11.添寝
バスルームに入りこんだ私は、内側の鍵をカチャリと閉めた。
ルイは入って来ないだろうけど一応だ。
バサっ
鏡を前にした私は、特殊加工された厚手のローブを勢いよく脱ぎ去る。
中からは顔とその他の体のパーツに違和感を感じる女が現れた。
あ――重かった。
私は鏡の横に置いてあるポールスタンドにローブを掛ける。
そして顔に手をあて、マスクをペリペリと外していく。
鏡の向こうには、白い肌の女がいて……。
「うわあ……汗でベトベトだし、肌も荒れてる。最悪だな。」
まあ、このマスクを被って森を動き回ったのだし仕方のない事だ。
一通り顔を洗った後、髪を紐解く。
見慣れたブロンドのロングヘアーが現れた。
私は手を伸ばし、鏡の中の青い目の少女と手を重ねる。
「……。」
じっと鏡の中の自分と目を合わせながら、体内に籠っていた色香を放出させる。
体中が大きく深呼吸するのが分かった。
極限まで乾ききっていたのか、潤いを帯びた身体が歓喜の雄たけびを上げるのが分かる。
……こんなに長い時間、閉じ込めていたのは久しぶりか。
私も駄目だな、身体が鈍っている。
これくらいで気力がくじけてしまうとは、怠けすぎも良い所だ。
私は自分を叱咤した。
そして再び体中に栓をし直す。
眠っている間も今日は続けねばならない。
良い鍛錬になると、私は頷く。
そう、鍛えなくてはならない。
私には頼れる従兄が居た。
私を私として理解してくれる、大切な人。
……でも、結局は彼も私の色香のせいで狂ったのだ。
私も自分の力を過信しすぎていた。
いや、反対にこの自分から流れ出る香りを侮っていたのだろう。
これをすべて制御出来るなど、私には到底無理なのに。
それなのに……なんでずっと一緒に居てしまったのだろう……。
私は俯くいた。
……ルイもいつかは変わってしまうのだろうか……。
風呂からあがった私は、電気を消したバスルームで立ち往生していた。
ローブなしで人と接するのは久しぶりなのだ。
……きちんと制御出来ているだろうか。
私は自身を取り巻く色香の量を確認する。
自分でも全く感知できないほど薄まっていると、私は心を落ち着かせた。
よしっ!
気合を入れ直した私は、扉を少し開く。
きちんとカーテンも閉まっているようだと、真っ暗闇であることを確認する。
足元も見えないので、私はすり足でベッドがある場所までへと移動した。
そろっと手を伸ばした先にはフワフワのシーツが私を出迎える。
ん? そう言えばルイはどっち側に寝ているのだろう?
「……。」
……困った。
「俺は奥に寝てるぞ。」
私の戸惑いを汲み取ったのか、ルイが言葉を発した。
彼の声が遠い。
ベッドの反対側の端にでも寝ているのだろう。
さすがキングサイズよりもでかいベッド。
良かった大きくしといて。
凄い役に立ったよ。
「ああ、起こしてしまったか。すまない。」
「いや、せめて家主が出てくるまでは起きてようと思ってな。でも、さすがに少しウトウトしてしまった。この布団気持ちよすぎる。」
「だろう!? これはこだわって作ったんだ。」
布団の感触を思い出した私は、たまらず布団の中に潜り込む。
うう、最高!!
敷布団の適度な硬さのあるモフモフ感と掛け布団のフワフワ感に包み込まれながら私はハタと思う。
あ、いつの間にかルイと同じ布団で寝ていた、と。
「これ、お前が作ったのか!?」
「え? ああ。さすがにシーツは作れないがな、中の素材は私が作った。」
「このベッドは絶対に俺らの家に持って行くぞ!」
「……。」
あれ? 私、結婚の了承したっけ??
いつの間にか話が進んでいるウキウキ声のルイに、私は疑問を浮かべた。
「……どうした? まさか寝室は別だとか言わないよな!? この布団を独り占めする気かっ!」
「お前の分も作ってやるから心配するな。」
「そうか? ありがとう。」
素直に私の意見を受け入れるルイがなんだか憎たらしい。
ベッドは別でいいらしい。
やはり私には生殖活動は求められていないのだ。
本来ならば嬉しいはずなのにどうしてこんなに苛立つのだろうと、私はモヤモヤする。
「どういたしまして。」
と、つい刺々しく私は答えてしまっていた。
「そんなに怒るな。俺のはこんなに大きなベッドじゃなくて良いから。」
「当たり前だ。これはいつか誰かに添い寝をして貰おうとそうしたんだ。一人で寝るなら小さくて充分だっ。」
他の女を連れ込んで私の作ったベッドでいたされるのは腹が立つと、私は彼のベッドの幅をどのくらい小さくするか検討を始めた。
四十センチもあれば十分か?
いや、それじゃ寝返りがうてないか。
だが寝返りがうてるほど幅があれば、二人で寝れてしまうよな。
……そういえば、ソファーでも出来ると聞いたことがある……。
と言う事は、人一人寝れるベッドであれば事が致せてしまうのか!?
「添い寝……。」
ルイの呟き声が聞こえた。
「添い寝も駄目だっ! やっぱりルイのベッドは作らない。」
うう。無性に腹が立つ。
……嫉妬だろうな。
分かってる。ルイとの結婚を了承すれば、良い事を。
浮気もしないって言ったし、そうすれば他の女が寄って来る事はない。
だが……ルイが壊れてしまったら……。
ギシ
ベッドがきしんだ。
不思議に思ってルイが居た方を向けば、あちらでギシギシとベッドが音を立てている。
「どうかしたのか?」
声を掛けるも返事が返って来なかった。
部屋が暗いので彼の様子も窺えない。
だが、その振動は音と共にだんだん大きくなり、それに連れて原因も分かって来た。
ルイがこちら側に近づいて来てるのだ。
「ルイ!?」
思わず起き上ろうとした私の肩をルイが掴み、私はまたベッドに戻されてしまう。
「添い寝がしたいのか?」
ルイが私の顔の真横で囁いた。
「添い寝!? ああ、だがさっきの距離で十分だ。こんなに近付くなっ!」
私の色香に当てられたらどうするのだと、私は身をよじる。
だががっちり肩を拘束され身動きが取れない。
「あれは添い寝とは言わない。同じ布団で寝てる、ただそれだけだ。リア、君は髪が長かったのだな。しかもふわふわで触り心地も最高だ。……一体どんな色をしているのだろうか。」
彼が私の髪に顔を埋めるのが分かった。
「だ、だ、だ、だったらそれだけで十分だっ! だからこんなに近付くなっっっ!」
ふっ
ルイが笑う。
「本当は若い女なのに、どうして誰も気づかないんだろうな。声も綺麗だ。こんな声でリアはずっと喋っていたのか……。変声機を通してでしかお前の声が聞けない奴らが、本当にかわいそうだ。」
「っ!!」
またしても浴びせられる彼の甘い言葉に、私は恥ずかしくてもう声も出なくなってしまった。
「なあ、もう一度その声で俺の名前を呼んでくれないか?」
「……ルイ……。」
「もう一回。」
「ルイ……。」
「もう一回。」
「ルイっ!」
なんなのこの羞恥プレイは!!
私は彼の腕に包まれながら身悶える。