第八話 メイド
……正直に言えば。
「黛先輩……ですよね? 『あの人』の一番の親友だと有名な……」
『そのこと』を全く考えたことが無いと言うと嘘になる。
「い、いえいえ。実はあなたにとって有益な提案があるのですが」
だけど私は、『そのこと』を考えるのを意識的に避けていた。なぜなら、有り得ないからだ。『彼女』と私の目的は正反対だから。だから考えないようにしていた。
「『あの人』を、独占したくはありませんか?」
『彼女』を、『私だけのものにすること』は考えないようにしていた。
だけど目の前のこの女子は、私の隠された願望を見抜いたかのようにとても魅力的な提案を投げかけてくる。ただ、それを鵜呑みにするわけにもいかなかった。
……そうだ、騙されてはならない。そもそも私はこの子が何者かもまだ知らない。もしかしたらこの子も、『彼女』に危害を加えようとしているのかもしれないのだ。
「『彼女』は、私のものになんかならない。それを考えるだけ無意味よ」
だが、辛うじて動揺を隠したつもりの返答をした後で気づいた。
「ひ、ひひひ。や、やっぱり、『あの人』を独占したい。先輩は心の底ではそう考えているんですね?」
自分が、その欲望を持っていると白状してしまったことを。
それを確認した女子は、長い前髪に隠された顔を歪めて不気味な笑い声を上げる。まずい、このままでは相手のペースだ。
「あのさ、まだ私の質問に答えてもらってないんだけど」
「ひ?」
「誰なのあなた?」
「ひ、ひひ、そうでしたね、申し遅れました」
そして女子はスカートの両端を指で摘まみ、片足を半歩後ろに下げて、もう片方の足の膝を軽く曲げながら名乗った。
「閂 香奈芽。……それが私の名前でございます、ひひひ」
確かこの挨拶は、ヨーロッパでメイドさんなどが行っていた、『カーテシー』というものだと聞いたことがある。……この人がやると、見事なまでに似合っていないけど。
「で? その閂さんは、何の目的で私に近づいたの?」
「も、目的とおっしゃられましても、私はただあなたのお力になろうと……」
「バカにしてるの?」
「……」
「そんな見え透いたウソに騙されるわけがないじゃない。あなたがそれ以上そんなことを言うんだったら付き合ってられないわ」
「わ、わかりました。私の、目的を話しましょう……ひひ……」
閂という女子は相変わらず、長い前髪の奥で笑っている。『彼女』もよく微笑みを浮かべているが、あれよりも数倍不気味な笑いだ。
「私は、本物の友情が見たいのです」
「……」
「生まれてこの方、私には『友達』と呼べる人が存在しません。ですが、どうにも周りの人間たちが持つ『友達』も、私が求める『友達』とは違う気がするのです」
「……違うというと?」
「あ、あの、『友達』というものは、それこそ命を懸けてでも救いたい。命を懸けてでも尽くしたい。そんな存在だと、思うのですよ……ですが私の周りの人間たちは、自らのために『友達』を平気で裏切っていたのです」
……命を懸けてでも救いたい。
もし、そういう関係こそが真の『友達』であれば、私は『彼女』を……
「で、ですが、私は黛先輩を見て思ったのです。『あの人』が学校中をどんなに敵に回そうと、あなたは『あの人』を救おうとしている。それは本物の友情なのでは、ないのかと……ひひひ」
「買い被りすぎよ。私と『彼女』は……単なる『友達』」
そう、『単なる友達』なのだ。……それ以上では、ない。
「な、なら、『単なる友達』以上の関係になりたくはありませんか?」
「……」
「私が、手助けを致します。私はあなたと『あの人』の友情を確認したい。あなたは『あの人』の唯一無二の『友達』になれる。……利害は、い、一致していると思いますが?」
……怪しい。この女はとても怪しい。
だがその怪しさを差し引いても、私にとっては魅力的な取引だった。
私は、『彼女』のただ一人の『友達』になりたいのだ。
「……ま、まあ、今すぐでなくとも構いません。私は一年C組の教室におりますので、お返事はまた今度でも……」
「……」
そのまま一年生の下駄箱に向かう閂を、私は何も言えずに見送ってしまった。
私は、『彼女』とどうなりたいのだろう。だが現時点では……
私と『彼女』は、決して最良の関係では無いような気がした。