17.衝撃
ローブをはおってマスクをつけた私は、鏡の前で自分の姿をじっと見つめる。
……もしルイの隣に居たいのなら、このままでは駄目なのだろう。
私は戦える人間にならなければならない。
大切な人を狂わせる可能性があっても、それでもこれが私の武器なのだから。
私は着けたマスクに再び手を伸ばした。
ペリペリペリ
鏡の中に映った自分の素顔を、私はじっと見つめる。
いける。
……怖くはない。
それに……ルイのバカには全く効かないしな。
私は苦笑した。
「醜聞とはなんだっっっ!」
階段を下りる途中、ルイの怒号が下から聞こえて来た。
ルイ!? どうしたのだろう……。
急いで階段を降りようとするも、次のジョンの一言で私の足はすくんでしまう。
「だから言っただろう? ルイ、君の婚約者は王女だ。あの女とは手を切れ。」
……婚……約……者?
私の目の前が一瞬にして暗くなり、足元がふらつく。
手近にあった手すりが丁度手の内に入り、私はなんとかその場に持ち堪えることが出来た。
「あの女ではないっ。リアだっっ。俺はあいつを娶る。」
「……あの身分ではお前に釣り合わんよ。せめて、あの薬を作ったのがあの娘の力だったらな。だが、残念だが妾も当分は控えてくれ。どうやら王女は心底お前に惚れてるらしいからな。」
「くそっ!!」
ゴトっ
ルイが物に当たったのか、鈍い音が聞こえる。
……婚約者って何だ?
ルイは私を騙してたのか??
ジョンの言葉で、私の頭の中は混乱していた。
「まあ、まあ、まあ、まあ。」
ドアの隙間からアレクが仲裁に入ったのが見えた。
ギシっ
よろよろと降り立った私は、ドアを押して部屋の中に一歩足を踏み入れる。
三人の男が一斉に私を振り返った。
「リア……。」
ルイの顔が一瞬にして青ざめたのが分かった。
……後ろめたいから?
どうしても卑屈になってしまう自分の考えに、私は苛立つ。
「おや、リア殿。ちょうど良かった。悪いがルイは諦めてくれ。どうやら君の力が凄い訳ではなさそうだし、薬草の発見者として褒美を貰ったらすぐさま我々の前から消えてくれないか?」
そんな言葉を、ジョンは淡々と私に言った。
「ジョンっ。貴様っっっ!!」
ルイがジョンの襟首に掴みかかる。
「ルイ。」
私は彼の名を呼んだ。
私の声は小さかったが、敏感に反応したルイがさっとジョンから手を離して私の元に駆け寄った。
「リア……。」
彼は私の手を握り、辛そうな表情を浮かべながらじっと目を見つめてくる。
「ルイ……どう言う、事?」
私は言葉を詰まらせながら彼に尋ねた。
「王が勝手に俺の婚約を決めてしまった。しかも式も急いでいるらしく、俺の代わりにこいつらがリアの迎えに寄こされた。」
「……相手はお姫様?」
「……ああ。だが俺はリア以外と結婚する気はない。これから王の元に行って直接やり合ってくる。リアがあの薬を持って登城するまでには、必ずお前が私の妻として迎え入れられるように下準備を整えておく。だからお前は、堂々と城に来い。」
ルイが力強く私に宣言する。
でも、私は素直に頷く事が出来なかった。
「……ルイ。あまり、無理はしないでね。」
それしか彼に言葉を掛けれなかったのだ。
そんな私の言葉に、ルイが悲しそうな顔をする。
彼も分かっていたのだろう。
王女との婚約が破棄出来る可能性が限りなく低い事を。
「ああ。……アレク。馬は?」
「あ? ああ。外に繋いでるのを一頭使って構わない。」
まさかこのタイミングで自分に言葉を掛けられるとは思っていなかったらしく、アレクが少し慌てながら答えた。
「借りるぞ。」
そう言ったルイは、最後に私を強く抱擁して店を出て行った。
私の耳元で“好きだ”と囁いて。
「さて、お嬢さん。いや、リア殿と言ったかな? どうやら聞き分けが言い様で安心した。で、薬はどのくらい仕上がっているのだ?」
ジョンが何事もなかったように仕事の話を進めようと、ショーケースを見やる。
「……ひとつ質問をしてもいいか?」
そんな彼に、私は強く言葉を放った。
「おや、ルイの前では随分としおらしかったようだが、それが本性か?」
「ルイの前でもこの性格のままだ。」
肩眉をあげてこちらを見下すようなジョンに、私は少し苛立っていた。
きっと私がルイを誑かしたとでも思っているのだろう。
「ほお。まあ……素直な君に免じて答えられる範囲なら答えで上げよう。それに、あの堅物が女に興味があるのだと教えてくれたしな。」
ジョンが厭味ったらしく笑う。
気にしてたらきりがないと、私は彼の態度を無視することにした。
「ルイが……あの男がどうして王女を目取れるのだ? 爵位も貰ったばかりと言っていたし。ルイは一体何者なんだ?」
「……へえ。そこまで君に話していたとは。だいぶん、気を許していた様で。」
再び私を値踏みするようにジョンが私を観察しだした。
「質問に答える約束だよな。」
私は眉を潜める。
「ああ、そうだったね。約束は守るよ。君は、この世界がある一人の勇者に救われた事を知っているかい? まあ、こんなど田舎でも噂ぐらいは耳にするだろうとは思うが。」
……勇者?
そう言えば、私が実家を出る直前に何か騒がれていたな。
勇者のお陰で世界中の魔物が消えたとか。
だからこそ、私の家出は敢行されたのだ。
……もしかして……。
「……もしかして、それがルイだと言うのか!? でも何でそんな凄い勇者がこの場に……。」
私はぼそりと呟く。
「……この国が劣っているとでも言いたいのか!? ……無知な君に、国の名誉のために教えてあげよう。その勇者に連れ立って魔王を退治した仲間の一人が、我が国の王女なのだ。」
「王……女……。彼は、その王女のためにこの国に住む事を選んだって言うのか?」
ルイの婚約者……。
勇者と仲間の王女。
婚約を破棄すると言っていたが、彼女を追ってこの国に来たぐらいだ。
本当は王女との結婚は彼の本望ではないのか?
私は首を振る。
ううん。それはない。
ルイは私を娶ると言ってくれた。
彼が私に嘘をつくはずがない。
「君の質問に答えたぞ。早く仕事に戻れ。」
ションが私の思考を遮るかのように命令してくる。
私はそれに素直に従うことにした。
早く……次の行動に移したかったのだ。
「……はい。では、説明します。こちらに並んでる三種が私だけで作成した薬です。こちらの四種が……。」
私は淡々と薬の説明を続けた。
「……以上です。宜しいでしょうか?」
「……もう、すべて出来あがっているのか?」
アレクが驚いたように口を挟んだ。
「ええ。あと一晩寝かせば完成です。先程話した効能はすべてこの紙に書いてあります。では……。」
バサっ
私は着ていたローブを一気に脱ぎ去り、アレクとジョンに向けて投げつける。
一瞬だけだが彼らに隙が出来る。
二人いてもルイほどではない。
その一瞬があれば私には充分であった。
店を飛び出した私は、残されていたもう一頭の馬にまたがる。
そしてルイの走り去った側とは反対方向に向かった。
……家に……父に頼めば止められるかもしれない……。
その思いだけを胸に抱き、暗闇の中、私は馬を全速力で走らせるのだった。




