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プロローグ

 朽ちかけた洋風の建物がひっそりとそこに姿を現わしていた。

 苔で覆われた外壁の一面には蔦が這い上がっており、極僅かな光しか窓から中へは差し込めない。

 日があるというのに電灯が灯されているその室内では、一人の老婆が静かに腰を下ろす。

 開け放たれた店の入口からは冷たい風が時折流れ込んでいた。

 店内は暑苦しいのか、その風を気持ち良さそうに受けて年老いた女はこくりこくりと船を漕ぐ。


 薬草を加工して販売するこの店には看板などの目立つ印がない。

 一年程前に手を加えただけと言う元民家の店内は、室内こそは新装の作りを誇るが外観は近隣の一軒家と何ら変わりがないのである。

 それ故、初めてここを訪れる客はどの家が店なのか中を覗いてみないと分からない。

 だが老婆は看板を出すつもりはなかった。

 馴染みの客しか訪れないこの店にはその必要がなかったのだ。

 そんな老婆の店は、今日も通常運転宜しく穏やかな一日が過ぎようとしていた。


 彼女の店があるのは国の中心から離れた村の外れ。

 数軒の建物しか並ばないこの辺りは、人通りもあまりない。


 普段は鳥のさえずりが一日中聞こえるほど物静かな一帯。

 だがその地に日の上りきる頃、見慣れない旅人が現れ始める。

 初めは数人。しかし次第にそれは膨れ上がり、始めの旅人が現れてから数刻後には数百は越える勢いであった。


 彼らは冒険者風な風貌をしている者も居れば、用心棒らしき人物を傍らに控えさせる商売人、身なりに気を使う余裕もないのかボロボロの衣服を纏った者など、職業、年齢や性別がバラバラに見受けられた。


 彼らはその廃墟同然の店に入るために並び始める。

 待ちくたびれたと愚痴を溢すものもいるが、列を離れようとするものは誰もいない。

 この店の品が喉から手が出るほど欲しいのだろう。

 そしてここの店主の臍が曲がればそれが一ミリも手に入らないことぐらい、彼らは解る頭を持っていた。


 列を整備するのは、老婆の近所に住んでいると言う村の男。

 脚が弱い彼女に代って店の切り盛りを任されたのだそうだ。

 その村人が言うには、店内での商品の売買の手伝いをしている女性らもここの村の者らしい。


 暇をもて余す客への少しの雑談は、彼なりの愛嬌だったのだろうか。

 口が軽そうに思われた男も、老婆についての情報は一切もらさなかった。


 漸く自分の順番が来て店内に足を踏み入れてみれば、驚く事に菓子屋の様な甘い匂いが鼻孔をくすぐる。

 そして人々の熱気と共に、賑やかな掛け声もまた店内に響き渡っていた。

 彼女の品を普段から愛用しているのか、老婆の隣人だという店の者達は客の様々な質問に臨機応変に答えているようだ。


 店内を見渡せば、腰ほどの高さの陳列棚が室内をぐるりと囲む。

 中央には背の高い棚が何列にも立ち並び、項目ごとに分けられているようだ。

 それら一つ一つのスペースには見本となる加工品が透明な袋に入ってぶら下げられていた。

 すぐに売り切れた商品もあるらしく、完売の札も目につく。


 男は手近にあった一つの品を観察する。

 綺麗に加工された薬草は一センチほどの粒状に別けられ、まるで宝石のように透き通っていた。

 試しにと男はそれを袋から取りだし、手に取って成る程と頷く。

 固さも宝石のそれといって申し分ない。これでは宝石と間違われても仕方がないだろう。


「お客様、申し訳ありません。熱に弱いため直接お手に触れないで下さい。」


 店員の声掛けに、男は慌てて品を袋に戻す。

 店を追い出されては目的も果たせない。


 そして男は再び物色をする振りを始めるのだった。


 よくよく見ればひとつひとつの商品に丁寧な効能の説明文が付けられている。

 客はそのポップを読んで欲っしている商品を買うのだろう。


 だが《おひとり様、三パックまで》らしい。

 先程から店員が煩く叫ぶ。

 どこぞの客寄せの目玉商品を匂わせるフレーズだが、この店の商品は全てが当てはまるのだそうだ。


 転売を目的とした輩を排除するのが当面の目的だろうが、何度も列に並ばれては意味も成さない。

 急な売れ行きについていけず、店の主人である老婆が慌てて決めたのであろう。


 ちなみにそのパックとやらは入店時に渡された3つの手のひらサイズ入れ物だ。

 会計をするときに蓋は渡されるらしい。


 そしてそれを決めたであろう当の本人。既に店主と言っていい老婆は店の奥に鎮座し、たまに従業員と会話を交わしている。

 客とは一切会話をしないつもりらしい。

 客の勢いに圧倒されていたのだろうか、彼女は茫然とその場に佇んでいた。……たぶん。


 ここで“たぶん”とつくのは、彼女が深くフードを被っていて表情が善く見えないからである。

 “彼女”と言うのも現在は定かではないが、国からの情報が《老婆》であったためあの人物は“彼女”であり、口元の皺の寄り具合から彼女は“老婆”であるのだろう。


 商品を選ぶ振りをしながら男は店の奥へと足を進める。

 彼女に最も近い陳列棚で立ち止まると、するどい視線が男の背中に付き刺さった。


 きっとこれは“老婆”の視線だろうと、男は踏む。

 ふむ、一応客にも興味は示すらしい。


「これを全て一人で作ったのですか?」


 男は勢いよく振り返り老婆に疑問を投げかける。


 ビクっ


 驚いたのか、彼女は肩を震わせた。

 それもそうだろう。まさかこのタイミングで声を掛けられるとは誰も思わない。

 だが、そんな老婆の動作が男の中に疑問を生み出した。

 老婆にしては驚いたときの動きが機敏だったのだ。


 だが男の声に反応した店員が慌てて彼らに駆け寄ってきたことで、男の思考は遮ぎられた。

 恰幅の良い女性の店員は、庇うように老婆に腕を回して男に笑顔を向ける。


「お客様……彼女に直接お声掛けするのは、体調の事を考えご遠慮させて頂いているのです。申し訳ありませんが、ご質問は私がお受けしますわ。」


 面倒見の良さそうな中年の女性は不作法な客の扱いに慣れているらしく、腰を低くしながら男に下からの提案を申し出る。


「そうか。失礼いたした。」


 男は優しい笑顔を浮かべると、謝罪の意を込めて深く頭を下げた。


「……いえ。それで、どうかされました?」


 色男と噂される黒髪黒目の男の笑顔に、戸惑いを隠しきれなかったのか店員の対応が少し遅れる。

 彼女は顔を少し反らしながら男に問いかけるのだった。

 それに対し、男は上着の裾を少し捲りながら傷のある場所を指し示す。


「腹の刺傷に効く薬を探している。」

「それでしたら……。」


 際どい部分を曝け出そうとする男を制し、店員は慌てて中央の棚へと彼を導く。

 男はそれに合わせて踵を返すのだった。

 そして男は、店員の見てない隙にそっと老婆“に偽装している”人物へと手紙を渡した。

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