てると思わないか?」


 俺は不躾な質問を彼にしてみる。


「似てるっていうか、リアってオリアーヌの愛称だろう? ……え!? この絵って王女様!?」

「やっと気付いたか馬鹿。」


 ジョンがアレクをなじった。


「でも……だったらなんで彼女から結婚の申し出があったんだ? 国王にしてみれば王女が国にいない事を公にすることになるのだろう?」


 そんなアレクの素朴な疑問が、俺の脳裏に突き刺さる。


「勇者との結婚は世界中に知らされる。それを利用し、焦った娘が戻ってくることを信じていたのか? ……だがそれにしてはリスクが高すぎる。そんな事をジョリヴェ国王がするだろうか。」


 ジョンが一人でブツブツと呟いている。


「あのお嬢ちゃんが自分で親に頼んだのでは?」


 アレクが驚いたように声をあげた。


「……それが一番妥当だろうか。なんだ……私達は単なる痴話げんかに巻き込まれただけか。ふんっ。さすが元勇者、やる事が想像を超えるな。大国の王女をも転がすとは私達とは器が違いすぎる。……私は失礼させてもらう。」


 そう荒々しく吐き捨てると、ジョンが扉へと踵を返した。


「あ、待ってくれ俺も寝る。じゃあな! ルイ。」


 そう言ってジョンの後をアレクが追いかける。

 二人が消えた室内はしんと静まり返った。


 ……本当にそうなのだろうか。


 そんな疑問を俺は思い浮かべる。


 リアはジョリヴェ国に戻るために消えたのだろうか。

 俺と結婚するために?

 だがリアは俺の結婚の知らせを聞いて、傷ついていたはずだ……。

 ……だったら偶然? 何が起こっているのだ?

 いや、そもそもオリアーヌ王女がリアだと決まった訳ではない……。

 まずは文を……王女に書簡を出さなくては。


 俺はただひたすら、リアがオリアーヌ王女である事を願っていた。

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