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16.来訪

「アレク――。ドアの前で立ち止まられたら困るよ。」


 沈黙の空間にジョンの声が聞こえた。

 と思ったら、彼がアレクの後ろからひょこりと姿をあらわす。

 ジョンもそこそこがたいが大きいのに、筋肉隆々のアレクを前にしたらスマートに見えてしまう。


 そして、ジョンもまたこちらを見て目を丸くした。


 ……一体なんなんだ?

 あ、擬態を解いているからか。

 色香は……全部抑えきっているはず。

 無臭だ。今の私は無臭だ。


 と自分の状態を確認する私の耳に、向こうからジョンの面白がる声が聞こえる。


「ルイっ。えっ!? お前……。」


 驚きと好奇心が入り混じったような様子で、ジョンが彼の名を呼んだのだ。


 ……ルイ?


 ふと私は胸が軽くなるような感覚に襲われる。

 なんとなく自分の胸に目を向けるも、何も異変は起きてない。

 先程と変わった事と言えば、ここにルイの頭がないくらいで……。


 ……頭っ!?


 私は勢いよく顔を上げると、彼の姿を確認した。

 ルイは眉間に皺が寄ってはいたが、何事もなかったかのように毅然とした態度で私の隣に立っている。


『ルイっっ!』


 小声で呼びかけるも、彼は私に一瞥もくれなかった。

 無視、されたのだ。


 ……これで夢の一時ももう終わりなのだろう。

 きっと彼にとってここでの出来事はほんの気まぐれだったのだ。

 仕事仲間を前に現実に引き戻されたルイは、自分の気が触れていたこと気付いたのだ。


 そう感じた私は、小さなため息をついて下を向く。


 グイっ


 だが次の瞬間、私は腰を力強く引っ張られた。

 どうやらルイが私の腰に腕を回し、自分に引き寄せたらしい。

 彼の身体に、私はピッタリと張り付かされる。


 ルイの腕の中でごそごそと動いた私は、どうにかして彼の顔を見上げた。

 彼の目は、相変わらずアレク達に向いている。


 でも今の私は寂しくはない。

 だってルイがすぐ傍にいるから。

 彼が、私を受け入れてくれてるから……。


 ……やっぱり、この先もずっとルイの傍にいたい……。


 彼への強い想いが、私の中で次から次へと湧きあがりだした。


 ゴクリ


 その時、生唾を飲み込む音が聞こえる。

 音がした方へ目線を動かしてみれば、放心状態から解放された様子のアレクが意味深な目付きで私を観察していた。

 私の手に思わず力が入る。


 ……色香は抑えてるはずなのに……。


「アレク。その汚ならしい目線を彼女から外せ。」


 ルイが吐き捨てるようにアレクに言った。

 はっとして再び見上げれば、彼が険しい顔でアレクを威嚇している。


「ああ、それはお前の女みだいだな。だがルイ、悪いことは言わん。すぐその女から離れろ。」


 アレクが薄笑いながら、嫌みたらしくルイに命令してくる。


「お前に指図される筋合いはないが。」


 ぎゅっと彼に腕に力が入った。


「「……。」」


 彼らは無言で相手を睨みあう。


「まあ、まあ、まあ、まあ。」


 そんな中、ジョンが二人の間に割り入った。

 場を和まそうとしたのだろう。


 フンっ


 鼻息荒く先に目を反らしたのはアレク。

 だが先程の彼に同意を示すかのように、ジョンがルイに苦言を呈してきた。


「お前らしくないな、職場に女を連れ込むなど。」

「……仕事の質の低下はきたしてないが?」


 ルイは感情のない声でジョンの批判に答える。


 ……相手の出方を窺っている?

 私が目的の薬を作った老婆だと言ってしまえば、何事も問題はないように思えるけど。

 それとも、ここで私の正体をばらすと不味いのだろうか……。


 私はじっとルイを見上げた。

 なんだか初めて会った頃のルイのようだと、彼の冷たい表情に私はついそんな事を思ってしまう。


 そう考えると、二人の時はずいぶん表情豊かなのだな。

 私に気を使っていたのだろうか……。


『リア。上に行って着替えて来い。』


 首を傾けた彼が小声で私に囁く。


 老婆の姿にだろうか?


 なにか考えがあるのだろうと、コクりと頷いた私はルイの後ろを通り抜けようとした。


「女、動くな。」


 だがまたしてもアレクに止められてしまう。

 私はルイの真後ろで足止めを食らった。


「なんだ?」


 私の代わりにルイがアレクに問いかける。

 ルイのきつい口調に、私は咄嗟に目の前にある彼の服を掴んだ。

 そうでもしないとルイが何処かに行ってしまいそうな気がしたのだ。


 ルイにはいつも笑顔でいて欲しい。


 そんな私の気持ちを汲み取ってくれたのか、彼が後ろ手に私の手を握りしめてくれる。


「ルイ……。」


 私は彼の背に思わずそう呟いた。


「その女に何をさせるつもりだ。」


 ルイの背中越しにアレクの怒涛が聞こえる。


「二階に上がらせるだけだが?」

「何故だ? それに、その女が安全とは限らない。あの老婆もどきと二人きりにさせるわけにはいだろう?」

「…………はあ。これがその老婆だ。だから着替えさせる。」


 少しの沈黙の後、ルイがしぶしぶと言葉を放つのが分かった。


 どうしてルイは私が老婆だと言うのをそんなに躊躇っていたのだろう?


 そんな疑問が私の中に浮かぶも、ルイに尋ねる隙はない。


「ではその証拠、目的の薬はここに存在するのか?」


 ジョンが話に加わって来た様だ。

 ルイが隣にあったショーケースを軽く叩いた。


「これだ。」


 それを受けて寄ってくる男達。


「……本物の様だな。」

「ああ、そのようだ。まあ……ルイが仕事に関して嘘を吐く訳はないだろうしな。」


 ジョンとアレクがようやく私のことを老婆と認識する事にしたようだ。


「それにしても……老婆がそんなに若いお嬢さんだとは思わなかったよ。だったら俺が残ったのになあ。」


 アレクが口惜しそうにぼそりと呟くのが分かった。


「……だから嫌だったんだ。」


 そう言って振り返りながら上着を脱いだルイは、それを私の身体に頭から被せる。


 ……え?

 もしかして、嫉妬?

 私の事を、彼らに教えたくなかったのだろうか。

 ……嬉しい。


 私は顔を赤らめながら、笑顔で彼を見上げた。


『リア……。そんな顔は、他の男がいる時にしたら駄目だ……。ほら、早く二階に上がって着替えておいで。』


 そう小さな声で囁く彼は、困ったように私に優しく笑いかけてきた。

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