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第六話 モップ


「センパーイ、着きましたよ」


 後輩の女子たちに連れて行かれたのは、二年生の教室と同じ階にある空き教室だった。女子の一人が教室の扉に鍵をかける。


「で? 用はなんなの? 私は忙しいんだけど」


 これは本心だ。私としては一刻も早く、『彼女』との時間を過ごしたい。こんな全く興味の持てない人たちと関わるのは時間の無駄でしかないのだ。


「愛しの『彼女』に会いに行きたいからですかー?」


 女子の一人が発した言葉に、他の女子もギャハハハと笑う。……ああなるほど、そういうことか。


「そうよ、あなたたちと話す時間より、『彼女』と過ごす時間の方が私にとっては何百倍も大事。だから早いところ終わらせて欲しいのだけど」


 どうやら、この女子たちは私が『彼女』と親密にしていることを『異常』だと判断し、苛めのターゲットにしたいらしい。

 全く、本当にいじめっ子というものはどうして似たような思考しかしないのだろう。群れを作り、自分たちの中の『普通』を『正義』と位置付け、それに反するものを『悪者』にすることで、自らの行いを正当化する。とにかく徹底的に自分たちを『正義』にして相手を『悪者』にすることに長けている。ある意味では尊敬に値する。傍から見たら、目を覆いたくなるほど醜いけれど。


「なにそれ? 自分がレズだって認めるんですかー? ああ気持ち悪い」

「本当だよね。あの『カカシ女』と好んで付き合うなんて、先輩も変態なんですかー?」


 ……なにこれ。

 とりあえず、『カカシ女』というのは『彼女』のことを指すらしい。どんなに暴力を受けても無抵抗だからつけられたとか。

 だとしても、別に私が変態であろうがなんだろうがこの女子たちには関係ない。なのに彼女たちは私にわざわざ因縁をつけてきた。嫌いなはずなのに。


 その理由は一つ。自らの『正義』を強引に証明したいからだろう。


 だからこうして、大勢の仲間で徒党を組んで私を潰しに来ている。私が潰れれば私が『悪者』、この女子たちが『正義』になるのだろう。

 くだらない。その行動そのものが、自分たちの『正義』に疑問を持っているということに他ならないのに。

 本当に自分たちを『正義』だと思っているのなら、こんなことをしなくても公の場で私を糾弾すればいい。それが出来ないのはこの女子たちの中にも後ろめたさがあるからだろう。


 そこまで考えて、『彼女』のことを思い出す。


 『彼女』は違う、こんな奴らとは根本的に違う。『彼女』は別に自分が間違っているかとか、外れているかなんてどうでもいいと考えている。ただ自らの目的に進み、ただ自らの信念に沿って歩いている。そして何よりも、その信念は揺るぎない。そんな『彼女』だからこそ、私は惹かれたのだ。

 そして何より、『彼女』は私を大切な友人だと言ってくれた。そしてその信念に沿って、私を救おうとしてくれた。だから私は『彼女』を守りたい。そして『彼女』と一緒に過ごしたい。

 

「センパイ。黙ってないで何とか言ったらどうですか?」

「それとも、図星だから何も言えないんですかー?」


 しまった。つい、自分の置かれている状況を忘れていた。


「ごめんなさい。あなたたちのことが眼中に無かったから忘れてたわ」


 そしてつい、本音が出てしまった。うん、これは仕方がない。

 しかし、女子たちは私の態度がお気に召さなかったようだ。


「うーわ、こいつ開き直ったよ」

「アタシたちだって穏便に済まそうとしたのにさー。ホント失礼だよねー」


 穏便も何も、私はまだあなたたちも目的すら聞かされてないんですが? そう思っていると、女子の一人がロッカーからモップを持ってきた。見た所、水がきちんと絞られていなかったために、ぐしょぐしょに濡れている。


「センパイはきっと、あの『カカシ女』に関わっているからバイキンが移ったんですよ」

「そうですよ。だから綺麗にしてあげようと思いましてー。アハハ」


 そういうと、モップの濡れた毛の部分が私の顔に押し付けられた。床の汚れをふんだんに吸ったモップは、かなりの悪臭がした。


「ほらほら、もっとこすって汚れを落としてあげますから」

「あれー、なんかもっと汚れてない? ああ、元々が汚れているからか。アッハハハ!」


 ……さて、どうしようか。

 これをやられているのが私一人だったら、この場でこの女子たちに反撃すればいい話なんだけど。ただ、おそらくこいつらは『彼女』にも同様の行いをしている。そう考えると、深い怒りが湧いてくる。

 以前の私なら、こいつらに少し反撃するだけで終わりだっただろう。だけど今の私は『彼女』と出会っている。そして、『彼女』を巡る戦いを経験してきている。


 だから知っているのだ。こいつらより遥かに恐ろしい存在がいたことを。それに比べれば、こいつらなんて屁でもないことを。


 うん、決めた。こいつらにはもっと深く反省してもらおう。私ではなく、『彼女』に手を出したことを。

 


 そう考えている私の前で、勝ち誇った笑いを上げる女子たちを見ると、もはや憐みさえ覚えた。





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