09.冗談
ガラスの破片を集め終わった後、私は再び机に向かっていた。
ルイはもちろん部屋の隅。
「なあ、ルイ。」
私は元の場所へと戻った彼にチラリと目線を向けながら声を掛ける。
「ん? どうした?」
やはりここからではルイの姿は見えない。
だが暗闇の中から聞こえる彼の声は至って冷静で、全く好きな女にプロポーズした後とは思えない。
……やっぱり“傍にいて欲しい”って言うのは友達としてだな。
変に緊張して損したと、私は大きなため息を吐いた。
「今日はもうやめようと思う。」
さっと彼の服が擦れる音がした。
「間に合うのか!? あ……いや、お前のペースで進めて大丈夫だ。まだ時間はあるんだ。そうだな、今日はもう疲れたし休むとするか。」
そう自分で納得する彼に、私は言葉を付け加えておく。
「その分、明日は早めに起きるから大丈夫だよ。君の首は飛ばんよ。」
今日はいろいろあってふて寝をしたい気分なんだと、私はヒラヒラと手を振った。
「いや、お前の首の方が心配なのだが?」
そう心配するルイの方向に私は睨みをきかせる。
「……わざと時間を短くしたお前が言うなよ。」
「ああ……まあ、そうだよな。……許せ。あれが俺の精一杯だったのだ。」
「王に恩を着せてるお前がか?」
私は疑り深く彼の様子を観察した。
「仕事の話となれば、それは別だ。」
そんな私にルイははっきりと答える。
「……そうか。そうだよな。疑ってすまなかった。……。って、ルイが自分で買った薬を使わなければ良かったのだろう? なぜ私が謝らねばならん!」
「あ――それは悪かったと思ってるよ。すまなかったな。」
そう言って、足音と共に近づいて来たルイがランプの光の元で悪戯っぽく笑った。
またしても彼の笑顔で嫌なことがすべて吹き飛んでしまった私は、心から認めた。
……ルイが好き。
そう再確認してさっと彼から私は目を反す。
だけど彼の先程の笑顔が頭の中に浮かんで、なかなか消えてはくれない。
「じゃあ、上にあがるか。」
ルイがランプを手にして私にこの部屋を出るように促した。
「……そうだな。」
私は溜息交じりにそう呟くと、彼と共に歩んだ。
「そういえば……あの部屋で寝れるのか?」
それぞれの部屋へと足を進める中、私はルイに問いかける。
「……ああ、まあ野営も慣れてるから気にするな。屋根と壁があるだけで十分だ。贅沢は言えんよ。」
石畳の階段をカツカツ言わせながら彼が答える。
「ぐっ。申し訳ない。今まで人をもてなした事がなかったから、全く気付けなかった。そうだよな、布団が要るよな……。そうだ! 今から布団を買いに行こう。外は暗いがまだ大丈夫ではあろう?」
だがその意見はルイにすぐ却下された。
「お年寄りは寝るのも早いから。」
「だが……。」
「ほら、着いたぞ。」
いつの間にやら自分の部屋の前まで来ていたらしく、私の目の前には見慣れたドアが広がる。
「あ……ああ。ほんとうに良いのか?」
ドアノブを片手に、私は振り返る。
「別に構わんよ。狭くても。」
「……そうか。」
あまり強く自分の意見を勧めても衝突になるだけだと、私はルイの言葉に従う事にした。
部屋に明かりをつけて自室に入り込む。
……ん? 狭くても??
床の堅さは気にならないのか?
まあ絨毯は敷いてあるからな。
掛け布団も……ああ、あの部屋には分厚いカーテンが収納してあったな。
それにしても……狭い?
私の部屋とそう変わらないと思うのだが……。
バタン
私の後ろでドアの閉まる音が聞こえる。
ルイが代わりに閉めてくれたのだなと理解した私は、ドアに背中からもたれかかる。
トン
「……。」
……2歩ぐらい部屋の中を進んだはずなのに、すぐ後ろに扉がある。
とういうか、扉が柔らかくて温かい。
「なんだ。大きな布団で安心した。この部屋、風呂も付いてるんだな。どっちから先に入る?」
「…………は?」
ゆっくりと振り返った私は、眉を潜めて彼の質問を聞き返した。
「え? だから風呂だよ。」
お前、風呂も入らずに寝るのか? と言うような目でルイが見てくる。
「いやいや、昨日入らずに寝たのは君だろう?」
私は振り返ると、彼とまっすぐ対峙した。
「それは昨日は疲れてたから。だが朝きちんと入っただろう? まあ、女の家の風呂を勝手に使ったのは悪かったよ。でも、お前が使ってるのはここの風呂だろ? 一階にあるのは使って良かったよな?」
「“使って良かったよな”って使う前に一言声を掛けろよ。まあ、あの風呂は作業用だから良いけどさ。て言うか、今日の森は疲れた内に入らんのか!? あれだけ人を振りまわしておいて……。」
「身体はな。でも、頭はフル回転していたぞ。どうやってあの森を攻略するか、本当に楽しかった!!」
「あれでフル回転……。」
さすが脳筋。
「お前、今笑わなかったか?」
「……笑ってない。」
「嘲笑った。ってか、そろそろ名前教えろよ。」
「は!?」
私はビクリと身体をさせる。
「通称ぐらいあるだろう? 子供の頃から無名ってどう考えてもおかしいだろう。」
「……リア。」
ルイに本当の名前を呼んで貰いたいのか、俯く私の口からは簡単にその単語がこぼれでていた。
「え?」
「リア!! 私の名前は“リア”だ。分かったらさっさと行ってくれ!!」
風呂云々も、動揺させて私の名前を聞き出す為だと理解した私は、そう叫んで彼の身体を押す。
「リア。」
ルイが低い声で私の名を言葉にした。
はっとして顔をあげると、私と彼の視線がぶつかる。
ルイは優しい色を目に浮かべ、じっと私を見つめていた。
「ルイ?」
「……可愛い名だ。早く君の本当の姿も声も聞きたいけれど、今はこれだけで十分だ。」
「……。」
今すぐ全てを彼に曝け出してしまいたい。
そんな衝動が私の中を突き抜ける。
でも……怖い。
本来の私の姿を見て、彼が狂ってしまうかもしれないのが……怖い。
「じゃあ、行くよ。」
そう言って離れていく彼の身体を、私は思わず引き止めてしまった。
ルイの上着の裾を掴む私の手。
彼がそんな私の手を驚くように見つめていた。
「これは……そのっ。」
私は慌てて彼から手を離す。
「リア。」
ルイが優しく笑う。
「違うから!!」
「そんなに恥ずかしがらなくて良いんだよ。先に風呂に入りたいなら、そう言えばいいのに。」
そう言って、ルイが私の背をバスルームに向けてぐいぐい押してきた。
「え。」
「着替えは風呂に置いてあるのか? 言ってくれたら、リアが風呂に入ってる間に準備しておく。」




