13.自白
次回のタイトルが“朝チュン”になります。
「「………………。」」
「はあっっっっっ!?」
沈黙の中、先に言葉を発したのは私だった。
「いやあ、すまん。どんな女にも反応しなかったのだがな、なんでだろう?」
「なんでだろうって、私に聞かれても知らんっ!」
彼に後頭部を向けたまま私は喋る。
だって、どんな顔をしてルイを見ればいいか分からない。
それに今の彼の顔を見る勇気もないっ。
「だよな。あ、あれか? 心の繋がりってやつか??」
「貴様と繋がったつもりはないっ! さっさと離れろっっ!」
私は再び全身でバタバタと暴れ始めた。
なんとかしてこの腕から逃れなければ、私は犯されてしまう。
全く完全に色香を抑えれていると思っていたのに、こいつは色香に対する耐性が全くないのか!?
それともやっぱり……私の力が弱いのだろうか……。
その事実に気付き、私は自身の力のなさを改めて恨んでいた。
「おいおい、暴れるな。俺が嬉しいだけだぞ。」
ピタ
その言葉を受け、すぐさま微動だにしなくなった私にルイが吹きだす。
「おい! 何が可笑しい。早く離れろ。」
「くっくっくっ。え――嫌だなあ。くっくっくっ。」
笑いながら喋るルイが段々鬼に見えて来た。
でもその一方で、普段の態度と何ら変わりないルイの様子に気付く。
あれ……。
私の色香に当てられたせいではないのか?
もしそうだったら、自制が全く効かないはず。
なのにルイは言葉では表すが、全く襲ってはこない。
……と言う事は、私の色香はきちんと制御出来ている……。
はあ――。
私は心の底から大きな安堵のため息をついた。
なんだ、ルイの本音か。
……は?
本音だとっっっ!?
「約束違反だ。」
応酬しようと私は彼を批判する。
「約束? 俺達約束なんかしたか??」
「そうはならないと言った。」
「ならないだろうとは言った。」
「はあ!?」
「それに、さっきリアも俺に対してドキドキしてたんだよな?」
「そ……それは……。」
「観念しなよ。」
「私はっ!」
そこまで言って私は言葉を切る。
まだ迷っていたのだ。
「ん? どうかしたか?」
「私は……言ってない事がある。」
決心した私は、そう言葉を綴った。
本心を言えば、私はルイと繋がりたいのだろう。
でも出来ない。
私の身体は普通とは違う。
今は制御出来ても、その時になればどうなるか自分でも分からないのだ。
でも彼ならば……すこしの間ぐらいならば……大丈夫かもしれない。
……かなりの脳筋だけど、反対にそれが良いのかもしれない。
そんな想いが私の中に湧きあがった。
もし本当の事を言って、それでも彼が求めてくれるのならばだけれど……。
「……言ってない事?」
私の言葉にルイが反応する。
怒ってる訳ではないが、信じられないと言ったところだろうか。
決心をし、思い切って振り返った私は呟いた。
「まず始めに、私は孤児ではない。……私は……隣国の“間諜”だ。」
私はゴクリと唾を飲む。
彼との間に沈黙が訪れた。
私は静かにルイが言葉を発するのを待った。
……ルイは驚くだろうか。
そして蔑むのだろうか。
私の事を軽蔑し、私から離れ、嫌うのだろうか。
そうなっても仕方がないが……。
まさかこんな短い間に、人を好きになって、嫁にと請われ、本性をばらして嫌われるとは、私は思ってもいなかった。
自分の一生分の恋愛が此処に詰まっていたのかもしれない。
……それならもっと、楽しんでも良かったのかな。
私は少し後悔していた。
「で?」
「……“で?”?」
目の前のルイはそう答えるだけ。
どうやら私の次の言葉を待っているようだ。
だが、私は次に何を喋っていいのか分からない。
そんな私の思いを汲み取り、ルイが言葉を促してくれた。
「で、どうして間諜のリアがこんな国の村の外れで薬を売っているのだと尋ねている。」
「……生活の為?」
「逃げて来たのか?」
「逃げ……そうだ、私は逃げたのだな。あそこでの生活が耐えられなくなって……。だが、私の出生が変わる事はない。」
「そうか、なるほど。お前も大変だったんだな。それ以外に、俺についてる嘘は他には?」
「……ない。」
なんか言葉に感情が感じられないんだが。
「じゃあいいな。いただくぞ。」
と言いうルイが私に覆いかぶさってくる。
「ちょ、ちょっと待てっっ!」
私はバタバタと逃げ回りながら彼の攻撃を回避する。
「なんだ。他に何か“言ってない事”があるのか?」
「私がこんな所でこんな恰好をしている理由だっっっ!!」
彼のホールドが外れたことで、私はルイの下から抜け出す事が出来た。
ベッドの反対側まで逃げるも、今度はがちりと片方の手首を捕えられる。
こいつ……実は見えてるんじゃないか!?
こちらからは全く彼の動きは見えないのに、ルイは的確に私を掴まえて来たのだ。
「……若い娘が一人で生活する上で必要だからではないのか?」
だがそれ以上は私に詰め寄ることはせず、ルイはそう言葉を放った。
「それもある。だがそれ以外にも理由があって、その……私の母は凄く色っぽいんだ。どんな男も虜にしてしまうほど……。何より母が一番虜にしたのは私の父だったが。」
「……分かる気がする。」
私の説明に彼が理解を示した。
「は? 会った事がないルイが何で分かるんだよ。」
「ん――リアを見てればなんとなくか?」
「見てればって暗くて何も見えないだろう!? やっぱりルイ、私が見えるのか!?」
「さすがに見えないよ。間諜のリアの方が夜目は効くだろうし、リアに見えないなら俺にも見えない。肌で感じる、それだけだ。それでどうしたのだ?」
……なんか嘘っぽい。
そう疑うも私は言葉を続けることにした。
「父以外は駄目なのだ。」
「……何のことかさっぱり分からんが。」
「だから、私の父以外の男は母の色香に本気で当たられると……中には仄かに香るだけで壊れてしまう奴もいるらしい。まあ、父も若干壊れたらしいのだが元の精神が強靭すぎるからどうにでもなれって感じなのだろう。最近はは耐性が出来たとかで何もないらしいんだが……。」
「……壊れる? 精神がか?」
「そうだ。言っただろう? 私は間諜の家系だと。母はそれを武器にして仕事をしていたのだ。だから未熟な私ではどんなに頑張っても抑えきれないことも……。」
ふと一年前の出来事が思い出され、私の焦点が思わずさ迷う。
ゴシ ゴシ
そんな私に気づかったのか、ルイが空いている手で私の頭を力強く撫でて来た。
……やっぱり、見えてるぞこいつ。
私は落ち込むのを忘れ、じっとその彼の手を睨んだ。
「では、リアは俺の事を心配してくれているのか? 俺の精神が壊れると。」
「ああ。」
「でも、リアの父親は大丈夫なのだろう?」
「私の父を人間だと思ってはいかん。」
「…………俺も……人間だと思わないで大丈夫だ。」
「え?」
……どうしたのだろう?
ルイの抱えてる悩みって一体……。
重たい空気に気付いたのか、ルイが慌てて言葉を足すのが分かった。
「あ、ほら、俺ってさ森も一日で攻略できただろう? お前が無理だと言っていたにもかかわらず。」
「ああ。」
「だから俺はそれぐらい強いと言う事だ。お前の父親と同じくらいの精神力を持っていてもおかしくはない。」
「……そうだな。私もその可能性がありそうだと踏んで、提案してみたんだ。だが……。」
そんな私の言葉に、ルイが勢いづいたのが分かる。
彼が大きく息を吸いこむ音が聞こえた。
「だったらっ!」
「……だったら?」
「いいよな!?」
「まだ駄目だっっっ!!」
私は彼の提案を即座に拒否した。
「なんでだっ!!」
今度は彼の方が叫んだ。
「もしルイが父ほどの精神を持っていたら、それはそれで他に不味い事が起きるんだっ!」
「……何が起きるんだ?」
「それは……大変そうなんだ母が。父の相手をしていて。」
「……見たのか?」
「みっ見てないっっ! でもこの歳になれば大体分かるだろ?」
私は弁解をするようにアタフタと彼に同意を求めた。
「朝、もの凄く疲れてるとか?」
「ただ疲れてるだけじゃない。疲れすぎて部屋から出られないくらいなんだ。そして昼になっても夕方になっても出てこれなくて。夜になってやっと部屋から出て来たと思ったら、また父に連れられて行く。……見ていて哀れなんだ。」
私は顔を真っ青にしながら母親の様子を思い出していた。
「ふむ。で?」
「そしたら薬が期限までに仕上がらないだろっっ!」
「ああ、なるほど分かった。保証する。必ず朝起きれるように、自制すればいいんだな。」
「本当だな!?」
私は彼の顔がある方向を向いて、念を押すように迫る。
「絶対だ! それでリアの色香に当たられ過ぎてない事も証明できるだろ!? だからもう……喰わせてくれ……。」
ルイが泣きそうな声で私に懇願してきた。




